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岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 253(インターコンチネンタルホテル横浜編)

2025年07月09日 15時54分19秒 | 闇シリーズ

2025/06/16 mon

2025/07/09 wed

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二千十四年五月二十四日。

仕事も無事終わり、浮き浮きしながら部屋へ戻る。

今日はこれから優美を連れてインターコンチ。

しっかり睡眠を取って、体力万全にしとかねば。

俺は都合良く優美をホテルのあと抱ける前提で物事を考えている。

まあ男なんてそんなもんだよな。

マゲとチッチの世話をする。

俺だけ贅沢する訳にもいかないので、キャベツ、白菜、小松菜を適度な大きさに切り、鳥籠へ差し込む。

二匹とも興奮しながら葉を突いて食べている。

ゆっくり風呂へ入ってから寝た。

目覚ましが鳴り目を覚ます。

時刻は夕方の五時二分。

七時にインターコンチネンタルホテルへ行くので、六時半頃タクシーで優美を迎えに行けばいいか。

鳥籠を見るとそれぞれの野菜の葉がかなり無くなっていた。

結構食べたな、この子たちも。

また水と餌を入れ替える。

六時になり優美へ電話を掛けた。

「あ、岩上さん、ごめんなさい。今日休めなくなっちゃって」

「はあ?」

一瞬彼女が何を話しているのか理解できなかった。

「うちのボスが急に今日出ろってなってしまって」

「え? だって優美ちゃんが行きたいって言うからインターコンチ予約してるんだよ? もう向こうの支配人にも連絡しているし」

「ごめんなさい。今日これからレシエン開けるから無理です。すみません」

「……」

何なんだ、この女……。

約束時間手前になっての優美のドタキャン。

どうする?

今からやっぱり行けないなんて、さすがに無理だろう。

仕方なくタクシーへ乗り込み、インターコンチへ向かう。

 

ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル

横浜の顔、みなとみらいに佇む国際ホテル「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」のサイト。お得な宿泊プラン、個性溢れるレストラン、素敵なウエディングや宴...

ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル

 

みなとみらいの観覧車の奥にある三日月型のホテル。

初めて行くのにまさかこんな形になるとは想像にしなかった。

数十分でこれから誰か代わりの女性など用意できない。

結局一人寂しくホテルの入口へ到着する。

まったく俺は何をやってんだかな……。

中へ入ると立派な造りに驚く。

浅草ビューホテルよりもグレード的に上に感じる。

入って正面に見えるグランドピアノ。

今から十年前なら格好良く弾けたのにな。

もうまったく鍵盤に触れていないので、ほとんど弾けないに等しいだろう。

いや、弾けたところで誰に曲を聴かせるというのだ?

ロビー内を歩きながら昔を思い出す。

よくこうしたホテルにデートで出掛けた若かりし頃。

あの頃は小川誉志子と様々なホテルのレストランやラウンジ巡りをしたものだ。

まさか四十を超えて一人で来る羽目になるなんて……。

三階にあるメインバーへ到着すると、森田が笑顔で出迎える。

「ようこそ岩上さん、いらっしゃいませ」

いつも飲んだくれたところしか見ていないので、黒服姿の森田を見ると、ホテルマンだけあってビッとしているなと感心した。

「中へどうぞ。お席を用意してありますので」

彼にアテントされ中へ入る。

奥にはショーステージが設置してあり黒人歌手が歌を唄っている。

ステージの広さはビューホテルのベルヴェデールのほうが大きかったな。

席へ腰掛けるとテーブルの上には俺の大好きなウイスキーのグレンリベット十二年とヘネシーXОが置かれている。

「あ、あの…、今日スーちゃんはどうしたんですか?」

「参りましたよ。急激なドタキャンされました」

「あらら…、酷いですねー」

そう、本当に酷い事を優美はしてくれたのだ。

もうあの店へ飲みに行くのも、彼女へ関わるのもやめよう。

「何かつまみを頼みますか? こちらがメニューです」

俺はソーセージの盛り合わせに、チーズを頼む。

「あ、森田さん。これ、良かったら」

俺はホテルへプレゼントする用に処女作の『新宿クレッシェンド』の本を手渡す。

 

