お話

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シンドバッドの航海記 9

2009年10月01日 | シンドバッドの航海記(一話完結連載中)
 シンドバッドは九度目の航海の時、ある岬町にやって来た。そこから見える大海原は、遥か彼方でぐるりと水平線を作っていた。
「さてさて、ここからどこへ向かおうか・・・」
 岬の突端に立ち、潮風に身をさらしながらシンドバッドはつぶやいた。
「西へお進みなされ!」
 決然とした声が背後にあった。シンドバッドが振り返ると、太い木の枝をそのまま杖にし、全身を灰色の外套で包んだ、小柄な老婆が立っていた。
「我は占い師のジャングダガーラじゃ」
「ああ、あの有名な・・・」シンドバッドは息を呑んだ。各地のサルタンが頼りにする有名な占い師だ。「・・・そうですか、西ですか・・・」
「東じゃ、東にお進みあれ!」
 別の決然とした声が背後から聞こえた。振り返ると、いつの間にか、赤い外套を身にまとった痩せ細った老人が海を背にし、岬の突端に立っていた。
「わしはガンガダールじゃ」
「ああ、あなたが・・・」シンドバッドは目を見張った。ジャングダガーラと人気も実力も二分する占い師だ。「・・・そうですか、東ですか・・・」
「何を言うとるのじゃ、ガンガダール!」ジャングダガーラが杖で地面を激しく突いた。「おのれのクソ占いはでたらめじゃ!」
「これはこれは、ジャングダガーラ」ガンガダールはげふげふげふと不気味な笑い声を立てた。「お前こそいい加減な事を言うな!」
「たわけが! 我には、今日この時このお人がここに居って、進むべき道を探すじゃろう事、もう数年前から分かっておったのじゃ! おのれのように、我の後ばかり付けて反対の事を抜かす姑息な馬鹿者は引っ込んでおれ!」
「何を抜かすか! お前こそ、少しでもわしより先に動こうと、いつもわしの行動ばかり占いおって、このくたばりぞこないがぁ!」
 二人の妖気に当てられたのか、晴れ渡っていた空に雨雲が立ち込め出した。
「まあまあ。お二人とも、気をお鎮め下さい」シンドバッドは分け入った。このままでは大嵐にでもなりかねない。そうなっては船出が出来ない。商売に支障が出てしまう。「・・・こうしましょう。お二人の占いを両方とも信じることに致します」
「どう言う事じゃ?」ジャングダガーラは聞き返す。
「そんな事が出来ようか?」ガンガダールが腕組みをする。
「出来ますとも」シンドバッドは胸を張った。「船を二艘仕立てて西と東にそれぞれ進めます。宝なり珍品なりが積み込んで戻って来た船が占い通りだった、と言う事になります」
「ほう、それはおもしろい。是非とも我の正しさを知らしめてもらいたいものじゃて」
「わしの方こそ、正しいと分かるじゃろう」
 シンドバッドは早速船を二艘買い揃え、ジャングダガーラの言う西航路の船を赤色に、ガンガダールの言う東航路の船を青色に、それぞれ塗り分け、同日に出発させた。
 シンドバッドは、船が戻って来るのを、二人の占い師と共に、この岬町で待つ事にした。
 長い月日が過ぎ、ようやく二艘の船は戻って来た。話を聞いたシンドバッドは港へ向かった。しかし、その様子を見たシンドバッドは驚いた。
 西へ進んだ赤い船は東から、東へ進んだ船は西から、戻って来たからだった。
「どう言う事だ?」
 シンドバッドは二艘の船長を呼び、問い質した。
「気が付いたら戻って来てしまいました」と赤い船の船長が不思議そうに首を振る。
「同じです。東へ東へと進んだんですが・・・」と青い船の船長も頭を抱える。
「・・・まあ良い。で、何か見つけたのか?」シンドバッドは言った。「大切なのは、謎解きよりも商売だからな」
「それが、陸地がなかったもんで・・・」と赤の船長。
「同じです。いつの間にやら出発した港でして・・・」と青の船長。
 憤慨したシンドバッドは二人の占い師を呼びつけた。
「この大嘘つきどもめ! 何が西だ東だ、だ! 何にも見つからなかったぞ! お前達の事は全サルタンに知らせて、今後一切商売が出来ないようにしてやる! さっさと失せろ!」
 二人の占い師は、すごすごと立ち去った。ようやく機嫌の戻ったシンドバッドはつぶやいた。
「しかし、どうして西へ向かった船が東から、東へ向かった船が西から戻って来たのだろう? ・・・ま、良いか。商売とは関係なさそうだし」
 地球が丸いと言う大発見など、シンドバッドにはどうでもいい事なのだった。




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