岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 65(その後の馬鹿と阿呆編)

2024年10月11日 20時56分21秒 | 闇シリーズ

2024/10/11 fry

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正直店に入る儲けは少ない。

客一人つけてたった千円。

しかしサクラをつけ、店から金を風俗嬢へ払うよりはマシだ。

事情を知らない女の子たちは、休み暇が無いくらい客がついたと大喜び。

ミミや杏子は週に六日ほどのペースで出勤してくれる。

こうなると差がつくのが、有木園担当の遅番チーム。

タダで風俗を遊べる知人さえ、當真や有木園にはいない。

サクラでさえ呼べないのだ。

必然的にお茶っぴきで無収入の被害を被るのは風俗嬢たち。

ゆきやまどかは俺の顔を見ると、ブーブー言ってくるようになった。

それなら早番に出勤してくれとお願いしても、ゆきはOL、まどかは人妻、時間帯に無理がある。

「岩上ちゃんはさー、自分の番ばかり優遇して店の事考えてねえじゃん!」

何をしても上手くいかない當真は、俺に当たってきた。

自分の事ばかりって、店の為に動いているし、サクラしかつけないで赤字続きだったのは誰のせいだ。

「少しは當真さん自身で考えて下さいよ。何でもかんでも俺任せは、いい加減にしてくれ」

「あのさー、俺は店長だよ!」

何かあると自分は店長だで片付けようとする馬鹿。

せっかく店がいい方向へ向かい出したのだ。

俺は自分のやるべき事はちゃんとしている。

「だったら少しは店の為に役に立ってくれよ!」

「あのさー、俺が役に立ってないって言ってんの?」

こいつ、これまての経過でどれだけ自分自身が癌細胞だったのか自覚していないのか?

あ、馬鹿と話し合っても得るものなど何も無かったっけ。

「とにかく俺は早番の事は責任持ってやっています。當真さんと有木園さんは、遅番をお願いします。もう時間だから帰りますね」

これ以上何を話ししても無駄。

この馬鹿のペースに合わせると、こっちがおかしくなる。

それだけ言うと、背後からギャーギャー騒ぐ當真を無視して店を出た。

 

翌日出勤すると、馬鹿を放置した自分自身を後悔する羽目になる。

俺が帰ったあと、當真と有木園は情報館のぴゅあらばへ行き、「早番が五千円なら夜は三千円にするから、バンバン客を呼べ」と怒鳴り込み、ゆきとまどかはフル活動だったらしい。

馬鹿と阿呆がやった行為は、まず三十分コースで八千円のところを三千円で、女の子へ四千円払うから、客をつける度に店は千円の赤字になる。

しかもホテル代は店持ちなんて馬鹿な格好をつけたせいで、レンタルルーム代の二千円も店が負担。

しめて客一人つく度に三千円の出費。

風俗を遊ぶのに総額三千円で済むなら、絶対に日本最安値だから客は腐る程群がるだろう。

平成を代表する馬鹿と阿呆。

どこの世界に無駄に赤字を出す風俗店があるんだ?

「早番よりも売上多くしたからね。まどかも、ゆきも大喜びで帰っていったよ」

そう得意気に話す當真の顔面に、拳をお見舞いしてやろうかと殺意すら覚えた。

そりゃあ店の風俗嬢は金になるから喜ぶだろう。

しかしただ忙しくしただけで、店の赤字を無駄に増やしただけなのだ。

この馬鹿を諭そうした俺がいけなかったのである。

剛速球投手のストレートが通じない相手には、どうすればいいか?

答えはキレのある変化球を投げるしかない。

俺は村川へ連絡し、遅番の気の狂った総額三千円コースをすぐ中止にさせるよう伝えた。

また村川に殴られればいいのだ。

ストレートしか球種の無い俺が、スピリットフィンガーファーストボールを無理して投げたようなものである。

 

翌日馬鹿の當真は、顔を腫らして店に顔を出した。

村川から小突かれたのだろう。

ざまあみろと吹き出しそうになるのを懸命に堪え、パソコンをいじる素振りをする。

俺に変化球があるのを知った當真は、何か言い出そうではあるが「今日新人入るから」とだけ言って出ていく。

早番のミミと杏子は絶え間なく続く客たちのおかげで、常に笑顔。

たまに俺へお菓子の差し入れをしてくれるほどだ。

あまり甘いものが好きでない俺は、百合子や娘の里帆と早紀用に持って帰る事にする。

そういえば百合子の奴、俺が風俗店の店番しているなんて知らないんだよな……。

パソコン関係の仕事のみと説明してあるので、お菓子を持っていくのは不自然か?

