夕食も終わり、お風呂も終わった。部屋の目覚まし時計も、そろそろ寝る時間を示している。さとみは大きなあくびを一つする。そして、パジャマに着替えようと、Tシャツを脱ごうとした矢先、みつが姿を現わした。さとみに向かって頭を下げ、挨拶をする。さとみは霊体を抜け出させた。
「みつさん、いらっしゃい」さとみは言う。「何かあったの?」
「この前のお礼を改めて、と思いまして……」みつは床に正座をし、頭を深々と下げた。「わたしの至らなさから、さとみ殿を窮地に陥らせてしまった事、誠に面目ない事でした。どうか、お許しください」
「やめてやめてやめて!」さとみは慌ててみつの前に座り、肩に手を掛けて起き上がらせようとする。しかし、さとみの力ではみつはびくともしない。「わたしたち、友達だし仲間だし。気にする事は無いわよう!」
「ですが、一歩間違えれば、さとみ殿は……」
「あの場面がだれであっても、わたしは同じ事をしたわ。みんな大切な人たちだもん!」
「さとみ殿……」みつが顔を上げた。目が潤んでいる。剣士として育ったみつは無暗に涙を流さない。「かたじけない事です……」
「そんなに深刻にならないで」さとみは笑む。「……でも、あれが竜二だったら、やられるところを笑って見ていたわね」
「また、そのようなお戯れを……」
「じゃあ、みつさんだったら、どうする?」
「それは、その……」
みつは言うと、ぷっと笑い出した。さとみもつられて笑い出す。と、そこへ豆蔵が後ろ向きで現われた。さとみの部屋に現われる時の決まりだった。仮にもうら若い娘の部屋だ。どんな場面に出くわすか分からない。豆蔵なりの気配りだった。竜二は堂々と正面をむいて現われ、さとみのいけない姿やとんでもない姿に遭遇してしまう率が高かった。
「……嬢様」豆蔵が背中を向けたままで言う。「多少の事が分かりやしたぜ」
「豆蔵、こっちを向いても大丈夫よ」さとみが言う。「みつさんも居るわ」
「ほう……」豆蔵は振り返る。「これは、みつ様。お二人で、があるすとおくとやらをなさっておいででしたか」
「……ああ、ガールズトークね。豆蔵は良く勉強しているわねぇ」怪訝そうな顔のみつに、さとみがフォローする。「女の子同士のお話よ。主に恋愛話が中心な」
「いいえ、豆蔵さん、そうではありません」みつが真面目な顔で言う。「この前のお詫びとお礼を言いに来たのです。さとみ殿は寛大でした」
「さいでやしたか。こりゃ、下衆の勘繰りでございました」豆蔵はおどけた様子で後ろ頭を叩いてみせた。それから、ふと真顔になった。「で、先にも申しましたが、少し分かった事がございやす…… あっしが学校近辺で長く地縛霊をやっている者たちに聞き込みをして回った所、元は刑場だったあの土地の供養の現場を見ていたとっつぁんを見つけやしてね。それ以降、何ら問題が起こったことがないんだそうです」
「でも、あんなのが居たのよ……」さとみが眉をひそめる。黒い炎のように揺らめく影を思い出す。「あれは相当に凶悪な感じがしたわ……」
「へい、そうなんで。そこで、さらにあちこち尋ね回りやしてね、学校が立てられる時の様子をよく見ていたって言う浮遊霊のあんちゃんに会いやした」
「そんな人がいるんだ……」
「建物が好きだったとかで、それを見たさにあちらこちらをうろついているようでして。で、そのあんちゃんが言うには、あの学校を立てる際、地面を掘り返した時に、御札も一緒に取っ払っちまったんだそうで……」
「御札……?」
「へい。土地の供養の際に御札も一緒に納めたんじゃねぇでしょうか?」
「じゃあ、問題が起きなかったのは、御札のおかげだったって事?」
「そうじゃねぇかと思いやす」
「でもさ、学校は出来てから数十年も経っているのよ? その間、何にも無かったんじゃない?」
「ですが、さとみ殿」みつが言う。「しのぶとか申す女子の話から思いますに、北階段のあの出来事、昨日今日に湧いて出た事のようには思えません」
「じゃあ、元々、そんな話があったって言うの?」
「あっしが生きていた頃にも、色々と噂のあった土地やお屋敷なんてのがわんさとありやした。まあ、実際に見た事はありやせんでしたが」