『新宿クレッシェンド【まとめ】』

2025/06/02 mon新宿クレッシェンド2004年に書いた処女作、運良く賞を取れ書籍化も未だ印税貰えず(笑)amazonで未だ一万数千円で売られているの…

岩上智一郎の部屋

 

「岩上さんの本じゃないですか! いいんですか?」

「いいも何も一応渡しておこうかなと」

「有難く頂戴致します」

グレンリベットをショットグラスへ注がれ「ごゆっくりしてって下さい」と森田は去っていく。

ショーステージを眺めながら酒を嗜んでいると、料理が運ばれてきた。

ゆったりした椅子でリラックスしてお酒が飲める空間。

やはりホテルのラウンジはとても落ち着く。

これで隣りに女が居れば、最高のシチュエーションだったが……。

俺はデジタルカメラでバーの映像を撮ってみた。

うん、変な個人店で飲むよりもこうしたところで優雅に寛いで飲んでいるほうが、俺には合っているのかもな。

しかし一人でいつまでもこうして飲んでいるのも限界だった。

キャッシャーへ向かうと森田が近付いてくる。

「あれ、岩上さん。お帰りですか?」

「ええ、今日はご馳走様でした。堪能させて頂きました」

「岩上さん、こちらへ……」

俺は森田へ促され、バーの外へ出る。

「どうしました?」

「大貫にも言われているのですが、岩上さんからお代を頂く訳にはいかないと。ですからこのままお帰りになって大丈夫ですよ」

「さすがにこれだけのもてなしを受けてタダなんて……」

「じゃあ岩上さん、私も大貫もあと一時間ほどで仕事終わるので、飲みに行きましょうよ」

「いいですよ。どこへ行きますか?」

「岩上さん、コーヒー用意するので少し待っててもらえますか?」

「まあ別にいいですけど」

「仕事終わったら大貫と急いで駆け付けますので」

こんな一流ホテルで酒と料理を楽しんで料金無料。

最大限の気の使われ方をされ、俺は優美にすっぽかされた事などどうでもいいくらい機嫌が良くなっていた。

 

