岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 19(ゴマすり豚野郎追放編)

2024年08月12日 17時56分15秒 | 闇シリーズ

2024/08/12 mon

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闇 18(決裂編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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「何で急にピアノを始めたの?」

ピアニストが素朴な質問をしてきたので、俺は春美との出会いから、今までの事を簡単に説明した

人に話す事で、随分と気も紛れる

「ふ~ん、そういう情熱があの演奏の裏側にあった訳ね」

「もうどうでもいいですけどね……」

「ピアノはもうやめちゃうの?」

「う~ん、それとこれはまた別だと思うんです。素人だった俺が、ここまで弾けるようになったんです。ピアノを弾く楽しさ、面白さは分かりましたからね。自分を教えてくれた先生ってクラシック専門なんですよ。だから恩返しという意味合いでも、いつかクラシックの曲を弾きたいなあって思ってはいます。何か俺に似合って弾けそうな曲って何かありますか?」

「そうね、ドビュッシーなんかいいんじゃないかしら」

ドビュッシー……

今日、先生が弾いてくれた曲の一つもそうだった

確か舞曲のスティーリー風だか何だか、フランス料理みたいな名前の曲だったっけ

「ドビュッシー……」

「私、何か弾いてみようか?」

「え、いいんですか?」

「その代わり、ビール一杯ぐらいは奢ってよね」

「了解です。マスター、こちらの方にビールをお願いします」

ピアニストはニコリと笑い、ピアノへ向かう

綺麗な音色が不規則なリズムで聴こえてくる

俺レベルでも右手で主音を奏で、左手で伴奏をしているの分かる

ザナルカンドみたいな左右の共同作業とは、まったく種類の違う複雑な曲だった

ザナルカンドは右も左も、同時に押すタイミングは同じだ

だがこの曲は、別々のリズムで奏でられている

強弱はちゃんとあるのに、すべての音色が一定の美しさを保っているように聴こえた

今の俺には、どう足掻いても弾けないレベルの曲だ

それにしてもどこかで聴いた覚えのある曲でもあった。どこで聴いたんだっけ……

ピアニストの演奏が終わる

俺は盛大な拍手を送っていた

久しぶりに心の底から手を叩いていた

 

