昨日と同じ頃の話。いつものようにぼくは自転車に乗り、その道を通って家に帰っていた。昨日の場所から二百メートルほど行った県道沿いの歩道に、えらく雑草が生茂っている場所があるのだが、ちょうどそこを通っている時だった。
草むらの奥から、何か気配がするのを感じたのだ。それは微妙なものではなく、かなり強い気配だった。そこでぼくは自転車を降りて、草むらを調べてみた。するとそこに人の足があった。
『誰か倒れている』
そーっと草むらをかき分けてみると、そこに年齢50歳ほどの作業服を着たおっさんが倒れていた。さらにそこから2メートルほど離れた所に、おそらくおっさんが乗っていただろう自転車が転がっていた。ぼくは
「おいちゃん。おいちゃん」
と声を掛けてみた。しかし返事がない。
「おいちゃん、おいちゃん」
更に声を掛けてみた。やはり返事がない。
『すぐに救急車を呼ばなければ・・・・。そういえば数百メートルほど離れた場所に公衆電話(※まだ携帯電話が普及してなかった時代です)があったな』
と、ぼくは自転車に飛び乗って、電話ボックスまで急いだ。
「もしもし、道に人が倒れているんで、救急車を出して欲しいんですけど」
「事故ですか?」
「おそらくそうだと思います」
「まさか酔っ払って、寝ているんじゃないでしょうね」
「さあ?でも、いくら呼んでも返事がないんですよ」
「わかりました。場所は?」
ぼくは救急車を手配した後、おっさんが倒れていた場所に戻った。
そこに戻ると、そこには一人の兄ちゃんがいた。しきりにおっさんに声を掛けていた。
「おいちゃん、こんなところで寝たらいけんよ。おいちゃん」
おっさん、最初は無言だったが、その声に目が覚めたのか、声を発しだした。
「おまえは誰か。せっかくいい気分で寝とるのに起すな」
「おいちゃん生きとるやん。風邪引くよ、早よ帰り」
と言って兄ちゃんは帰っていった。
ぼくはおっさんに声を掛けた。
「おいちゃん。自転車でこけたんですか?」
「こけるもんか」
「さっき声かけたけど、全然反応なかったじゃないですか」
「酒飲んで帰りよったら、気分が良くなったけ、それで寝とったんたい」
「おれ、救急車呼びましたよ」
「は、救急車?」
そんなことを話している最中に救急車が到着した。
「患者さんはどこですか?」
と、救急隊の人が聞く。
「患者なんかおらんわい」
とおっさんが答えた。ぼくが事情を話すと、救急隊の人は、
「ああ、そうですか。わかりました。おいちゃん、酒飲んで自転車漕いだらいけんやないね」
「うるさい!」
「おいちゃん、家近いんね。何なら家まで送っていこうか?」
「一人で帰れるわい」
「ははは、では後お願いします」
救急隊の人はぼくにそう言い残して、帰って行った。
困ったことになった。いくら酔っ払っているだけとはいえ、このおっさんを一人にするわけにはいかない。『仕方ない、乗りかかった船だ』ということで、ぼくはおっさんの家までついて行くことにした。
「おまえは誰か?」
「誰でもいいでしょ。ただの通りがかりの者ですよ」
「結婚はしとるんか?」
「してないですよ」
「そうか、独身か。じゃあウチの娘をやろう」
「けっこうです」
「なんか、気に入らんとか?」
「会ったこともないのに、気に入るも何もないでしょう」
「じゃあ、やらんぞ」
「はい、いいですよ」
そんなやりとりをしている時だった。前の方から自転車がやってきた。乗っていたのは警察官だった。
「さっき救急車を呼ばれた方ですか?」
「はい」
とぼくが答えると、その警察官は、
「消防署の方から連絡がありまして、様子を見に来たんですが、どうですか?」
「大丈夫そうですよ」
「ああ、それはよかった。で、これからどうされるんですか?」
「自分が送っていきますよ」
「ああ、いいですよ。こちらで送りますから、もう帰られて下さい」
「じゃあ、お願いします」
「あ、よかったら、お名前とご住所を教えてもらえませんか?」
「えっ?」
「いや、親切にしていただいたので、本署に報告しようかと思いまして」
もしかして、表彰などされるのかもしれない。そうなると本署に行ったりしなければならず、何かと面倒だ。そこで、
「いや、本署に報告なんかしなくていいです」
とぼくは断った。
するとそれまで黙っていたおっさんが突然口を開いて、
「おう、報告なんかせんでいいわい。おまえ早よ帰れ」
