岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 11(総合格闘技現役復帰編)

2024年08月02日 19時24分32秒 | 闇シリーズ

2024/08/02 fry

 

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地元川越のスナック五次元

俺はマナー良く飲んでいるつもりであるが、過去2回怒った事があった

1回目は浅草ビューホテル時代

スナックだから特に指名制でもなくカウンター席でグレンリベット12年を飲んでいると、いつも俺の席につく女がいた

特別気に入った訳でもないが、邪険に扱う理由もないので他愛ない会話をする

ある日女がいついつが誕生日だと言う

何かプレゼントしようかと聞くと、ドン・ペリニヨンが欲しいと

たまたまホテルで白のドン・ペリニヨンのフェアをしていたのでボトルを購入

仕事帰りスナックへ寄り、その女に誕生日おめでとうと渡した

すると女は「岩上の馬鹿! 赤じゃない」と俺の顔目掛けておしぼりを投げてくる

俺は金を払っている客

口説いてもない女にドン・ペリニヨンが欲しいというから誕生日にボトルをプレゼントしただけ

客の顔面におしぼり投げるとは、あり得ない最低な行為

烈火の如く怒った

今後この女は俺に近付けるなと

それだけで済ます俺も甘い

2度目は別の女で俺が全日本プロレスにいたのを知った上で、「この間の橋本真也と小川直也の試合。私は小川が勝って本当に良かった」と言ってきた

理由を聞くと「だって柔道は日本の心でしょ? プロレスはただの八百長じゃない。だから小川が勝って私は本当にスッキリした」と答える

不機嫌になっている俺のグラスに酒を注ぎながら「プロレスが八百長じゃないって私に証明してみなさいよ」と言われ、「ふざけんな、このクソ女! 汚え手で俺の酒に触るな!」とボトルを奪う

金払ってこんな気分悪くさせる店で飲む必要もない

同級生の篠崎が五次元の隣の店で渡辺がチーママをやっていると情報を聞いたので、店を変える事にした

いつまで経っても彼女ができない俺

こうして異性のいる店で寂しさを紛らわせたかったのだ

 

ワールドワンに新人の長野という細い目の男が入ってきた

彼は非常にケチで、出勤すれば給料とは別に食事代千円がもらえるが、常におにぎり一つだけを袋にも入れず店に持ち帰ってくる

「おまえ、盗んだりしてないよな?」と聞くと「袋が勿体無いので」と滑稽な愛想笑いをした

コーヒーが好きな俺は、豆を買ってきてミル機で煎って飲んでいる

一服している時長野がマジマジと俺を眺めていた

「そういう喫茶店みたいなコーヒーって美味しいんですか?」

意味不明な事を聞くので理由を尋ねると、缶コーヒーなら100円で飲めるので勿体無いから喫茶店に入った事がないらしい

彼にも煎ったコーヒーを飲ませるととても美味しいですと喜ぶ

「程度に豆は買ってきているから、一服時勝手に飲んでいいよ」と伝える

ある日俺の豆がゴッソリ無くなっていた

しかもブルーマウンテンの豆は全部無い

原因は長野で美味しいから家に持ち帰り飲んでいると抜かす

俺は長野の頭を引っ叩いた

 

この頃総合格闘技という新たなジャンルが発祥し、PRIDEという大会で高田延彦がヒクソン・グレイシーに2戦連続完敗

レスラーは強くないという変な風潮が世の中で出だし、全日本プロレスとは関係無くなった俺は複雑で面白くない心境だった

 

系列店のアリーナの責任者佐藤から、仕事終わったら来て欲しいと連絡があった

何でも新人でプロレスファンがいて、どうしても俺と会ってみたいらしい

アリーナへ行くと、天然パーマのメガネを掛けたデブの黒岩が嬉しそうに握手して下さいと求めてくる

悪い気はしない

「アキレス腱固めって痛いんですか?」とオドオドしながら聞いてくる黒岩

「完全に極めないけど形だけ掛けてあげようか?」と言うと興奮してお願いしますと喜んでいる

客は1名もいない暇な店

俺が関節技を掛けると短い手足をバタバタさせて苦しむ

その様子がツボにハマり、俺は毎日のようにアリーナへ顔を出し、その度何かしらの技を掛けて遊んだ

ある日番頭の佐々木さんから呼出され「岩上君、違う店の従業員まで苛めに行っちゃ駄目だよ」と怒られる

黒岩がチクったのだ

仕事帰りイライラしながら西武新宿駅へ向かうと、バイクがクラクションを鳴らしてきた

何だと睨みつけるとバイクの男はヘルメットを取る

黒岩の顔が出てきた瞬間、俺は飛び蹴りを喰らわしバイクごと倒す

「テメー、何佐々木さんにチクってんだよ、このガキ」

倒れる黒岩を足蹴にしていると、道路で渋滞している車からクラクションが鳴る

さすがに迷惑なので俺は道端に黒岩を連れていき怒鳴りつけた

「どうしたら許してもらえるでしょうか?」と言うので「今からアルタ行って、笑っていいとも!の年齢不詳コンテストに出てこい」と言うと、彼は本当にテレビに出て驚いた

5人の内3人は役者を使ったヤラセらしい

黒岩ともう一人はそのまま自然に振る舞ってもらっていいとプロデューサーから言われたようだ

 

