お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 12

2023年02月05日 | ジェシルと赤いゲート 
「ジャン……」ジェシルはため息をつくと、きっとジャンセンを睨み付けた。「そんな冗談、面白くも何ともないわ。むしろ腹が立つわよ!」
「何を怒っているんだ?」ジャンセンは不思議そうな顔をする。「そんな怒ってばっかりだと、美容に悪いんじゃなかったっけ?」
「あなたが来るなんて話を聞くまでは、美容に問題はなかったわよ!」
「じゃあ、ぼくのせいだって言うのかい?」
「そうだって言っているじゃない!」
「そうなんだ。そりゃあ、悪かった」
 ジャンセンはあっさりと謝罪した。ジェシルは拍子抜けする。しかし、すぐに昔を思い出した。ジャンセンは謝ればそれで終わりな所があった。「謝ったんだから良いじゃないか」と本気で思っているのだ。だから、この謝罪もそんなものだろうと、ジェシルは思った。
「……で、この粘土なんだけどさ」
「ほうら、思った通りだわ!」
 ジェシルは勝ち誇ったように言うと笑った。ジャンセンは、何事と言った表情でジェシルを見る。
「……良いのよ、ジャン」一通り笑うとジェシルは言った。「その粘土の事を聞かせてよ」
「え? ……ああ」ジャンセンはちょっと納得がいかないと言う表情だったが、続けた。「……まあ、実際に見てもらった方が早いかな……」
 ジャンセンは左手に持った粘土から右手で少しむしり取り、手の平で捏ね始めた。しばらくして、捏ねた粘土を握ったままの拳をジェシルに突き出した。ジェシルは、ジャンセンのやや挑戦的な態度にむっとしながらも、突く出された拳を見た。
 握った拳の指の間から、うっすらと光が漏れ始めた。それが次第にはっきりとした明るさになって行く。ジャンセンは拳を返し、指を拡げた。手の平から昼白色の光りが照り出した。
「どうだい、驚いただろう?」ジャンセンの得意そうな顔がくっきりと見える。「これには、発光するバクテリアが含まれているんだ。だから、こうやって刺激を与えると光り出す。丸二日間はこの明るさが続くんだ。消えたらまた刺激を与えてやればすぐに回復する。また、形や大きさを色々に出来るから、一方向しか照らせない懐中電灯なんか問題にならない。しかも、この粘土、こうやって……」
 ジャンセンは手の平の粘土を上に抛った。粘土は天井に貼り付き、照明器具のように周囲を照らした。下る階段の奥まで良く見える。
「なかなかの粘性があって、ちょっとそっとじゃ剥がれて来ない。もし剥がれ落ちても、怪我もしない。あんな少量でもこれだけ明るいんだから、それなりに準備すれば、まさに真昼の外と変わらないくらいに明るい。どうだい、凄いだろう?」
「……ええ、凄いわね」自慢げなジャンセンは気に入らないが、確かにこれは凄いものだと、ジェシルは素直に思った。「それって、ジャンが作ったの?」
「ああ、そうだよ」ジャンセンはうなずく。「こう言った遺跡みたいな所に中に入る時って、真っ暗なのが普通だ。懐中電灯じゃ全体は見えない。照明器具を用意するとなると、大掛かりになってしまう。それを設置するだけで何日もかかってしまう。時間のロスだ。そこで、確かテナン星に発光するバクテリアがわんさかあったから、使えないかなあって思って、色々と試しているうちに出来たんだ」
「じゃあ、歴史学者とか、考古学者とか、みんな使っているんだ」
「いや、ぼくだけだ」
「何よ、けちくさい人ね」
「だって、他の学者たちはたっぷりと予算をもらっているから、照明の業者を抱える事が出来ている。発掘の手伝いの人たちの手間賃だって充分に出せる」ジャンセンは口を尖らせた。「でも、ぼくにはそんなものが出ない。ぼくは基本的には文献の研究だからさ、現地調査、実地調査には予算が付かないんだよ。だから、こう言った調査は自費なんだ」
「そうなんだ……」
「そうなんだよ。でも、仕方ないと思っているんだ。何故かぼくは学界から疎まれているようなんだ。同じ研究者の友人曰く、若くして実績を上げちゃったもんだからやっかまれているそうだ。良く分からない話だよ……」
「そう、あなたもそれなりに苦労しているのねぇ……」ジェシルは少しだけ同情した。「じゃあさ、その粘土、宇宙パトロールでも採用するように言ってみようか?」
「どうして?」
「あなたって、お馬鹿さんなの?」ジェシルは呆れたように頭を左右に振る。「採用になれば、あなたに使用料なんかが入って来るわよ? そうすれば、もっと好きに自由に研究が出来るようになるのよ?」
「ぼくは今のままで充分だ」ジャンセンは即答する。「ぼくの使える時間が増えるって言うんならお金があっても良いけどさ、そんな事はないだろう? だったら無駄だよな」
「変な人ねぇ……」ジェシルはため息をつく。「……まあ、分からなくもないけどさ」
「まあ、そんな事はどうでも良いよ」ジャンセンは苛立たしそうに言う。「そんな事より、先に進もう」
「そうね、そうしましょう」
「じゃあ、ジェシル、先へ行ってくれよ」
「何よ、それ?」
「だって、罠が仕掛けられているんだろう? ぼくには対処できないしさ」
「……あなたって、最低ね!」
 ジェシルは吐き捨てるように言う。


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシルと赤いゲート 11 | トップ | ジェシルと赤いゲート 13 »

コメントを投稿

ジェシルと赤いゲート 」カテゴリの最新記事