思えば、私はヒカルにとにかくアサダさんの家に向かうように促され、本来知るはずもなかったこの場所まで、ようやく辿り着いた。
リンによる次元移行で特別な移動体験を味わい、クッキーに連れられて辿り着いた、アサダさんの部屋。
そして、ヒカルからの着信。
「・・・ヒカル、ついたよ!アサダさんの居る部屋に・・・!」
私ははやる気持ちを抑えながら、電話の向こうのヒカルに伝えた。
「・・・うん。ちゃんと見てたよ」
ヒカルの声はすこし遠く、小さかった。
「これから、俺はどうしたらいい?」
あまり時間が無いことは判っていた。世界の巡りに異変が起きてから、この宇宙は消滅の危機に瀕してるという。
私自身、まるで実感がもてなかったところに、今回の大地震が来た。今もたまに揺れる余震がある度に、そのことを思いだし肝を冷やすような思いがする。
「・・・これから説明する。でも、その前に、少しだけリンちゃんと話したいの。代わってくれない?」
私はスマホを耳にあてたままリンの方を向くと、すでに心得たような顔で、リンは私が持つスマホを催促するように手を伸ばして待っていた。
「リンちゃん、かわってって」
スマホをリンに渡すと、リンはすぐに電話の向こうのヒカルと何やら話し始めた。
「・・・うん。そうね。そのほうがいいよ。・・・うん、大丈夫、できると思う・・・」
リンとヒカルは何やら相談をしているようだ。二人だけに判ることなのだろうか。
「・・・うん。ヒカルちゃん、もう少しだよ。頑張ってね。・・・きっと大丈夫だよ、トモヤを信じよう」
二人の会話の中に、不意に自分の名前が出てきて少し戸惑う。
それに、なんだかリンもシリアスな雰囲気だ。リンはヒカルを気遣っているようだ。
ヒカルは今、だいぶ弱っているともリンから聞いている。
そのヒカルが、判らないことだらけの自分の一体何を信じてくれようというのだろう。
私は正直心許ない気持ちでいっぱいだった。
この宇宙の存続は、本当に自分の手に委ねられているというのか?
・・・いや、今はやっぱりそこまで考えられない。
今考えられるのは、この先の部屋で一人目を覚ますことが出来ずに眠っている、アサダさんを助けることに集中しよう。
宇宙がどうなるかはなんて、ハッキリ言って判らないけれど、自分のせいでアサダさんがこのまま起きれずに眠りっぱなしになるなんで、そんなの絶対に嫌だ!
「・・・うん、じゃあ、トモヤに代わるね」
リンはそう言って、スマホを私に向けて差し出した。
私は頷いてスマホを受けとり、ヒカルに話しかけた。
「もしもし、俺、どうすればいい?」
「・・・まず、眠っているアサダさんのそばにいって。廊下の左側の扉がアサダさんの寝室。そこで眠っているから」
「うん・・・」
私が靴を脱いで廊下に上がろうとすると、そばに居たリンがたしなめるように言った。
「トモヤ、靴は履いておいた方がいいよ」
「・・・え?なんで、部屋が汚れちゃうじゃない」
私は意表を突かれて戸惑い、ごく普通な感想が口から出た。
「いいから、今はそんなこと言ってる場合じゃないの!」
少しあきれ顔のリン。
これ以上何か言っても言い返されるだけだとわかり、私は言われるがまま靴をはき直して、そのまま土足で廊下に上がった。
「アサダさん、綺麗なお家を汚してごめんなさい・・・!」
この非常時にわざわざ口に出しておことわりする私の様子がおかしかったのか、リンがプッと笑い、顔がほころんだ。
私はそうっと、廊下を歩き、リンもクッキーもそれに続いた。
廊下を入ってすぐ左側にある扉のノブに手を掛けて回す。
ガチャリと音がして扉が開く。
部屋はカーテンが閉め切られており、その隙間から僅かに外の光が入り込んでいる。薄暗い部屋を見渡すと奥にベッドが見える。
ベットの上の布団が膨らんでいる。・・・アサダさんだ。息をしているかも判らないほど静かに横たわっていた。
私はとても心配になり、慌ててベットに駆け寄った。
ベッドの横からのぞき込むと、アサダさんの寝顔があった。
あまりに静かに横たわるアサダさんの様子を見て、息をしているか確かめるために耳を顔に近づけた。
・・・かすかな吐息の音が聞こえた。
まずはほっとして、ヒカルと話すためにスマホを耳にあてた。
「・・・大丈夫、寝ているだけだよ」
私の様子を見ていたのか、ヒカルがすぐにそっとつぶやいた。
「・・・でも、このままでは、永遠に起きることはできない・・・」
改めて口に出されたヒカルのその言葉に、私の胸の鼓動がはげしく脈打ち、また同時に強く締め付けられた。
・・・つづく。
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