得意げな表情でピアニストは、俺の横に座る

「すごいうまいです。左右の手が別々の生き物のように思えましたよ。綺麗な曲ですね」

「アラベスクの第一番。いい曲でしょ?」

「ええ、本当にいい曲でした。俺じゃ絶対に弾けない曲ですけどね」

ドビュッシーの曲は、これで二つ聴いた事になる

全然感じの違う曲同士だったが、俺は両方とも甲乙つけがたいぐらい好きになった

「そうですね。マスター、そろそろチェックいいですか」

明日も仕事だ

さすがに今日みたいな日はゆっくり休みたい

春美の一件は俺の心をズタズタに切り裂き、絶大なダメージを与えている

「あなた、仕事は何をしているの?」

「バーテンダーです」

また嘘をつく

それは5年以上前の話だろうが……

どうでもよかった

「へえ、格好いいなあ……」

「ピアニストのほうが格好いいですよ」

怪しげな瞳で俺を見つめるピアニスト

顔立ちは綺麗だが、少し酒に酔っているようだ

俺は席を立ち上がる

「もっと飲んで行きなさいよ」

服を掴まれた

「明日に差し支えますから」

「大好きな子に振られて悲しいんでしょ? こういう時はヤケ酒もいいんじゃない」

ヤケ酒か

確かに今日ぐらいグデングデンになるまで飲んでいたかった

「そうしたいのは山々ですが、今は一人になりたいんですよ……」

マスターからお釣りを受け取ると、席を立ち上がる

「じゃあ、ピアニストさん。演奏、ありがとうございました。ビール、もう一杯分払っておいたので、ゆっくりして下さい」

店の外に出ると軽く伸びをした

あれから春美の返事は何もない

いくら謝っても取り返しつかないのかもしれないな……

春美の事を思うと、やるせない気持ちになってくる

ピアノを弾いている時は、このやるせなさを音に代えて表現できた

これから俺はどうすればいいのだろう

その時、背後でドアの開く音がした

振り返ると、ピアニストが微笑みながら近付いてくる

「本当に家へ帰るのかしら?」

二人の距離がどんどん近付く

ヤバい……

ピアニストは俺の首に両腕を回してきた

息が顔に掛かる

少し酒臭い

女の匂いが鼻をつく

嫌いな匂いじゃなかった

密かに興奮している

唇と唇が触れ合う

俺はそのままの状態で立っていた

不思議と春美に悪いという罪悪感はない

このまま流されたら、どんなに楽だろうか

口の中に女の舌が捻り込んでくる

アルコール漬けの匂いを染み込ませながら、女の舌は激しく俺の口の中で動いていた

気持ちがいい……

長いキスを終え、ピアニストは妖艶な瞳で俺を見つめていた

「ねえ……」

「……」

「あなたのピアノを分かる女のほうがいいわよ」

「どういう意味です?」

「あなたがどれだけ苦労して、あそこまでピアノを弾けるようになったのか。その努力を理解できる女のほうが、あなたにはいいんじゃない?」

その通りかもしれない

何もない状態から、春美に聴かせたい一心で頑張った

それなのに彼女は一度も聴いてくれない

その事が一番悲しかったのだ

今、俺はこの人から誘われている

このまま流されたほうがどんなに楽な事か

他の女を抱けば、春美を忘れる事ができるかもしれない……

美人ピアニストを抱く

悪くない

「ね、そう思うでしょ?」

再びピアニストの両腕が俺の首に巻きつく

この女なら俺を理解してくるかもしれない……

その時、春美の悲しい顔が頭の中に浮かんだ

咄嗟にピアニストを突き飛ばす

「な、何すんのよ!」

俺の行動に女は醜く顔を歪める

「これ以上、俺を汚すな…。ピアノを始めたんだって、一人の女に…。春美に聴かせたかっただけなんだ! それ以外の女に、俺の弾くピアノを分かってもらおうとは思わない。俺は努力なんてしてない。ただ、春美に捧げたかっただけなんだ……」

俺はいつの間にか泣いていた

こんなにも俺は春美が好きなのだ

自分が情けなかった

「ふん、ばっかじゃないの。どうぞ、ご勝手に……」

ピアニストは不機嫌そうに店の中へ戻っていった

 

家に帰り、布団に包まったまま泥のように眠る

疲れていた

朝起きると、まだ若干酒が残っていた

春美から来たメールを何度も読み返す

そして泣いた

一つ、分かった事がある

こんな状態になっても、俺は春美が好きでいる

そろそろ仕事へ行く時間だ

赤い目のまま、駅に向かう

初対面で会ったばかりなのに、いきなりキスをしてくるようなピアニストの女

昔は抱ければ良かったから、ああいう女を好んだ

顔立ちも綺麗だし、女としての魅力も充分に兼ね備えている

春美と出会う前なら絶対に抱いていただろう

春美と逢ってから、俺はおかしい

彼女だけが俺を簡単に癒し、簡単に傷つける事ができる

俺は何故、こんな窮屈な恋を選んだのだろうか?

電車に乗って揺られながら、何度も春美からのメールを読み直した

彼女はどんな想いでこのメールを打ったのだろう

俺は何故考えてやれなかったんだ

10歳も年が離れているのに、これじゃ何の意味もない

まず彼女に謝ろう……

《本当に君を傷つけてしまった。深く反省している。君の事を何故もっと思いやってあげられなかったのだろう。今、とても後悔している。本当にごめん。君に俺のピアノを捧げたいよ。 岩上》

春美へメールを送る

しばらく何も考えずに、ボーっと景色を眺めた

電車は高田馬場に到着する。次は新宿だ

その間、春美からの返事はない

電車のガラスに水滴がつきだした

雨が降り出したのか

《何度もメールをごめん。今の俺の心境を言います。正直に…。とても辛いです。君からの連絡がないだけで、とても寂しくせつない。でもどんなに辛くても、どんなに雨が降ろうとも、俺は仕事に向かわないといけない……。 岩上》

再びメールを送った

祈るような気持ちだった

電者は新宿に到着する

どしゃ降りの雨が降っていた

傘も差さずに道を歩く

雨の冷たい感触が心地良い

この濁った心の中を雨で全部洗い流してほしかった

 

ズブ濡れのまま歌舞伎町を歩く

今日もワールドワンで仕事か……

溜め息しか出てこない

いや、そもそもこんな男が春美みたいな子を口説こうとしていた事自体、大きな間違いだったのだ

今の俺は単なる裏稼業ゲーム屋の従業員である

こんな何の将来性もない男が、彼女を口説けたとしてどう幸せにするというのだ?

