岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

8 ゴリ伝説

2019年07月16日 19時00分00秒 | ゴリ伝説

 

 

7 ゴリ伝説 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

パトカーに乗せられ移動中に、私はプロテスト合格した時の事を思い出していた。プロテストの時コーチ役を務めたレスラーの峰さんが、奥にある部屋をノックして入る。私もあ...

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「しょうがねえ奴だな。ちょっと待ってろ……」
 私はあの子が近くを通り掛かるのをジッと待った。少しして通り掛かったので、「すみません」と声を掛け、目を合わせる。
「はい」
 よし、うまくいった。ゴッホお気に入りの子が席までやってくる。名札を見ると、『大曽我奈美』と書いてあった。ゴッホはというと、何故か下をうつむき黙っている。
「お待たせしました。ご注文でしょうか?」
「……」
 お目当ての子が来たというのにずっと黙ったままのゴッホ。何を緊張しているのだ。
「あ、あの~……」
 シーンとした時間が流れる。このままではまずい。
「あ、あのですね。失礼ですけど『おおそが』さんって読むんですか?」
「え、はい。そうです」
「こいつが大曽我さんに、お話ししたい事あるそうでして……」
 ちょっと強引だったが、ゴッホにうまく話を振る。しかし、肝心のゴッホが先ほどと同じように下を向き黙ったままだ。早く何か喋れよ……。
 二十秒ほどして、ゴッホがテーブルの上を指差し、「これ、何に見えます?」とだけ言った。
「え…、あの……。バ、バレリーナですか?」
「はい……」
 そこでまた会話が途切れる。ゴッホの限界だった。彼女は困った顔をして、じっと立っていた。まったく世話の焼ける奴だ。
「実はですね。私、こう見えても『バレリーナ愛好会』の会長でして……」
 ここは私が強引に乗り切るしかない。半分ヤケクソだった。
「はあ……」
「大曽我さんを呼んだのは、今度もしよろしければ、バレリーナについて色々語りたいなと思いましてね」
 あまりにもくだらない私の言葉に、大曽我さんは笑い出した。よし、このままいっちゃおう。
「それで大曽我さん、今日何時頃、仕事終わります?」
「え、私ですか。え~と十時半ですけど」
 時計を見ると、十時十分だった。
「じゃあ、俺たち外の駐車場で待っているから、良かったらちょっとだけお話できません?迷惑じゃなかったら」
「は、はい…。分かりました」
「仕事中、つまならい事言ってごめんなさい」
「いえ……」
「では、のちほど」
 大曽我奈美がテーブルから去ると、ゴッホはようやく顔を上げた。
「おまえ、何だよ。何も話さないじゃねえかよ」
「う、ああ……。わりー。緊張しちゃってよー」
「何が『これ、何に見えます?』だよ?あの子がバレリーナって言わなかったら、どうするつもりだったんだよ?」
「……」
「ったく…。まあとりあえず彼女、これから外で待っていれば来てくれるから」
「あ、ああ…。神威、わりーな」
「そろそろここを出ようよ。これ以上、白い目で見られたくないからな」
「おまえのせいでこんな時間になったんだから、ここぐらい奢れよ」
「いや、わりーけど、そんな金ないんだわ」
「はぁ…、まあいいや。とりあえず出よう」
 レストランに二時間近くいた事になる。会計を済ませ、外の駐車場まで行った。



