「さとみちゃん!」
呼びかけに、さとみの目が開いた。
「……あ」さとみは幾度か目を瞬かせた。「……百合恵さん……」
「良かったわぁ……」百合恵はほっと息をつく。「心配したのよ……」
「ここは……?」
さとみはきょろきょろとする。
車の助手席に座っていた。隣の運転席の百合恵が優しく微笑んでいた。
「おばあ様方もおっしゃっていたし、わたし自身も予感がしてたんで、さとみちゃんのお宅へ伺ったの。そうしたら、霊体の抜け出たさとみちゃんが座っていてね。きっと楓に連れ出されて、学校に向かったに違いないって事になって、おばあ様方は後を追ったの。わたしは、とにかくさとみちゃんの生身を学校近くまで連れて行かなきゃって思って、お父様に協力してもらって車に座らせて、ここまで来たってわけよ」
百合恵は一気にしゃべった。うっすらと涙を浮かべている。さとみに気づかれまいと、すっと顔を横に向け、目元を拭う。
さとみはドアウインドウ越しに外を見る。夜間で暗かったが、もうすぐ学校と言う所にいる事が分かった。
「そうだ、楓!」さとみは言うと、百合恵を見た。「楓がわたしの背中を押してくれた、それで戻って来れたんです」
「楓……?」百合恵は険しい表情をする。「でも、あいつ、わたしを裏切って、さゆりの側に着いたんじゃなかったの? さとみちゃんを騙して連れ出したし」
「いいや、楓はさゆりから離れたんだよ」
後部座席からの声に百合恵は振り返る。珠子、静、富が並んで座っていた。珠子が笑みながら続ける。
「四天王とか言って集まった碌で無しどもに格下扱いされて、ぶんむくれちゃってね、出て行っちゃたんだ」
「四天王って言っても、まだ三人しかいなかったよ」静が言う。「あ、でも、楓が抜けたから二人か……」
「二天王って事ですの?」百合恵はそう言うと笑った。「何だか冴えないですわねぇ……」
「でもね、その二人はなかなか強そうだ」冨が言う。珠子と静はうなずく。「こっちも腰を据えて掛からないと、危ないね」
「そうなんですの……」
さとみはぽうっとした顔で振り返る。祖母たちを見た途端、さとみは霊体を抜け出させようとした。そんなさとみを富が手で制する。珠子が百合恵に話しかける。
「さとみちゃん」百合恵がさとみに言う。「今日は頑張ったから、もう霊体を抜け出させちゃいけないって。ゆっくり休んでって」
さとみが祖母たちを見ると、皆うなずいている。さとみもうなずき返す。今度は静が百合恵に話をする。百合恵はちょっと驚いた顔をした。
「さとみちゃん……」百合恵は躊躇いがちに言う。「静さんがね、ゆっくり休んで、決戦に備えろっておっしゃっているわ……」
「え……?」さとみは静を見る。「決戦って……」
静はさとみを見て、大きく口を動かして見せた。静の口の動きは、はっきりと「さ、ゆ、り」と分かった。
「さゆりかぁ……」さとみはため息をつく。「やっぱりそうなるんでしょうか……」
「そうね」百合恵が優しく言う。「静さんが言うように決戦になるとしても、さとみちゃんが言ったように助けるにしても、顔を合わせなきゃならないわねぇ……」
「ですねぇ……」
さとみはため息をつく。
「片岡さんにも連絡しておいたわ」百合恵が言う。静がそわそわし、珠子と富がうんざりした顔をする。「片岡さん、さとみちゃんを心配していたわ。あとで無事だったって伝えておくわね。それと、封印が破られてしまった話もしたんだけど、片岡さんに何か考えがあるようよ」
「そうなんですか……」さとみはそう答えると、大きな欠伸をした。「……あ、ごめんなさい……」
「良いのよ」百合恵は微笑む。「疲れたわよねぇ。それでなくても、さとみちゃんはもう寝ている時間ですものね」
「ははは……」
さとみは恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ、お宅まで送るわね」
百合恵は言うと、車を走らせた。祖母たちは姿を消した。