フラレてちょうど良かったのである

こんな薄汚い世界にいる俺と一緒にいるなんて、春美には相応しくない

自分を大いに恥じる

この街に来てから俺は、ずっと裏稼業をしてきた

ゲーム屋…、警察に捕まる可能性のある仕事

 

 

1 新宿フォルテッシモ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第4弾新宿フォルテッシモ普通にサラリーマンをやっていたら、喧嘩が強いだとかそんな事とはまったく無縁だろう。もちろん俺のいる歌舞伎町だってそうだ...

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仕事中、番頭の佐々木さんから呼び出される

俺は三門、山下、伊藤に店を任せ、深夜喫茶の上高地へ向かう

「どうしました、佐々木さん?」

いつもニコニコしている佐々木さんの顔は険しい

嫌な予感がした

「岩上君…、大変申し訳ないんやけど……」

「な、何でしょう?」

「トップの中川さんおるやろ? あの人に最近変な取り巻き増えてね……」

耳の早い早番の吉田が、引き継ぎの時意味不明な事を言っていたのを思い出す

吉田の言う事なので、右から左でまともに聞いていなかったが

「ワールドワンの設定…。新しい石を作ったから、店のシステムすべて変わるようになるんや」

「例えば?」

「まず5万あったビンゴは一律で1万になる」

「え! そんな事したら常連さんたちからクレームの嵐になりますよ?」

「もちろんワイも散々反対したんや…。でも新しい石がOUT率80%の設定やから、客も納得すると……」

「する訳無いじゃないですか!」

「それと給料が…、みんな一律10時間で1万、責任者は11000円に下がって、あとは店の歩合になると……」

俺の日払い額は1日2万だった

9000円も下がるのか……

「不満あるなら辞めていいと……」

「……」

半分近く給料が下がるなら、辞めてもいいか……

いや、俺は責任者なのだ

苛立ちから独断で勝手に進退を決めてどうする?

「それと…、早番と遅番…、一人ずつ従業員をクビにしてくれと……」

「何ですか、それは?」

「もちろんワイも片桐さんもみんな反対したんや…。やけどな……」

別に店の入客状況や売上が落ちた訳ではない

オーナー中川に引っ付いてきた蝙蝠のような奴の意見で、ここまでシステムを悪変させたのが気に食わなかった

誰か一人クビにする件だけは断った

シフト上、毎日誰かしら休みを取る形にして人件費的に変わりがないならそれでいいのではと説得

上からの命令で元々本意ではなかった佐々木さんも了承してくれる

俺はワールドワンへ戻り、みんなに最悪の条件を伝えた

しかし店を辞める選択をする従業員は誰もいない

辞めたところで他店舗でまた一から

どんな悪条件とはいえ、残るという選択肢しか俺を含めみんな無いのだ

 

普段何もしないくせに店長風だけを吹かす吉田

給料が一律落ちた日より、突然仕事へ来なくなった

大倉の話では膝に水が溜まって動けないと連絡はあったようだが、そんな都合よく病気になるものだろうか?

俺は早番、遅番全従業員を集め、意思の統一をした

ほとんどの客は新しくなった店のシステムに対し、帰り際「店長…、何で店こんな風にしちゃったの?」と文句を言われ、呆れられほとんどが来なくなる

だから言ったのに……

常に満席で歌舞伎町で一番忙しいと謳われたワールドワン

あっという間に閑古鳥が泣く

給料は減らされ、こんな暇な店になり歩合もクソもない

あれ以来、春美からも連絡は一切無いままだ

あれだけあったはずのピアノへの熱意も自然と薄れていく

俺は先生に適当な言い訳をし、くっきぃずへ顔を出す回数が減った

 

無料券をあちこちへ配り一か月ほどで自滅したラーメン屋馬鹿一代

その跡地が牛すじ屋に変わった

気になったので中へ入る

牛すじ丼1杯500円

メニューはそれしかなく、奥では馬鹿一代の頃にいた老夫婦、そしてアルバイトらしきホールの人間が2名

前の時より従業員は半分になっていたが、それでもその広さで4名もいるのかと感じた

しかも牛丼シェーンの松屋や吉野家は牛丼1杯280円とかで値下げして売っているこのご時世に、牛すじ丼500円など客を呼べるのか不安でしかない

ただ馬鹿一代の頃からの縁もあるので、俺は出前もするよう伝え、ワールドワンでも率先して宣伝はした

さらに牛すじ丼だけでなく、他のメニューも増やしてみたらどうかと、通いながら言ってみる

するとオーナーらしき老夫婦はメニューを増やすも、ヤバい増やし方をした

牛すじ丼500円、蕎麦500円、かやくご飯200円

何で主食ばかりしかやらないのだ?