いや、オーナーの村川辺りから、いつもよくやっているからともらったと嘯けばいい。

「失礼します……」

入口を見ると、地味な女が立っていた。

「あ、あのですね…。ここ、風俗店の受付なんですよ」

俺がそう応えると、地味な女は一礼して入ってくる。

「今日から出勤する予定の田中麻子です」

あ、そういえば當真が新人入ると言ってたっけな。

とりあえず座らさせ、履歴書をもらう。

事情を聞くと、彼女はコスプレヤーとかいう漫画やゲームのキャラクターの格好をするものをやっているようだ。

「結構稼げるの?」

「いえ…、ほとんど趣味なだけなので、自作でコスチュームも作らなきゃいけないし、お金がほとんど無くなってしまって……」

また変なの寄越してきやがったな、あの馬鹿め。

まあ風俗嬢の頭数は多いほうがいいだろう。

「とりあえず源氏名…、まあ本名でもいいけど、それを決めようか」

「私…、ゆきながいいです!」

ゆきな…、いや、すでにOLのゆきがいる。

名前が被るのは好ましくないだろう。

「えーとね、申し訳ないんだけど、うちにはゆきって子がいるのね。源氏名なら、別の名前にしてもらえないかな?」

その瞬間田中麻子の表情が一変した。

「そんな! 私、コスプレしてる時の名前がゆきななんです! だからこの名前は譲れません!」

何だ、この女……。

おまえの事情なんざ知らねえよと言ってやりたかった。

しかしこういう変な子ですら、店の手駒として使うのが俺の仕事。

さて…、名前問題どうするか?

「あ、新人の子?」

そこへ馬鹿の代名詞當真が店に来る。

俺はゆきながいいと名乗る問題を簡単に伝えた。

「どーもー、私が店長の當真です! ゆきなちゃんね、うん、いいんじゃないの、それで」

いきなり何を抜かしてんだ、この馬鹿……。

「ありがとうございます! 私、風俗初体験で、この名前じゃなかったらどうしようかなって悩んでいたんですよ」

おいおい、ゆきと思い切り名前が被るだけじゃねえかよ……。

「じゃ、ゆきなちゃん。待機場所は伝えてあったよね? そこ行っててもらえる」

妙に浮き浮きしながら、ゆきなは出て行った。

 

俺はゆきな問題で、當真へ問い詰める。

「すでにゆきが居るのに、ゆきななんて名前被らせて、どうすんですか!」

「しょうがないよ。本人のモチベーション下がっちゃ意味無いからねー。それより早速彼女にサクラつけといてよ」

「何でいきなりサクラを……」

待てよ、確かゆきなは風俗未経験と言っていた。

俺の知り合いつけて、その辺本当の客につけて大丈夫なのかの確認は必要か。

「ゆきなちゃんへのご祝儀代わりだよ、ご祝儀」

馬鹿の當真は店を出ていく。

何がご祝儀だ、馬鹿が……。

俺は早速山下へ連絡して、誰かサクラで来れるよう頼む。

「この時間この間の大山になるんですよね…。岩上さん、あと一時間後とかにできませんか? そしたら俺が行けるんですが……」

「ふざけんな! 何で金にもならないサクラの都合なんて、こっちが聞かなきゃならねんだ! とっとと大山を店に呼べよ」

本当に歌舞伎町の人間は馬鹿ばかりだ。

ワールドワンのゲーム屋時代からそうだったが、山下も中々の馬鹿である。

十年近くこの街にいて、あまりの馬鹿さ加減で俺が意図的に暴力を振るったのは、山下だけなのだ。

いや、違うな……。

新規伝票を書きまくり架空の新規客を増やし金を抜いてクビになった中田。

あのクズがパンチパーマ掛けて偉そうに歌舞伎町歩いているの見掛けた時も、確かに殴った。

正確には蹴っ飛ばしたか。

「岩上さん、毎度どうも」

大山が嬉しそうな表情で入ってくる。

「あ、大山ちゃん。今回つけるの風俗未経験なんだよ。だからさ、常連ぶった客のふりして、レンタルルームの入り方とか、プレイの手ほどきとか、さり気なく教えてやってほしいんだよね。それとその子に客をつけて本当に大丈夫なのか。それをお願いね」