「さとみちゃん」百合恵が運転しながら言う。さとみは百合恵を見る。「楓なんだけど、わたしの所からさゆりに側に付いて、そして、そのさゆりから離れて、行き場が無くなっていると思うのよね。ひょっとしたら、さとみちゃんの所に姿を現わすかもしれない。もしそうなったら、わたしの所に来るように言ってもらえるかしら?」
「百合恵さん…… 優しいんですね……」
「ほほほ、勘違いしないで」百合恵は笑う。「楓を野放しにしておくと、また色々とやらかしちゃいそうだから、手元に置いておくのよ」
「おやおやおやおや」
後部座席からの声に百合恵はバックミラーを覗く。楓が後部座席の真ん中に座って偉そうにふんぞり返っている。百合恵は車を道の脇に止め、うんざりした顔で振り返る。さとみも振り返り、同じくうんざりした顔になった。
「何だい、何だい!」楓が文句を言う。「お嬢ちゃんは、わたしのおかげで戻れたんじゃないか!」
「さとみちゃん、楓が何を言っているか聞きたい?」
百合恵がうんざりしたままの顔でさとみに訊く。さとみもうんざりした顔のままで首を左右に振る。
「さとみちゃんは、お前と話をしたくないってさ。わたしもそうだよ」百合恵が楓に言う。「でもまあ、またどこかで悪さしちゃ困るからね。わたしと一緒に居る事だね」
「ふん!」楓は鼻を鳴らす。「百合恵、お前はわたしのおっ母さんかってぇの! ……でも、一緒に居ろって言うんなら居てやるよ」
「ほほほ……」百合恵は笑う。そして、意地悪そうな顔になる。「行く所が無いんですぅ、どうか一緒に居させてやってくださいませぇ、さゆりたちに追われていて怖いんですぅ、って、正直に言いなさいな」
「そんな事言えるわけないだろうが!」楓はむっとする。「……でも、それに近い事は近いわなぁ……」
「ほほほ、正直でよろしい」
百合恵は言うと車を再び走らせた。
つづく
呼びかけに、さとみの目が開いた。
「……あ」さとみは幾度か目を瞬かせた。「……百合恵さん……」
「良かったわぁ……」百合恵はほっと息をつく。「心配したのよ……」
「ここは……?」
さとみはきょろきょろとする。
車の助手席に座っていた。隣の運転席の百合恵が優しく微笑んでいた。
「おばあ様方もおっしゃっていたし、わたし自身も予感がしてたんで、さとみちゃんのお宅へ伺ったの。そうしたら、霊体の抜け出たさとみちゃんが座っていてね。きっと楓に連れ出されて、学校に向かったに違いないって事になって、おばあ様方は後を追ったの。わたしは、とにかくさとみちゃんの生身を学校近くまで連れて行かなきゃって思って、お父様に協力してもらって車に座らせて、ここまで来たってわけよ」
百合恵は一気にしゃべった。うっすらと涙を浮かべている。さとみに気づかれまいと、すっと顔を横に向け、目元を拭う。
さとみはドアウインドウ越しに外を見る。夜間で暗かったが、もうすぐ学校と言う所にいる事が分かった。
「そうだ、楓!」さとみは言うと、百合恵を見た。「楓がわたしの背中を押してくれた、それで戻って来れたんです」
「楓……?」百合恵は険しい表情をする。「でも、あいつ、わたしを裏切って、さゆりの側に着いたんじゃなかったの? さとみちゃんを騙して連れ出したし」
「いいや、楓はさゆりから離れたんだよ」
後部座席からの声に百合恵は振り返る。珠子、静、富が並んで座っていた。珠子が笑みながら続ける。
「四天王とか言って集まった碌で無しどもに格下扱いされて、ぶんむくれちゃってね、出て行っちゃたんだ」
「四天王って言っても、まだ三人しかいなかったよ」静が言う。「あ、でも、楓が抜けたから二人か……」
「二天王って事ですの?」百合恵はそう言うと笑った。「何だか冴えないですわねぇ……」
「でもね、その二人はなかなか強そうだ」冨が言う。珠子と静はうなずく。「こっちも腰を据えて掛からないと、危ないね」
「そうなんですの……」