センスの無かったこの店は数ヶ月で潰れてしまった

 

《元気かいな。最近連絡ないけど元気でやってるの? ミサキ》

妹代わりに可愛がっていたミサキからメールが来た

給料も減らされ、店の問題も抱えていた俺は余裕が無い状況だった

春美の事で頭が一杯になり、しばらくミサキへ連絡一つしていなかったな

久しぶりに食事へ行く

俺はミサキだけでなく、地元の知り合いにもすべてに会員制のBARと嘘をついている

なので愚痴を零すにも零しようが無い

それでもミサキの存在はありがたかった

給料が半分近くなったって、20歳そこそこのあの頃に比べたら、格段にいい生活できているじゃん

それに俺がこんな裏稼業で挫けるという事は、全日本プロレス…、強いてはジャンボ鶴田師匠の名を汚す事になってしまう

プロレスラーって何をやられても避けちゃいけないし、壊れちゃいけない

そうっすよね、鶴田師匠……

今までトントン拍子に色々うまくいき過ぎていたのだ

「あ、やっと笑うようになった! その方がいいよ」

俺の顔を見てミサキが笑う

うん、色々あるけど俺って幸せじゃん

 

暗い雰囲気に包まれた店内

たまに来る客も、変な方向へ変わった店を見て溜め息をついて帰る

変わらないのはオープン当初から週に4、5回来る大倉さんだけ

もう70歳は超えているおじいちゃんなのに、金もあるし元気がいい

基本的にいつも一晩中打って10数万の金を店に落としてくれる

ダブルアップを叩き続け、10000を超える一気を飛ばすと、「フォッフォッフォッ」と満足気に笑う

大倉さんとはよく競馬の話をした

いつだったか宝塚記念付近のレースで馬連15万馬券が出た事がある

「こんなの取れっこないですよね」

そう言うと大倉さんはポケットから1枚の馬券を見せてきた

思わず目を疑う

その馬券だけで総額50万は超え、色々な買い方はしていたが、馬連に9000円買っている

15万✕90で、配当1350万円

小柄な老人なので、「本当に気を付けて帰って下さいね」と、靖国通りでタクシーを捕まえるまで送って行く事もあった

いつも元旦の夜から1月2日の朝まで打つと、うちの店で20万以上負けているのに「勝負らー!」と言い出す

今までポーカーで散々やったのに勝負?と思い、聞いてみると競艇だか競輪がこの日よりあるらしく、みすぼらしいボロボロのジャンバーのポケットから100万の帯付きを取り出す

俺が呆気に取られていると、全部で5つ取り出した

総額500万円……

いつも「一晩中遊んで20万程度で済むんじゃ、タダみてぇなもんだよ」と嘯く大倉さん

これを見た時、本当にうちには遊びで気に入って来てくれているのが理解できた

 

新体制から数週間経ち、あれだけ忙しかったワールドワンも、本当に閑古鳥が鳴く

佐々木さんから外で話せるか呼ばれる

「岩上君…、好きなようにやってもらって構わない。だからもう一度店を流行らせてくれへんか?」

現状を見たオーナーサイドがとうとう白旗を上げたのだ

早番の吉田は相変わらず店に出てきていない

全従業員が不満を抱きつつも、俺の元に一致団結をしている

それならもう一度ワールドワンを流行らせてやろうじゃねえか

「まず機械屋と話してダイナミックの改造から始めたいと思います」

機械屋とはポーカーゲームの基盤や設定を決める石を作る業者

まずダイナミックというポーカー台

醍醐味を簡単に言うと、ダブルアップ中

黄色の札が出て当てれば×3倍

緑色の札が出て当てれば×4倍

赤色の札が出て当てれば×5倍

ラブチャンスと呼ばれる札が予めめくれていて絶対にそれを叩けば当たる

ストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュもダブルアップできる

これはダイナミックしか無い部分だ

ならギャンブル要素をもっとあげたら?

赤の×5倍を7倍に……

そしてダブルアップを叩き続け1万を越えると一気になって画面が赤くなり、自動OUTになるのをもう一度更にダブルアップできたら?