「は、初めてですか! 分かりました!」

風俗初物という事に過敏に反応する大山。

ゆきなを呼び出し、大山は浮き浮きしながら出て行った。

 

客が来て会計して女の子呼べば、店番の仕事なんてほとんどする事がない。

小説『とれいん』の続きを書き始める。

執筆にいまいち気が乗らなくても、少しずつでも書き進めないとな。

あ、そういえばゆきなの写真撮るの忘れていた。

大山が戻ってきて少ししたら、写真でも撮っておくか。

まあスタイルも特に良くなく、あの地味な感じだと、写真で宣伝したところで客の指名もらえらの難しいだろうけどな……。

「どうも、岩上さん。お世話様でした」

大山が戻って来る。

「じゃそろそろ店へ戻る時間なので……」

「おい、ちょっと待てよ!」

「え、何ですか?」

「新人のゆきなの事、何も聞いてねえぞ。大丈夫なのかよ、客つけても」

しばらく腕を組んで大山は考えていたが、ようやく口を開く。

「お…、おっぱいは綺麗でした」

「そんなの聞いてねえって! 客をつけても問題ないのかって聞いたんだ」

「うーん、結構地味な子じゃないですか…。フレッシュさはあるんですけど、指名とか今後もらえるかと言うと……」

「違う! 新規に客をつけても大丈夫かって事! おっぱいが綺麗とか、指名を今後取れるかなんて聞いてねえだろ」

「も…、問題ないかと思います……」

それだけ言うと、大山はそそくさと帰った。

山下の後輩だけあって、結構あいつもヤバい奴かもしれないな……。

店の電話が鳴り、ぴゅあらばから二人組と一人、総勢三名入れるかの連絡が来る。

ミミ、杏子、そしてさっきのゆきな。

問題ないな、俺はよろしくお願いした。

最初に二人組が来店し、ミミ、杏子をつける。

一人の客が店に来たので、実際につけられるのはゆきなのみだが、声を掛けてみた。

「お客さん、非常に運がいいところに来ましたね!」

「えっ、運がいい?」

「はい…、他の子たちは今さっきついてしまったんですが、今ですね…、風俗未経験の子が入ったばかりなんですよ」

「え、どの子ですか?」

客は興奮気味に並べてある写真を見た。

「それがですね、お客さん。本当にさっき入ったばかりで、まだ写真とかの準備すらできていないんですね」

「え…、か、顔とかは?」

「顔はブスではないのですが、地味です」

「じ、地味……」

「ただですね、その子にとって、お客さんが本当に初めてのお客さんになります。風俗嬢初めてなんて、処々を奪うようなもんじゃないですか!」

かなり大袈裟に捲し立てる。

「しょ…、処々……」

「そうですよ! 今このタイミングでしかありえない事なんです。別の子にしてもいいですが、彼女の処女性を実感できるのは、ほんとに今だけなんです!」

「し…、指名しちゃおうかな……」

「ありがとうございます! ゆきなにとって、お客さんが最初の男ですよ!」

「さ、最初の男……」

「それではすぐ呼びますので、そちらへ腰掛けてお待ち下さいませ」

大丈夫、嘘は言っていない。

地味なのも正直に言っているし、風俗初も本当だ。

店まで来たゆきなの姿を見て、客は一瞬固まっていたが、やがて達観したかのように陽気に街へ消えていく。

 

ミミと杏子が帰ってくる。

すでに今日三人目ずつついているので、二人共機嫌がいい。

「ね、岩上さん、面倒見いいから、早番来て良かったでしょ?」

「岩上さん信じて早番で働いて良かったですよー」

上機嫌の杏子。

何でこんな子が風俗を選ぶのか不自然である。

「今度時間できたら飲みに行きましょうねー」

二人はニコニコしながら店を出る。

少しして先ほどゆきなへつけた客が、ガールズコレクションへやって来た。

普通客は女の子とのプレイが終わると、さっさと帰るもの。

顔つきは青褪めている。

ひょっとしてクレームを入れに来たのか?