ホテル業務を終えた大貫、森田と合流。

「どこか行きたい店あります?」

「前に森田さんから聞いていた野毛にあるぽあろ、気になっていたんですよね」

ぽあろ…、水木のところか……。

前回ひとみを連れて行った際焼き魚の件で揉めたまではいかないが、少し気まずいものがあった。

その前にエンジェルの有馬莉奈が行きたいというので連れて行った時も不愉快な思いをしたっけ。

俺がアルペンジローを真似て、スパイスをふんだんに使ったカレーを作ってみたいと彼女へ話を話をしている時だった。

「えー、岩上さんのカレー食べてみたいです」

そうはしゃく莉奈。

俺は得意になってどのスパイスを調合するか話している途中、水木が突然口を挟んできた。

「カレーなんてぶっちゃけ四種類のスパイスあれば作れますよ」

「……」

人が連れと話しているところを余計な邪魔するなよ。

あの時は堪えたが、ひとみの焼き魚が食べたいと言った時の小馬鹿にした口調。

あれで俺も感情的になってしまった。

どうもあいつは客に対し、感謝が足りない感じがする。

まあこっちは客だ。

別にあいつの心境など考慮する必要ないか。

三人でタクシーへ乗り込み、野毛へ向かう。

俺が先頭でぽあろへ入ると、水木の表情が曇る。

気にせず大貫や森田には好きなものを注文させる。

「岩上さん、高橋さん御用達の店ですよね」

「うーん、そうだけどここの水木さんて、ちょっとヤバいからなあ」

「え、ヤバい?」

「ええ、ヤバい人間ですからね」

俺が冗談を言っていると思い、二人は大笑いしていた。

水木は厨房内で不服そうな顔をしている。

料理の腕や新鮮な魚を仕入れるのは得意かもしれないが、こういう奴は接客に向いていない。

大人しく見えない厨房の店で包丁を黙って振るえばいいのだ。

ホテルでの借りがあるからと、ぽあろはすべて俺が払う。

「岩上さんて、前に全日本プロレスにもあたんですよね? 森田さんから聞きましたが」

「俺なんてちゃんとしたレスラーではないですからね。プロレスでのデビューはしていないし、勝手に総合格闘技に出たってだけですよ」

「いや、中々ホテルも経験あってプロの試合もなんて人いないですよ」

野毛から福富町方面へ歩きながら話す。

五月も後半。

気温と湿気のせいか汗が出てくる。

酒の酔いも手伝い気分がいい。

福富町へ入り、キャバクラの看板に目が止まる。

「キャバクラでも行きますか!」

「いや、今日はそんな持ち合わせが……」

「俺が出すからいいっすよ」

今日の借りを返す意味合いでも俺がすべて金は払うつもりだった。

二人を従えキャバクラへ入る。

大した女もつかなかったので、一度だけ延長をして二時間で切り上げた。

三人分なので五万円以上の会計。

それでもまだ唸るほど金は残っている。

外を歩いているとマウンテンデューのある自動販売機を発見。

「俺、マウンテンデューかもう無いけどメローイエロー大好きなんですよ」

五百ミリリットルの缶を一気飲みする俺を見て、大貫は大笑いしていた。

「次行きますか」

森田が急かすので、伊勢佐木モールへ入り俺の好きなバーであるセックルへ。

「あ、いらっしゃいませ、岩上さん」

セックルのマスターにもすっかり顔を覚えてもらえたようだ。

ここでもグレンリベットを注文。

大貫や森田はビール。

本当なら今頃優美とホテルへ行って抱けていたのになあ……。

酒を飲むペースが早くなる。

「本当に岩上さんてリベット好きなんですねー」

大貫が感心したように話し掛けてくる。

「俺の代名詞的な酒ですからね。現役の頃は駅の中でボトル毎ラッパ飲みしながら帰った事もありますよ」

「すげえっ!」

酒に囲まれグダグダな時間を過ごす。

楽しかった。

ボトルを一本空けたので、会計は三人で二万円を超える。

「岩上さん、すぐ近くだからスーちゃんのところ行きましょうよ」

森田が優美の店へ行こうとそそのかす。

「えー! だって今日ドタキャンですよ、ドタキャン」

「文句言いに行ってやりましょうよ」

「うーん、文句言ってやるか!」

酒で細かい事はどうでもよくなっていた。

俺たちは酔っ払った状態でレシエンのドアを開けた。

 

黙ったままカウンター席へ腰掛ける。

森田は「スーちゃん来たよー」と陽気だ。

大貫は初めて来るらしく妙にかしこまっている。

「岩上さーん、今日は本当にごめんなさい! グレンリベットでいいですよね?」

返事をする代わりに軽く頷く。

まったくドタキャンしやがって……。

優美の大きな胸をチラッと見て、エロい身体しやがってよと不貞腐れながら飲む。

今日どれだけ飲んでいるんだ?

インターコンチ、そしてぽあろ、キャバクラにセックルではボトル一本。

結構な量を飲んでいる。

「どうしたんですか、岩上さん。今日の岩上さん、暗いー」

優美が覗き込むように俺の顔を見てくる。

コイツ、こんなに可愛かったか?

