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Shiggy’s Lounge

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米アリゾナ州・レンタカーの旅(その7)

2012-07-12 19:40:30 | 日記
「第6日目」、6月14日(木)

予定ではこの日は、
Canyon de Chelly から Monument Valley に直行する日であった。

しかしながら、初日以来ここまでのドライブが全て計算通りに来たこと、
この日の Monument Valley での
Open Truck によるツアーの出発時間が午後3時と遅いことから、
行きたいが予定に入れて無かった Four Corners に
deviation 出来ると判断し、急遽行くことにした。
191号を北上してぶつかる160号線を左に行かず、右へ行く。

Four Corners とは、これこそ、地図を見ていただきたいが、
New Mexico, Corolado, Utha, Arizona の4州が一点で交わるところ。



上の写真で私の左足、右足、左手、右手はそれぞれ、
New Mexico, Utha, Colorado, Arizona の各州にタッチしている。
それがどうした?といわれると困るが、
まぁ、ここはそういうところなのです。
ここに来るために余計に走った距離は約100キロ。

周りにはインディアンのみやげ物の店が並ぶ。
ひやかしで覗いていると、インディアンの店員のオバサン二人に聞かれた。
「貴方たちは男性二人だけで旅行しているけれど、家族はどうしたの?」と。
「俺達は2人ともカミサンに先立たれたお一人様同志なのだ」。
「それじゃ、ガールフレンド要る!私達はどう?!」。皆で大笑い。

Four Corners を後にして、
160号線を西へ戻り、
ナビの指示に従って、191号線に乗り換えて北上、
次いで163号線を西へ向かうと、
あの 西部劇でお馴染みの Monument Valley のビュートが見えてくる。
そそり立つ岩はビュート。平たい大きな岩はメサという。



3時出発のツアーの Open Truck とは下の写真のような乗り物。
トラック側面の絵はインディアンがフルートを吹きながら
ダンスを踊っているナバホ族の象徴のような絵。



この時間のツアー客は我々2人だけ。
ガイド兼運転手はインディアン。
キャニオン・デ・シェイと同じく、
舗装されてない凸凹道をトラックはゆっくり走る。

ジョン・フォード監督、ジョン・ウエイン主演の西部劇、
「駅馬車」や「黄色いリボン」はここで撮影された。

Monemnet Valley をアメリカ中に宣伝してくれた功績を買われて(?)
下のジョンフォード・ポイントというビューポイントもある。



一度は訪れてみたい、独特の景色が広がる。
写真があれば下手な説明は要りますまい。







この日の宿泊はハイウエイ163号線をまたいでUtha州側にあるロッジ。
部屋はSuiteで、広い居間、キッチン、二つの独立した寝室、バスルームがあり、
快適であった。
シーズンのため 唯一 Suite が一室空いていた。

夕食のレストランはここでもアルコール飲料は一切なし。
お酒類はコンビにでも売ってなかった。

夕食のステーキには New Mexico 州特産の
巨大なチリが付いてきた。
中の種を食べると辛い。



この日もまた、インディアンとの接触の多い日であった。
走行距離は214マイル。

以上、モニュメント・ヴァレー。





米アリゾナ州・レンタカーの旅(その6)

2012-07-11 00:02:23 | 日記
「第5日」、6月13日(水)

空はこの日も快晴。
朝はちょっと涼しい。

ウインズローを出発して、I-40を東へ行き、
チャンバース(Chambers)で191号に乗り換えて北上。

191号という田舎のハイウエイーを走ると、
景色は一変し、
360度、店も人家も何もない、平原が広がる。
ここで、この旅行初めて、相棒にハンドルを委ねた。



この日の目的地はナバホ族の住むキャニオン・デ・シェイ
(Canyon de Chelly) という峡谷。
そこにある、サンダーバード(Thunderbird)というロッジに泊る。

ところが、Hertz の Neverlost というナビ(GSPという)に、
この目的地がインプット出来ない。
もともと電話番号での目的地の入力は出来ない。
住所(ストリートと番地を入れる)を入れるのが基本。
ところが、インディアン居留地などは合衆国の一部と思ってないのか、
入力不可。
それで、目的地近くのホテルを入力した。

