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誰も知らない、ものがたり。

小説「Quiet World」 04

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 元コミュニティセンターのラボの入口へと向かう通りすがりに「こんにちは、雪かきご苦労様です」と、カヲリがラボの周りで雪かきをする男達に声を掛けると40代〜60代くらいの3人が作業をとめて笑顔で手を振る声を掛けてくれる。

 皆、防護服を着ていないでよく日焼けしている。彼らはこのQuiet Worldでは古参の方で、よく共用の施設の周りで働いているのを見る。働くのが好きだと、それぞれなりの言葉で言っていた。

 ラボに入ってすぐの1階はエントランスロビーとなっていて広々とし、3階まで吹き抜けとなっている。2000年から2010年代に数多くの有名建築を手がけた建築家がデザインしたモダンな造りの建物だ。あらわしのコンクリートづくりの構造に温もりを感じる木材がふんだんに使われている。

 カヲリ達は二階に上がって一番奥の部屋に向かった。ラボの中にある博士の書斎だ。

 ケンがコンコンとドアをノックして声を掛ける。「博士、葉山です、いらっしゃいますか?」

 「おおー、おるよ、入っておいで」とすぐにのびやかな声がドアの向こうから聞こえた。

 すると、木造の扉は部屋の内側に向かって自動で開く。

 中に入ると、今となっては骨董品とも言える、紙でつくられた書物がびっしりと並んだ棚がまず目に飛び込んでくる。そして、部屋の一番奥にある大きな窓から入る明るい日差しを背に、デスクチェアに腰掛けた、小柄で白髪、丸い眼鏡を掛けた老人が笑顔で手を振っているのが見える。

「どうやらこの一週間、特段の問題はなかったようじゃの」博士はケンとカヲリの顔を見て言った。

「はい。まだ夢のようです。本当に防護服無しで、外の世界で暮らす事ができるなんて」カヲリが言った。

「それが、自然で普通のことなんだよ、お嬢ちゃん」博士は眼鏡の奥のつぶらな瞳をカヲリに向けて優しく言った。

 博士の名前は、柊 哲雄(ひいらぎてつお)。70歳半ばくらいだろうか。物理学、化学、生物学、工学、など、現代のレオナルド・ダ・ビンチのごとくあらゆる分野に精通する人物だ。

 前に住人から聞いた噂話では、とある国の最重要機密エリアともいえる場所にある研究所で、宇宙人がもたらした超先進技術を人類が活用できるようにリヴァースエンジニアリングする研究に携わっていたとか、なんとか。嘘か誠かわからないそのような噂を、ともすれば本当なのかもと思わせるほどに博士の創り出すものが、規格外で凄い物ばかりだ。

 例えば、このQuiet Worldの全電力の供給源として使われている電磁波発電装置。それは、宇宙から放射線に含まれる超高帯域の電磁波を電気エネルギーに変換するという画期的な物で、言ってしまえば永久機関と言ってよい代物だ。各家に一台、電気ポットくらいの大きさの装置があれば無限に電力を取り出せる。当然、これまでに人類が成し得なかった発明品だ。

「いいかい、お嬢さん、人間の体はね、およそ半年もすれば全細胞が入れ替わる代謝しつづけるものなんだよ。だから、大事なのは、食べもの。そこに変な物をいれんで、自然が生み出した純粋な栄養素を、きちんと適切に身体に採り入れ続ければ、身体は生まれ変われるのさ」

「本当に、夢のようです。これは全ての人に等しく起こる変化なんでしょうか」

 ケンも身を乗り出して聞いた。

「そうだねえ、少なくとも、宇宙災害を乗り越えて今を生きる人間たちは、恐らく全員に言える事じゃないかとワシは思っておるよ。皆、よい善玉菌に恵まれとるだろうから」

 善玉菌とは腸内細菌の事を指していた。宇宙災害で亡くなった人の大半は、宇宙放射線によって身体の免疫機能が著しく損なわれた結果、普通の風邪やウイルス性の胃腸炎など、旧時代ではほおって置いてもそのうち治るような些細な病気にかかり、この世を去った。

 博士が言うには、そのような中で生き残った人々は、腸内の善玉菌のバランスが元々よかったことも一つの要因だろうと前に言っていた。

『ハカセ!ワタクシのことも忘れないでクダサイ〜!ワタクシのボディを早くつくってクダサイ〜!』

 ケンに抱かれたままのマルコが待ちきれなくなって騒ぎ出した。

「おっと、そうじゃ、そうじゃ、忘れとったが、お前さんのボディ、すっごいのが出来たぞ!」

 博士がいうと、マルコは興奮して掃除機のモーターを入れてブィーンという音をさせた。『ホントですかー!?嬉しいですー!フォー!!』

 ケンがマルコを床に降ろすと、その場で一生懸命に回転しだした。

「わははは!まあ、ケンとカヲリの生態スキャンが先だから、もう少しまっとれ」

そう言って「ほれ、いくぞい」と博士は席を立って部屋の出口へと向かった。ケンも続き、カヲリも喜び回るマルコを拾い上げて着いていく。

 博士が生態スキャンと呼ぶのは、遺伝子解析と、さらにタンパク質・ペプチドの超高速なアミノ酸配列解析を実現する装置だ。これによって、人体のほぼ全ての組成をチェック出来る夢の装置だ。

 ケンとカヲリは、この3ヶ月間、徹底した食事療法を受けてついに防護服を脱ぎ、それから1週間経ったところで健康チェックをするために時間を博士がとってくれていたのだ。

 全身の生態チェックもいわゆるCTスキャンのような機械に寝転がって、ほんの10分ほどで終わった。結果は良好。何の問題も無し。

「とんでもなく健康体だのう。若いっていいなあ。このままいけば二人とも120まで生きるぞ。はっははは」と博士が言うほどだ。

「さ、じゃあ、いよいよマルコ、お前さんの番だな、一階のガレージにいくぞ」

『ワーイ!うれしいですー!早く行きましょ、早く行きましょうヨ!』

 マルコは興奮してブーンブイーンと吸引モーターが唸る。

 

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy  

 

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