機械屋へ相談すると、できなくはないそうで俺はダイナミックのスペシャル版を作ってもらう

基本ポーカーの設定は基盤に付いているディップスイッチで決める

ダブルアップの叩きの設定

00が一番良く、10が次に良く、01これがだいたい普通の店の設定、11は最低設定

設定がいいほどダブルアップが当たる

出目率も同じ

これはゲームをプレイしていてポーカーの役がどれだけ揃いやすいかの調整だ

×7倍やダブル一気使用は石で調整してもらい、OUT率を何%くらいにするかも予め決める

OUT率80%の石なら、例えば10万円INしたら、8万円は出るという訳だ

あくまでもこれは目安に過ぎない

1ゲーム100円レートのワールドワンでも、ストレートに20万円INして何も出ない事だって稀にある

ロイヤル、ストフラはゲーム数

5千回転、1万回転、1万5千回転、2万回転とこれもディップスイッチで決められる

ズルいやり方をするなら、基盤にこれまでのゲームの細かい履歴は記憶されているので、データをクリアしてしまえば、回転数は0になり、ロイヤルは出ない

俺は何度もテスト打ちして、リニューアルの為に日々時間を費やした

 

A4の紙に『ワールドワン・リニューアル 脅威のダブルアップ×7倍 一気のあとの更に一気』と文字をデザインし、下の方に草原を絵を描く

昔よくやった宣伝方法電バリ

電信柱に両面テープで貼る作業をする

歌舞伎町内にでなく、一番街通り、靖国通りのみに十ヵ所程度

店長の吉田は今でも出て来ない

なので早番と遅番の人数とバランス調整をしなければならなかった

早番に大倉、山下、新人2人

遅番はメインになるので俺、三門、伊藤、残り2人は新人から育てる

伊藤は変わった経歴の持ち主で、ここへ来る前ニューヨークで生活していたようだ

 

アメリカ同時多発テロ事件 - Wikipedia

 

2001年のテロにより生活ができなくなり、少しして日本へ戻る

伊藤の話では、あの大惨事の時ニューヨークの市長がメガホンを持ちながら「みなさん、こういう時だからこそ、お金を使って下さい! みんなで経済を回しましょう!」と大声を出して街を歩いたらしい

音楽のラップというジャンルがあるようで、DJマスターキーという元で第一弾アーティストのハイタイムスとして音楽活動をしている

ただまだ音楽じゃ飯が食えず、たまたまワールドワンへ来た

形は違えど、俺も以前は全日本プロレスへ身を捧げた

なので伊藤の気持ちや感覚だけは理解できる

週末になると合同ライブで主に東北行くケースが多いので、その辺は俺も了承し、できるだけ彼のスケジュールを尊重した

新人たちにはゲーム屋の基礎を教え、客がドッと来ても混乱しないよう教育

準備はできた

店内のビンゴも以前と同じように戻した

あとは待つだけ……

オープンと同時に大量の客が雪崩れ込む

過激な設定は歌舞伎町の住民たちの心を掴んだのだ

前のように活気が戻ってきた

ゲーム屋は客さえ入れば自然と売り上げに直結する

派手なダブルアップに客は一喜一憂した

 

「あっ! 岩上さんじゃないですか!」

当時のゲーム屋の入口は鍵などせず、誰でも自由に出入りできた

フリーで入ってきた客が俺の顔を見て声を出す

「高橋さん?」

俺が歌舞伎町へ来て初めて働いた店ベガ

そこの店長をやっていた高橋がたまたま客で来ての再会だった

高橋は中口という相棒も一緒に連れてきて、連日ワールドワンの新生ダイナミックへハマる

元々悪い事をしていた人間なので、金はかなり持っていた

オープン当初から通ってくれる大倉さん

ベガ時代の同僚高橋

そしてその連れ中口と店の核になる客たちが揃ってくる

この二人はほぼ毎日来て、合計30万は店に金を落としてくれた

忙しさは余計な事を忘れさせてくれる

春美にフラれたショックも、気付けば多忙な日々により気にしなくなっていた

 

リニューアルして一ヶ月が過ぎた

かつての活気を取り戻したワールドワン

給料は下がったまま

しかし店を盛り返したという自負が精神的に満足していた

問題の歩合

番頭の佐々木さんから20万の歩合が出ると言われる

これは責任者の俺に渡すものだから、分配しようが自分で全部取ろうが構わないと伝えられた

未だ店に出てきていない吉田を除く9名

一人2万ずつ渡しても残り2万あるので、それも分配しようと俺は部下たちへ提案した

「岩上さんが一番給料落ちて被害受けているんだから、もっと多く取って下さい!」

従業員たちはそう言ってくれるが、金の問題じゃない

みんなで窮地を頑張って盛り返したのが嬉しいのだ

だからとりあえず歩合はみんなで平等にしたいと気持ちを言う

みんな誰だって社会に出て、一度は躓きこの歌舞伎町…、裏稼業へ落ちてきたのである

そんな中で一致団結する店が一つくらいあってもいい

 