 私たちは車の中で、大曽我が出てきた時の作戦を練っていた。
「神威、今度は俺がちゃんと話すからさ」
「いや、また土壇場で黙られても困る。面倒だから、ここは俺が話すよ。一対一って言うと構えるだろうから、『友達も誘って今度二対二で食事でもどうだい?』ってうまく話してみるから。それがベストだろ?」
「ん…、ああ……」
 十時四十分を過ぎたぐらいに大曽我奈美が、店の裏口から出てきた。車の中にいたんじゃ気付かないだろうから、私たちも外へ出る。
「ごめんなさい。ちょっと遅くなっちゃって」
 大曽我奈美が小走りに駆けてくる。この子は笑顔がとても似合う。ゴッホが気に入るのも分かる。性格もさっき話した感じ悪くない。
「ゴッホ、ちょっと待ってろよ。うまく話をまとめてくるから」
 ゴッホを置いて、私が近づく。
「ごめんね、大曽我さん。無理いっちゃって」
「いえいえ、さっきとてもおかしかったです」
「奈美ちゃんって呼んでも構わないかい?」
「え、あ、はい!」
「もし良かったら、今度一緒に食事にでも行かないかい?」
「え…、はい……」
 奈美の頬が少し赤くなった。私がこの子を誘っていると勘違いされても困る。あくまでもメインはゴッホなのだ。
「一対一じゃなんだし、奈美ちゃんも友達連れてでどうかな?」
「え、お友達もですか?」
「迷惑だったかな?」
「い、いえ。そんな事ないです」
「もし良かったら、電話番号教えてもらってもいい?」
「は、はい!」
 手帳に丁寧な字で家の電話番号を書いてくれる奈美。こういう子と付き合ったら、毎日が新鮮で楽しいかもしれないなと思った。
「俺の番号携帯のだから、いつ電話しても構わないよ」
「はい、ありがとうございます」
 お互いの番号交換を済ませると、私たちは奈美と別れる。
 帰り道、車の中で私はゴッホに言った。
「とりあえずおまえにも奈美ちゃんの番号教えておくけどさ。くれぐれもはしゃいで勝手に電話したりするなよ?俺がうまくまとめるから」
「何で俺が電話しちゃいけないんだよ?」
「当たり前だろ? あの子の番号は俺が聞いた訳なんだからさ。おまえが彼女の電話番号を知っている事自体、おかしい事だろ」
「あ、ああ…。分かったよ」
 ゴッホは不服そうな表情をしながら、車を走らせた。

 翌日、奈美から携帯に電話が掛かってきた。私たちはお互いの近況などを話し、一週間後、二対二で食事へ行く約束をする。
 彼女の事で大まかに分かった事。まだ奈美は短大生で十九歳。就職活動の合間にあそこのレストランでアルバイトをしている。現在彼氏はいない。
 しかし、問題な部分もあった。
 ゴッホが気に入ったから私が動き、こうなった訳だが、奈美は私の事を結構気に入っていた。会話の節々にその気持ちがこちらにも伝わってきた。彼女の気持ちをうまく交わしつつ、ゴッホとの仲を取り持つ。果たしてそんなうまくできるだろうか……。
 奈美にしてみれば、最初に声を掛けたのも誘ったのも、すべて私なのだ。ゴッホがというより、私が気に入っているからと見られても仕方がない。
 すべては一週間後の食事次第である。奈美が連れてきた子を私が目の前で口説いてしまえばいいのだ。
 毎日のように奈美から連絡はあった。他愛のない話ばかりだが、「神威さんの声が聞けて嬉しい」といつも言っている。ゴッホが気に入ってさえいなければ……。
 そんな気持ちも内心あった。しかしゴッホの気持ちを踏みにじる事はできない。ちょっとした葛藤の中、時間だけが過ぎていく。
 明日は奈美と食事の日。ゴッホからあれ以来連絡がないが、今頃楽しみにしているだろう。少し早めに寝ようとした時、奈美から電話があった。心なしかいつもより声のトーンが暗いような気がした。
「神威さん、明日なんですけど……」
「うん、どうしたの?」
「明日の食事…。中止にしてもらえませんか?」
「え、何で?」
「……」
「何かあったのかい? 言いたい事があるなら言ってみて」
「神威さん…、何で岡崎さんに私の家の番号教えたんですか?」
「え……」
 ひょっとしてゴッホの奴、また勝手に彼女の家に電話したのか……。
「今日だけじゃなく、昨日も一昨日も…。最初は普通に話していたんですけど……」
 しかもほぼ毎日のよう電話していたのか……。
「あいつと何かあったの?」
「迷惑じゃなければ、明日の食事、二人だけで行かないかって言い出して……」
「そ、そうなんだ……」
 あのクソ馬鹿野郎め。またしてもフライングか。
「神威さん、私と食事したいって言ってたのに、何で岡崎さんが連絡してくるんですか?」
「え、いや、その……」
 言い訳のしようがなかった。元々ゴッホの為に動いていただけなのだ。
「私をからかって、遊んでいたんですね……」
「いや、そんなつもりは……」
「酷い……」
 ガチャ……。
 電話が切れる直前、奈美のすすり泣く声が聞こえた。
 すぐ掛け直そうとしたが、思い留まる。私が今、電話をしてどうなるというのだ。ゴッホとのやり取りを正直に話したところで、また奈美を傷つけるだけなのだ。彼女の事を私だっていいと思った。しかし、元々ゴッホが気に入っていたから始まった事なのである。私が奈美に「好きだ」と掛け直すなら話は別だ。それだとゴッホの想いを踏みにじる事になる。
 しばらく考えていたが、私からリアクションはしないほうがいいと決めた。
 どこか納得いかない自分がいる。非常に歯痒いのだ。何故だ? 決まっている。またしても私の言いつけを守らず、勝手に奈美へ電話していたゴッホ。あいつのフライングがなければ、少なくとも明日は楽しく食事ができたのだ。ゴッホに電話を掛けてみた。
「あー、もしもし」
 何事もなさそうにいつものダミ声で出るゴッホ。
「おまえさー、何で奈美に勝手に電話してんだよ?」
「あー、わりーわりー」
「ふざけんなよ! 明日の食事、彼女から断られたぞ?」
「え、何で?」
「知らねえよ!」
 ゴッホのあまりの無神経さに苛立ち、私は電話を切る。すぐゴッホから電話が掛かってきた。
「おいおい、何で急に切るんだよ?」
「何でおまえは言う事を利かないんだよ?」
「だって番号を教えてもらったんだから、我慢するの難しいだろ」
「はあ~……」
「何、溜息ついてんだよ」
「すべて台無しじゃねえか」
「だからわりーって」
「もういいよ……」
 再度、電話を切った。面倒なので、携帯の電源を落とす。私は布団にゴロリと横になり、目を閉じている内にいつの間にか寝てしまった。

