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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 75

「ヒカル、また薄くなってる・・・!だ、大丈夫なのか?」
 心配になって聞いた私に、ヒカルは小さくうなずきながら答えた。
「まだ、大丈夫。・・・こういう場ではどうしてもエネルギーの状態が不安定になってしまう。それは仕方がないこと。でも、あまりゆっくりもしてられないから、早く行きましょう」

「早く行くって言ったって、どっちに進んだらいいんだ?」
 太陽が並ぶ空。月が並ぶ空。私は交互に見比べたあとヒカルの顔を見た。
 ヒカルは、しばらく黙ったままだ。何かを言おうか、言うまいか、迷っているようにも見える。
 その様子を見て、本当はどちらに進むべきか、ヒカルは知っているのかもしれない、そんな思いが頭をよぎった。
「もしかして、ヒカルには、わかっているんじゃないの・・・?」
「・・・」
「もし、ここで俺が間違った行き先を選んだら、宇宙もろとも消えちゃうんでしょ?ねえ、俺はどっちに進めばいい?」
 ヒカルは黙ったままだ。それは答えられないという、無言のサイン。

 そして、ようやくヒカルは口を開いた。
「それを選べるのは、イナダくん、あなただけよ。未来の存在である私には、選ぶことが出来ない。イナダくんに委ねるしかないの」
 ヒカルは静かに言った。
「そんな・・・」私はずいぶんと納得が行かない気がした。答えがわかっているのに、宇宙の行末が掛かっているというのに、言えない。それは、あまりにもどかしいのではないか。
「・・・私が何か知っていたとしても、その答えをイナダくんに伝えた時点で、現在から未来へ向かう時間の流れに矛盾が生じてしまう。そうすれば、巡りの穴が一気に広がり、あっという間にこの宇宙を消滅する。だから、言えない・・・」

 私は、はっとした。だから、ヒカルは今までも自分の事を話さなかった。話したくても、話せないのだ。
 話すことで、現在の私の選択と行動に、未来から干渉することになる。そうすると、現在を起点に作られる未来は、変わってしまう。ヒカルは消える。そして、宇宙も消える。その危険を常にはらんでいながら、こうして今一緒に居るのだ。
 そのことに気がついた瞬間、ヒカルは、私の目の前で突然よろけて地面に片膝をついてしまった。
 先程よりさらに身体が薄くなっている。
「ヒカル!」
 慌てて近づこうとすると、ヒカルはつらそうにしながらも手を前に突き出し、それを制止した。
「・・・大丈夫。ただ、これ以上私に意識のエネルギーを向けないで・・・自分の心の中に、エネルギーを向けて・・・」
 今にも消え入りそうなヒカルを前に動揺している私に、つらそうなヒカルは懸命に声を絞り出して、さらに言った。
「そこに、すべての答えがあるから・・・」

 すべての答え・・・それが何を意味するのかは正直判らなかったが、何か、とても大事なことを言われた気がした。
 そして、今、私がヒカルに意識を向けることが、ヒカルの存在自体を脅かすことになってしまうのかもしれない。
 恐らく、私の意識がヒカルの存在に影響を与えているのだ。・・・いや、正しくは、ヒカルに答えを求めようとしていた私自身が、ヒカルの存在に自分自身の意思決定を左右されるような影響を、感じとってしまったのではないか。それは、少なからず時間の流れに矛盾をもたらすことにつながり、ヒカルのいる未来世界が揺らいでしまうのだ・・・。
 この意識の世界の、巡りの穴の中では、自分の意識ひとつが、それくらい大きな意味を持ち、顕在化してしまうというのだろう。
 怖くて仕方がないが、落ち着きを取り戻さなくてはならない。目を閉じて、一つ大きく深呼吸する。

 自分の心の動き1つで変化する万華鏡のような意識世界。宇宙のニュートラルポイント。
 過去、現在、未来。すべては同時に存在している。道中でヒカルから聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。
 今の自分の心のありようが、未来をつくっているということ。
 今の自分が不安を感じることで、同時に、心もとない不安定な未来がつくられているということか。
 落ち着かなければならない。そう思っても、何の拠り所も感じられない自分の空虚な心に、焦りばかりが募る気がした・・・。

 ・・・まてよ、じゃあ、今の自分がいる現在の世界は、誰がどうやってつくったのだろう?
 現在の世界。私のこの身体。それは、今と未来に同時に並行して在る、過去に生きる人たちからの贈りもの・・・

 そう思った刹那、私の胸の中に向かって、目には見えない"何か"が、ものすごい勢いでなだれ込んできた。
 言葉にならない感情のような、熱をもったもの。何かを渇望するような切なさに思えたり、心が満たされるような温かみのようでもある。
 それらの濁流のようなものが、私の胸を震わせ、心の芯を揺り動かす。
「・・・!」これは一体、何だというのか。私はたまらず自分の胸を押さえ、その場にうずくまるようにしゃがみこんだ。

・・・つづく
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