金曜日の晩は仕事を終えて駈けつけてくれた犬友達が
夜遅くまで想い出の犬談義に花を咲かせてくれました。
静かに寝ているうりの周りで、次から次から楽しい話が溢れて、
声高に笑い声に包まれていました。
ホントに賑やかなお通夜でした。
それはまるで100歳まで大往生したお祖母ちゃんを見送るお通夜
の親戚のおっちゃん、おばちゃん達がワイワイやっているような感じ。
うりはとても短い犬生だったけれどドッっひゃ~と駆け抜けて
行って大往生したんだな…と改めて思いました。
寝ているうりはきっと、大好きなおっちゃん、おおばちゃん達
うるっせぃなぁ~~って思っていたと思います(笑)
皆、これまで大変な闘病の末、大切な犬達を頑張って見送って
辛い事を乗り越えて来た心強い仲間達です。
私達二人ならどんなに染みったれたお通夜になっていただろう?
しおんの時から紡いでくれてる犬仲間達に本当に救われた夜でした。
うりが普段よく居た場所には、赤レンジャーの戦闘服などを
置いておきました。
実は、かーさんは最期うりを看取る事ができませんでした。
朝の、うん○事件があって、この日は丁度休診日だった病院の
先生を朝早くから叩き起こし電話で様子を相談して、一応今の
状態ならまだ大丈夫そうだと感じて安心していました。
朝の事件の関係で朝少し時間を貰い仕事も遅刻して出勤し
昼休みに戻って来た時もいつもと変わりなく、顔をあげて
話をしました。
この日にまさか旅立つなんて夢にも思ってなかったかーさんは
仕事の都合でどうしてもこの日は夜遅かったのです。
夕方に普通に帰宅したとーさんはうりの傍に居りました。
うりもホントに普段通り穏やかに過ごしておりとーさんとリビング
でポテカウチしながらのんびりスヤスヤと休んでおりました。
夜9時25分頃少し小さな痙攣ようにピクっと動いたので傍に
居たとーさんはすぐにその小さな変化に気付き声を掛けました。
うり、どうした?
でもとーさんはすぐに、あ、もうお別れの時が来たんだなと…と
感じたそうです。
かーちゃん、戻って来るまで待ってようよ。。。と何度か言った
けれど、うりは無反応。
今迄の頑張りを見て来たとーさんはもうこれ以上、頑張れ…とは
言えないなって思い、「うり、もうゆっくりしていいよ。」と
言うと本当にスッとうりの命の炎がそっと消えたそうです。
かーさんはうりの最期に間に合いませんでした。
何故????
去年からず~っと一緒に傍で寝袋で寝てたかーちゃん
置いて行くんだよ。
痛恨の惜別に、ただただ涙が溢れて来ました。
もう、今はかーちゃん泣いてもイイんだよね。
子供が泣きじゃくる様に大泣きしたけれど、うりがどんなに
頑張って来たかを思うと、ただただ非力な自分に対して悔しいの
とうりがどれだけど偉い子ちゃんだったかが走馬灯に様に
思い浮かんで、ごめんね、ありがとう、この言葉しか
出ませんでした。
最期に看取れなかった後悔は拭いされないけれど、でもやっぱり
かーちゃんが泣きながら家に帰ると、間一髪間に合いました!と
いう美談に仕上げないところが…全くうりらしいなと思いました。
何で、今日なんだよ。
どうして最期こうなっちゃうの???