「お兄さん…、ちょっとあの子酷過ぎますよ!」

やっぱりゆきなの件でのクレームか……。

「酷いと言いますと…、何かありましたでしょうか?」

「彼氏いるからキスはできないとか…、口じゃちょっと嫌なんで手でいいかとか……」

「……」

確かにそれは酷い。

客の言い分ももっともだ。

「お客様…、今からすぐに当店ナンバーワンの子をお付けします。もちろん料金はいりません。無料で遊んで行って下さい」

フォローで迅速に行動する。

無料にしたのは、こんなクレームを入れに来るような接客をしたゆきなの分は給料カット、その分を杏子につけてればいいと判断した為だ。

「いやー、お兄さん…。私、こんな神対応を風俗でされた事ないです! ただですね、そのナンバーワンつけるの、明日じゃ駄目ですか?」

「明日ですと、その子もお休みなんです。お店の都合なんですが、一日毎の〆になります。なので明日以降になりますと、無料でサービスというのが難しくなります」

適当な言い訳を捲し立て、客のクレームの逃げ道を無くす。

「いえ、自分が悪いと言うか…、だらしないと言うか……」

「…と言いますと?」

「口は嫌で手でいいですかって、それでいっちゃった自分も情けないんですけど…。まあそういった都合もあって、明日以降がいいかななんて……」

何だ、こいつ…、しっかりいくだけいっといて文句言ってるのか……。

「お客様…、大変申し上げましたが、その件に関しましては先程説明した通り、今日中でお願い致します」

「わ、分かりました……。では、遊ばせていただきます……」

少しだけ意地悪な気分だったので、虐めてやる。

それにしても大山の奴め…、何が客つけて大丈夫なんだ?

あとで呼び付けて怒鳴りつけてやる。

「すいませーん、私やっぱりこの仕事……」

突然問題児ゆきなが、店に入ってくるのが見えた。

「テメー、何勝手に入ってきてんだ! 外にいろっ! 馬鹿野郎!」

幸いクレーム客の位置からゆきなは確認されてないようだ。

「えっ! お兄さん、どうしたんですか?」

「いえいえ、いつもしつこい物貰いが来たので追い返しただけです。気にしないで下さいね」

笑顔でそう言うと、外に出て立っているゆきなへ、もっと向こうで待つよう指示した。

これから杏子が来てクレーム客と鉢合わせたら、それはそれで面倒だ。

向こうからちょうど杏子の姿が見える。俺はゆきなが視界に入らぬよう注意を払い、クレーム客を送り出した。

 

外で待機させていたゆきなを店内へ招き入れる。

開口一番ゆきなは風俗が務まらないと愚痴を言ってきた。

あまりにも自分勝手な言い分。

「ゆきなさん…、君は自分で何をしたか分かってるの?」

「やっぱり私は彼氏いるし、こういう仕事は……」

「うるせぇっ! 店にどれだけの損害負わせたのか分かってんのか! テメーの言い分ばっか主張してんじゃねえよ!」

さすがに感情的になってしまう。

「おいおい、どうしたのよ?」

突然當真が店に来る。

俺は簡単な事情を説明すると、馬鹿はゆきなを外へ連れ出した。

タバコに火をつけて入口を眺めていると、一分もしない内に當真は戻って来る。

「あれ? ゆきなは?」

「ああ、君、風俗向いてないねって、一万円渡して帰らせた。たから経費から一万円ちょうだい」

何だ、こいつのお馬鹿裁定は?

クビにするのはまだいい。

やる気の無い奴を飼っていても仕方がない。

ただ、何でクレーム入れられるような接客した風俗嬢に一万円も払うんだ?

他の子たちは四千円しか払っていないのに……。

こいつは馬鹿どころか、激烈馬鹿だ。

「ほら、早く…。経費から一万円払ってよ。岩上ちゃんが解決できない事を俺がすぐ解決したんだよ?」

俺は持っていたタバコを投げつけ怒鳴った。

 