いい雰囲気は一瞬にして壊れる

早番の店長である吉田がいきなり復帰した

膝に水が溜まったという意味不明な理由で今まで一カ月以上休んでおきながら、歩合が出ると決まったら突然の復帰

しかし俺たちも所詮雇われに過ぎない

上が吉田をクビにでもしない限り、現状は変えられないのだ

俺が夜になり出勤すると、早番の人間たちの表情が暗い

状況を聞くと吉田は夜の8時で上がったが、仕事途中佐々木さんが来たようだ

何を思ったのか、歩合の半分の10万を吉田が受け取り奥の休憩室で一人ずつ呼ばれ偉そうな事を言われながら金を渡されたらしい

「本当は全部俺がもらっていいって言われたけど、大倉は二番手だから3万やる。山下は1万と言いたいところだけど、数年やってるから2万やる。新人は1万だ」と何一つ働いていないのに歩合の金4万を懐に入れた

俺は番頭の佐々木さんへ文句の連絡をする

「いや、前にも言ったように責任者へ配当は渡すものだから、早番半分、遅番半分で渡したんや」

「佐々木さん! 早番と遅番、人数だって一人遅番の方が多いんですよ? それに吉田は何一つ何もしてないじゃないですか!」

「分かった。ごめん。ワイの配慮不足や。ワイが2万余計に払うから、それで勘弁して」

「佐々木さん! そういう問題じゃないんですよ。みんなで頑張って俺は等分に分けるって言ってたし……」

「ごめん…、岩上君。言いたい事は分かる。でもワイも上から言われてやった事なんや」

恩のある佐々木さんに頭を下げられると、俺もこれ以上何も言えなかった

10万+佐々木さんの2万で12万

5人で一人24000円ずつの配当を渡す

みんなが俺にもっと取れと言うが、平等に配らないと何故か納得できない自分がいた

 

翌日佐々木さんより立場が上の片桐が、番の引継ぎの時間帯にワールドワンへ来た

「岩上! オマエが店の設定やってんだろ? 少し売り上げの事に気を囚われ過ぎだ!」

店を流行らせても結局ゴマすりができる吉田の評価の方が上

本当に阿呆らしくなる

給料を半分近く下げ、勝手に歩合と言い出したのはそっちだろと言い返したかった

理不尽な裏稼業

しかし望んで俺はこの業界にいる

「おう、大倉に山下! オマエら困った事あったら何でも言って来いよ」

片桐は相変わらず偉そうに言い、店を出た

着替えを終えた大倉と山下が、俺のところへ来る

二人とも神妙な顔つき

「ん、どうした?」

「岩上さん…、俺たち店辞めます……」

「何でだよ! どうしたんだよ?」

「言いたくありません……」

「オマエふざけんなよ?」

気付けば俺は大倉の胸倉を掴んでいた

何だかんだ2年以上この店で共に過ごしてきたのだ

辞めたいくらい嫌な事があったのは理解できる

ただその訳すら言わずに去ろうとする姿に苛立ちを覚えたのだ

周りの従業員が俺を制し、山下が代わりに口を開く

「俺ら…、もう吉田さんについて行けません…。ほんと限界なんです……」

「何があったんだ? 言え!」

先日の歩合の一件だけでなく、それ以外にもボロボロ出てきた

 

吉田の弟と腹違いの妹が結婚をする……

それは俺にも言ってきたから知っている

「ああ、そうですか。おめでとうございます」

吉田にはそれだけ言って終わりにした

アイツの祖母が亡くなった時同様、俺から祝儀でももらえると思ったのか、吉田は唖然としていたっけ

後日系列のチャンプの飯塚から連絡あり、吉田が仕事中わざわざ店に来て「岩上さんは酷いんですよ。うちの弟と妹が結婚するって言うのに祝儀一つくれない」と愚痴を零したと報告があった

「そりゃ吉田さんがおかしいよ。会った事も無い人間に何で祝儀出さなきゃいけないんですって言っておきましたけどね」

それはそうだ

従業員ならともかく、自分の身内が籍を入れるから祝儀なんて、吉田は本当に図々しい

それに弟と腹違いの妹が結婚とか抜かしていたが、そもそも法的に許されるのか?