このナビは日本語を含めて言語が選択できるのは良いが、
日本のナビに比べると、使い勝手はもうひとつ。

キャニオン・デ・シェイでは、
その日13時出発の峡谷内のツアーを日本から予約していた。

そして、予め分かっていたことは、
アリゾナ州は夏時間(Daylight Saving Time)を
採用していないのに対して、
同じアリゾナ州内でありながら、
インディアン居留区は夏時間を採用していることだった。
キャニオン・デ・シェイもモニュメント・ヴァレーもである。

従って、13時発の半日ツアーは、
手元の時計では12時発と思っておかないといけない。
それでこの日は朝も、6時起き7時出発と早めた。
11時までに着いて、昼食し、それからツアーだから。

ドライブは全くスムースで予定より早く目的地に到着。
サンダーバードロッジにチェックイン。
やはりここも、宿泊する平屋建ての建物は、
事務所とは数百メートル離れた静かな緑の木立の中にあった。



昼食後、4駆のジープに乗り込み、ツアー出発。
乗客は我々2人の他に、
ペンシルバニア州から来た中年のアメリカ人のナース2人。計4人。
ガイドの運転手はインディアン。

ひどいデコボコの幅の広い谷底を大きく揺れながらジープは走る。
今年は冬の積雪が少なく、春先の雨もあまり降らなかったという。
春なら水深20cm程度の浅瀬をジープは走るのだが、
この時期は地下水だけで、表面には水はない。

4人を乗せたジープは左右に大きな岩が迫る峡谷の谷底を
時速5~10キロ程度のゆっくりしたスピードで進む。

地下水のお陰で周りは緑が多い。
コットンウッドの白い綿毛が風に舞う。
空は真っ青。
空気は澄み切っている。
ジープがエンジンを止めると、あたりは静寂そのもの。

垂直に立つ大きな岩の近くで声を出すと、エコーが返ってくる。
こんなに鮮明なエコーを今まで聞いたことはない



両隣のナース達と他愛ない会話を交わす。
映画も音楽も昔のもの(オールディーズ)が良かったという点で意見が一致。
今のアメリカ社会は家族の絆が薄れてきているというような意味のことを
一人のナースは言っていた様に思う。



キャニオンの断崖の窪みには先住民族の住居跡がある。
岩には彫刻や絵画もある。
時折ジープから降りて、ガイドの説明を聞き、岩の麓まで歩いて行く。



木陰でインディアンたちが、みやげものを売っている。
インディアン・フルートのもの悲しい響きも聞こえてくる。



約3時間のツアーを終えてロッジに帰る。

このロッジのカフェテリアで夕食したが、
ここではビールが飲めない。
どうもインディアン居留区では、
お酒はいまわしいものとされているようだ。

カフェテリアで働く人たちも、
みやげもの屋の店員さん達も、
全てナバホ族インディアン。

出発前には気付かなかったことだが、
我々は今回、アメリカで最もインディアン人口の多い地区を
旅したことになる。

この日の走行距離は157マイルであった。


以上、キャニオン・デ・シェイ。





米アリゾナ州・レンタカーの旅(その5)

2012-07-10 11:52:20 | 日記
「第4日目」、6月12日(火)

グランド・キャニオンの日の出は5時10分。
4時起きで早朝のシャトルバスに乗り、マーザーポイントへ行く。
多くの観光客が集まり始めていた。

早朝の気温は摂氏8度と低い。
軽いジャンパーを着て行く。
昼間の最高気温は摂氏30度くらいだから、
一日の温度差が大きい。

ドイツのミュンヘンから来た若い男女4人のグループとも
短い会話を交わし、写真を撮り合う。
ここでは、観光客同志は皆仲間という感覚だ。



このあと、ロッジに戻り、みやげ物を買い、Cafeで昼食し、
ヤバパイポイントの博物館を見学。

昼間のグランド・キャニオン、
夕日のグランド・キャニオン、
朝日のグランド・キャニオンを堪能して、
次の目的地へ。

午後の汽車でウィリアムスに向かう。
グランド・キャニオンを出発して30分ほど経ったところで、
車窓に、馬に乗り覆面をし、ピストルを持ったギャング達が現れ、
列車を襲い、乗客を脅すというアトラクションがあった。
中にはギャングに立ち向かう勇敢な男の子の乗客も居た。