「わたしもそんな話は聞いた事がありました。豆蔵さんと同じで、実際には見た事は無いのですが……」
「噂はあったけど、本当だったかは分からなかったわけね……」さとみはおでこをぴしゃぴしゃし始める。「でも、あの北顔段では実際に事が起こった。みつさんが囚われたり、黒い影が出たり…… みつさんが天誅した霊は、あの黒い影の手下みたいだったわよね? と言う事は、刑場の御札が無くなって霊が憑りつき易くなった。そこに親玉みたいな黒い影が棲み付いて、配下を集めたって事かしら?」
「その逆も考えられやすよ。碌でもねぇヤツらが集まり始め、最初はそれぞれが勝手に悪さをしていたが、いつしか、その碌でもねぇ臭いを嗅ぎつけて大物が乗り込んできやがった、とか」
「かつての繁華街ね……」
さとみはつぶやく。今は健全な繁華街となっているが、以前はあまりほめられた場所ではなかった。と言うのも、繁華街を牛耳っていた凶悪の地縛霊が、次々と碌でもない霊を呼び集めていたからだった。その中に、四天王と名乗る強力な悪霊たちがいた。豆蔵やみつ、さとみの活躍(竜二もちょっとだけ活躍した)で、地縛霊から憎悪の念を消し去り、穏やかな霊に変えた。それからは明るく健全な繁華街へとなって行った。
「ねえ、大物って、まさか、楓……?」
さとみはイヤな顔をする。繁華街の悪霊四天王のうち楓と言う女の霊が逃げている。地縛霊を改心させたさとみに怨みを持っていた。
「そうは断言できやせんが」豆蔵もイヤそうな顔で言う。「無ぇ話じゃなさそうですね……」
「今度出くわしたら……」みつは刀の鯉口を切る。「天誅だ!」
「それでね」さとみが思い出したように言う。「今度は骸骨の標本が揺れたり喋ったりするって言うのよ。今、竜二と虎之助さんとに見張っていてもらっているの」
「大丈夫ですかい、あの二人で?」
「竜二が役に立ちたいって言ってきたから…… まあ、ダメ元って感じかな」
と、そこへ竜二が湧いて出た。
「さとみちゃん、さとみちゃん、さとみちゃん!」
竜二は慌てている。
つづく
「みつさん、いらっしゃい」さとみは言う。「何かあったの?」
「この前のお礼を改めて、と思いまして……」みつは床に正座をし、頭を深々と下げた。「わたしの至らなさから、さとみ殿を窮地に陥らせてしまった事、誠に面目ない事でした。どうか、お許しください」
「やめてやめてやめて!」さとみは慌ててみつの前に座り、肩に手を掛けて起き上がらせようとする。しかし、さとみの力ではみつはびくともしない。「わたしたち、友達だし仲間だし。気にする事は無いわよう!」
「ですが、一歩間違えれば、さとみ殿は……」
「あの場面がだれであっても、わたしは同じ事をしたわ。みんな大切な人たちだもん!」
「さとみ殿……」みつが顔を上げた。目が潤んでいる。剣士として育ったみつは無暗に涙を流さない。「かたじけない事です……」
「そんなに深刻にならないで」さとみは笑む。「……でも、あれが竜二だったら、やられるところを笑って見ていたわね」
「また、そのようなお戯れを……」
「じゃあ、みつさんだったら、どうする?」
「それは、その……」
みつは言うと、ぷっと笑い出した。さとみもつられて笑い出す。と、そこへ豆蔵が後ろ向きで現われた。さとみの部屋に現われる時の決まりだった。仮にもうら若い娘の部屋だ。どんな場面に出くわすか分からない。豆蔵なりの気配りだった。竜二は堂々と正面をむいて現われ、さとみのいけない姿やとんでもない姿に遭遇してしまう率が高かった。
「……嬢様」豆蔵が背中を向けたままで言う。「多少の事が分かりやしたぜ」
「豆蔵、こっちを向いても大丈夫よ」さとみが言う。「みつさんも居るわ」
「ほう……」豆蔵は振り返る。「これは、みつ様。お二人で、があるすとおくとやらをなさっておいででしたか」
「……ああ、ガールズトークね。豆蔵は良く勉強しているわねぇ」怪訝そうな顔のみつに、さとみがフォローする。「女の子同士のお話よ。主に恋愛話が中心な」