いや、酒のせいで何割増しにそう感じているだけだ。

あえて横を向き、優美を無視した。

「スーちゃん、今日バックレたからでしょ」

へべれけになった森田が割り込んできた。

「だってー…、うちのボスが急遽休ませてくれないんだもん!」

ドタキャンは最低の行為だが、それでも種類がある。

まだ前日に来れないと分かって連絡をくれたなら、他に手の打ちようはあった。

待ち合わせ直前、しかもこっちが電話をしてのキャンセルはさすがにないだろう。

それでもこうして優美の店に来てしまった俺は、彼女の手の平の上で踊らせられている。

森田が何と言おうと入るべきではなかったのだ。

一人静かに酒を飲んでいると、再び優美が絡んできた。

「本当に今日はごめんなさい! 反省してます」

目の前で微笑む彼女の顔を見て、ついこちらもニヤけてしまう。

「もう分かったよ。もう謝らないでいい」

変に格好をつける俺。

きっとこの女を抱いてみたいのだろう。

「ねえ、岩上さん」

「何?」

「あー、言い方が冷たいー」

「当たり前だろ。ドタキャンしやがって」

「だからそれはごめんなさいって反省してますから」

大きな胸が揺れる。

思い切り揉みしだきたかった。

「何か用?」

「あと三日で私の誕生日じゃないですかー」

「それで?」

「岩上さんのスペシャルな料理が食べたい」

「嫌だ」

「えー、食べたーい」

駄々っ子のようにねだる優美。

おそらくこの女は自分がどうしたら男が喜ぶのか自覚しているのだろう。

「分かったよ……」

不貞腐れ気味に口を開く。

「やったー!」

カウンター越しに軽く抱きついてくる優美。

腕に胸の感触が分かり興奮したが、二人の前なので冷静さを気取る。

グダグダ飲んでいる内にレシエンの閉店時間になった。

 

再び三人で外を歩く。

あれだけはしゃいでいた優美は自分の店を閉めると、とっとと帰ってしまう。

おっぱいが逃げてしまった。

「次ろうしますか?」

ご機嫌の森田。

かなり酔っているせいか呂律が回っていない。

時間を見ると朝四時を過ぎている。

酒ばかりで腹が減った。

「うーん、トンカツ食いたいですね」

「じゃあ長八っすね! あそこなら二十四時間やってるんで」

俺たちは歩いて長八へ向かう。

トンカツや刺し身を注文し、たらふく胃袋へ詰め込む。

この辺だとここがトンカツは一番美味いだろう。

ここで何軒目なんだ?

数えるのも面倒臭いほど酔っていた。

先ほどのレシエンも長八も、すべて俺が支払う。

これで一体いくら使ったんだ?

スーツ右の内ポケットの財布はそのまま百万入っている。

左の財布は……。

基本五十万前後の金を入れていたが、ハッキリとは覚えていない。

簡単に数えると十万円のズクが三つと、残り数万円。

十数万は散財している。

「次ノリしゃんところうれすか」

呂律が酷くなりながらも森田はボロチャリの方向へ歩き出す。

手狭で小汚いバーのボロチャリへ到着。

「あ、岩上さん、いらっしゃいませ!」

坊主頭でメガネを掛けたマスターのノリは、笑顔で出迎える。

俺もすっかり顔馴染みになっているようだ。

数杯酒を飲んでいる内に、睡魔が襲う。

そろそろ限界だった。

「もう帰りましょう」

俺が腰を上げると大貫もすぐ立ち上がる。

彼もかなり眠そうだ。

森田はすでにカウンターに顔をつけて寝ている。

強引に彼を起こし、ボロチャリをあとにした。

ここからなら俺の部屋は近い。

「岩上さん今日本当にすみません。ご馳走になりました!」

酔っていても礼儀正しい大貫。

彼らは地下鉄のブルーラインでそのまま帰る。

朝の六時を回っていた。

俺は部屋へ戻ると崩れ落ちるように倒れ、チッチとマゲの世話も忘れて泥のように眠った。

 