でも颯爽と駆け抜けて行ったうりの犬生は本当に彼女らしい
な~と思います。
いや~堪らんなぁ~
うりの葬儀と火葬の時に使う遺影の写真を選ばなくては
ならず、色々PCのデータを見ていたら、本当に沢山のうり。
どれもうりらしく中々選べません。
以前にブログにアップしていたものの中でもうりらしいのを
ちょっとご紹介します。
好きなおもちゃを持つといつも得意気になり見せびらかします。
高い所に昇っても得意気
バニらしくない身体能力の持ち主で
雪だらけぇ~の
砂だらけぇ~の
好奇心旺盛で雪の中にも顔を突っ込み
水の中にもツッコミ
嬉しそうにお宝をゲットし
お調子もんで
天真爛漫で
ぶっ飛び娘は
断脚オペの1ヶ月後には泳いであっと言わせたり
3本脚になっても変わる事なくぶっ飛んだり
ぶっ転んで
みんなを沢山驚かせながら走り去って行きました
本当に自慢の、ど偉い子ちゃんでした。
本当に沢山のお花に囲まれて安らかに眠っています。
皆様に贈られて頂いたお花は何故かひまわりが多いいんです。
メッセ―ジカードにはうりの笑顔はひまわりの様だったとか
明るくて元気で真っすぐでうりのイメージはひまわりみたい
だったねとか書いてあります。
他にもひまわりを指定したけれどたまたま依頼したお花屋さんに
無かったので大輪ガーベラをお願いしたの、というお言葉もあり
大輪ガーベラもひまわりみたいに素敵です。
うりっちの笑顔をイメージして可愛らしいピンクのお花も沢山
あります。
私達が元気になれる様にとビタミンカラー(黄色やオレンジ等)
の元気一杯のお花も沢山あってうりの周りは明るく華やいでいます。
改めてうりが皆さんに愛されていたんだなと思うと感謝の想いで
胸一杯になると同時にうりがそんなイメージで思って頂いて
嬉しくなります。
今日、2時頃からお空に昇って行きます。
皆さんに頂いたお花を少しずつ棺に入れさせて
頂いて皆さんの気持ちと一緒に見送りたいと思います。
断脚した時に先に火葬していた右脚のお骨も一緒にしてあげます。
これで虹の橋に行っても4本脚でぶっ飛んでいられるでしょうね。
ぶっ飛んでいると言えば…
30日の夜からうりが居ません。
居ないというのは、何と言うか…気配が無いのです。
どうも何処かへ遊びに行っているようです。
多分、こんなに愛されているのでアチコチぶっ飛んで
挨拶に行っているのだと思います。
遊びに行った時は宜しくお願いします。
ブログやFBなどにも温かいお悔やみ、労いのコメント
や個別にメールを頂いている方など本当にありがとうございます。
早々に返信できず申し訳ありません。
少しずつ返信させて頂きますので宜しくお願いします。
遠くの方からは本当は駈けつけて、うりに一目会って労いの言葉を
掛けたかったという風に仰って頂いている方もおられるのですが
かーさんのワガママな気持ちで大変恐縮ですが、ブログ等にはうり
の最期の寝顔はアップしないのでごめんなさい。
本当に安らかな最期の寝顔ですのどうぞ安心してください。
上に掲載したような、ぶっ飛びお転婆娘の花◎笑顔のうりを
覚えていて下さると幸いです。
あたちね、今日ねお空に元気に昇って行くでし。
行ってきま~~しゅ。
行ってらっしゃいうりっち!にポチっとお願いします
夜遅くまで想い出の犬談義に花を咲かせてくれました。
静かに寝ているうりの周りで、次から次から楽しい話が溢れて、
声高に笑い声に包まれていました。
ホントに賑やかなお通夜でした。
それはまるで100歳まで大往生したお祖母ちゃんを見送るお通夜
の親戚のおっちゃん、おばちゃん達がワイワイやっているような感じ。
うりはとても短い犬生だったけれどドッっひゃ~と駆け抜けて
行って大往生したんだな…と改めて思いました。
寝ているうりはきっと、大好きなおっちゃん、おおばちゃん達
うるっせぃなぁ~~って思っていたと思います(笑)
皆、これまで大変な闘病の末、大切な犬達を頑張って見送って
辛い事を乗り越えて来た心強い仲間達です。
私達二人ならどんなに染みったれたお通夜になっていただろう?