『バレリーナ事件』から一ヶ月が経つ。あれ以来、奈美から電話がある事はなかった。私からも掛けづらいものがある。多分このまま自然消滅していくのだろう。ゴッホにはあれから連絡をしていない。あまりの馬鹿さ加減にイライラしていたのだ。
 忙しい日々の中、仕事に精を出していると、ゴッホから電話が入った。
「何だよ?」
「つれねえな。せっかく人が電話してるのに」
「何の用だよ?」
「今度の日曜日さ、『ねるとん』申し込んだんだ。で、神威の分も一緒に予約しといたから、空けといてよ」
「はあ?」
「だから神威の分まで一緒に予約しといたからさ」
「あのさ、ちょっと待って。何で俺まで行かなきゃいけないの?」
「だって俺一人じゃ行きづらいじゃん」
「だからって何で俺まで一緒に行く必要がある? それに何で俺の返事も聞かず、勝手に頼むんだよ?」
「まあそんな事言わず、頼むよ」
「だいたい『ねるとん』って何だよ?」
「まあそりゃあ男と女の出会いのパーティーってやつだよ」
「何が『出会いのパーティー』だよ。もう大曽我奈美の件は吹っ切れたのかよ?」
「だって最近電話しても、親がいつも『奈美は出掛けてていません』って居留守なんだもん。何度か電話して、時間もずらしているのにいつもいないんだ。あれってきっと居留守使ってんだよな」
 呆れた…。この男はまだ奈美に電話をしていたのである。しかも何度も……。
 どおりであれ以来、彼女から連絡がないはずだ。
「もう電話するのやめとけよ」
「何で?」
「それだけして出ないって事はさ、向こうは嫌がっている証拠だから」
「だって番号を教えてくれたじゃん」
「だからそれは俺にだろ? おまえにはそのあと勝手に俺が教えただけじゃねえか。違うかよ?」
「ん…、ああ……」
「とにかく一度も彼女は電話に出ないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、やめとけよ」
「今度またあの子のレストラン行ってみるか」
 こういう時のゴッホは冗談で言っている訳じゃない。本当に行きだしかねないので、私は慌てて言った。
「だから、そういうのもやめろって」
「だって人が気持ちを伝えたいのに、出ないなんて失礼じゃねえか」
 失礼も何も最初、奈美を席まで呼んだ時、何一つろくに喋れなかったのは誰だと言いたい。
「いや、失礼なのはおまえだ」
「おまえと俺は考え方が違うからな」
 いや、そういう問題じゃないと思うが……。
「考え方というか常識的な判断が違うだけだろ」
「じゃあ、こうしよう。神威がねるとんに付き合うなら、俺は今後奈美に電話しない。ねるとんを断ると言うなら、俺は奈美のレストランへ行く」
「おまえ、汚いぞ」
「いや、北はあるよ」
 背中に冷たいものが走った。自分では最高のギャグだと思って言っているのだ。
「あのさー、そういう寒いギャグは笑えないから」
「だって北あるじゃん」
「分かった分かった。ねるとんに俺も出ればいいのね……」
「そうそう最初から素直に出たいって言えばいいんだよ」
 またしてもゴッホペースになっている。まあ仕方ない。私は諦め、今週のねるとんパーティーに備える事になった。