「いいえ、豆蔵さん、そうではありません」みつが真面目な顔で言う。「この前のお詫びとお礼を言いに来たのです。さとみ殿は寛大でした」
「さいでやしたか。こりゃ、下衆の勘繰りでございました」豆蔵はおどけた様子で後ろ頭を叩いてみせた。それから、ふと真顔になった。「で、先にも申しましたが、少し分かった事がございやす…… あっしが学校近辺で長く地縛霊をやっている者たちに聞き込みをして回った所、元は刑場だったあの土地の供養の現場を見ていたとっつぁんを見つけやしてね。それ以降、何ら問題が起こったことがないんだそうです」
「でも、あんなのが居たのよ……」さとみが眉をひそめる。黒い炎のように揺らめく影を思い出す。「あれは相当に凶悪な感じがしたわ……」
「へい、そうなんで。そこで、さらにあちこち尋ね回りやしてね、学校が立てられる時の様子をよく見ていたって言う浮遊霊のあんちゃんに会いやした」
「そんな人がいるんだ……」
「建物が好きだったとかで、それを見たさにあちらこちらをうろついているようでして。で、そのあんちゃんが言うには、あの学校を立てる際、地面を掘り返した時に、御札も一緒に取っ払っちまったんだそうで……」
「御札……?」
「へい。土地の供養の際に御札も一緒に納めたんじゃねぇでしょうか?」
「じゃあ、問題が起きなかったのは、御札のおかげだったって事?」
「そうじゃねぇかと思いやす」
「でもさ、学校は出来てから数十年も経っているのよ? その間、何にも無かったんじゃない?」
「ですが、さとみ殿」みつが言う。「しのぶとか申す女子の話から思いますに、北階段のあの出来事、昨日今日に湧いて出た事のようには思えません」
「じゃあ、元々、そんな話があったって言うの?」
「あっしが生きていた頃にも、色々と噂のあった土地やお屋敷なんてのがわんさとありやした。まあ、実際に見た事はありやせんでしたが」
「わたしもそんな話は聞いた事がありました。豆蔵さんと同じで、実際には見た事は無いのですが……」
「噂はあったけど、本当だったかは分からなかったわけね……」さとみはおでこをぴしゃぴしゃし始める。「でも、あの北顔段では実際に事が起こった。みつさんが囚われたり、黒い影が出たり…… みつさんが天誅した霊は、あの黒い影の手下みたいだったわよね? と言う事は、刑場の御札が無くなって霊が憑りつき易くなった。そこに親玉みたいな黒い影が棲み付いて、配下を集めたって事かしら?」
「その逆も考えられやすよ。碌でもねぇヤツらが集まり始め、最初はそれぞれが勝手に悪さをしていたが、いつしか、その碌でもねぇ臭いを嗅ぎつけて大物が乗り込んできやがった、とか」
「かつての繁華街ね……」
さとみはつぶやく。今は健全な繁華街となっているが、以前はあまりほめられた場所ではなかった。と言うのも、繁華街を牛耳っていた凶悪の地縛霊が、次々と碌でもない霊を呼び集めていたからだった。その中に、四天王と名乗る強力な悪霊たちがいた。豆蔵やみつ、さとみの活躍(竜二もちょっとだけ活躍した)で、地縛霊から憎悪の念を消し去り、穏やかな霊に変えた。それからは明るく健全な繁華街へとなって行った。
「ねえ、大物って、まさか、楓……?」
さとみはイヤな顔をする。繁華街の悪霊四天王のうち楓と言う女の霊が逃げている。地縛霊を改心させたさとみに怨みを持っていた。
「そうは断言できやせんが」豆蔵もイヤそうな顔で言う。「無ぇ話じゃなさそうですね……」
「今度出くわしたら……」みつは刀の鯉口を切る。「天誅だ!」
「それでね」さとみが思い出したように言う。「今度は骸骨の標本が揺れたり喋ったりするって言うのよ。今、竜二と虎之助さんとに見張っていてもらっているの」
「大丈夫ですかい、あの二人で?」
「竜二が役に立ちたいって言ってきたから…… まあ、ダメ元って感じかな」
と、そこへ竜二が湧いて出た。
「さとみちゃん、さとみちゃん、さとみちゃん!」
竜二は慌てている。
つづく
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