騒ぎを聞きつけた村川が間に入るまで、俺と當真の怒鳴り合いは続いた。

何もかもすべて台無しにしやがって、この馬鹿が……。

何が俺の尻拭いだ。

人が苦労しながら何とか店を黒字にしようと頑張っているのに、いつもいつも足ばかり引っ張りやがって。

「落ち着け! いいから岩上落ち着けって」

無理やり離されひとまず冷静にさせられる。

「おい、當真! おまえは外へ出てろ」

不貞腐れながら當真は従う。

俺は状況を説明する。

ゆきなとゆきの名前が被る事。

客からクレームが来るほどの接客をしたゆきなに対し、無駄な金を渡して帰した事。

昨日のぴゅあらばの件だって、何もかも全部を台無しにするだけ。

「分かってる、分かってる。おまえの言い分は分かってるよ!」

「じゃあ、あいつクビにして下さいよ? もうあいついたら、この店絶対無理ですよ!」

「だからそれは平野さんが無理だと言っただろ」

「だって、あの馬鹿にこれ以上店を掻き回されたら、何やってもうまくいくはずがないですよ!」

「岩上、分かったから、とりあえず落ち着けって!」

「だいたい……」

「ほら、深呼吸しろ、深呼吸」

収まりがつかない俺。

ここで言われた通り、深く息を吸い込む。

少しだけ落ち着いた。

「おまえの苦労は分かってるよ。俺は少なくとも分かっているつもりだ。な?」

普段より三倍優しい村川。

俺の怒髪天を衝く怒りを理解してくれたのだろう。

「ちょっと岩上君さー……」

今度は出勤時間になり目を剥き出した有木園が入ってくる。

「何だよ!」

「今外で當真ちゃんから聞いたけどさ、遅番のほうが売上いいからって言い掛かりつけてさー、どういうつもりだよ!」

このド阿呆が……。

「店を赤字にするような事ばかりしやがって…、ふざけんなっ!」

これまでの抑えていた怒りが再び爆発する。

馬鹿も馬鹿なら、阿呆も阿呆のまま。

自分たちが仕出かした事すら何一つ分からない。

「やめろ、やめろ! 岩上、仕事終わりの時間だろ? 今日はもう上がれ、な?」

再び村川は制止に入る。

阿呆の言う事など気にするな。

とっとと帰ろう。

「遅番に負けたからって逃げるのかよ?」

帰り際有木園が減らず口を叩く。

「何を負けたって、おいっ!」

俺はテーブルの上にあった雑誌を掴み、有木園の顔面目掛けてぶん投げた。

命中し鼻血を垂らす阿呆。

慌てて村川が間に入り、俺は強引に外へ出された。

「岩上、おまえは疲れが溜まっているんだ。明日休んでいい、な? これで彼女と旨いもんでも食べてこい」

強引に一万円札を握らせ、俺は帰された。

同じ四人のオーナーの一人である有木園の兄なので、さすがに村川は注意し辛そうだ。

「おい、不利になったからって逃げるのかよ?」

外に出されていた當間が声を掛けてくる。

俺は黙ったまま足払いを掛け、道路に當間をすっ転ばした。

明日は降って湧いた休み。

百合子とゆったり過ごそう。

 

川越に着いて、久しぶりにJazzBarスイートキャデラックへ寄る。

どうしても酒が飲みたかったのだ。

百合子は車で来るようだし、酒を飲むから明日会う約束をする。

風俗店で店番しているのなんて、知り合いには絶対にバレたくない。

なので愚痴すら誰にもこぼせない。

目の前に置いてあるスコッチウイスキースペイサイド地方のシングルモルト、グレンリベット12年。

俺はショットグラスへ注ぎ、一気に飲み干す。

相変わらずの旨さだ。

浅草ビューホテル時代、様々なアルコールを飲みこの酒と出会った。

以来、リベットはずっと俺の期待を裏切らない。

マスターの作る凝ったアイスコーヒーを注文する。

早い時間、大きなザルで豆を一粒一粒選別し、それから炒め色をつける。

そこからミル機で煎ってから作るコーヒーが別格だ。

ウイスキーを口に入れ、胃袋へ流す。

あとにチェイサーを流し込む。

このチェイサーの語源は、後を追うという意味合いでカーチェイスから来たと、ホテルの時に聞いた事がある。

ここのアイスコーヒーをチェイサーで飲むのも最高に旨く贅沢なひと時であった。

それにしても本当にストレスの溜まる職場だ。

何故ああまで當間は馬鹿で、有木園は阿呆なのだろうか?

考えても仕方ないか……。

何故なら馬鹿や阿呆の理論など、俺に分かるわけないからだ。

そういえば村川から一万もらっていたよな。

隣の焼肉の炙りやでも行って、肉でも食うか。

あ、それなら百合子も誘おう。

明日と言ったけど、焼肉なら今でもいいだろう。

俺は再び百合子へ連絡を掛けてみた。

 


※わざわざマウスで描いてみました

 

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