五次元の隣のスナックへ行く

「久しぶりだねー、岩上」

同級生の渡辺がすぐに気付いた

店内は忙しく別の女をつけられる

その女は俺の事をとてもタイプと言い、しつこくデートに誘われた

見た目は綺麗な感じ

なのに生理的に嫌悪感を覚える

彼女がいる訳でないのに何故そう感じるのか自分でも不思議だった

テーママの渡辺からも「こんだけ言っているんだから一回くらい時間作ってあげなさいよ」とうるさい

一度抱く程度ならいいかとデートをした

実際に会ってみて自覚した事

金払って酒を飲んでいてもイライラするのだから、プライベートならもっと苛立つ

早くこの場を去りたいとまで思うほどだ

少し話し何故嫌悪感を覚えるのか理解できた

彼女はバツ3で子供も3人いたが、すべて父親が違うらしい

男にだらしない性格

失敗をまるで教訓として活かしていない

自分の母親に対する嫌悪感に似たものを本能的に感じ取っていたのだ

俺は金をテーブルの上に置き、そのまま女をBARに置き去りしたまま帰った

 

同じ年の従業員小山

彼は色男でもないのに妙に女を作るのが上手かった

元ホストだからなのか

仕事帰りよく食事にも連れて行ったが、一度彼女も連れてきた

「コイツ、11チャンネルで働いているんですよ」

自分の彼女が風俗嬢という事をまったく悪びれずに飄々と話す

前に聞いた話だとシャブ中毒で抜けさせるのを苦労したと聞いたが、彼女の緑ちゃんはそんな事を感じさせないほどいつも笑顔で明るい子だ

風俗繋がりでフラレた裕美を思い出す

彼女の幼馴染が上京してくるので可愛い子だから紹介すると言われる

期待して会うと本当に可愛い子だったが、どうやら俺はタイプでないようですぐフラレた

 

ワールドワンは常に忙しい

14席がほぼ24時間満席状態の賑わいである

出勤時1時間の食事休憩は回すようにしていたが、本当に多忙な時はみんなに我慢してもらう

その代わり自腹で全員の弁当を買ってご馳走した

俺は小銭入れにいつも5、6000円の細かい金を入れている

長野にみんなの分をこれで弁当買ってきてと頼む

デザートも食べたかったら勝手に買っていいと伝えると、セントラル通りにあるコンビニのポプラへ買いに行った長野から電話が入る

「お金が足りません」

そんな訳ないだろうと言うも、長野は足りないしか言わない

仕方なく買えるだけ買って戻ってくるよう命令した

絶対足らないなんて事はないはずなのに……

戻ってきて中身を見て、俺は思わず長野の頭を叩く

自分用に5000円のユンケルを買っていたのだ

セコいくせに人の金だと高いものを平気で頼む長野

俺はいつも良識の範囲という事について説教した

 

みんなが格闘技に走るので、私プロレスを独占させていただきます

そう謳っていたジャイアント馬場社長が、入院したという情報を聞く

誰もが知っているプロレス界の重鎮

スナックで飲んだあと、チーママの渡辺と一緒に家の隣のトンカツひろむへ行った時だった

うちらの5つ年上の先輩である岡部さんに向かって「お兄さん、おかわり」と気安く話す渡辺に俺は注意する

「私はね、この店に客で来ているの。中学の先輩かもしれないけど、客という立場のほうが上でしょ」と偉ぶるので「ここの支払いは俺が払う。だからおまえは客と偉そうにするべきではない。俺がせんはに対し敬語を使っているんだから、少しはおまえも気を使え」と怒った

「岩上あんたねー、女に中出しした事ないでしょ?」

意味不明な台詞を抜かす渡辺

会話にならない状況の中、岡部さんが口を挟んできた

「智一郎! 馬場死んだぞ!」

最初何を言っているのか理解できなかった

1999年1月31日

ジャイアント馬場社長は永眠する

俺はその場で突っ伏して大泣きした

 

宅建の免許を取ろう日々頑張っている鈴木

彼は相変わらず残業を自分から申し出てしている

同棲したいた彼女が鈴木には節制させているのに12万もするホームベーカリーを買ったと愚痴をこぼしていた

一つ年上の島村は身体つきがかなりいい

何かやっているのか聞くと、ジムでウエイトトレーニングをしていると言う

「岩上さんも全日本プロレス辞めたとは言え、身体がまだ化け物ですよ。このまま何もしないのは勿体無いですよ」と島村

先日馬場社長が亡くなり、鶴田師匠、力道山の息子である百田さん、そして三沢さんのトロイカ体制になると報道された全日本

無関係の立ち位置であるが、常に動向は気になっていた

 

PRIDEなどの総合格闘技に出ると負けが多いプロレスラー

トンカツひろむで飲んでいると、BARジャックポットの野原さんが「最近のレスラーは弱くなったなあ」と口走る

俺はムキになって反論した

向こうのルールに従って試合をしている事

明らかにプロレスラーが不利な条件なのに出て試合を受けている事

俺が何を言ったところで野原さんは認めてくれない

「俺が総合出れば、簡単に勝てますよ!」

ここ数年トレーニングもしていないのにムキになっていた

「おまえ、今は何もしてないだろ」

俺には打突がある

何でもありの試合なら、俺は強い

「また始めますよ! 身体戻します」

変に焚き付けてしまったかと大人の野原さんは謝るが、変な火種が根底に燻り出した

 

