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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 48



 夢中に走りながら橋爪部長の元を駆けながら離れていく私たち。
 隣で走る、成長したリン。握っていた小さなリンの手も、少しだけ大きくなっている。
 リンと橋爪部長が見せてくれた親と子の絆の奇跡。

 それを目の当たりにした私は、何か得体の知れない大きな力を与えられたような気持ちになった。
 いや、正しくは、思い出したと言った方が良いのかもしれない。
 自分にとっての純粋な親への感情、子どもの頃の絆の記憶は、学生から社会人へと成長する過程で、どこか遠く自分の心の奥の方に隠れていたのかもしれない。
 思いっきり甘えていた子どもの頃の自分。親から感じた安心感。時には怒られて、怖かった。逆に腹が立つこともあったけれど、小さな小さな自分にとっては、戻るべき場所だった、大きな存在。母親と父親。私の親。
 リンと橋爪部長を通して、少しだけ親からの目線でその絆に触れることができた自分がいた。

 橋爪部長の視界から消えて、もう随分橋爪部長のマンションからは遠ざかったのだけれど、私たちは走っていた。
 走らずにはいられなかったのだ。
 そして、大きめの公園を見つけた私とリンはたがいの手を引っぱり合うように合図し、クッキーとともに公園へ駆け込み、そこに何人かいる地域の住民からは見えないよう、遊具の影に隠れるようにして滑り込んだ。

 はあはあと息を切らしながら、私とリンは座り込んで互いの顔を見合わせる。隣ではクッキーは楽しそうに興奮して尻尾をフリフリして、その場で飛び跳ねている。思いっきり走れて楽しそうだった。
 その姿を見て、私もリンも笑った。
 上を見上げると木々の葉の間から、震災を忘れたかのような、のびやかで綺麗な青い空が見えた。
 しばらく無言で、お互いに上がった息をただただ聞いていた。
 遊具の間を通り抜ける風が気持ちよかった。

 そして、どれくらい経っただろう。
 だいぶ息が整ってきたころを見計らうように、クッキーがワン!と鳴いた。
 
 クッキーの方を見ると、私の目をじっと見て座っていた。
 自分は、もう準備万端だよ—そう言っているように思えた。
 私の頭に、アサダさんの顔が浮かぶ。
 クッキーは、リンの方にも顔を向けた。

 「うん、そうだね、よし、行こう!」
 応えるように、リンが元気な声で、力強く言う。


  そして、私とリン、そしてクッキーは、互いに手をつなぎ、リードをしっかりと握っていることを確認してから、リンが集中し、再び光出す。

 そして、次元を移行し、私たちは空に浮かんだ。

 いよいよ、アサダさんのもとへ。

 この世界、宇宙の消滅というのは正直まだ私にはよく判らない。
 ただ言える事は、今、アサダさんを救いたいという思いが、無性にこみ上げてきているということ。
 それに、リンと橋爪部長の親子の絆の記憶さえも、消えてしまうような未来があってはならない。

 その時、突然、私の脳裏に強いイメージが現れた。まるで目の前で実際にそれを見ているかのような、ハッキリとした画像が鮮明に。


 ヒカル・・・?

 なぜか、つらく悲しそうな顔をしているヒカルの顔。

 そうだ。ヒカルはエネルギーが弱っていると言っていた。

 それを思い出した瞬間、私の心に、強くて大きなとても硬い“塊”のような力がこみ上げてきた気がした。

 私の身体が、僅かに身震いした。

 何かに、呼ばれている気がした。手脚にみなぎる力を感じた。

 私は思わず力を込めた目で隣のリンを見る。そして、腹の底から声を絞った。

 「・・・行こう!」


・・・つづく。
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