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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 72


「未来の、存在?・・・ヒカル、一体キミは・・・」
 私はこれまでに何度か尋ねても答えてもらえなかったその質問を言いかけた。しかし、その質問に答えることで、ヒカルの存在が消えてしまう危険があると言われたことを思い出して、再び口をつぐんだ。

 その私の思いはヒカルにも伝わったようだ。ヒカルは、薄まった自分の身体を確かめながら、今話すべきことを、慎重に言葉を選んで話しだした。
「・・・イナダくんの量子テレポーテーションをきっかけに、私のいる未来世界が現実化するという巡りの流れが強まったの」

「巡りの流れ?」私が海外出張から量子テレポーテーションで東京に戻ってきたことが、ヒカルのいる未来世界を生み出したということなのか?そんな心の中の疑問に答えるようにヒカルは続ける。

「もう少し詳しく言うと、未来世界は可能性の数だけ、無数に並行しながら存在している。パラレルワールドともいうわ。その中で私のいる未来世界が、色んな巡り合わせの変化によって実現する可能性が高まった、ということ」

 ちょうど今、目の前には、少し先の未来の自分とヒカルの姿がブレて重なるように見えている。これは、いま現在の自分たちが進んでいる軌道が、私たちの身体の動きひとつで辿る軌跡が微妙に変わり得る、そんな可能性として複数ある未来の自分たちの姿を同時に見ているのだろうか。完全に固まる姿となるのは、今、この時の自分たちの姿からだった。

 エコーのようなヒカルの声の反響が一区切りつくように、ヒカルは少し間をおいて話した。
「でも、その流れと同時に、巡りの穴という宇宙を消滅させる副産物をも生みだしてしまったのは、これまでの話のとおり・・・」
 そうだ。そして、今、私たちはついにその巡りの穴の中へとやってきた。

「イナダくんの中で、私のいる未来世界との巡りをつながないと、私はこの世界からは消えるし、それ以前に、宇宙そのものが消滅して全てがゼロにリセットされてしまう・・・」

「穴が開いて、割れてしまう風船のように・・・」私は一番最初にヒカルから聞いた時のことを鮮明に思い出し、つぶやいた。
「そう。それを防ぐための干渉役として、私は未来世界からイナダくんの前に現れた。」

 ここまで聞いた私には、どうしても疑問に残ることが1つあった。

「なんで、ヒカルがその干渉役となったの?」
 私が聞くと、ヒカルはひとつ深い呼吸をした。こころなしか、薄まった身体の色が少しだけ戻ったように見えた。
「・・・それは"縁"、としか今は言いようがないわ。でも、必然的にそうなったこと・・・。巡りを生み出したすべての親、宇宙の意志によって」
「宇宙の意志・・・?」私は思わず頭をかしげて聞き直した。
「ごめん、難しい話ね、今のことは気にしなくていいわ」
 そう言って、ヒカルは前を向いたまま、もう一言加えた。
「まあ、宇宙そのものが、イナダくんとアサダさんの二人の巡り合わせに、過去も、未来も、この世界のすべてを、託しているということ」
 私は文字通り泡を食ってむせそうになる。「そんな、なんでそうなるの!?俺たちに、なんで!?」

「ふふふ・・・何もあなた達だけが特別じゃない。現実世界に生きる人の一人ひとりが、この宇宙にとっては、巡りをつなぐ奇跡の存在なの。一人ひとりがこの宇宙を創造しているといっていい」
 それ以上、ヒカルはしゃべらなかった。

 結局の所、やっぱり私にはよく判らなかったが、こまれまでの不思議な体験の数々によって、以前に比べて少しは理解できたのだろうか。それはどうあれ、結局今の自分ができることは、一刻でも早くこの意識の世界の、巡りの穴の中にいるという、アサダさんに会うこと。全ては、それからだ。

 私は、改めて気を取り直し、相変わらず暗闇の空間を飛び続ける自分の未来、現在、過去を見渡しながら、ヒカルに目を向けて問いかけた。
「そ、それより、ヒカルこのまま消えないよね?このまま俺とこの訳分からん暗闇の中を進んで行って、大丈夫なのか?」

「・・・もちろん。そのために、私は居る。アサダさんのもとへ、急ぎましょう」

「うん!・・・といっても、今どこに向かって居るのかも、よくわからないんだけど・・・」

 私がそう言った矢先、未来の先の方にずっと見えていた無限の合わせ鏡のような自分たちの姿が、ぐるぐると何重にもとぐろを巻きだして巨大な渦を形づくっている様子が見えてきた。

「な、なんだ!?」

 何重もぐるぐると巻かれたとぐろの全てに自分たちの姿が映り、まるで巨大なゾートローブのような幻想的な様相が広がっている。
 近づくにつれて、その大きさに圧倒される。その渦の中央に向かって暗く、深く落ち込んでいく私達の未来の姿。
 その”台風の目”を思わせる穴の中に、私たちは今、吸い込まれようとしていた。

「う、うわあ!」
「きゃあ!」

私もヒカルもお互いに身体を離さぬようにしがみつきながら、抗えない時の濁流の中に飲み込まれていった。

・・・つづく。
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