俺はその件で何の被害も受けていない

だが、早番は違った

「オマエら上司の弟が結婚するのに、祝い金も出せないのかよ?」

そう吉田に詰められたそうだ

「祝い金って、いくらぐらい包めばいいんですか?」

「良識の範囲だと3万が相場だよ」

そんな感じで大倉、山下、新人の江角の3人は3万を強引に徴収されたらしい

大倉に関しては前に中野のキャバクラへ仕事後呼び出され、ドン・ペリニヨンのロゼを買って来させ、その代金すら払わず、そこの飲み代まで割り勘にさせられたという理不尽な対応を受けている

しかも吉田は一ヶ月以上店を休んでいて、復帰した途端この暴君状態

2年以上働いた従業員2人が同時に辞めたくなるのも無理はなかった

 

俺はワールドワンに来てから今までずっと店を支えてきた

それが吉田はオープンから店にいるというだけで所の次に店長になり、店は休むは部下たちから金を巻き上げるは……

しかも番頭の片桐など権力者にはゴマすりが半端ではない

このままの現状がまかり通っていいのか?

いい訳ないだろう

俺はまず遅番の従業員全員に話をした

「大倉と山下が辞める件。俺は吉田が納豆いかない。これから上に対してクビ賭けて行かせてもらう。オマエたちはどうする?」

「岩上さんについていきます!」

三門、伊藤、そして新人の岡本、望月も声を揃えて言った

 

翌朝になり早番の従業員が出勤してくる

吉田はまた遅刻した

ちょうど良かったので、早番の従業員たちにも意思疎通を取る

これで吉田以外の全従業員が俺の元一つになった

一時間以上遅れて出勤した吉田は、「いやー岩上さんすみませんねー。目覚まし掛けて起きたんですけど二度寝しちゃって……」と理由にならない言い訳をしている

俺は無視して店を出て、真っ直ぐ家に帰った

今日の夜、出勤したらまず番頭の佐々木さんと話し合う

次に片桐と……

考えると憂鬱になる

いや、思い出せ

ベガの鳴戸に連れて行かれたヤクザの前

あの時よりは全然マシだろ?

それに今回は吉田以外の従業員すべてが俺についてくれているのだ

まずはゆっくり身体を休めよう

 

ワールドワンへ出勤して、店内の状況を確認する

まだ客はまばら

佐々木さんと話すなら今だろう

電話を掛け、佐々木さんに来てもらう

俺は店の外でこれまでの吉田の無茶ぶりを伝え、これが今後もまかり通るなら吉田を除く、俺以下全従業員は店を辞めると話した

ゴマすりだけの豚野郎と、俺以下の従業員たち

どちらを選ぶかは明白だ

佐々木さんは困った表情で片桐に連絡をする

「おい、岩上この野郎! 全員が店を辞めるってどういう事だ?」

俺の前に来た片桐は怒涛の如く怒っていた

「何かあったら言って来い…。片桐さんはいつもそう言っているのに、2年以上働いている従業員が2人同時に辞める事に対して、何の疑問も持たないんですか?」

「どういう事だ?」

「俺からでなく、大倉、山下の2人に直に聞いてみて下さい」

いつも上からの目線の片桐も、この時だけは何も言えないでいた

 

翌日、大倉が不安そうな表情で話し掛けてくる

「岩上さん…、何か今日仕事終わったら山下さんと自分…、片桐さんからいきなり飯行くぞって連絡あって……」

思わずニヤけてしまう

「いいか、大倉。俺が全部ケツ持つ! だから言いたい事全部ぶち撒けて来い」

「え…、でも……」

「ケツは持つって言ったろ。そうなるように俺が仕組んだんだよ。オマエたちも辞めるって腹決めたんだろ? なら一度くらい腹決めろって」

俺は大倉の背中を押した

あとはなるようになるだろう

「食事終わったら、一回店に戻ってきます……」

心細そうに山下は大倉のあとをついて、店を出て行った

 

今日も店にベガの高橋、そして中口も来て、ダイナミックをノーテイクでバチンバチン叩いている

「いやー、ヤバいすね、岩上さん。1円でこんな過激台、歌舞伎町のどこにも無いですよ」

ギャンブル性の非常に高い台を作った

本当に運が良ければ一撃の一気で20万を越える事もある

下手な10円の店よりも過激な1円ポーカー

俺の予想通り客はその過激さにハマっていく

数時間経ち、店に山下だけ戻ってきた

 

