踊り場から四階へと階段を上がる。
一歩一歩が重たい。三人とも表情が険しくなって行く。
「なんだか、イヤな感じですね……」さとみがつぶやく。「前に来た時と全然違っています……」
「そうね」百合恵もうなずく。「何だか、救いようがないって感じだわ」
「それは厳しいですねぇ……」片岡が言う。決して冗談で言ってるのではない事は、その表情から分かる。「……心して行きましょう」
四階に着いた。不思議と霊体が見えない。
「どこかに隠れているのかしら?」
さとみは階段から左右に伸びている廊下をきょろきょろと見回す。
「気配もないわねぇ……」
百合恵も言いながら見回す。
「いいえ、良くご覧なさい」
片岡は言うと、陽の当たっていない廊下の奥を指差した。
やや薄暗いそこに、青白い光の点が見えた。点は次第に大きくなって行き、炎のようにゆらゆらと揺れ始めた。
「あれが檻への出入り口なんでしょうか?」さとみは片岡に訊く。「それとも、罠?」
「何とも言えませんね」片岡が答える。「とにかく、もう少し様子を見てみましょう」
「もし罠じゃなかったら、あの中にみんながいるんですよね?」さとみは次第に大きくなる青白い揺らめきを見つめて言う。「だったら……」
「ダメよ、さとみちゃん」百合恵が霊体を抜け出せようとするさとみの腕をつかむ。「自分でも言ったでしょ? 罠かもって。あんなにあからさまになっているんじゃ、どう考えたって、罠だわ。絶対に動いてはダメよ!」
「わたしも百合恵さんに同意ですね」片岡がうなずく。「いざとなったら、動けるのはさとみさんだけなのですから、慎重に参りましょう」
さとみは気持ちを落ち着かせた。……そうだわ、ここで慌てちゃいけないわ。でも、すぐそばにみんながいるのに…… さとみは仲間の顔を思い浮かべる(豆蔵、みつ、冨美代、虎之助と、あともう一人、顔に靄がかかっているようではっきりしない)。
と、目の前に三人の祖母が現われた。珠子と富は百合恵の前に、静は片岡の前に立っていた。
「あら、お婆様方」百合恵が笑みながら頭を下げ挨拶をする。「ちょうど良い所ですわ」
「そうかい」珠子が言う。「さとみちゃんが飛び出しそうな勢いだったねぇ」
「あら、ご覧になっていたんですの?」
「出来れば見ているだけにしたかったんだけど」冨がさとみを見る。「さとちゃんがちょっと心配になってね」
「あれは、やはり檻のようですね」片岡が百合恵とさとみに言う。「静さんがそう教えてくれました」
静はちょっと得意気だ。珠子と富はうんざりした表情をする。
「静、そんな事は誰だって分かるんだよ」珠子がため息交じりに言う。「片岡さんの優しさに甘えるんじゃないよ」
「良いじゃないか」静は言い返す。「片岡さんは生身なんだからさ、守ってあげなきゃだろう?」
「だったら……」冨もため息交じりで言う。「百合恵さんもそうじゃないですか」
「百合恵さんは、あんたらで守りなよ」静は平然と言い放つ。「わたしじゃ二人を一辺に守るなんて出来ないからねぇ」
「わたしは守ってくれないの?」
いつの間にか霊体を抜け出させたさとみが、腰に手を当て、ぷっと頬を膨らませて立っていた。
「さとみ……」静が言う。「お前くらいになれば、自分で何とか出来るだろう? なあ、みんな?」
珠子も富もうなずく。さとみはますますぶんむくれる。その顔がおかしくて、皆が笑う。さとみの頬がさらに膨らむ。
「おい!」
突然、大きな声が廊下中に響いた。皆が声の方を見る。
青白い炎のように揺らめく光の前に、中肉中背の四人の男が立っていた。四人とも同じような顔をしている。また、お揃いにしているのか、真っ赤なぶかぶかで股下にゆとりのありそうなのズボンを穿き、上半身裸の上に真っ赤なボタンの無い短いベストを羽織り、足は真っ赤なサンダルだった。そして、四人とも厳つい表情を作って偉そうに胸の前で腕を組んでいる。