 場所は地元の公民館で夕方六時開始。会費は五千円。
 以前、『ねるとん』という番組をテレビで見た事があった。男と女を同じ数だけ集め、集団お見合いをするような内容だが、それと同じような事をするのだろう。問題はいい女がいるのかという点である。テレビだからあれだけ綺麗な子も出るけど、現実問題で考えれば、いい女は男が放っておかない。従って自らねるとんパーティーなどに出る必要性などないのだ。しかも洒落たバーやレストランでというなら分かるが、場所は公民館である。夢も期待も持てないだろう。
 当日になり、五時頃ゴッホが家まで来た。
「ちょっと時間早いんじゃねえか?」
「いいんだよ。先に行って待ってるぐらいがちょうどいいんだ」
「おまえ、この手のパーティー、今日が初めてじゃないだろ?」
「まあな」
「何回目?」
「う~ん、十二回から先は覚えていない」
「そんな行ってんの?」
「ああ」
「成果は?」
「あったらまたパーティーに行こうだなんて言わないだろ」
「まあそれはそうか」
 ゆっくり歩きながら公民館へ向かう。徒歩二十分ぐらいの距離なので、ゆっくり歩いても随分時間的に余裕がある。
「実際ああいうパーティーってどうなの?」
「う~ん、当たりもあれば外れもあるな」
「で、ゴッホは一度もカップルになれていないんでしょ?」
「ああ」
「外れの時はどうしているの?」
「とりあえず誰かしらの名前は書いているよ」
「どういう事?」
「最初は順々に一人ずつトークタイムってのがあるんだよ。一分ずつぐらいかな」
「ふんふん、それで?」
「それからフリータイムって言って、好きな子に自分から話し掛けられる自由な時間があるんだ。最後に紙に自分の第一希望の子から第三希望の子まで書いて、パーティーの主催者側がそれを集める。それでお互いの希望が男女共に合えば、めでたくカップル成立になるんだよ」
 なるほど、強制お見合いパーティーみたいなノリって訳だ。
「でも、ゴッホは十回以上行っても、一度も成功していないんだろ?」
「しょうがねえじゃねえかよ」
「何でまた今日に限って行こうと思ったの?」
「神威がいれば、うまくフォローしてくれるだろ?」
「……」
「だから一緒に申し込んでおいたんだよ」
「じゃあ、今日の分はもちろんおまえが全部出すんだろうな?」
「いや、それはまた別の話だろ」
 何ていう傍若無人ぶりなのだ。勝手に人を巻き込んでおき、代金は自腹……。
 まあ、これがゴッホがゴッホたる所以なのである。
「ほら、あそこの場所で今日はやるんだぜ」
 パーティー会場である公民館が見えてきた。