と言った。酔っ払いを相手にするのも面倒なので、お言葉に甘えて、ぼくはサッサとそこから立ち去ったのだった。
草むらの奥から、何か気配がするのを感じたのだ。それは微妙なものではなく、かなり強い気配だった。そこでぼくは自転車を降りて、草むらを調べてみた。するとそこに人の足があった。
『誰か倒れている』
そーっと草むらをかき分けてみると、そこに年齢50歳ほどの作業服を着たおっさんが倒れていた。さらにそこから2メートルほど離れた所に、おそらくおっさんが乗っていただろう自転車が転がっていた。ぼくは
「おいちゃん。おいちゃん」
と声を掛けてみた。しかし返事がない。
「おいちゃん、おいちゃん」
更に声を掛けてみた。やはり返事がない。
『すぐに救急車を呼ばなければ・・・・。そういえば数百メートルほど離れた場所に公衆電話(※まだ携帯電話が普及してなかった時代です)があったな』
と、ぼくは自転車に飛び乗って、電話ボックスまで急いだ。
「もしもし、道に人が倒れているんで、救急車を出して欲しいんですけど」
「事故ですか?」
「おそらくそうだと思います」
「まさか酔っ払って、寝ているんじゃないでしょうね」
「さあ?でも、いくら呼んでも返事がないんですよ」
「わかりました。場所は?」
ぼくは救急車を手配した後、おっさんが倒れていた場所に戻った。
そこに戻ると、そこには一人の兄ちゃんがいた。しきりにおっさんに声を掛けていた。
「おいちゃん、こんなところで寝たらいけんよ。おいちゃん」
おっさん、最初は無言だったが、その声に目が覚めたのか、声を発しだした。
「おまえは誰か。せっかくいい気分で寝とるのに起すな」
「おいちゃん生きとるやん。風邪引くよ、早よ帰り」
と言って兄ちゃんは帰っていった。
ぼくはおっさんに声を掛けた。
「おいちゃん。自転車でこけたんですか?」
「こけるもんか」
「さっき声かけたけど、全然反応なかったじゃないですか」
「酒飲んで帰りよったら、気分が良くなったけ、それで寝とったんたい」
「おれ、救急車呼びましたよ」
「は、救急車?」
そんなことを話している最中に救急車が到着した。
「患者さんはどこですか?」
と、救急隊の人が聞く。
「患者なんかおらんわい」
とおっさんが答えた。ぼくが事情を話すと、救急隊の人は、
「ああ、そうですか。わかりました。おいちゃん、酒飲んで自転車漕いだらいけんやないね」
「うるさい!」
「おいちゃん、家近いんね。何なら家まで送っていこうか?」
「一人で帰れるわい」
「ははは、では後お願いします」
救急隊の人はぼくにそう言い残して、帰って行った。
困ったことになった。いくら酔っ払っているだけとはいえ、このおっさんを一人にするわけにはいかない。『仕方ない、乗りかかった船だ』ということで、ぼくはおっさんの家までついて行くことにした。
「おまえは誰か?」
「誰でもいいでしょ。ただの通りがかりの者ですよ」
「結婚はしとるんか?」
「してないですよ」
「そうか、独身か。じゃあウチの娘をやろう」
「けっこうです」
「なんか、気に入らんとか?」
「会ったこともないのに、気に入るも何もないでしょう」
「じゃあ、やらんぞ」
「はい、いいですよ」
そんなやりとりをしている時だった。前の方から自転車がやってきた。乗っていたのは警察官だった。
「さっき救急車を呼ばれた方ですか?」
「はい」
とぼくが答えると、その警察官は、
「消防署の方から連絡がありまして、様子を見に来たんですが、どうですか?」
「大丈夫そうですよ」
「ああ、それはよかった。で、これからどうされるんですか?」
「自分が送っていきますよ」
「ああ、いいですよ。こちらで送りますから、もう帰られて下さい」
「じゃあ、お願いします」
「あ、よかったら、お名前とご住所を教えてもらえませんか?」
「えっ?」
「いや、親切にしていただいたので、本署に報告しようかと思いまして」
もしかして、表彰などされるのかもしれない。そうなると本署に行ったりしなければならず、何かと面倒だ。そこで、
「いや、本署に報告なんかしなくていいです」
とぼくは断った。
するとそれまで黙っていたおっさんが突然口を開いて、
「おう、報告なんかせんでいいわい。おまえ早よ帰れ」
と言った。酔っ払いを相手にするのも面倒なので、お言葉に甘えて、ぼくはサッサとそこから立ち去ったのだった。