起きてから昨日の夜から朝までのグダグダぶりに激しい後悔を覚える。

二十万はいかないまでも、十数万の出費。

男三人分を何軒も梯子して、すべて出していたら当たり前か……。

部屋に置いてあるへそくりから、五十万に合わせるよう補充する。

いい感じで金を貯めれていたのに、とうとう目減りしてしまう。

何をやってんだかな、俺は……。

強烈な自己嫌悪。

始めのインターコンチでの料金は無料だったが、そのあとの金の遣い方を考えたら奢り過ぎだ。

ヘネシー、リベットととあの二つのボトルを入れたとしても十万円いかない会計だったろう。

自分で出したとはいえ、インターコンチの面々と飲むのはうんざりしてきた。

優美はドタキャンで金だけ散財したくだらない休日。

暗い気分のまま、出勤する。

平田に昨日の件を話すと、さすがに俺も悪いと指摘された。

せっかく金が稼げている環境なのに、自分で無駄な散財ばかりしている。

池袋にいる伊達にしてもそうだ。

飲み代もご馳走した上で「一いいすか? 二いいすか?」だけで俺は一万、二万と金まであげている。

よくよく考えてみれば、どの世界にそんな台詞だけで金をあげる人間がいる?

お人好しも大概にしないと駄目だ。

俺はもっと自身を悔い改めなければならない。

仕事明け一人でイタリーノへ行き、持ち帰りを頼んで腹一杯食べる。

酒のせいか食べ過ぎか体調がいまいちな感じ。

イタリーノのデミグラスソースがいけないのか?

いや、そうではない。

俺の堕落さ加減がすべて招いている事だ。

横浜へ来た初心へ戻り、慎ましく過ごそう。

始めは住むところすらなかったじゃないか。

本当に苦労して今の状況まで持ってきたのである。

それを簡単に仕事とまるで関係のない人間たちへ金をばら撒いてどうする?

もし仮に逆の立場なら、俺は途中で申し訳ないからと断っているはずだ。

オーナーの下陰さんの手を煩わせない為にも、休むのは新宿へ金を取りに行く月に一度だけでいい。

キチンと生活を正し、またコツコツと金を貯めていこう。

マゲの囀り声が聞こえる。

「ごめんね、マゲ。チッチもいい子にしてたかい?」

俺は糞で汚れた鳥籠を綺麗に掃除をしてから、水と餌を取り替える。

この子たちの存在は俺にとって癒やし。

もっと自分の事をちゃんと考えていかないと……。

 

仕事してあとは部屋に籠もる。

そういえばトレーニングをする習慣もいつの間にか無くなっていた。

別に現役復帰する訳ではない。

そこまでしゃかりきに頑張らず、自然体でいい。

地元にいた時だって、俺は元々友達なんて少なかったじゃないか。

無理に知り合いなど作らないでいい。

酒も行きたいペースで、自分一人の分だけ出せばいい。

レシエンの優美から連絡が来る。

「岩上さん、どんな料理を作ってくれるんですか?」

そういえばあの時酔って約束してしまったのだ。

考えてみれば当日ドタキャンした女の為に、何故わざわざ俺がそんな事をしなければならないのか?

馬鹿らしい。

そんな約束など反故にしてしまえばいい。

「……」

優美の胸の感触を思い出す。

今日は彼女の誕生日だしな。

何を食べたいか聞いてみる。

「ハンバーグ!」

仕方なく久しぶりに料理を始める準備をした。

一度あの女を俺は抱いてみたいのだ。

さてハンバーグと言われたが、一つ一つ作ったり、ソースを別に作るの大変だなと思う。

誕生日だからパーティー料理みたいなほうがいいだろう。

だとすれば一つしか思いつかない。

以前付き合った教会の神父の妻だった望。

 

『闇 129(バレた逢瀬編)』

2024/11/30 sta前回の章闇 128(臥薪嘗胆編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)2024/11/29fry前回の章闇127(J…

岩上智一郎の部屋

 

彼女から教わり自分のものにできた料理。

ミートローフのスペシャルバージョンにするか。

いかにスペシャルに仕上げる?