さとみはぽうっとした顔で振り返る。祖母たちを見た途端、さとみは霊体を抜け出させようとした。そんなさとみを富が手で制する。珠子が百合恵に話しかける。
「さとみちゃん」百合恵がさとみに言う。「今日は頑張ったから、もう霊体を抜け出させちゃいけないって。ゆっくり休んでって」
さとみが祖母たちを見ると、皆うなずいている。さとみもうなずき返す。今度は静が百合恵に話をする。百合恵はちょっと驚いた顔をした。
「さとみちゃん……」百合恵は躊躇いがちに言う。「静さんがね、ゆっくり休んで、決戦に備えろっておっしゃっているわ……」
「え……?」さとみは静を見る。「決戦って……」
静はさとみを見て、大きく口を動かして見せた。静の口の動きは、はっきりと「さ、ゆ、り」と分かった。
「さゆりかぁ……」さとみはため息をつく。「やっぱりそうなるんでしょうか……」
「そうね」百合恵が優しく言う。「静さんが言うように決戦になるとしても、さとみちゃんが言ったように助けるにしても、顔を合わせなきゃならないわねぇ……」
「ですねぇ……」
さとみはため息をつく。
「片岡さんにも連絡しておいたわ」百合恵が言う。静がそわそわし、珠子と富がうんざりした顔をする。「片岡さん、さとみちゃんを心配していたわ。あとで無事だったって伝えておくわね。それと、封印が破られてしまった話もしたんだけど、片岡さんに何か考えがあるようよ」
「そうなんですか……」さとみはそう答えると、大きな欠伸をした。「……あ、ごめんなさい……」
「良いのよ」百合恵は微笑む。「疲れたわよねぇ。それでなくても、さとみちゃんはもう寝ている時間ですものね」
「ははは……」
さとみは恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ、お宅まで送るわね」
百合恵は言うと、車を走らせた。祖母たちは姿を消した。
「さとみちゃん」百合恵が運転しながら言う。さとみは百合恵を見る。「楓なんだけど、わたしの所からさゆりに側に付いて、そして、そのさゆりから離れて、行き場が無くなっていると思うのよね。ひょっとしたら、さとみちゃんの所に姿を現わすかもしれない。もしそうなったら、わたしの所に来るように言ってもらえるかしら?」
「百合恵さん…… 優しいんですね……」
「ほほほ、勘違いしないで」百合恵は笑う。「楓を野放しにしておくと、また色々とやらかしちゃいそうだから、手元に置いておくのよ」
「おやおやおやおや」
後部座席からの声に百合恵はバックミラーを覗く。楓が後部座席の真ん中に座って偉そうにふんぞり返っている。百合恵は車を道の脇に止め、うんざりした顔で振り返る。さとみも振り返り、同じくうんざりした顔になった。
「何だい、何だい!」楓が文句を言う。「お嬢ちゃんは、わたしのおかげで戻れたんじゃないか!」
「さとみちゃん、楓が何を言っているか聞きたい?」
百合恵がうんざりしたままの顔でさとみに訊く。さとみもうんざりした顔のままで首を左右に振る。
「さとみちゃんは、お前と話をしたくないってさ。わたしもそうだよ」百合恵が楓に言う。「でもまあ、またどこかで悪さしちゃ困るからね。わたしと一緒に居る事だね」
「ふん!」楓は鼻を鳴らす。「百合恵、お前はわたしのおっ母さんかってぇの! ……でも、一緒に居ろって言うんなら居てやるよ」
「ほほほ……」百合恵は笑う。そして、意地悪そうな顔になる。「行く所が無いんですぅ、どうか一緒に居させてやってくださいませぇ、さゆりたちに追われていて怖いんですぅ、って、正直に言いなさいな」
「そんな事言えるわけないだろうが!」楓はむっとする。「……でも、それに近い事は近いわなぁ……」
「ほほほ、正直でよろしい」
百合恵は言うと車を再び走らせた。
つづく
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