仕事をしながら帰るとトレーニング

そんな習慣が始まる

久しく鍛えていなかった身体

ベンチプレスの回数を決めず、腕が上がらなくなるまでやり続けた

しばらくして自身の細胞が歓喜の悲鳴を上げるのを感じる

特に目的などない

しかしこのまま仕事をして月日がただ流れるのが嫌だったのだ

馬場社長が亡くなり、俺はプロレス界に何の恩義も返せていない

鶴田師匠は内臓疾患からか第一線から身を引いている

三沢さん、川田さん、小橋さん、田上さんが中心になり、四天王と呼ばれるようになった

これは強かった外国人レスラーのスタンハンセン、テリーゴディ、スティーブウィリアムス、ダニースパイビーにそれぞれが勝利し、週間プロレスにこの言葉を使ったのが起因だと思う

 

仕事を終え地元川越に戻る

近所のTBB総合整体へ行き、身体をメンテナンスしてもらう

施術後先生がお茶を出してくれ、世間話が始まる

いつもの光景

「岩上さんの筋肉は本当に質がいいですね」

褒め過ぎの先生

俺が謙遜すると「だって岩上さんトレーニング始めて筋肉痛とかほとんどならないでしょ? これは持って生まれたセンスであって通常は柔らかく力を入れるとガチガチに固くなる筋肉が一番柔軟性もあっていいんですよ」と説明される

確かに体重65kgから最大92kgまで身体を作ったのに、あの左肘の怪我以外俺は丈夫なままだ

「左肘のところ、骨は歪になっていますが治っていますよ」

総合格闘技に俺は挑戦できる

そう自覚した瞬間、俺の中で何かが弾けた

 

川越に帰ると家から5kmほどの場所にある伊佐沼まで走る

向こうへ着くと筋トレとストレッチを丹念にやった

空き地を利用してダッシュを織り交ぜた走り

帰り道途中にある島忠で鉄アレイを買い、腕を振りながら帰る

部屋ではベンチプレス

神経がどんどん研ぎ澄まされていく

体重だけが食べているのに中々増えない

過度なトレーニング量でカロリー消費のせいか

79kgまでは増える

しかしそれ以上どれだけ食べても増えない

80kgの壁を感じる

 

日に日に引き締まる俺の身体を見て、島村は本当に凄いと驚く

小山はスカウトとしての顔を持っていたので、「AV男優の仕事、紹介しますよ。いいギャラでいけますよ」と言うが、そんなものをする為にやって来たのではない

鈴木は面白そうに筋肉を触っては「固えっ!」と喜んでいる

所は「俺も大学の頃はボクシングをやっていたんだ」とまるで的外れな意見を言う

俺より十歳年上なので夜の時間帯の仕事が辛そうだった

長野は自分の事以外興味ない感じで負けて悔しがる客を見て、ほくそ笑むところがある

俺は何度か注意しても一向に直らない

一度仕事帰りに他のゲーム屋へ連れて行く

自分の日払いでやれと命令

少しは負けた時の客の心境を分かってもらいたかったのだ

11000円があっという間に溶け、長野は頭を抱えて意気消沈している

反対に俺は絶好調だった

ポーカーの役を揃え、ダブルアップでずっと叩いていく

2ペアなら200、400、800、1600、3200、6400と上がる

叩いて当たり点数が10000を越えると画面が赤く点滅し、自動的にOUTされる

これをゲーム屋では一気と呼ぶ

何台の画面を一気しただろう

俺はオリで5000円入れ、長野へあげた

出れば全部自分の金にしていいと伝えるも、運気の無い長野はクレジットを事如く無くす

結果俺は10万ほど勝ち、長野は日払い分負け

泣きそうな顔をしていたので「飯でも食いな」と五千円札を帰りに渡した

その日の夜、長野は飛ぶ

あのクソガキ、あれだけ良くしてやったのに……

俺は彼の携帯電話に掛けても留守番になるので、怒りながら罵詈雑言を吹き込んだ

 

飛んだ長野の代わりに安田という目の小さな幸の薄そうな男が新人で入る

鈴木が見事宅建に受かり、本来の不動産業務へ戻る為辞めた

代わりに石黒という蟹みたいな顔をした男

二人共ゲーム屋を未経験なので、一から色々教えていかなければいけない

店長の所はこのところ疲れが溜まっているようで、満席の状態でも奥にある休憩室で寝ている事が多い

石黒はよく小声で所が邪魔でグラスの洗い物もできないと愚痴をこぼす

島村も呆れた表情でブツブツ言っているほど、所の劣化は続く

立場上店長を立てつつ、店の業務をこなし、尚且つ従業員同士のバランスを保つ

俺もストレスが溜まりつつあった

 