「おう、山下。どうだった?」

何を話したのか気になる俺は、山下をせっつく

「自分は言いたい事は片桐さんに何も言えませんでした……」

「はあ? せっかくセッティングしたのに何をやってんだよ?」

「でも…、大倉さんは自分の言いたい事まですべて言ってくれました」

そこまで言ってニヤける山下

「何を言ったんだ、大倉は?」

「第一声が吉田を人間的に許せませんと……」

これまで溜まっていたものをすべて片桐へぶち撒けたようだ

やるだけはやった

あとは上の判断だが、なるようになるだけだ

 

山下が帰り、少しして片桐が店に来た

「岩上、何で今まで言わなかったんだ?」

「俺が言ったところで片桐さん聞く耳持ってくれなかったじゃないですか」

「そんな事ねえだろが!」

「ありますよ。先日片桐さんの奥さんが入院した時のお見舞いの件だって……」

俺は以前吉田がみんなから5000円ずつ徴収し、見舞いの品を渡した件を蒸し返す

あの時吉田は早番だけの手柄のように伝え、片桐は俺に豚野郎を見習えと言ったのだ

「すまなかったな、岩上。吉田はクビにする。そんな事をしていたなんてな」

「それなら片桐さんからアイツへ直に伝えて引導を渡してもらえますか?」

しばらく黙っていたが、やがて片桐は分かったと返事をして店から出た

俺たちは仕事中にも関わらず、ハイタッチしながらこの展開を喜んだ

 

朝が待ち遠しい

これほどウキウキするのも中々ないだろう

朝10時手前に片桐が来た

吉田はまだ来ない

また寝過ごしたとかで、遅刻だろう

「アイツ、遅刻か! 俺は店の外で待ってるぞ」

店を出て階段を上がった入口で吉田を待つ片桐

一時間ほど遅刻して吉田は来たようだ

俺が奥の休憩室でタバコを吸っていると、吉田がノソノソと店に入ってきて俺の顔を見る

目に涙が滲んでいた

「岩上さん、従業員の給料下がったじゃないですか? 片桐さんに戻してくれと言ったら、オマエなんかクビだと……。俺、クビになっちゃいました……」

俺が何も知らないと思い、この期に及んで未だ嘘をつく吉田

吸っていたセブンスターを大きく吸い込んでから、吉田の顔に煙を掛けた

「ウザいから、荷物持ってとっとと失せろ、豚野郎!」

ここ数年の恨みを込めて罵った

黙ったまま店から吉田は出ていく

俺は嬉しさから従業員だけでなく、店内で打っている客すべてに寿司の出前を取り、振る舞った

 

パリジェンヌ事件 - Wikipedia

パリジェンヌ事件 - Wikipedia

 

 

2002年9月

俺は32歳になっていた

春美との連絡のやり取りはまったく無くなった

何度俺から送ったところで返事一つ無い現状

自然と俺も連絡しなくなった

精も根も尽き果てたのだろう

そんな頃、新宿歌舞伎町で世間を震撼させる事件が起きた

パリジェンヌ事件と呼ばれるヤクザとチャイニーズマフィアの抗争

場所は歌舞伎町1丁目と2丁目の堺になる花道通りと区役所通りが交差する風林会館

その1階の喫茶店パリジェンヌで起きた

しかし俺には何の関係性も無い為、ほとんど興味を示さなかった

 

ゴマすり豚野郎の吉田をクビにして、またワールドワンは番の編成が必要になった

早番の責任者に三門

残った大倉が2番手

チビの江角

あとは新人を入れる

遅番に店長になった俺

山下を2番手

ラップをする伊藤

口が達者な岡本

そしてうずらデカい望月

また東京スポーツの三行広告を使うにしても時間が掛かるので、俺は以前働いていた安田へ連絡をしてみた

俺、彼女殺したかもしれませんと物騒なメールを送り、そのまま辞めていった安田

彼は何度も俺のところへ来て、また働きたいと言っていた

あの時は従業員も補充し一杯だったので無理だったが、今なら問題ない

「久しぶりだな、安田。またうちに戻ってくるか?」

これまでの簡単な経緯を話す

「え、いいんですか?」

「今度はいきなり店に来なくなるとかしないならな」

「ありがとうございます!」

「いつから来れそうだ?」

「明日からでも」

これで従業員の確保はOK

新たな新体制はこのメンバーでやっていくのだ

 

 

闇 20(堕落編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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