「サルエルパンツにジレって感じかしら?」百合恵が四人の姿を見てつぶやく。「でも、全然似合っていないわねぇ……」
四人のうちの一人が前に出る。
「オレたちマハラジャ四兄弟を前に笑うとは、いい度胸じゃねぇか!」
「マハラジャ……?」さとみが言って、じろじろと四人を見た。「……わははははは!」
さとみは突然笑い出した。祖母たちも笑い、百合恵も笑う。片岡も苦笑を浮かべている。
「何が可笑しいんでぇ!」前に出た男が怒鳴る。「オレたちをなめんじゃねぇぞ!」
「だって、だって……」さとみは一端我慢したが、すぐに吹き出してしまった。「……わははははは!」
「あんたらの姿がおかしいんだよ」静が言う。「元は漫才師じゃないのかい?」
「ふざけんじゃねぇぞ、婆さん!」男が言う。「地獄のマハラジャ、一郎(そう言った時、男は自分を指差した)、二郎、三郎、四郎の極悪兄弟と言えば、ちったぁ知られたワルだったんだぜ!」
「地獄…… 一郎二郎…… マハラジャ……」さとみはつぶやき、四人の顔を見回す。「……わははははは! ダメだわぁ! 面白すぎちゃってぇ!」
さとみは相当つぼだったのか、からだを折り曲げて、涙を流しながら笑っている。
「ふざけんなよ!」一郎が怒鳴る。「オレたちは、辰兄ぃとユリアの姐御から、ここを守るようにって直々に頼まれたんだぜ。あのお二人から認められているんだ。どうだ、畏れ入ったかよ!」
「さゆりの四天王だね」静が言う。「あ、今は二天王だったっけ?」
「二天王……」さとみがつぶやき、また笑い出した。「わははははは! 何それぇ!」
さとみの笑い声が廊下に響く。
つづく
作者註:昨日から思いついたようにランキングって言うのに参加してみました。気が向いたら押してみてください。
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一歩一歩が重たい。三人とも表情が険しくなって行く。
「なんだか、イヤな感じですね……」さとみがつぶやく。「前に来た時と全然違っています……」
「そうね」百合恵もうなずく。「何だか、救いようがないって感じだわ」
「それは厳しいですねぇ……」片岡が言う。決して冗談で言ってるのではない事は、その表情から分かる。「……心して行きましょう」
四階に着いた。不思議と霊体が見えない。
「どこかに隠れているのかしら?」
さとみは階段から左右に伸びている廊下をきょろきょろと見回す。
「気配もないわねぇ……」
百合恵も言いながら見回す。
「いいえ、良くご覧なさい」
片岡は言うと、陽の当たっていない廊下の奥を指差した。
やや薄暗いそこに、青白い光の点が見えた。点は次第に大きくなって行き、炎のようにゆらゆらと揺れ始めた。
「あれが檻への出入り口なんでしょうか?」さとみは片岡に訊く。「それとも、罠?」
「何とも言えませんね」片岡が答える。「とにかく、もう少し様子を見てみましょう」
「もし罠じゃなかったら、あの中にみんながいるんですよね?」さとみは次第に大きくなる青白い揺らめきを見つめて言う。「だったら……」
「ダメよ、さとみちゃん」百合恵が霊体を抜け出せようとするさとみの腕をつかむ。「自分でも言ったでしょ? 罠かもって。あんなにあからさまになっているんじゃ、どう考えたって、罠だわ。絶対に動いてはダメよ!」
「わたしも百合恵さんに同意ですね」片岡がうなずく。「いざとなったら、動けるのはさとみさんだけなのですから、慎重に参りましょう」
さとみは気持ちを落ち着かせた。……そうだわ、ここで慌てちゃいけないわ。でも、すぐそばにみんながいるのに…… さとみは仲間の顔を思い浮かべる(豆蔵、みつ、冨美代、虎之助と、あともう一人、顔に靄がかかっているようではっきりしない)。