そんなある日、携帯電話に着信が入る

画面を見ると浅野美嘉と表示されていた

浅草ビューホテル時代の同僚である彼女は俺より先に退職し、海外へ旅に行っていたはず

「お久しぶりです、岩上さん!」

「どうしたの、浅野ちゃん」

ちょうど数年に渡る旅から日本へ戻り、俺に連絡をくれたようだ

「近い内お時間取れますか?」

俺が入院した時も1時間半以上掛けてお見舞いに来てくれ、花やしきのデートを寝過ごしてすっぽかしても4時間以上待ってくれた子だ

特別な異性として意識していた

その浅野からの誘いを俺が断るはずがない

できる限り早めに仕事を休み、浅野との再会を心待ちに過ごす

 

新人の安田はとても真面目な性格で、俺の指示通りテキパキ動く

奥でタバコを吸っていると誰かの携帯電話が鳴る

誰のか分からないが、光った画面には『けいこ』と表示が出ていた

一本吸う内だけで着信は3回ほど鳴る

石黒か安田のどちらかだろうと、ホールに出て伝えると安田の方の携帯電話だった

夜の10時から朝までだけで20回以上の着信

安田は仕事中なので電話には出ないが、あまりの頻度に着信音を下げるか電源を切るよう言う

「彼女、すごい心配性なんですよ」と彼は言うが、あの頻度で毎日掛かってくる電話は異常だ

「愛されてるんですねー」と島村は笑っていた

 

地元の本川越駅を降りてすぐのところにJAZZ BARを発見する

中へ入ってみると、カウンターメインのBARで奥にステージがあった

バーテンダー時代自分で店をやってみたかったが、正に自分が理想とする店作りと雰囲気

一発で気に入り通い出す

店名はスイートキャデラック

寡黙で口髭を生やしたマスターはとても凝り性で、早い時間行くと大きなザルに白い状態のコーヒー豆を乗せ、一粒ずつ選別している

俺はグレンリベット12年のボトルを入れストレートで嗜む

チェイサー代わりにアイスコーヒーを注文すると、マスターは選別した豆を炒め、そこからミル機で煎る

手間と時間を掛けたアイスコーヒーは濃厚で最高の味だった

これで一杯600円しか取らないのだから、非常に良心的な店である

 

浅野美嘉との約束の日がやってくる

結局気持ちを伝えないまま彼女はビューホテルを辞め海外へ行ってしまった

でもまた連絡来てこれから会うのだ

あの頃の続きを夢見てもいいよな

数年ぶりの再会

浅野は日焼けで褐色の肌になっており逞しくなったように見える

それでも大きな目、端正な顔立ちは昔と変わらない

彼女はインドやタイ、エジプトなど様々な国を周り、色々なものを見てきたようだ

現地で買った色々な物のお土産をくれた

向こうではサイババという占い師が神格化されているようで、人気のあるお守りもくれる

海外に一度も行った事がないので彼女の話す内容はほとんど分からない

だけど浅野と共有する時間はとても楽しかった

俺は唯一顔が利く、新宿プリンスホテル地下一階のイタリアンレストラン、アリタリアへ連れて行きご馳走を振る舞う

こうしてまた定期的に浅野とは会う事となった

 

小山がノーパンしゃぶしゃぶで働く女と仲良くなったも話してくる

一時SMAPの中居やプロ野球ジャイアンツの松井などが行ったとニュースで話題になった店

時間給9000円で雇われているというどうでもいい情報を明るく話す小山

「凄い美人なんですけど、Мでこの間酒飲んだあとホテルで四つん這いにしてケツ叩いたら、あなたの奴隷ですって……」

「もういいから、ほら5卓さんINだよ」

あののんびりした顔の小山が緑ちゃんのような彼女もいて、他の女ともうまくやっている現実

まあいいか、俺には浅野美嘉とまた会えるから

人は人、自分は自分でしかないのだ

 

俺は新宿歌舞伎町までいつも地元川越から西武新宿線を使い通う

始発の本川越駅から終点の西武新宿駅までの距離

端から端までの区間を乗っているが、特急列車のレッドアロー小江戸号というものがある

電車賃とは別で片道410円

急行で約1時間

小江戸号だと40分で到着する

何故わざわざこの電車に乗るかというと、1車両だけ喫煙車両があったのだ

その為俺は行き帰り常に小江戸号を利用した

西武新宿駅のところの売店の横に崎陽軒がある

そこでよくシウマイを買い、喫煙車両で酒を飲み、タバコを吸いながら帰るのが定番だった

 

ある日小江戸号に乗って新宿へ向かっている途中、携帯電話にメールが届く

『すみません。俺、彼女殺したかもしれません 安田』

文面を見てギョッとしたがすぐ安田へ電話を掛けた

何回コールしても出ない

何度しても連絡が取れないまま電車は新宿へ到着する

当然店に安田が来なかった

俺はメールで、『何があったか分からないけど、とりあえず連絡欲しい 岩上』とだけ返した

欠員が出たので店を回すのが苦しい

番頭の佐々木さんへ連絡し、系列のアリーナから黒岩がヘルプで来てくれる

途中食事休憩を1時間取らせ、出前でいいなら俺が奢ってやると伝えると黒岩は喜んで店屋物を取った

クソ忙しい店内

汗だくで島村、小山、石黒の面々はホールを駆けずり回る

チラッと時計を見た

黒岩入れてから1時間は過ぎているよな

30分しても出てこない

俺は奥の休憩室へ行き、あと何分くらいで休憩が終わるのか尋ねた

「うーん、あと5分くらいですかねー」

その瞬間頭を叩き「とっくに過ぎてんだよ、ボケ! 他のスタッフの休憩が回せないだろ!」と怒鳴った

 

多忙な中、日々のトレーニングは続けていた

研ぎ澄まされていく肉体

体重だけが上がらない

総合格闘技PRIDEはブームにもなり、良い時間枠でテレビ中継までやっている

深夜放送枠のままのプロレス

世間の人気は一目瞭然の状態だった

身体を鍛えたところで俺に何ができる?

