そこは建て付けの悪い下宿屋で、人が歩くだけで揺れる揺れる。ちょっとした音を立てても響いてしまう。そういう環境の中で、ぼくはギターを弾いていた。そのため、大家からいつも苦情を受けていた。
友だちを連れ込むと文句を言ってくるし、夜11時になると鍵をかけてしまうし、そのうちぼくと大家の中は険悪になった。
いつも引っ越そうとは思っていたが、楽器などにお金を費やしていたため、その資金がない。それで我慢していたのだった。
さて、そこに住んで二年目のことだった。バイト先で着替えをしていると友人が、
「背中どうしたんだい」と聞いてきた。
「どうかなってるんか」と聞くと
「赤い発疹がたくさん出来ているよ」と言う。
「そんなに酷いことになってるんか」
「かなり酷い。発疹の一つ一つが大きいし、皮膚病か何かじゃないか。早く病院に行ったほうがいいよ」
その何日か前から背中が痒くて痒くてならなかった。しかし、まさか赤い発疹が出来ているなんて思いもしなかった。
そこでさっそく病院に・・、とはいっても、こちとら病院嫌いの貧乏人ときている。病院なんか行きたくもないし、行けないし。しばらく痒さに耐えながら生きることとなった。
赤い発疹の正体が何だったのかというと、杞憂した皮膚病ではなく、ダニ痕だった。埃でざらつく畳の上にゴロ寝したのが悪かったようだ。
原因がわかるとすぐさまぼくは、畳の六畳間全体にマイペットの原液を染みこませ、何度も何度も、ゴシゴシゴシゴシと畳を磨き上げたのだった。
もちろんその音に敏感に反応した大家は、早速文句を言ってきた。
「何やっているの?」
「何やっているのじゃないですよ。ここではダニを飼っているんですか?」
いつも苦情を受けていたので、お返しとばかり、ぼくの方から苦情を入れてやった。
「ダニなんているわけないじゃない。他の部屋の人からも聞いたことないよ」
「じゃあ、何で噛まれてるんですか?」といってぼくは、背中を見せた。
「・・・」
その後、大家からの苦情は、多少減った。
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