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誰も知らない、ものがたり。

小説「Quiet World」 02 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 カヲリとケンとマルコ。男女二人とAIロボットのこの場所での生活は、早4ヶ月ほどが過ぎようとしていた。

 「Quiet World」という名は、とある個人が営むブログサイトの中で匿名の読者達がコメント欄を通して対話をしていく中で名付けた、外の世界のある集落の名前だった。

 そのブログサイトの名前は『静寂なる世界』。

 それは非常に不思議なサイトだった。空や鳥、そして野に咲き誇る花たちといった、コロニーの外に出なければ撮影することができない数々の写真が定期的にアップされるのだ。宇宙災害以降の世界では考えにくいことだった。

 もちろん、昔を懐かしむように、宇宙災害以前の過去に撮影した写真を投稿するサイトは沢山ある。しかし、ケンが自らの職務としてこのウェブサイトを監視していた時期を通して、常に季節とリンクしたそれら自然や生きものの写真がリアルタイムで次々とアップされるのを見るに、外の世界の住人がこのブログを管理しているように思えてならなかった。

 しかし、コロニーの外の世界では、インターネットの通信網は殆ど世界中でロストしている状態のはず。外の世界の住人がこのブログをアップしているとしたら、一体どうやって?ケンは始め不思議でならなかった。

 そして、コメント欄では匿名、あるいはハンドルネームでのコメントが寄せられ、一見わかりにくい隠語を用いて、宇宙災害に端を発した旧世界の崩壊自体が、ノアのある一部の人間達による計画として引き起こされたという、いわゆる世間的には陰謀論と呼ばれる類いの内容がまことしやかに語られていることを知った。

 いつしか、ケンもそのブログでハンドルネームを持ち、その会話に参加する内に、自身が所属するノアという組織に疑問を覚えるようになったのだ。

 話が長くなったが、そのブログ「静寂なる世界」のコメント欄での会話の中で登場したのが、この場所「Quiet World」だった。

 そこは、コロニーの外であるにもかかわらず、誰もが防護服なしで暮らしているという奇跡の集落。そして、『静寂なる世界』のブログ主が暮らす場所だった。

 

「ケン、どうしたの?」

 トーストと目玉焼きとサラダという朝食を食べ終わり、ハーブティーを飲みながら思いにふけっている様子のケンに、カヲリが聞いた。

「あ、ああ。いや、ちょっとトオルのことを思い出していてね」

 トオルというのは、ケンのかつての同僚。同じノアのメンバーとして、自分たちの暮らすコロニーの管理の仕事をしてきた男だった。

 トオルは、ケンよりも早くこの場所「Quiet World」の事を知り、自己免疫疾患で苦しむ一人娘をその苦しみから解放したい一心で、ここへ来ようとしたが、叶わなかった。

 恐らく、この場所はノアの中枢にいて密かに世界の転覆を目論んだとされる何者か達(コメント欄では“奥の森“、“ディープフォレスト”という隠語で呼ばれている奥の院)にとってタブー視されている場所のようだ。

 トオルがこの「Quiet World」へ行こうとしていることが知れたとたんに、彼は重度の精神病患者というレッテルを貼られて、コロニーの最下層にあるセクション46に収監されてしまった。コロニーのマザーAIが管轄する街の機能、AIロボットの全てがトオルに牙を剥いたように。そうなると、コロニーに住む人間には、まるでなすすべはない。

「あの手紙に書いてあった人ね・・・」

「うん。俺たちは、こうして自己免疫疾患の恐怖から解放されて防護服を着ずに外に出られるようになった。トオルは、娘さんにこの安心感と自由を、プレゼントしたかったんだろうって思ってね・・・」

「そうね・・・」カヲリは窓の外の雪景色を見た。さっき手に触れる雪の冷たい感触を思い出す。

 外でも防護服なしで暮らせる。少なくともケンとカヲリの二人にとっては真実だった。となればコロニーを中心に再構築された新世界の方が、虚実だということになる。

 コロニーのことを『鳥かご』や『Phantom City(幻の街)』とも呼んでいた、コメント欄の匿名の読者達は、まったくもってよく言ったものだと感心する。

「これからどうするの?」カヲリは改めてケンに聞く。

「どうするって、しばらくはここで生活しながら時を待つさ。少なくともカヲリのお父さんがここに来られるまではね」

 カヲリは少し安心したかのように、頷いた。

 ケンはカヲリに、ここに来れば生き別れた父親に会えるかもしれない事を伝えていた。宇宙災害時にちょうど海外に赴任していたカヲリの父。カヲリに残された、たった一人の家族。母も兄と弟も、宇宙災害で亡くしてしまった。

 ケンも宇宙災害で全ての家族を失った。だから、『静寂なる世界』のコメント欄で、カヲリの父とされる人物と話して、お互いが死んでしまったかもしれないと諦めかけていたその父と娘を、何としてもこの場所で再開させようと想い、必ずカヲリをつれて来ることを約束した。家族の絆の大切さを身に染みていたのだ。

 そして、カヲリは父に会えるかも知れないという期待を胸に、危険を冒してここまでやってきた。本当に危険な思いをした。ケンも、マルコも一緒になってコロニーの治安維持を目的とした冷徹なシステムAIの巨体のロボットに追われて命からがら逃げ出したのだ。

 もちろん、必ず父に会えるとはカヲリも思っていなかった。そもそもカヲリにしても心の奥底に眠っていた新世界に対する疑念が膨らみ、この場所を目指した自分の判断に後悔は無かった。

「流石に、カヲリのお父さんも、大阪のコロニーからここまで怪しまれずに移動して来るには、あといくつかのコロニーを点々と渡り歩いてこないとだめだろうから、どれくらい掛かるかわからないけどな」

 

 そう。カヲリの父親は確かに実在していた。そして、この場所で確かに会うことができた。ただし、画面越しで。

 それでも、父は約束してくれた。必ずこの場所へ辿り着くと。

『カヲリ、それまで、父さんを待っててくれ』

 その言葉に、カヲリは子供のように泣きじゃくりながら、画面の中の懐かしい父親の姿に向かって何度も頷いた。

 自分で孤独にはすっかり馴れたと思っていたカヲリの心の中に、いつしか築かれていた頑な感情の堰のような部分が壊れたかのように、涙が一気にあふれ出て止まらなかった。  

 画面越しの父の目にも、涙が光っていた。

 

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy  

 

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