しおんの時から紡いでくれてる犬仲間達に本当に救われた夜でした。
うりが普段よく居た場所には、赤レンジャーの戦闘服などを
置いておきました。
実は、かーさんは最期うりを看取る事ができませんでした。
朝の、うん○事件があって、この日は丁度休診日だった病院の
先生を朝早くから叩き起こし電話で様子を相談して、一応今の
状態ならまだ大丈夫そうだと感じて安心していました。
朝の事件の関係で朝少し時間を貰い仕事も遅刻して出勤し
昼休みに戻って来た時もいつもと変わりなく、顔をあげて
話をしました。
この日にまさか旅立つなんて夢にも思ってなかったかーさんは
仕事の都合でどうしてもこの日は夜遅かったのです。
夕方に普通に帰宅したとーさんはうりの傍に居りました。
うりもホントに普段通り穏やかに過ごしておりとーさんとリビング
でポテカウチしながらのんびりスヤスヤと休んでおりました。
夜9時25分頃少し小さな痙攣ようにピクっと動いたので傍に
居たとーさんはすぐにその小さな変化に気付き声を掛けました。
うり、どうした?
でもとーさんはすぐに、あ、もうお別れの時が来たんだなと…と
感じたそうです。
かーちゃん、戻って来るまで待ってようよ。。。と何度か言った
けれど、うりは無反応。
今迄の頑張りを見て来たとーさんはもうこれ以上、頑張れ…とは
言えないなって思い、「うり、もうゆっくりしていいよ。」と
言うと本当にスッとうりの命の炎がそっと消えたそうです。
かーさんはうりの最期に間に合いませんでした。
何故????
去年からず~っと一緒に傍で寝袋で寝てたかーちゃん
置いて行くんだよ。
痛恨の惜別に、ただただ涙が溢れて来ました。
もう、今はかーちゃん泣いてもイイんだよね。
子供が泣きじゃくる様に大泣きしたけれど、うりがどんなに
頑張って来たかを思うと、ただただ非力な自分に対して悔しいの
とうりがどれだけど偉い子ちゃんだったかが走馬灯に様に
思い浮かんで、ごめんね、ありがとう、この言葉しか
出ませんでした。
最期に看取れなかった後悔は拭いされないけれど、でもやっぱり
かーちゃんが泣きながら家に帰ると、間一髪間に合いました!と
いう美談に仕上げないところが…全くうりらしいなと思いました。
何で、今日なんだよ。
どうして最期こうなっちゃうの???
でも颯爽と駆け抜けて行ったうりの犬生は本当に彼女らしい
な~と思います。
いや~堪らんなぁ~
うりの葬儀と火葬の時に使う遺影の写真を選ばなくては
ならず、色々PCのデータを見ていたら、本当に沢山のうり。
どれもうりらしく中々選べません。
以前にブログにアップしていたものの中でもうりらしいのを
ちょっとご紹介します。
好きなおもちゃを持つといつも得意気になり見せびらかします。
高い所に昇っても得意気
バニらしくない身体能力の持ち主で
雪だらけぇ~の
砂だらけぇ~の
好奇心旺盛で雪の中にも顔を突っ込み
水の中にもツッコミ
嬉しそうにお宝をゲットし
お調子もんで
天真爛漫で
ぶっ飛び娘は
断脚オペの1ヶ月後には泳いであっと言わせたり
3本脚になっても変わる事なくぶっ飛んだり
ぶっ転んで
みんなを沢山驚かせながら走り去って行きました
本当に自慢の、ど偉い子ちゃんでした。
本当に沢山のお花に囲まれて安らかに眠っています。
皆様に贈られて頂いたお花は何故かひまわりが多いいんです。
メッセ―ジカードにはうりの笑顔はひまわりの様だったとか
明るくて元気で真っすぐでうりのイメージはひまわりみたい
だったねとか書いてあります。
他にもひまわりを指定したけれどたまたま依頼したお花屋さんに
