静がさとみと百合恵の所に戻って来た。
静の打ちひしがれた様子から、おおよその事が察せられた。さとみと百合恵は顔を見合わせる。それから、さとみは霊体を抜け出させた。
「あのう…… 静おばあちゃん……」さとみがおずおずと声をかける。「何があったの……?」
静は答えない。百合恵も困惑の表情だ。
「……それで、あの、竜二は……?」
静は顔を上げ、さとみを見る。さとみには、元々がお年寄りの静だったが、さらに年を取ったように見えた。勝ち気さも無くなっている。
「ねぇ、何があったのよう……」
「……さとみ」静が言う。声は嗄れていて弱々しい。「あんたは、屋上へ行っちゃダメだ……」
「どう言う事?」さとみは訊く。「それで、竜二は?」
「竜二かい……」静は下を向いた。「さゆりってのに捕まっちまったよ……」
「え?」さとみは驚いて、目を丸くする。「竜二なんか捕まえて、どうするんだろう……」
「さとみちゃん、ちょっと話がずれているわよ」百合恵が言う。「あんな竜二でも、捕まえれば、さとみちゃんへのダメージになるって思ったのよ」
百合恵の言い方も容赦がない。さとみはうなずく。
「ダメージなんかならないんですけど……」さとみが追い打ちを掛ける。「……でも、静おばあちゃんが無事で良かったわ」
「何だい、竜二は心配じゃないのかい?」静が言う。「なかなかな若者だと思うがねぇ……」
「『若者』じゃなくって、『馬鹿者』よ」さとみは言うと、ため息をつく。「……でも、これで、みんないなくなっちゃった……」
「わたしのせいだねぇ…… すまない」静は言うと、頭を下げた。「そんなに使えないヤツを使ってさぁ……」
「こら! そうじゃないでしょうが!」
そう叱責しながら現われたのは珠子だった。その後ろに富がいた。
「あんたが後先見ずに突っ走るから、こんな事になったんじゃないの」珠子が言う。「いいかい、わたしたちは三人そろって、何とか力が発揮できるんだよ。三人そろったって、さゆりってのに立ち向かえるか分かりゃしないのに、一人で行くなんて言い出して……」
「結局はさとちゃんに迷惑かけちゃって」冨は言うと、ため息をつく。「我が母ながら、飽きれてしまうわ……」
「そこまで言わなくっても良いじゃないか!」静が口を尖らせる。「本当は様子を窺うだけだったんだから。でもさ、楓ってのに竜二が馬鹿にされてさ、我慢できなかったのさ」
「放っておけば良かったのに……」さとみがつぶやく。「静おばあちゃんは大丈夫だったの?」
「まあね」
「さゆりってのに、軽くあしらわれていたじゃないの」珠子が言って笑う。「情けないったらありゃあしなかったわよ」
「何だい」静はむっとする。「見てたんなら、手を貸してくれりゃあ良かったじゃないか!」
「いや、あそこで出て行っても、どうにも出来なかったろうさ」珠子が言う。「気配を消して見守るだけで精一杯だったよ」
「そうそう」冨はうなずく。「かなり凶悪な気がさゆりに集まって来ていたからねぇ……」
「さゆりはまだ本気じゃなかったよ。わたしたち三人が姿を現わしでもしたら本気になったろうけどさ」
「じゃあ、ひと思いにやっちゃえば良かったじゃないか」静がぷっと頬を膨らませる。さとみにそっくりだ。いや、さとみがそっくりなのか。「三人なら行けただろう?」
「さっきも言っただろ?」珠子がうんざりした顔をする。「三人そろったって、どうなる事か分からないってさ」
「お母さんは、かっかすると周りが見えなくなる悪い癖があるから」冨が苦笑する。「邪悪な気がかなりの勢いで集まっているのに気がつかなかったんだよ」
「そうそう、下手したら、わたしたちも捕まっちまっていたかもよ」珠子が言う。「とにかく、もう一人で勝手な事はさせないからね」
静はむっとしていたが言い返さなかった。さゆりの力を知ったからだろう。
「ねえ、さゆりって、どんな感じなの?」さとみが三人に訊く。「汚れた着物を着ていて、わたしくらいの歳っぽいってまでは聞いているんだけど……」
「それは見た目の事だね」静が言う。「でも、本当は違うだろうね」
「うん、そう思うよ」珠子はうなずく。「凶悪な念を持つ何処かの誰かが、亡くなった娘の霊に憑りついて動かしているようなんだよ」
「うわぁ……」さとみは思い切りイヤな顔をする。「じゃあ、さゆりって言う娘の霊も助けてあげなきゃ……」
「あら、こんな時でも、さとちゃんは優しいねぇ」富はにこにこしている。「さすが、わたしの孫だよ」
「こんな時に孫自慢してんじゃないよ」静が富をたしなめる。「……それよりもねぇ、さゆりがね、目覚めさせられたって言ったんだよねぇ」
「と言う事は、さゆりに憑りついたヤツが目覚めさせられたって事だね」珠子が言う。「誰が起こしちまったんっだろうねぇ……」
「おばあちゃんたちでも分からないの?」さとみが言う。三人とも、残念そうな顔をしながらうなずく。「そう…… じゃあ、よっぽどの事があったんだ……」
「あのう、皆さん……」
声をかけてきたのは百合恵だった。皆が百合恵を見る。
「校長室の時にいた、あの片岡って人、あの人に調べてもらいません? わたしの見たところ、かなりの霊能力があると思いましたけど」
「おお、あの人ね!」静が笑む。「なかなかの良い男だったじゃないか」
「こらこら!」
静は、珠子と富に同時に突っ込まれていた。
つづく