 ひっそりと静まり返った建物内。私たちは階段を使って二階まで行く。受付らしきものが見え、二名の人間が座っている。
「あ、本日予約された方でしょうか? お名前を最初に言ってもらえますか」
「あ、神威龍一で二名」
 この野郎…。勝手に私の分まで予約しただけでも迷惑なのに、人の名前を使って予約してやがったとは……。
「かしこまりました。では、お二人で五千円ずつになります」
「おい、五千円だってよ」
 ゴッホは、当たり前のように手の平を開き差し出してくる。ここで揉めても仕方がない。私は黙って五千円札をゴッホの手の平の上に乗せた。
「はい、お二人でちょうど一万円お預かりします。では、中に入ってお待ち下さい」
 学校の教室にあるドアのような入口を開いて中へ入る。中はとても薄暗く、人影ぐらいしか見えない。窓際にいる二人がシルエットで女性なのだと分かるぐらいである。
 中にいた係員が、「まずはこちらをご記入下さい」と紙と懐中電灯を手渡してきた。自分でこの暗闇の中、照らしながら記入しろって事か。
 紙には簡単な自分の名前や、自己PRを書く欄がある。適当に記入を済ませ、辺りを見回してみた。少し暗闇に目が慣れてきたせいか、どこに誰かいるぐらいは分かるようになってくる。二十畳ぐらいのスペースにパーティー参加者が、今のところ全部で十七名ほどいた。
 しばらくして室内の明かりがつく。係員が手を叩きながら、大袈裟なアクションで口を開く。
「はい、みなさま、お待たせしました! ちょっと女性の人数足りませんが、あとから遅れてくるらしいので、時間も押してる事だし先に始めたいと思います」
 私は中にいる人間を見てビックリした。先ほど窓際にいた女性二名以外、すべて男ばかりなのだ。二対十五……。
「ではみなさま、先ほど配った紙を私に出してもらえますか?」
「ちょっと待て、コラ!」
 思わず私は怒鳴りつけていた。
「え、な、何でしょう……」
「おまえらな、こんな人数の比率で一体何をさせようってんだ、おい?」
「いえ、ですから、女性陣はあとから遅れてくるらしいので……」
「ふざけんなよ、おい。こんな馬鹿げたパーティーやってられるかよ!」
「……」
 誰一人声を出す者はいなかった。
「ゴッホ、帰ろうぜ」
「ん…、ああ……」
 あまりにも馬鹿げた手口に呆れ、私とゴッホは部屋を出た。
 受付にいた女が声を掛けてくる。
「あの、すみませんが、一度中に入ると代金全額お返しできませんが……」
「いらねえよ、そんなはした金なんかよっ!」
「キャッ!」
 受付のテーブルを乱暴に蹴飛ばし、私たちは会場をあとにした。

 帰り道、私はずっとゴッホに文句を言っていた。
「何だよ、あのパーティーは? 半分詐欺じゃねえか」
「わりー」
「十回以上も行ってるならさ、もっとよく調べろよ」
「わりー、あんなのだとは俺も思わなかったんだよ」
「はあ……」
 これ以上、ゴッホに当たってもしょうがないか。
「このまま帰るのって嫌じゃね?」
「どこか行くのか?」
「ほら、駅の反対口。あそこにランジェリーパブが新しくできたじゃん」
「あー、そういえば。俺、入った事ないけど」
「俺もだけどさ、あそこ行ってみない?」
「いいけど、先に飯を食おうぜ。俺、腹減っちゃったよ」
「じゃあ、近くの居酒屋で軽く飲みながら食って、それからランジェリーパブ行こうぜ、な?」
 確かに女のいる店に行きたい気分だった。このまま家に帰っても、イライラは納まらないだろう。
「いいよ。早くその辺の店入ろうぜ」
 駅の逆口へ出て、ランジェリーパブの方向へ向かう。これからの事を考えると、先ほどの怒りが静まってくるから不思議だ。未開拓の店は、男にとってちょっとした浪漫があるのだ。
 ランジェリーパブの看板が見えてきた。『ランジェリーパブ ワシントン 4F』と大きく書いてあるので目立つ。同じビルの一階に居酒屋があったので入ってみる。
「神威、料金がさ、七時過ぎると急に高くなるから、七時前には上に行こうぜ」
「分かった。とりあえず腹減ってるから、適当に頼むよ?」
「ああ、俺は中生」
「すいませ~ん、とりあえず、ウイスキーのストレートと中生下さ~い」
 メニューを見ながら、好きなものを個々に注文する。先ほどのねるとんパーティーの愚痴を言いながら、私たちは酒を飲んだ。
 それにしても男が十五名に対し、女は二名…。よくあれで始めようとしたものである。ある意味感心してしまう。あとで女性陣が遅れてくると言っていたが、サクラだと言っているようなものである。もし、あのままあそこにいたら大激怒していただろうから、最初に帰って正解だったのだ。
「おい、神威。そろそろ出ないと七時になるぞ」
「もうそんな時間か。じゃあ、会計しないと。ここはとりあえず俺が出しておくよ」
「いいよいいよ。こういうのは割り勘のほうがいい」
「いいよ。大した金額じゃないし」
「いや、こういうのは割り勘のほうがいいんだって」
 ゴッホが譲らないので、私たちは割り勘で会計を済ませ、四階にある『ランジェリーパブ ワシントン』へ向かった。