常に自問自答する

ピンと真横へ伸ばした右の親指

俺にはこの打突が……

総合格闘技は真剣勝負でプロレスは八百長

世間ではそんな風潮が多くなった

真剣勝負?

プロレスは相手の攻撃を避けず、やり合っているだけだ

非常に歯痒い

真剣勝負というならプロレス界最底辺のみそっかすである俺が行く

成果を出した時初めてリングの上で言ってやるのだ

「俺がジャンボ鶴田師匠の最後の不肖の弟子だ」と……

そう心に堅く誓う

 

数日後あれだけレンがつかなかった安田が突然ワールドワンに顔を出した

事情を聞くと、彼女と口論中出勤時間になり行こうとしたら目の前に立ち邪魔をされる

何を言っても効かない彼女

強引に部屋を出ようとすると、服にしがみついてきた

髪の毛を掴み、床へ投げつけると頭を打ち、両手で頭を抱えたまま大声で騒ぎ出す

気がつけば安田は彼女の首を絞めていて、気が付くとグッタリなっていたのが、あの時送ったメールらしい

結局グッタリしただけで済み、後遺症も問題無かったようだ

「それであの…、またここで働かせて欲しいのですが……」

5日ほど仕事を無断欠勤し、こちらはその間何度も連絡するも返事は無し

「安田、惡いけど店はどんな状況でも動いているんだよ。俺はあの時何回も連絡したろ? もう求人出したしこの間面接も終えた。惡いけど戻るのは無理だ」

項垂れて帰る安田

可哀想だが仕方がない

自業自得なのである

 

浅野美嘉とのデート

もうこれで何回目になるだろう

恋人のように会い、楽しく食事をする

しかしそれ以上の関係にはなっていない

俺から何の気持ちを伝えず、普通に会い普通に会話をしているだけ

今回もプリンスホテルのアリタリアへ来ていた

「岩上さん…、今日何の日だか分かりますか?」

ビューホテルで初めて会った日?

いや、違うよな……

いくら考えても分からなかった

「実は今日…、私の誕生日なんです……」

恥ずかしそうに小声で言う浅野

「え、早く言ってよ! 事前にプレゼントだって用意したのに」

「いえ…、それを会う前に言うと岩上さんなら絶対にそうして…、いつも美味しいものをご馳走になったいるのに、また余計なお金を使わせちゃうので……」

素直にその言葉に対し感動した

帰り道の別れ際、俺はそっと宝物を扱うように優しく抱擁してから別れる

少しは距離が縮んだ気がした

 

一週間ほど経って妙にやつれた表情の安田が店に顔を出した

「岩上さん、何も言わず10万貸してもらえませんか?」

状況をとりあえず聞く

俺は部下に店を任せ、目の前にある焼肉屋ドンドンへ入る

何故か早番の責任者の吉田まで呼んでもないのに一緒に来た

他の1円ゲーム屋で働いたが、ワールドワンほど面倒見が良くない

不満で店を辞め、生活に窮しているようだ

できればここへ戻りたいと安田は言う

求人で新人は入り、早番へ送った代わりに川端が遅番に来た

金を彼に貸したところで戻ってくる保証も何も無い

安田に対し隣で吉田が偉そうに説教をしていたが、不器用な性格なだけなのだ

俺は焼肉代をご馳走し、帰りに「これは返さないでいいぞ」と一万円札を握らせる

吉田はちゃっかり「ご馳走様です」と1円も出さず、安田は俺の姿が消えるまで深々とお辞儀をしたままだった

2000年5月13日

ジャンボ鶴田師匠が亡くなった

マニラで手術失敗出血死と報道される

呆然となるしかなかった

嘘のニュースだよな?

信じたくなかった

小江戸号に乗って新宿へ向かう

俺、これから少しは恩返しできるかもって……

電車の中で大泣きした

ワールドワンに着く

目が真っ赤だった俺に、店長の所が「大丈夫なのか?」と心配そうに聞く

その日だけは仕事無理だった

「今日と明日だけ…、申し訳ないですけど休んでもいいですか……」

みんなゆっくり休んでくれと誰一人嫌な顔をせず送り出してくれる

家に帰る

とにかく泣いた

テレビでは鶴田師匠の追悼番組が放送されている

恩返しするんだろ?

