コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 212

　ナナはじっとタケルの顔を見ている。タケルは見つめられておろおろしている。しかし、ナナはただ目を向けているだけで、見ているわけではなかった。考えをまとめているだけだった。
「コーイチさん……」しばらく考えていたナナはコーイチに顔を向けた。タケルはつまらなさそうにした。「……分かりました、コーイチさんの提案に従います」
「おい、ちょっと待てよ！」タケルがナナの肩をつかむ。真剣な表情だ。「コーイチさんの提案に従うって、意味を分かっているのか？」
「分かっているわよ」ナナはむっとした顔をタケルに向ける。「言葉はちゃんと通じているわ」
「そう言う事じゃないよ！」
「もちろん、充分に分かっているわ」ナナは笑む。「恩赦よ」
「そりゃ、無理だよ……」タケルは頭を左右に振ってみせる。「バレたら、問題だぜ……」
「バレなきゃ良いんでしょ？」ナナは平然と言う。「ここに居る皆が言わなければ、バレる事は無いわ」
「そうかもしれないけど……」
「あら、タケルはバラすの？」ナナがずいっと一歩タケルに寄る。「この幼なじみを、次期長官を？　バラして全部ダメにするつもりなの？　それで何？　自分が長官か幹部にでも出世して、一生安泰に暮らしましたってなりたいの？　そうなの？　タケルって、そんなに器が小さいんだ」
「そうみたいね」アツコも言うと、タケルに迫る。「二人の運命的な愛を感じないの？　それとも、愛よりも自分の利益が優先なの？　最悪な人ね。もしそのつもりなら、わたしも黙っていなわ。タイムパトロールのタケルって人は元『ブラックタイマー』のリーダーだったアツコと裏で繋がっていたって言ってやるわ。そうなれば出世どころか、懲罰よね？」
「わたしはこの二人の美しい愛が育まれるところを見たわ」逸子もタケルに迫る。テルキさん、愛した姫様なら首を斬られても良いなんて言ったわ。わたし、感動したわ！　……それを壊そうって言うのね……」
「そうだ、そうだ！」チトセも加わる。「相思相愛だぞ！　深い絆だぞ！」
　女性陣四人に、じっと見つめられたタケルは困った顔をコーイチに向けた。コーイチは諦めた方が良いとばかりにうなずいて見せた。
「分かった、分かったよ……」タケルはため息をついた。「ボクも恩赦を認める。そして、絶対に口外しない」
「まあ、話を分かってくれたのね！」ナナは言うと、他の女性陣を見回す。「皆さん、聞きましたぁ？　テルキが恩赦を認めましたわぁ！」
「タケルさんがお認めになったのね！」アツコがわざとらしく言う。「タイムパトロールのタケルさんが！」
「さすがだわ！」逸子がわざとらしくうなずく。「規則よりも愛を優先させるなんて、男の鑑ですわ！」
「相思相愛って強いんだなぁ！」チトセが分かったような事を言う。「オレも相思相愛がしたいよう！」
　すっかり、タケルが恩赦を施したような雰囲気になっていた。
「……ははは……」タケルは力無く笑い、コーイチを見た。「……これで良いのかなぁ……」
　コーイチは大きくうなずいた。そして、コーイチは綺羅姫に向いた。
「……あの、姫。話は終わりました」
「そうか……」敢えて話を聞いていなかった姫は険しい表情で答える。「それで、どうするのじゃ？」
「テルキさんに罪はありません。なので、捕まえる事はありません」
「そうか、ならば良い」姫の表情に変わりはないが、ほっとして緊張がほぐれた雰囲気が漂う。姫はテルキを見る。「テルキ、こちらへ……」
「……本当に良いのかい？」テルキは皆を見回す。皆うなずいている。「そりゃ、ありがたい」
　テルキは手を差し伸べている姫の方へと進む。　姫は優しい笑みを浮かべている。
「おのれぇぇぇい！」
　突然の叫びが上がった。声を上げたのは家老の塚本だった。刀を振りかざしてテルキに向かって走る。
「お前と言い、コーイチと言い、どこまでわしの邪魔をするのじゃあ！　許さぬぞぉぉぉっ！」
　家老は血走った双眼でテルキをにらみ付け、テルキの頭上に刀を振り下ろした。刀身がぎらりと光る。
「はあっ！」
「たあっ！」
　同時に気の入った声が響いた。逸子とアツコだった。二人は右手の平から赤いオーラを撃ち出した。逸子の親は家老の振り下ろした刀身を粉々に砕き、逸子のオーラは家老のからだを弾き飛ばし、地面に叩き付けた。家老は気を失ったのか動かなくなった。
「おおっ！　見事じゃ！」
　綺羅姫は薙刀の石突で地面を叩いた。


つづく