無かったので大輪ガーベラをお願いしたの、というお言葉もあり
大輪ガーベラもひまわりみたいに素敵です。
うりっちの笑顔をイメージして可愛らしいピンクのお花も沢山
あります。
私達が元気になれる様にとビタミンカラー(黄色やオレンジ等)
の元気一杯のお花も沢山あってうりの周りは明るく華やいでいます。
改めてうりが皆さんに愛されていたんだなと思うと感謝の想いで
胸一杯になると同時にうりがそんなイメージで思って頂いて
嬉しくなります。
今日、2時頃からお空に昇って行きます。
皆さんに頂いたお花を少しずつ棺に入れさせて
頂いて皆さんの気持ちと一緒に見送りたいと思います。
断脚した時に先に火葬していた右脚のお骨も一緒にしてあげます。
これで虹の橋に行っても4本脚でぶっ飛んでいられるでしょうね。
ぶっ飛んでいると言えば…
30日の夜からうりが居ません。
居ないというのは、何と言うか…気配が無いのです。
どうも何処かへ遊びに行っているようです。
多分、こんなに愛されているのでアチコチぶっ飛んで
挨拶に行っているのだと思います。
遊びに行った時は宜しくお願いします。
ブログやFBなどにも温かいお悔やみ、労いのコメント
や個別にメールを頂いている方など本当にありがとうございます。
早々に返信できず申し訳ありません。
少しずつ返信させて頂きますので宜しくお願いします。
遠くの方からは本当は駈けつけて、うりに一目会って労いの言葉を
掛けたかったという風に仰って頂いている方もおられるのですが
かーさんのワガママな気持ちで大変恐縮ですが、ブログ等にはうり
の最期の寝顔はアップしないのでごめんなさい。
本当に安らかな最期の寝顔ですのどうぞ安心してください。
上に掲載したような、ぶっ飛びお転婆娘の花◎笑顔のうりを
覚えていて下さると幸いです。
あたちね、今日ねお空に元気に昇って行くでし。
行ってきま~~しゅ。
行ってらっしゃいうりっち!にポチっとお願いします
はじめまして。
うりと私達家族へ温かいコメントありがとうございます。
うりが旅立って2週間が経とうとしていますが、
あっと言う間のような、時が止まってしまったような
良く解らない日々が過ぎています。
うりとの暮らしは本当に色んな手術を乗り越えながら
元気に遊べるだけ遊び倒すをモットーに日々楽しく
笑顔で暮らすようにして参りました。
それは病気になってからも変わらず実行しました。
お陰で殆どの闘病の間は元気に楽しく過ごす事ができました。
うりの天真爛漫な性格に助けられ私も頑張る事ができました。
これからはど偉い子ちゃんのうりの笑顔を思い出しながら
この悲しみを乗り越えて行こうと思います。
泣いてばかりではうりが悲しみますもんね。
頑張ります♪
おととしうちのレオンとお別れしました。(レオンくん12歳でした。)
いつも元気なうりちゃんを、楽しく拝見させていただいていました。
本当にうりちゃん、ど偉い子ちゃんですね!
でも、本人はそんなに頑張ってます感無いように見えました。
いつも自然体で、ママに心配かけないいい子ですね。
とてもあんなに大変な経験を次々したとは思えないくらい、私達にはいつも穏やかな笑顔をみせてくれましたね。
お空に静かに昇って行ったのを知った時も、不思議と悲しみよりも、穏やかな寂しさを感じました。
うりちゃん、きっとお空で楽しく飛び回っているんだなと思えます。
亡くなるその時って、記憶に焼き付いてしまいますから、うりちゃん、ママには楽しい元気な姿だけを思い出して欲しいのだと思いますよ!
形は無くても魂はいつも一緒にいます。大好きなママを、うりちゃんの方が何倍も心配してくれてるかも!