俺は外へ飛び出し全力で走った

我武者羅に身体を動かし、限界まで体力を使い果たす

大きな木に向かい、素手で何発も打撃を打ち込んだ

拳の皮は擦り剥け血だらけになっていた

鶴田師匠は本当に凄かったんだ

俺がそれを証明してやる

この日体重計に乗ると、あれだけ80kgの壁を越えられなかったが82kgを指していた

師匠が俺のケツを叩いてくれたのか

より一層トレーニングに明け暮れた

 

浅野美嘉から連絡があり、食事をしていた時に、また戦うという決意表明をする

応援してくれるものだと思っていた

「怪我したらどうするんですか? いつまでも若くないんですよ」

彼女からすれば俺の身体を心配したつもりでの台詞

鶴田師匠が亡くなり、俺は前に進むしか考えられず余裕など微塵もなかった

「俺は強いんだよ! ここまで鍛えてきた。あとは総合格闘家の連中をぶっちめるだけなんだ!」

いくら力説しても彼女には伝わらない

「何か今日の岩上さん怖いです……」

「俺は君が好きなんだよ!」

勢いに任せて長年の想いを告げた

抱き寄せようとすると、浅野は顔を背ける

「何で分かってくれないんだ!」

本当に強引過ぎた

だがこの時は焦りから何の余裕もなかった俺

この日より浅野美嘉からの連絡は一切無くなった

俺はまたフラレた訳である

 

最も敬愛した師と、想いを寄せた子、二人の消失は俺の心を粉々にした

言いようのない喪失感に包まれ、俺は狂ったように風俗、飲み屋へ行き、惰性で数え切れないくらいの女を抱く

中にはこんな俺に夢中になる女もいる

しかしワザと冷たい態度を見せ、たくさんの異性を傷つけた

日々イライラしている

仕事ではその苛立ちをできるだけ出さぬよう我慢した

ある日島村が雑誌を持ってくる

格闘技通信

「岩上さん、元U系の山本や安生がマウント状態で素手で殴ってもいいルールでトーナメント開催しますよ」

詳しく内容を見てみる

出場者募集中

うん、総合格闘技の初陣はここでいい

早速電話を掛けた

格闘技経歴はと聞かれ、全日本プロレスの名前を出すわけにもいかず、喧嘩100暖と答えたら切られる

再度かけ直し「本当に今は関係ない。だけど全日本プロレスにいた者だ」と伝えると少し待たされ、奥で何やら話し合っているようだ

全日本プロレスの名前を公言しない

その約束をした上で、俺の出場が決まる

ただベースとなる格闘技を掲載するよう言われたので、お袋がまだ家に強制的に通わされた8つの習い事の一つである合気道にした

 

地元のTBB総合整体の先生に報告すると、両手放しで喜んでくれる

丹念に俺の身体をメンテナンスしてくれた

家の隣のトンカツひろむへ行く

先輩の岡部さん、客でジャックポットの野原さんもいたので同じく報告すると、「怪我するからやめろ」と止めてくる

「俺は強いんすよ! 証明してきますから」

もう誰にもこの勢いを止められなかった

クリンチ状態まで持ってけば、俺には打突がある

セカンドを最低一人つけなければいけないと説明された

一人しか思いつかない

俺は先輩の坊主さんに連絡を入れる

「智…、俺は何もできないよ……」

「一緒にいてくれるだけでいいんてす。俺、強いすから」

誰の前でも誇張し強がりを言う

そうする事で背水の陣を引きたかったのだ

 

店の系列の番頭である佐々木さんにも報告

「怪我して仕事できなくなったらどうするの?」

俺よりも身長が大きく元ヤクザ者の佐々木さんは、手首足首まで入れ墨が入っている

「男は角刈りかパンチや」と口癖のように言う佐々木さんは、誰がどう見てもコテコテのヤクザにしか見えない

より立場が上の片桐

いつも野球帽を被って偉そうにしいる

「おい、岩上! うちの系列で頑張っていたらPRIDE出してやるからな!」

言い方悪いが、たかが裏稼業の人間がテレビ局も噛んでいるあんな大手にツテがあるとは思えなかった

当時話半分で聞いていたが、俺が今回総合格闘技に復帰する旨を報告すると、「いやー、若いっていいなー」とだけで、やはり何のツテすら持っていない

 

ワールドワンは日本人以外の客をすべて断っていた

昔からタチが悪いと言われるのは中国人や韓国人

プロ時代店に来ていた客の一人が、ゲームにハマった中国人の一人から「この台食いしん坊。お金返して」と無茶を言うので断ると、それだけでアイスピックを使い胸を刺されたらしい

シャツをめくり、穴の空いた皮膚を見せられた事もある

いつも来る度追い返す中国人がいた

髪の毛は薄くメガネを掛けモサッとした感じの彼は、「これは人種差別です。私は中国の新聞記者で帰ったらこの事を新聞に書きます」

何度もこの言葉を使う

「勝手に書けよ。もう来ちゃ駄目だよ」

俺はいつもそう追い返すだけだった

 

