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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 60


 改めて周りを見渡してみると、人々が通り過ぎるばかりで、誰も立ち入ろうとしない小さな公園が目に入った。
 上空を飛んでいるとき、何となくこの公園が気になって、この場に降り立ったことを思い出した。
 入口から公園の中を見渡すと、小さな砂場や、滑り台とうんてい、鉄棒といった定番の遊具がいくつかあり、一番奥の方にブランコがあった。そこには、一人の小さな女の子の姿があった。小さな足をぶらりとさせながらゆっくりと、小さく、ブランコを揺らしている。
 私の目線の先を見て、ヒカルもその子の存在に気がつき、「あっ」と小さく声を出した。
 そして、私に近づいて言った。「イナダくん、あの子よ」
 ヒカルが”あの子”といった小さな女の子に、私は何の心当たりもなく、首をかしげてヒカルを見返すと、思わぬ言葉が帰ってきた 「子供の頃のアサダさん」

 私は驚いてもう一度ブランコの女の子を目を凝らして見てみる。
 髪の毛を後ろに一つに束ねて止めている女の子の、おでこから、小さな鼻、口元、あごのラインなど、言われてみるとその顔の作りは、確かにアサダさんの面影が見てとれる。
 
「子供の頃のアサダさんが、どうしてここに?」思わず私はヒカルに尋ねた。

「アサダさんの深層意識下には、子供の頃の記憶に、大人になってもなかなか昇華できていない、残留思念があるの」

「残留思念・・・」その言葉を繰り返した私に、ヒカルは付け加えていった。
「・・・人には、よくあることよ。自分では忘れているつもりの昔のことでも、なにかしら心の奥にずっと引っかかっていることがあって、大人になってからも、知らないうちに自分の考え方や行動に少なからず影響を及ぼしているようなことが」

 よく言う、トラウマというものだろうか。
 そこまで深刻なものでないにしても、自分の子供の頃の苦い経験や嫌なことなんかが、ついつい大人の自分の気持ちを引きずってしまうことなんかは、結構あるような気がする。

「・・・話かけても、いいのかな」私はヒカルを見ながら言った。
「・・・うん。話しかけることで、アサダさんの意識に干渉することになるから、慎重にね。わかっていると思うけれど、子供の頃のアサダさんにはイナダくんのことは判らないから、怖がらせてはだめよ」

 私はうなずくと、公園の中へと足を踏み入れた。芝生がところどころに生えているが、ほとんど砂や砂利の地面となっている足元から、ざっ、ざっと、歩くたびに音がした。

 こちらの足音にも気がつく様子はなく、子供の頃のアサダさんは、やや下を向いてブランコを惰性で揺らしている。
 ブランコの周りを囲む柵の外まで近づいた時、もう一度よくその子の顔を見ると、間違いなくアサダさんであることを確信した。目がアサダさんの目だ。いつもの仕事をバリバリこなすときのではなく、時折、元気をなくしてどこか寂しそうなあの目だ。

 私は、思わずアサダさんと呼びそうになって、思いとどまり、一息ついてから改めて声を出した。
「おじょうちゃん。・・・ひとりなの?」

 女の子は、一瞬身体をビクリとさせ、突然話しかけてきた私の方を見て、ブランコを漕ぐ足を止めた。
 キイ、キイと音を立てていたブランコの惰性も徐々になくなり、揺れが小さくなる。

「・・・だれ?」私の顔を怪訝そうに見ながら、女の子は、今にも消え入りそうな小さな声を出した。


・・・つづく

 
 
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