 オレンジ色の妖しいライトが飛び交う店内。とうとう私たちは『ランジェリーパブ ワシントン』へやってきた。
 黒服の店員が、入口まで近づいてくる。
「いらっしゃいませ。お客さま、二名で?」
「そう」
「ご指名は?」
「初めてだから」
「ちょっと今、女の子の人数足りないんですよね~。一人しかつけられないのですが」
「別に構わないよ。とりあえず中に入れて飲ませてよ」
「かしこまりました。空き次第すぐにお席につかせますので」
「は~い」
「それでは料金のほうですが、前金で七千円ずつになります」
「え?」
 私は壁に貼ってある料金表を見ながら言った。
「七時からが七千円でしょ? 今、まだ六時五十八分じゃん」
「まあ、それですと七時料金になりますので……」
「はあ? おい、おまえふざけんなよ。女は一人しかつかない。それに時間にもなっていないのに、正規料金以上とるつもりかよ?」
「で、では六千円ずつで結構です」
「何が結構なんだよ? おまえ、感覚おかしいんじゃねえの?」
「す、すみません……」
 大方、余計に金を取った分は、あとで自分の懐にでもしまうつもりだったのだろう。狡い野郎だ。
 席に案内され、ゴッホと向かい合わせに座る。タバコを吸いながら待っていると、店員が女を一人連れてきた。
「お待たせしました、ゆーなさんでーす!」
「……」
 席に来た女を見て、私は口をあんぐり開けてしまった。
 ランジェリーパブとは、店の女が下着姿で接客する店である。当然、男はどんな格好で来るのだろうと期待はするものだ。
 席についた『ゆーな』を見た時、頭の中でアントニオ猪木の入場テーマ曲である『イノキボンバイエ』が鳴り響いていた。まったく色気を感じないスタイル。そして見事に突き出たアゴ…。誰もいないところで「何だテメこの野郎」と、ファイティングポーズを取り、「シャー」とか言いそうなところが怖い。
 私の横へ腰掛けようとしたので、「あ、俺のほうが体でかいから、向こう座りなよ」と自然に言葉が出てしまう。
 ゴッホは、非常に嫌な顔をしながらこっちを見ていた。仕方ない。今日、パーティーで不愉快な思いをしたのも、すべてゴッホが原因なのだから……。
 他の席に座る女の子を見ると、そこそこ可愛い子がいる。よりによって何で私たちには、イノキがつくのだ。ここはゴッホに犠牲になってもらう以外方法はない。
 この店は、ワンタイムで帰ろう。作ってもらった酒を飲みながらそう思っていると、店員がまた一人の女を連れてきた。