俺が食事休憩から店に戻ると、島村が困った顔で近寄って来る

「岩上さん、川端が間違って入れてしまったんですけど……」

14卓の台に一人の中国人が座っていた

何度言いに行くもゲームをやめる様子がない

「いいよ、俺が行ってくる」

「岩上さん気を付けて下さい。アイツ、確か蛇頭の一味ですよ」

蛇頭ってチャイニーズマフィアだったよな

気にせず席へ向かう

「お客さん! 申し訳ないけど、当店は日本人しか入れないお店なんですよ」

俺の声を無視したまま、ゲームを続ける中国人

何度声を掛けても無視をするので、俺はOUTボタンを押し強制的にクレジットを0にした

クレジット分のお金を渡し「これ持ってお帰り下さい」と伝えると、物凄い形相で睨みを利かせ凄んできた

「オマエ、歌舞伎町何年いる?」

「そんなの関係ないですよね? 日本人だけの店なので帰って下さい」

中国人は黙ったまま入口へ向かうがその先にトイレがあり、そっちへ入る

出てきてまた席に行こうとしたので、身体を張って行かせない

「おしぼり」

言われるまま推しウォーマーから取り出して渡す

するといきなり俺の顔面目掛けて投げてきた

「おい! おまえ何をしてんだよ?」

手でキャッチしたものの、その行為に感情的になる

中国人は早足で出口へ行き、急いで階段を上がった

あとを追い掛けて肩を掴む

「歌舞伎町何年いる?」

気付けば中国人らしき集団に囲まれていた

10人はいる

「オマエ歌舞伎町何年いる?」

仲間が来たからか男はイヤらしい笑みを浮かべ、何度も同じ言葉を言ってきた

 

俺を囲む全員がニヤニヤしながら片手をポケットに入れる

武器も持っているぞというジェスチャー

正直怖かった

この人数で襲われたら絶対に勝てない

「オマエ歌舞伎町何年いる?」

例の男はまた同じ質問をしてくる

総合格闘技の試合まであと一週間

何で俺は強さを目指してきた?

ここでへこたれたら、今までの事がすべて意味無くなる

「そうっすよね、師匠……」

俺はそう呟いてから揉めた男だけ見て言った

「やるならやれよ! ただな…、おまえの顔面だけは俺の拳で絶対に砕いてやる」

この男一人やれるなら、あとはどうなってもいい

捨て身の覚悟

これからプロレス界を少しはマシな方向へ持っていくんだろ?

それなら全日本プロレスに引くな

引くくらいなら潔く死ね

鶴田師匠に恥をかかせられない

これまでの情念を目に込め、拳を握り近づく

気付けば集団は男の命令で目の前から去っていく

姿が見えなくなると、俺は一番街通りの道路で力無く座り込む

これが腰が砕けるというやつか……

島村が心配で駆け寄ってくるまで、俺は起き上がれなかった

生きてる……

店の階段を降りる時、全身に震えが走る

武者震いというやつか

俺はビビりながらも無事助かったのだ

店に戻ると間違って中国人を入れてしまった川端が平謝りしてくる

「次から気を付けてくれればいいよ」

落ち着きを取り戻せていたので笑顔で冷静に言えた

短髪メガネを掛けた真面目な川端は、それでも申し訳なさそうに何度も頭を下げる

鳴戸の一件以来の修羅場だった

何かの一線を越えられた気がする

 

明日はいよいよ復活の日

コンディションは万全

仕事も数日休みを取り、あとは寝て試合に備えるだけ

早めに寝る事にする

眠そうになった頃だった

部屋のドアのノックが鳴る

何だ、こんな夜中に……

ドアを開けると廊下には俺が幼少時代生理的に受け付けなかった女、加藤が立っていた

高校生の頃パートの緑さんら三人で家に押し掛けてきた人妻の一人

一番我が強く傍若無人

何度か親父を家の外でストーカーするように、車で待っていたのを見掛けた

親父との仲は相変わらず良くない

しかし親父が加藤を避けているのも風の噂で知っていた

「何ですか? こんな夜中に人の家に……」

泣きべそをかきながら加藤はキンキン声で口を開く

「あのね、あなたのお父さんが…、これから埼玉医大のあなたと同じ年の看護婦連れて、コイツと結婚するって…。私、捨てられちゃう。どうしよう……」

「いい加減にしろっ! 俺は明日試合なんだよ! 人様の家に深夜勝手に上がり込んで、ふざんけんじゃねえ!」

乱暴にドアを閉めた

廊下越しに加藤のキンキン声が響く

本当に親父がこんな時間帯に別の女を連れて来たようだ

寝たいのにうるさ過ぎて寝れない

加藤と女のやり取りが聞こえる

自分の敵となる女に容赦のない罵声を浴びせていた

相手も覚悟を持って家に来たはずなのに、加藤の前では1分もたず心が折れている

「私…、もう…、帰ります……」

女の啜り泣く声

「ええ、帰りなさい! 一人で帰れるでしょ!」

加藤のキンキン声

3階から弟の徹也と貴彦が降りてきて、親父を責める騒ぎが始まる

眠れないじゃないかよ……

布団を頭から被っても騒々しい

不意にドアが開く

弟の徹也だった

「兄貴っ! 兄貴からも親父に何か言ってやれよ!」

くだらない事に巻き込まれ、完全に目が覚めた

俺は廊下に出ると親父を睨み付け「明日俺が試合あるのに、こんなクソ騒ぎしやがったな? 祭りが近いから今はまだ生かしといてやる…。終わったら殺してやるからな」

「ちょっと智ちゃん、落ち着いて」

気持ち悪い加藤の猫撫で声

「オメーもだよ! 勝手に家に上がってんじゃねえよ、ボケッ!」

乱暴に突き飛ばし、俺は家から出た

29歳になってすぐ、何故俺はこんな理不尽な仕打ちを受け続けるのだろう

 

