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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 22



 ホールに戻った私は、それからオーダーに追われながら一生懸命に動いた。
 忙しい中でも、できる限り自分からお客さんに対する気配りを”出していこう”と、笑顔を絶やさずも集中していた。
 少し店が落ち着いた頃、気がつけば、休憩の時間になろうとしていた。

 時間ちょうどにホールマネージャーがそばにやってきて、休憩を告げられた。
 マネージャーと交替し、その場を離れようとした時、異変が起こった。
 
 『じゃあ、休憩にいって・・・』

 言葉を言い切る前に、思わずビックリして止めてしまった。
 私は確かに“休憩に行ってきます”と声に出そうとしたが、それは声にならなかった。
 それどころか、居酒屋特有のあちらこちらで聞こえるはずのしゃべり声や笑い声、厨房の食器の音、何一つ音が消えていた。
 そして、何より、傍に来たマネージャーの動きが完全に止まっている。
 しかも歩き出す格好で一歩足を前に出している中途半端な状態で、完全に停止していた。
 私は動揺し、瞬時に辺りを近くにある客席を2、3見回したが、すべての人がまるで時間を止めたかのように完全に動きを止めている。そして、決定的な異変として、お客さんの一人が口からこびかけたコロッケの一欠片が、どう見ても空中で止まっているのが目に飛び込んできた。

 「・・・え!?」
 思わず言葉が出たその声は、私の耳にも聞こえてきた。いつの間にか、周りの喧騒が元に戻っていた。テーブルの上に落としたコロッケを、再び箸で取り上げて口に入れるお客さんの姿が見えた。

 一瞬の出来事。恐らく、3秒もないくらいの間の出来事だった。その3秒の間に動いていた私は、ホールマネージャーから少しだけ離れて立っていた。ホールマネージャーは、私の方を見て目をこすって、首をかしげている。
 一体、何が起こったのだろう・・・?時間が・・・止まった!?いや、そんな馬鹿なことが・・・

 瞬時に色んな考えが頭をよぎっていたその時、

 「すみませーん!」

 すぐ側から聞こえた女性のお客さんの声に、私は我に返った。
 ちょうど前を通りかかった客席から声を掛けられたのだった。
 そのまま休憩に入るわけにはいかず、私は女性に振り向き、オーダーをとる姿勢になった。
 「はい!ご注文でしょうか!」
 元気よく笑顔で応えると、女性は大分お酒が入っているようで、私の顔を見るなり笑顔で絡んできた。
 「ちょっとおー、この子可愛い〜!」
 女性客は30代半ばのOLと言ったところで、それと同世代か、少し若いくらいの会社の女性同僚らしき他3人と、大分盛り上がっている感じが見受けられた。
 「あ、ありがとうございます・・・」
 スルーもできないので、照れ笑いしながら応えると、いきなりオーダー用の端末を持つ手に女性が腕を回してきた。
 「あたしのタイプ—!」
 「あ・・・」突如触れてきた柔らかくて温かい女性の胸の感触。結構綺麗で細身のおしとやかそうな人だったこともあり、かなり動揺した。人は見かけでは判らない。お酒が入るとなおさらだ。女性客はワザと胸をあてに来ているに違いない。これまた、見た目に寄らず、かなり豊満なバストだった。そして、少し挑発的な、いたずらっぽい目でじっと見つめられる。
 
 「もー!アキったら、お兄さんびっくりしちゃうでしょー」
 「あははは、やだー、なにやってんのー!」
 周りの同僚女性も盛り上がって楽しんでいる。
 腕を絡めてきた女性はさらに腕にさらにギュッと力を入れて、上目使いの目線で言葉を掛けてきた。 
 その目線と艶やかな唇に目をやると、自然とボタンが開けられたブラウスの胸元から白くて柔らかそうな胸の谷間が見え、心臓がドキッとした。

 「ねー、お兄さん彼女いるのー?」
 「わー、大胆〜!」
 わっと盛り上がって、女性達の笑い声が止まらない。
 ここは、ほどよくはにかんで、愛想良く場面を進行しよう・・・。
 「あ、あの、オーダーを伺ってもよろしいでしょうか・・・」
 
 「キミのことが欲しいの!」
 「きゃはははは」

 ・・・だ、だめだこりゃ。

 それから5分は絡まれながら、ようやくドリンクのオーダーをもらって、ようやく無事に開放された。 
 結局予定の時間から10分間遅れての休憩。

 私は少しのぼせた頭を冷静にするように、ふうっと長い息を吐きながら、事務所へと続く階段を昇っていった。


・・・つづく
 
 
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