「白洲正子能面学」と「面打ち」

白洲正子著「能面」を定本として、現在各能楽宗家、美術館、博物館、神社等に所蔵されている能面を面打ちも含めて研究してみる

「白洲正子能面学」と「面打ち」-024

2015-01-09 16:04:35 | 日記
 
白洲正子能面学」と「面打ち
                                        
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年が明けて今年こそは順調に面打ちを気を落ち着けて、やり続けようと決心したのですが、毎日キッパリとした天気にならず、薄曇の乾燥した毎日が続いております。雨が降らねば畑作業に困難を来たします。これが気を重くさせる。どうも本日も雨がちです。
 
 
 
 
 
さて、先日NHKと「オンデマンド」の契約を完了し、最初に見たのが<白洲次郎>という番組。皆さんも数年前に見たものと思います。その中で白洲次郎、白洲正子ご夫妻が、東京都下町田市の田舎で疎開生活をされていたころの情景が出てきました。
 
 
戦争も激しさを増し、当時40歳を過ぎていたご主人の白洲次郎氏に「赤紙」が届いたのです。近隣の若者もどんどん徴兵されていた時代です。麻布の連隊に徴兵検査に望む前の日のことが、一つのシーンとして映し出されておりました。
 
 
妻は夫に床の上に置かれた数面の能面から、「小面」を取り上げて、自分の顔に当てながら、少し俯き加減にしながらの情景を映し出しておりました。所謂、<しおる>という型でした。心の中のどうしようもない悲しみを、言葉や自分の顔に表さず、<しおる>という動きで、自分のこころを夫に伝えたかったのだと思います。
 
 
「なかなか上手いキャステイング>だなと思いました。カメラの方も撮影に大変でしたでしょう。何度も何度もやり直したと思います。
 
 
喫茶店でちょっと一服
 
 
 
 
小面騒動!
 
今から25年程前のこと、名古屋の県立美術館で尾張徳川家の能面・能装束展が開催された。たまたま名古屋に在住していたので、勇んで観覧して来たときのことである。
 
小面  天下一 近江 作
 
 
 
その時一見して<そんな馬鹿な?>と思った。でも間違いなく、小さな紙の案内表示には、<小面>と書いてあった。まだ、そのころは近江の生んだ名工・天下一近江なぞ知る由もないころであった。しかし、曲がりなりにも小面を打った経験から、面の表情と毛書(描)きから増女か若女であろうと思った。
 
直ぐ側にガードマンが立っていたので、無理と知りながら<叔父さん、これ間違っているよ!>と話し掛けた。叔父さんも当然ながら知る由もなかったろう。変な顔をしていたのを今でも覚えている。学芸員が間違うはずもなく、恐らく素人の係員が置き間違ったと判断した。
 
 
さて、それから四半世紀後の2014年の秋に、偶然にその時の図録を手に入れたのである。<尾張徳川家・能楽名宝>であった。懐かしく当時のことを回想しながらページを捲っていくと、件(くだん)の女面に辿り着いた。どう見ても小面ではないのに、間違いなく「小面」と印刷してある。
 
 
何て、しつこいやつなんだろう>と思いながら、解説文を調べてみたら・・・・・この面の裏の焼印(烙印)は近江満昌である。尾張徳川家ではこの面を増女と知りながら、敢えて小面の名称で伝承して来たという由来が書いてある。徳川家は喜多流であるから、宗家の女面は小面である。
 
徳川62万石の譜代大名家であっても、江戸時代のころには天下一・近江の本面なぞ、おいそれと手入れる事は難しかった筈である。その辺りがこの問題の謎を解く鍵であろうか。著者も真実は解らない。でも、思い出のあるエピソードであった。
 
 
一応・・小面  XXX作
 
 
 
上記の面は著者が名古屋に住み着く数年前に、遠州・白須賀で打った面である。正月なので恥ずかしながらこれが最後と思い公開した次第である。写真の撮り方が間違ったのか、随分良く撮れている。赤面の至りである。   
 
 
 
 
雪の小面
 
 
次回は石川龍右衛門重正の三部作の一つ、<雪の小面>を、ご紹介する予定ですが、今回はその前哨戦。
 
 
さて、下記の面のどちらが「本面・雪の小面」であろうか?
 
 
 
 
小面 作者不明  粟谷家所蔵
 
 
 
如何であろうか。一番目の小面が真作の<雪の小面>である。本面を観たことのない方でも、文献で記憶している方には直ぐ判断が付くであろうが、二番目の面を突然出されたら、殆どの方が騙されると思う。それ位よく写されている。驚きである。
 
この面は能面師・長澤 氏春師と大変懇意であった、能楽師・故 粟谷新太郎氏の粟谷家伝来の小面である。本面を天下一・河内が写し、これを更に彼以降の能面師が写したものである。裏面の「知らせ鉋」から河内と解るそうであるが。「堰」という銘が金泥描きされている。
 
 
 
 
それにしても見事というしかない。筆者も本面<雪の小面>を身近で拝見したことはない。しかし、それにしてでもある。世間には龍右衛門の写しで、当代の名工の作は沢山有るが、これほどのものを未だ拝見したことがない。写真であるから彩色の状態は比較できないが、逸品であることは間違いないものである。
 
目尻の切り方は本面と少し違うが、左右の眼の位置、そして、口の切り方の素晴らしさは絶品である。個人的な気持ちであるが・・・筆者は作者Xの小面が好きである。
 
天下一・是閑は95~96歳まで面を打っていたとか。信じられない程であるが、ある面ではこれから精進すれば、出来ない相談でもないと、自らを慰めている次第である。
 
 
 
 
 
 
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