怒りが治まらない

明日試合なんだぞ……

俺は隣のトンカツひろむへ入る

表情を見て、ひろむのおばさんが「何かあったの?」と声を掛けてきた

簡単な状況を説明している内に、情けなくて俺は泣き崩れる

岡部さんがグレンリベットを出してきた

「いいから飲め! そんな心境じゃ試合もクソもないだろ」

俺は酒を飲み干し、そのままひろむで朝まで飲んだ

途中野原さんも来ると「おまえの親父さんは相変わらずだなー」と笑いながら一緒に酒を付き合ってくれた

 

試合会場は代々木体育館

先輩の坊主さんをセコンドに会場入りする

奥さんの裕子さんもまだ生まれて1歳の怜くんを抱っこしながら連れてきた

昨夜の一件で徹夜のまま来た俺

精神的にもコンディションも最悪

坊主さんは「だから智は早くあの家出ろって言っているのに」と言う

昔から家の状況をリアルに知る坊主さんは、環境が悪過ぎるから家から出て一人暮らししたほうがいいとよくアドバイスされていた

親父の妹であるおばさんからの執拗な嫌がらせ

女遊びのツケを家まで持ち込む親父

だからこそおじいちゃんが心配だったのだ

どちらにせよこの最悪なコンディションのまま、試合に臨まねばならない

 

控室に通される

10数名詰め込んだ中

ワンナイトのトーナメントと謳っているのに、くじの抽選も何もせずに勝手にトーナメント表が張り出され、俺の名前も載っている

「あ、あのー…、今日はよろしくお願いします」

オドオドしながら話し掛けてくる奴がいた

どうやら俺の対戦相手らしい

山本の主催するジムの門下生だけ別の控室

俺らは対戦相手も一緒くた

真剣勝負、何でもありなんて謳ってはいるが、本当に何でもありでこういう真似を平気でしてくるのか

坊主さんは俺にアップするよう言ってくる

どんな状況下であろうとも俺はやるしかないのだ

 

試合が始まる

シュート2位という触れ込みの小池はいきなりタックルをしてきた

俺はステップバックし勢い止め、上から覆い被さる

横腹に一発パンチを浴びせた

相手の胴へ両腕を回し、パワーボムで持ち上げようにも必死で亀になる相手

俺はジリジリ身体をずらし、ジャーマンスープレックスで投げてやろうと思ったが、足のフックがズレて瞬間宙に舞う

またパワーボムを狙うも相手は亀の状態で必死にガードをしたいるだけ

この状態なら上から肘か膝を落とせば終わる

だがそれじゃつまらない

俺は体勢を解き、相手を自由にした

すぐさま掛かってくるので両脚を首に巻き付け、三角絞めを極める

それも解き、立ち上がった

一発くらい殴らせてやろう

プロレスは相手にも見せ場を作らないといけない

妙な余裕があった

殴られ、これからという時にレフリーが間に入り相手の腕を上げる

「何だ、そりゃ?」

ダウンもグラつきもしていない

不可解な裁定に俺はマウスピースを取り叩きつける

解説席には新日本プロレスの長州力とやって有名になった安生の姿が見えた

「おまえ、掛かってこい! 食い足りねえんだよ」

こちらを見るだけで何も始まらない

「けっ…、プロレスのほうが全然エグいじゃねえかよ!」

捨て台詞を言い残し、俺は坊主さんを連れ、リングを降りた

 

控室までの通路を歩いていて、主催側のジム生たちがいたので「どけよ、オラッ!」と乱暴にどかす

完全な不完全燃焼

こんなつまらない事をする為に身体をまた鍛えてきたのか?

スーツに着替えていると視線を感じる

先程乱暴にどかしたジム生らが入口を取り囲み睨んでいた

左の小指から血が出ている

見ると爪が半分剥がれ掛け、そこから出血していた

俺は爪を噛むとそのまま噛み千切る

荷物を振り回しながら「どけよ、オラッ!」と向かう

俺を避けるジム生たち

「今から格闘技やめろ、おまえら」

それだけ言い残し、会場をあとにした

 

坊主さんからは100%勝ってた試合なのにと惜しがられる

裕子さんは息子の怜君が興奮して呼吸が一瞬止まったんだからと言ってきた

この人たちのおかげで俺は温和に生かされている

坊主さん夫婦は俺に食事をご馳走してくれ、他愛ない話をして別れ、川越に戻った

 

俺と対戦した小池は、インターバル15分程度でシードだった運営側の選手と試合し敗れ、結局そいつがトーナメントを優勝したようだ

俺が当たっていればなあと、タラレバではあるが

翌週の格闘技通信では、トーナメントも載せていない

全体的に撮った写真でも、俺は一切映っていなかった

気持ち悪い業界だなという感想を抱き、また俺は自分の居場所新宿歌舞伎町へ戻る

 

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