中にグラタンを入れたミートローフにすれば、切った時に驚くだろう。

ホワイトソースなら作ったものを冷凍してある。

余計な邪念を捨て俺は料理に取り掛かった。

豚挽肉、ハム、タマネギを細かく刻み、卵、薄力粉、パン粉、塩、黒コショウ、ナツメグ、クミン、オールスパイス、バジル、粉パセリ、オレガノ、醤油、ローレル、ブイヨン、粉パプリカを感覚で入れ、これでもかというくらいよく練りあげる。

解凍するのも面倒だな……。

仕方なく一からホワイトソース作り始めた。

まずフライパンに小麦粉、バターを炒めつつペースト状にして、牛乳を加えていく。

そこへタマネギ、ハムを入れ、茹でずにペンネも投入。

味付けは各種スパイスをお好み適当に使いつつ、ホワイトソースの味を決める。

ミートローフに塗る為のピカントソース。

これは一番簡単にできるソースだ。

まずフライパンにケチャップ、砂糖、粉からし、ナツメグ、ブイヨンを入れ、味を調整しつつ煮込む。

挽肉をよく練ったら、次はアルミホイルに肉を引き、間に穴ぼこを開け、そこへチェダーチーズ、ホワイトソース、とろけるチーズをいっぱい乗せ、フタをするように肉を乗せる。

最後にピカントソースをまんべんなく塗ってあとは焼くだけ。

焦げ過ぎないよう最初は上に掛けたアルミホイルを外した状態で、オーブンで十五分。

次にこれ以上焦がさないよう上までアルミホイルで包み込み、その状態のままオーブンで一時間半焼き上げる。

包丁で切れ目を入れて食べる大きなハンバーグ。

これだけじゃ見た目が寂しいので、アメリカンクラブハウスサンドにサラダも作る。

すべて完成したはいいが、これを素直に優美のところへ持って行くのも癪に障った。

デートを事前にドタキャンされ、埋め合わせもないまま料理をあげるのは少し違う気がする。

インターコンチ系はやめとくとして…、では誰を誘う?

考えてみると俺は横浜で友達が少ない。

唯一思いついた高橋満治へ連絡を入れてみた。

「どうしましたか、岩上さん」

「自分の十八番料理の一つ、ミートローフ作って優美が誕生日だから、これからレシエン行くんですが、高橋さんも時間あるなら一緒にどうかなと思いまして」

「へえ、それは楽しみですね。是非伺わせてもらいます」

高橋は確保。

エンジェルの有馬梨奈にも連絡してみるか。

彼女も一発返事で了承する。

レシエンに料理を届けに行く。

喜ぶ優美にあとから高橋と梨奈も来る事を伝えた。

あの時酔っていたからこのような約束をしてしまったが、考えてみるとこの女は地雷かもしれない。

ドタキャンしてから三日経つのにフォローを入れる気配すらないのだ。

それでいて誕生日だから自分に料理を作れと平気で言える図々しさ。

それにここへ来ると、組織の二番手である小島のオヤジの引き抜き話がうるさい。

高橋ひろし経由の店とはいえ、これで距離を置いたほうが賢明かもしれない。

少しして高橋満治が来店。

続いて有馬梨奈と人数が揃う。

みんなミートローフを見て驚きの声を上げる。

「岩上さん、本当に料理上手ですよね」

「この間のカレーくらいしか食べてないでしょ?」

「あのカレー本当に美味しかったですよ。また食べたいくらい」

「スパイスに拘ったからね」

「あ、岩上さん。スパイス系なら戸塚にあるボンベイの薬膳カレーがいいですよ」

俺と莉奈で話が盛り上がっていると、高橋が入ってくる。

「ボンベイ? 戸塚って戸塚区ですか?」

「ええ、薬膳カレーで有名な店なんですよ」

「今度行ってみます。あ、ミートローフ切りますか」

包丁を入れて切り分け、取り皿に盛り付けた。

一口食べた高橋は大絶賛。

「美味しいです。何ていうか昔懐かしい味ですよね」

梨奈は「今度私にも作って下さい」とねだってくる始末。

何度もお礼を言う優美だが、どこか冷めた視線でこの光景を見る自分がいた。

俺がしたいのはこんな事なのだろうか?