静の打ちひしがれた様子から、おおよその事が察せられた。さとみと百合恵は顔を見合わせる。それから、さとみは霊体を抜け出させた。
「あのう…… 静おばあちゃん……」さとみがおずおずと声をかける。「何があったの……?」
静は答えない。百合恵も困惑の表情だ。
「……それで、あの、竜二は……?」
静は顔を上げ、さとみを見る。さとみには、元々がお年寄りの静だったが、さらに年を取ったように見えた。勝ち気さも無くなっている。
「ねぇ、何があったのよう……」
「……さとみ」静が言う。声は嗄れていて弱々しい。「あんたは、屋上へ行っちゃダメだ……」
「どう言う事?」さとみは訊く。「それで、竜二は?」
「竜二かい……」静は下を向いた。「さゆりってのに捕まっちまったよ……」
「え?」さとみは驚いて、目を丸くする。「竜二なんか捕まえて、どうするんだろう……」
「さとみちゃん、ちょっと話がずれているわよ」百合恵が言う。「あんな竜二でも、捕まえれば、さとみちゃんへのダメージになるって思ったのよ」
百合恵の言い方も容赦がない。さとみはうなずく。
「ダメージなんかならないんですけど……」さとみが追い打ちを掛ける。「……でも、静おばあちゃんが無事で良かったわ」
「何だい、竜二は心配じゃないのかい?」静が言う。「なかなかな若者だと思うがねぇ……」
「『若者』じゃなくって、『馬鹿者』よ」さとみは言うと、ため息をつく。「……でも、これで、みんないなくなっちゃった……」
「わたしのせいだねぇ…… すまない」静は言うと、頭を下げた。「そんなに使えないヤツを使ってさぁ……」
「こら! そうじゃないでしょうが!」
そう叱責しながら現われたのは珠子だった。その後ろに富がいた。
「あんたが後先見ずに突っ走るから、こんな事になったんじゃないの」珠子が言う。「いいかい、わたしたちは三人そろって、何とか力が発揮できるんだよ。三人そろったって、さゆりってのに立ち向かえるか分かりゃしないのに、一人で行くなんて言い出して……」
「結局はさとちゃんに迷惑かけちゃって」冨は言うと、ため息をつく。「我が母ながら、飽きれてしまうわ……」
「そこまで言わなくっても良いじゃないか!」静が口を尖らせる。「本当は様子を窺うだけだったんだから。でもさ、楓ってのに竜二が馬鹿にされてさ、我慢できなかったのさ」
「放っておけば良かったのに……」さとみがつぶやく。「静おばあちゃんは大丈夫だったの?」
「まあね」
「さゆりってのに、軽くあしらわれていたじゃないの」珠子が言って笑う。「情けないったらありゃあしなかったわよ」
「何だい」静はむっとする。「見てたんなら、手を貸してくれりゃあ良かったじゃないか!」
「いや、あそこで出て行っても、どうにも出来なかったろうさ」珠子が言う。「気配を消して見守るだけで精一杯だったよ」
「そうそう」冨はうなずく。「かなり凶悪な気がさゆりに集まって来ていたからねぇ……」
「さゆりはまだ本気じゃなかったよ。わたしたち三人が姿を現わしでもしたら本気になったろうけどさ」
「じゃあ、ひと思いにやっちゃえば良かったじゃないか」静がぷっと頬を膨らませる。さとみにそっくりだ。いや、さとみがそっくりなのか。「三人なら行けただろう?」
「さっきも言っただろ?」珠子がうんざりした顔をする。「三人そろったって、どうなる事か分からないってさ」
「お母さんは、かっかすると周りが見えなくなる悪い癖があるから」冨が苦笑する。「邪悪な気がかなりの勢いで集まっているのに気がつかなかったんだよ」
「そうそう、下手したら、わたしたちも捕まっちまっていたかもよ」珠子が言う。「とにかく、もう一人で勝手な事はさせないからね」
静はむっとしていたが言い返さなかった。さゆりの力を知ったからだろう。
「ねえ、さゆりって、どんな感じなの?」さとみが三人に訊く。「汚れた着物を着ていて、わたしくらいの歳っぽいってまでは聞いているんだけど……」
「それは見た目の事だね」静が言う。「でも、本当は違うだろうね」
「うん、そう思うよ」珠子はうなずく。「凶悪な念を持つ何処かの誰かが、亡くなった娘の霊に憑りついて動かしているようなんだよ」
「うわぁ……」さとみは思い切りイヤな顔をする。「じゃあ、さゆりって言う娘の霊も助けてあげなきゃ……」
「あら、こんな時でも、さとちゃんは優しいねぇ」富はにこにこしている。「さすが、わたしの孫だよ」
「こんな時に孫自慢してんじゃないよ」静が富をたしなめる。「……それよりもねぇ、さゆりがね、目覚めさせられたって言ったんだよねぇ」
「と言う事は、さゆりに憑りついたヤツが目覚めさせられたって事だね」珠子が言う。「誰が起こしちまったんっだろうねぇ……」
「おばあちゃんたちでも分からないの?」さとみが言う。三人とも、残念そうな顔をしながらうなずく。「そう…… じゃあ、よっぽどの事があったんだ……」
「あのう、皆さん……」
声をかけてきたのは百合恵だった。皆が百合恵を見る。
「校長室の時にいた、あの片岡って人、あの人に調べてもらいません? わたしの見たところ、かなりの霊能力があると思いましたけど」
「おお、あの人ね!」静が笑む。「なかなかの良い男だったじゃないか」
「こらこら!」
静は、珠子と富に同時に突っ込まれていた。
つづく
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