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怪談 黒の森 21

2020年04月23日 | 怪談 黒の森(全30話完結)
 藤島が先頭に立ち、草葉を分けて森の中へと進む。その後をおくみとお千加が手を取り合って続き、殿(しんがり)を坊様が務めた。
 朝の森の景色だ。吹く風が爽やかで、鳥がそこここで囀っている。しかし、四人の表情は硬い。黙々と歩き、草や枝を踏む音だけがしている。
「あれだ……」
 しばらく歩いたところで、藤島が一点を指差す。そこには草木が刈り取られたようになった広い場所があった。そして、その真ん中辺りに祠が建っていた。三尺四方程の大きさで、蔦や苔にまみれ、屋根は腐って穴が開いている。扉は右側が外れかかっていて、正面にあったであろう額は無くなっていた。白木で作られたと言う面影はすでに無く、黒ずんでいて、全く手入れがなされていない。そのうち崩れてしまうものと思われた。四人は境目の、草木の長い場所に留まっている。
「なんだか、薄気味悪くて、イヤな感じですねぇ……」
 おくみがぽつんと言い、身を震わせた。お千加は黙ったまま、おくみの背後に隠れ、おくみの肩越しに祠を見ていた。お千加はおくみの袂を強く握る。
「ふむ……」坊様は祠をじっと見る。「やはり、これはただの祠ではないな……」
「お坊様、と言う事は……」おくみが恐る恐る言い、顔を坊様に向ける。「これがおっしゃる森の主で……?」
「そうじゃな」坊様はうなずく。「この祠、朽ち果ててから、何か良からぬ物が棲みついたようじゃ……」
「良からぬもの……」
 おくみの喉がごくりと鳴った。
「ま、取りあえず行ってみるかの」坊様は言うと、三人を見る。「あんたらは、ここに居なさい。渡した護符を決して離さぬことだ」
 坊様は袂から数珠を取り出すと首に掛け、錫杖を振り、鐶同士の打ち合う音を響かせながら祠へと歩を進める。
「御坊、わたしも行こう」藤島が刀の束に手を乗せて言う。「憑かれた新吉が襲って来ぬとも限らん」
「なら、その二人こそ守るべきかと。傍に居て守って下され」そう言うと坊様はお千加を見た。「特にお千加さんを……」
「……承知した」
 藤島はいつでも抜刀できる体勢で、お千加の前に立った。
 坊様はゆっくりと祠に近づく。
「結界のつもりかのう……」坊様は足元を見ながら呟く。短い草を踏みつける。「この地は他とは違うと思わせたいのか……」
 不意に短かった草が意思を持ったかのように伸び出し、坊様の足に絡みついてきた。坊様は短く念仏を唱え、錫杖を地に突き立てた。途端に草は元の姿に戻った。
「……子供じみた真似をしよるのう」坊様は錫杖を抜き取りながら、にやりとする。「坊主が余程嫌いのようじゃ。やはり御神体とは程遠いものが棲んでおるのは間違いないな。森の主などと、ちと大袈裟に言い過ぎたたかな」
 坊様はさらに歩を進め、祠の正面に立った。
「……さてと……」坊様は錫杖を地に突き立て、首から数珠を外し手に掛けた。「坊主が嫌いならば、拙僧にも手立てが残されておるようじゃの」
 坊様は低い声で念仏を唱え始めた。唱えながら鐶を数珠で打ち続ける。
 と、地が揺れ出した。揺れは次第に激しいものとなった。
 おくみは悲鳴を上げながら近くの樹にしがみ付いた。お千加は両耳を押さえて悲鳴を上げながら、その場にしゃがみ込んでしまった。藤島は踏ん張り、じっと坊様を見ていた。揺れは続いている。
 木々が揺れ、葉擦れ枝擦れの音が騒々しい。鳥たちが一斉に飛び立ち、羽音が騒々しい。それらの騒音に紛れて、坊様の念仏は聞こえない。
「お坊様!」
 おくみは叫びながら坊様を見た。坊様は揺れを気にする事無く念仏を続けていた。その姿におくみは落ち着きを取り戻した。……そうか、怖いと思うから余計に怖いんだ。おくみはそう思うと深く呼吸を繰り返した。周りの騒々しさを縫って坊様の唱える念仏がおくみの耳に流れて来た。
 地の揺れが治まった。
 おくみは樹から離れた。藤島もほっと息を継いだ。お千加だけはまだしゃがみ込んでいる。 
「……お千加さん……」
 おくみは言いながら、お千加の肩をぽんぽんと叩く。お千加はゆるゆると涙まみれの顔を上げた。
「もう大丈夫だよ」おくみは優しく言う。「怖いと思うから怖いんだよ。わたしたちには藤島様もお坊様も付いているんだ。怖がる事なんか全く無いんだよ」
 お千加は頷くと笑顔を作り立ち上がった。
 坊様の念仏が止んだ。


つづく

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