どうかお元気で、またその後をupしてください。
初めまして。
パッチくんの頑張りはいつも陰ながらブログで拝見して
いました。
うりと時期がリンクしているので同じ気持ちで応援して
おりました。
うりはパッチくんと少し違って骨肉腫ではなく組織球性肉腫という悪性の腫瘍でした。
どちらにしても遺伝性のある恐ろしいバニに多い病なので
可愛いバニ達には決して輪廻しないようにと願うばかりです。
うりはイノシシ年だったのでうり坊からとって「うり」と
名付けました。
先代のバニが10歳半だったので、生まれ年と一回り
して次のイノシシ年の12歳を目指せるようにと願って
付けた名前だったんです。
半分までしかクリアできませんでした。
病気の多いと言われるバニさんから早く病気が無く
なり老衰で亡くなる事が出来るバニさんが増えるよう
にと願ってやみません。
うりや私達に温かいコメントありがとうございます。
とても天気の良い日でゆっくり青空の彼方へ昇って行きました。
贈って頂いたお花を少しずつ棺にいれて、また最後は
あまりゴハンが食べられなかったので、ボブかーさん
のパンも一緒に入れて旅立って行きました。
うりの写真は彼女が大人しく黙っていないので相当な
数撮った中の数枚しかイイのがありません。
怪獣みたいな顔をして走ってるいるのが殆どです(笑)
笑ってる写真は一杯あるんですけどね。
引き続きかーさんととーさんにまで元気玉ありがとう
ございます。
本当にいつも温かい声mんとで励まして下さって
闘病生活もめげずに頑張れました。
本当にありがとうございます。
悲しいお気持ち良くわかります。
我わが家にもパッチという子がいましたが今年の2月に一歳半でなくなりました、うりちゃんと同じ骨肉腫でパッチの場合は背骨にでてしまいました。
実は僕もパッチの最期には会えませんでしたのでママさんの気持ちは痛いほどわかりますが1人でなくパパさんに見とってもらって幸せだったと勝手に思っています。
我が家ではパッチの亡くなった日は嫁が見とってくれましたが夜勤で泣く泣く彼女は仕事に行き僕が帰ってくるまでパッチは1人でした。
家に着き死んだ事を認めたくないのでパッチを視界に入れないように自分の部屋に荷物を置いてからパッチのところに行こうとしましたが、気になり横たわったパッチを見た瞬間1人泣き崩れました。
ママさんも同じような感じだったと思うと気になって余計なお世話ですがコメントさせていただきました。
失礼ですがおそらく今はママさんパパさんにはうりちゃんの悲しみしかないと思います。
ですが、我が家ではパッチが死んでも人間的に大きく私達夫婦を成長させてくれたのを最期に残していってくれたと勝手に思っています(生意気な事書いてすみません・・・)
とにかく、うりちゃん頑張りました!!
ママさんパパさんも凄く頑張りましたよ!!
(上から目線のコメントみたいになってしまいすみません・・・)
上手く書けなくて勇気づけようとしたコメントがパッチとリンクして考えてゴチャゴチャになってすみませんでした
でもそれは、考えようによっては、今の今までずっと横丁かーさんが付き添っていてくれたし、最期を看取ってもらうに忍びなかったからかも知れない。
横丁かーさんをうんと悲しませてはいけないと、うりちゃんながらの考えだったのかも。
悔やまれるかも知れませんが、そういうところがうりちゃんらしいのかもですよ。
もうお空にいったかなぁ・・・。
あちらには、我が娘のメグも同じバニですし、しおん姉ちゃんもいるし数えきれないほどのバニやワンコがたくさんいるから、うりちゃんはメチャメチャ忙しいかも。
落ち着いたら横丁かーさん、とーさんのところに挨拶に来るはず。
今は泣きたい時に思いっきり泣いてご供養されてくださいね。
またご葬儀が終わるとドッと疲れが出ることと思います。
どうかお身体無理なさらないでくださいね。
ゆっくり休めてください。
うりちゃんの写真は、どれもこれも可愛らしくって堪りません。
沢山の笑顔を本当にありがとう。
またお辛いなか、うりちゃんの最期を教えていただきありがとうございました。
私もお花を贈りたかったけれど、ご住所がわからなかったので、ごめんなさい。
気持ちとハリーの元気玉を横丁かーさん、とーさんに送ります。