この中で信頼できる絆がある人間などいるのか?

一体何に俺は流されている?

手間隙掛けて料理を作り、金を払って客としてここへいるだけ。

優美を抱けるかもしれないという拙い希望の為だけに、無駄な時間と金を遣っている。

別に金を払って風俗へ行けば、もっと美人で可愛い女などいくらでもいるだろう。

よりスタイルのいい女だって、エロい身体の奴だってより取り見取りだ。

自分からした約束をすっぽかすような女に対し、本当にここまでやる意味合いがあるのか?

高橋がきっかけで多くの店を知ったが、本当にまた行きたいと思える店など何軒あった?

まずフレンチのワイズ。

あそこは本当に素晴らしいレストランだ。

料理を食べるのにあそこまで有難く感じながら食べたのは生まれて初めてである。

そしてバーのアポロとセックル。

ここもまた通いたい。

あとはエイトセンターにあるゲンのアンチポップ。

まだ二回程度しか行っていないので、よく分からないが気に入ってはいる。

引っ掛かったのはそのくらいだ。

そろそろこのくだらない連鎖から抜け出さないと……。

時計を見ると出勤時間が近付いていたので、俺は会計を払いレシエンを出た。

 

唯一の癒やしであるペット。

このところヨーロピアン十姉妹のチッチが妙に太ってきた気がする。

明らかにマゲとのサイズ感が違う。

餌を与え過ぎなのか分からないが、今度ペットショップのおばさんに聞いてみるか。

マゲも一丁前に囀るようになったが、元々低音なので囀り声がとても汚く不格好な鳴き方だ。

しかしそれすら可愛く愛おしい。

マゲの囀り声を映像に収めておく。

二人はいつも並んで巣壷にいる。

いつの間にかお互い馴染み、仲良くしているように見えた。

ずっと見ていても飽きない。

そういえば同じ十姉妹でも種類が違うけど、マゲとチッチの間で子供が産まれないのかな?

まだ卵一つ見た事が無い。

森田からの電話が入る。

また飲みの誘い。

仕事だからと断る。

いくら何でもあれだけ奢ったのだから、少しは遠慮しろよな。

同世代の野郎共に無意味なご馳走をしたところで、俺には何のメリットも無い。

面倒な人間たちと絡むぐらいなら、自分一人でいたほうが気が休まる。

気分転換に料理をして、久しぶりに弁当を作った。

生姜焼きにナポリタン。

マカロニサラダに肉じゃが。

ご飯は海苔弁にする。

こうして部屋から出なければ、中々慎ましい生活を送れているのにな。

しばらく飲み屋はいい。

高橋からの誘いも常に断り、仕事と部屋の往復に専念した。

平田へ弁当を渡すと喜んでいる。

色々と羽目を外し過ぎた。

こんな風に初心に返って地味に過ごす。

金を貯めながらちゃんとした彼女を作り、平穏で楽しい日々送る。

それが理想だよな。

彼女を作る?

どんな風に知り合うのか?

一年半も横浜にいて普通の友達一つ作れない俺が、どうやって異性と知り合う?

過去様々な騙され方や利用をされ、自分でも分からないような人を寄せ付けない空気を纏うようになっているのではないだろうか。

第二次歌舞伎町時代からこれまでを思い返してみろ。

結局寄ってくるのは金目当ての人間だけ……。

唯一友達ができたと思った伊達さえ、俺の金目当てで近寄ってきてるのではないかと最近勘ぐるようになっている。

まあ彼女は追々として、とにかく地味に暮らそう。

もう人に奢る、ご馳走する、無駄な散財するのは懲り懲りだ。

こんな形で五月の終わりを迎えた。

 

闇 254(異性紹介編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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