と、目の前に三人の祖母が現われた。珠子と富は百合恵の前に、静は片岡の前に立っていた。
「あら、お婆様方」百合恵が笑みながら頭を下げ挨拶をする。「ちょうど良い所ですわ」
「そうかい」珠子が言う。「さとみちゃんが飛び出しそうな勢いだったねぇ」
「あら、ご覧になっていたんですの?」
「出来れば見ているだけにしたかったんだけど」冨がさとみを見る。「さとちゃんがちょっと心配になってね」
「あれは、やはり檻のようですね」片岡が百合恵とさとみに言う。「静さんがそう教えてくれました」
静はちょっと得意気だ。珠子と富はうんざりした表情をする。
「静、そんな事は誰だって分かるんだよ」珠子がため息交じりに言う。「片岡さんの優しさに甘えるんじゃないよ」
「良いじゃないか」静は言い返す。「片岡さんは生身なんだからさ、守ってあげなきゃだろう?」
「だったら……」冨もため息交じりで言う。「百合恵さんもそうじゃないですか」
「百合恵さんは、あんたらで守りなよ」静は平然と言い放つ。「わたしじゃ二人を一辺に守るなんて出来ないからねぇ」
「わたしは守ってくれないの?」
いつの間にか霊体を抜け出させたさとみが、腰に手を当て、ぷっと頬を膨らませて立っていた。
「さとみ……」静が言う。「お前くらいになれば、自分で何とか出来るだろう? なあ、みんな?」
珠子も富もうなずく。さとみはますますぶんむくれる。その顔がおかしくて、皆が笑う。さとみの頬がさらに膨らむ。
「おい!」
突然、大きな声が廊下中に響いた。皆が声の方を見る。
青白い炎のように揺らめく光の前に、中肉中背の四人の男が立っていた。四人とも同じような顔をしている。また、お揃いにしているのか、真っ赤なぶかぶかで股下にゆとりのありそうなのズボンを穿き、上半身裸の上に真っ赤なボタンの無い短いベストを羽織り、足は真っ赤なサンダルだった。そして、四人とも厳つい表情を作って偉そうに胸の前で腕を組んでいる。
「サルエルパンツにジレって感じかしら?」百合恵が四人の姿を見てつぶやく。「でも、全然似合っていないわねぇ……」
四人のうちの一人が前に出る。
「オレたちマハラジャ四兄弟を前に笑うとは、いい度胸じゃねぇか!」
「マハラジャ……?」さとみが言って、じろじろと四人を見た。「……わははははは!」
さとみは突然笑い出した。祖母たちも笑い、百合恵も笑う。片岡も苦笑を浮かべている。
「何が可笑しいんでぇ!」前に出た男が怒鳴る。「オレたちをなめんじゃねぇぞ!」
「だって、だって……」さとみは一端我慢したが、すぐに吹き出してしまった。「……わははははは!」
「あんたらの姿がおかしいんだよ」静が言う。「元は漫才師じゃないのかい?」
「ふざけんじゃねぇぞ、婆さん!」男が言う。「地獄のマハラジャ、一郎(そう言った時、男は自分を指差した)、二郎、三郎、四郎の極悪兄弟と言えば、ちったぁ知られたワルだったんだぜ!」
「地獄…… 一郎二郎…… マハラジャ……」さとみはつぶやき、四人の顔を見回す。「……わははははは! ダメだわぁ! 面白すぎちゃってぇ!」
さとみは相当つぼだったのか、からだを折り曲げて、涙を流しながら笑っている。
「ふざけんなよ!」一郎が怒鳴る。「オレたちは、辰兄ぃとユリアの姐御から、ここを守るようにって直々に頼まれたんだぜ。あのお二人から認められているんだ。どうだ、畏れ入ったかよ!」
「さゆりの四天王だね」静が言う。「あ、今は二天王だったっけ?」
「二天王……」さとみがつぶやき、また笑い出した。「わははははは! 何それぇ!」
さとみの笑い声が廊下に響く。
つづく
作者註:昨日から思いついたようにランキングって言うのに参加してみました。気が向いたら押してみてください。
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