「大変お待たせしました。『マミ』さんです!」
「いらっしゃいませ、マミです」
 メチャクチャ可愛い女が来た。さっきイノキをゴッホの席につけといて本当に良かったと心の底から思う。運は誰にでも平等なのだ。
「君、可愛いねー。俺、メチャクチャ好み」
「やだ、うまいですね~」
「本当だって」
「何か恥ずかしいなあ」
 目の前のゴッホの事などすっかり忘れ、私はマミとの会話を楽しんだ。完全に口説きモードに突入した私。
 時間が来ても、「延長」とゴッホの分まで金を出し、ひたすらマミを口説く。
 三回ほど延長をすると、財布の中の金がなくなってしまった。ゴッホの分も一緒に出しているから、結構な金額を使っている事になる。
 途中でゴッホはどうしているか、そっと見てみた。
「……」
 つまらなそうに酒を飲み、タバコを吸うゴッホ。イノキも黙ってそばに座っているだけだった。
 いくらこっちが金を出したとはいえ、ゴッホに少し悪い事をしたかなと反省していると、ゴッホがイノキを見て口を開いた。
「趣味は?」
「スノボー」
「そう。俺もスノボーやるんだよ」
「そうなんだ」
「今度良かったら一緒に行く?」
「う~ん……」
「電話番号教えといてよ」
「あ、私、携帯持ってないから」
 きょうび、飲み屋の女が携帯を持っていないなどありえない。この女、もう少しマシな嘘をつけばいものを……。
「あ、そう……」
 そこでイノキとゴッホの会話は途切れてしまう。イノキにまで見切りをつけられるなんて、何て可哀相な男なんだ……。
 時間が来て、私たちは店を出た。帰りのエレベータの中、ゴッホが恨めしそうな顔で言った。
「わりーけど、おまえとは女の飲み屋は絶対に行かない」
 この野郎、散々こっちが数万も奢ったというのに、「ご馳走さま」のひと言も言えないのか……。
 私とゴッホは、気まずいまま外で別れた。これが俗に言う『パーティーのあとイノキにアタック事件』である。

 ゴッホと会わなくなってから半年が過ぎた。私は二十七歳になっていた。
 歌舞伎町での仕事も忙しく、なかなか休みのとれない現実。予定も立てられないので、たまの休みなのに誰とも遊ぶ人間がいない。
 あれから連絡をしてなかったので、久しぶりにゴッホへ電話を掛けてみた。
「久しぶり、今日俺さ、休みなんだけど飲みに行かないか?」
「んー、俺、これからビアガーデンに行くんだよ」
「えー、いいなー。俺も連れていけよ」
「だって神威が知らない奴だよ?」
「男だろ? じゃあ俺もいいじゃん」
「分かったよ。車で大宮に向かうから、途中で神威の家寄って拾って行くよ」
「分かった。じゃあ、すぐ準備して待ってるよ」
 まだこの頃、飲酒運転に罰金百万などふざけた罰金があった時代ではなかった。軽い気持ちでゴッホも飲みに行く際、車で行っていたのである。
 ゴッホの車に乗り、大宮へ真っ直ぐ向かった。
 大通りを右折する為、信号が変わるのを待っていたが、信号が変わった途端、背後の車が無茶な運転をして飛び出し、私たちを抜いていく。
「何だありゃ、とんでもねえ運転しやがるな」
「おい、ゴッホ。あいつ、追っ駆けろよ。ひと言、俺が文句言ってやる」
「ああ」
 ゴッホは、無茶な運転をした多摩ナンバーの車を追い駆けた。
 しばらく走っていると、ちょうど信号に引っ掛かり、前の車が停まる。私は助手席から急いで降り、多摩ナンバーの運転席の窓のところまで行った。
「おい、おまえ何を考えてんだ? 開けろよ、おら!」
 ガンガン窓を叩きながら怒鳴る。相手は逆側を見ながら無視をしていた。見た感じ、私とそう年齢も変わらない奴だ。
「おい、開けろって言ってんだろ!」
 すると、窓が開き、運転手がゆっくり私の方向を見ながら口を開いた。
「多摩の青木って知ってっか?」
 ボソッと呟くように抜かす馬鹿。
「はあ?」
「多摩の青木って知ってっか?」
 この手のタイプが私は一番嫌いかもしれない。自分で理不尽な事をしておき、ピンチになると知り合いの名前を出す情けない男。
 第一ここは川越である。『多摩の青木』など知る訳がない。
「知らねえよ、ボケが!」
 気付けば、不意に右ストレートを運転手にお見舞いしてしまった。
「ゲッ……」
 そんな強く殴ったつもりはなかったが、相手はそれで気絶していた。ヤバイ…。大騒ぎになる前にとっとと逃げたほうがいいだろう。
 私はダッシュでゴッホの助手席に戻ると、「逃げるぞ、ゴッホ」と促し、逃げるように大宮へ向かった。

 

 

9 ゴリ伝説 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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