ウィリアムスの鉄道ホテルで預けていた大きなバッグを受け取り、
レンタカーに積み込み、再びハイウエイに乗り、I-40を東へ。

制限速度は時速75マイル。
クルーズ・コントロールという機能が車に付いていて、
一旦75マイルにセットすると、アクセルを踏まなくても
75マイルで走り続けてくれるから便利。
スピード違反にもならない。

目的地はウインズロー( Winslow )という
旧ルート66(今はハイウエイI-40)沿いの小さな町。
この日中にここまで行っておくと翌日の Canyon de Chelly までが近い。

Winslow は イーグルス(Eagles) のヒット曲 ”Take It Easy "の中で歌われて、
一躍有名になった町。歌詞のなかに、次の一節がある。
" I'm standing on the corner of Winslow, Arizona"
米国版のご当地ソングと言ったところか。

Winslow で高速を降り、ナビの指示に従って Best Western Plus という
全米に展開するモーテルにたどり着く。
予約は入れてなかったが部屋はOK。



モーテルの人が教えてくれた近くのレストラン、デニーズで夕食。

ガソリンが半分くらいになったので
夕食後、ガソリンスタンドでクレジットカードを使って、
セルフで給油しようとしたが、上手く行かない。
見かねて、隣で給油を終えた韓国人風の男性が手伝ってくれて、
ようやく給油出来た。

油種は Unleaded, Unleaded Plus, Unleaded Super の3種類。
右へ行くほどオクタン価が高い。
Unleaded はアンレッディッドと読み、無鉛を意味する。
今は全部無鉛だ。
中を取って Unleaded Plus を入れる。

価格はガロン当たり3.5ドル程度で、
リッター当たりに換算すると74円と安い!

次いで、スーパーのコーナーにある ATM で、
Citi Bank の国際キャッシュカードを使って、
100ドルの引き落としを試みる。

国内のATMでも、入金とか送金とか記帳とか、
いろいろな項目から選びながら次へ次へと進むが、
アメリカのも基本的には同じ。

引き落としは、Withdraw,
預金からは、from Saving
暗証番号は、PIN

正しく入力すると、100ドル分の紙幣がスルスルと出てくる。
出てきて当たり前なのだが、一度体験しておかないと、
いざと言うときに役立たない。

私の Citi Bank 神戸支店の円口座から、100ドルが
1回3ドル程度の手数料とともに、その日のレートで円に換算され、
引き落とされる。

これがあると、キャッシュを沢山持ち歩かなくて済むので、
海外に中~長期に滞在するときなどは、便利である。

この日の走行距離は91マイル。

以上,ウインズローまで。










米アリゾナ州・レンタカーの旅(その4)

2012-07-09 22:56:47 | 日記
「第三日目」6月11日(月)

朝9時半の汽車でウイリアムスからグランド・キャニオンに向かう。
2時間15分の汽車の旅。
グランド・キャニオンで一泊し、翌日午後の汽車で
ウイリアムスに帰ってくるという行程だ。
従ってこの日は車の運転はなし。

レンタカーは鉄道ホテルの駐車場に置き、
大きな荷物はホテルに預け、
小さな手提げに一泊分の用意だけして出発。

出発前に駅前広場で、西部劇さながらのショーを楽しむ。
車内ではギターの弾き語りがカントリー・ソングを歌ってくれる。
乗客は全て観光客で、車内は賑やかで楽しいバケイション雰囲気そのもの。



昼前、グランド・キャニオンのサウス・リムのビレッジに着く。
ビレッジ内は3コースの無料の循環バスが頻繁に走っていて、
このバスでグランド・キャニオンを眺めるいくつかの有名なポイントや、
各ロッジ、ビジター・センター、スーパーなどなど、
ビレッジ内のどこへでも行くことが出来る。
ワイキキのJTBのトロリーを知っている方は、
あれと似たシステムだと思ってもらえばよい。

まずは、宿泊するヤバパイ・ロッジに行き、チェックイン。

相棒は今回ニコンのデジカメの充電器を持ってくるのを忘れた。
デジカメは電池が切れたらオシマイ。
止む無くロッジ近くのショップで安価なデジカメを買う。
ちなみに、彼が今回の旅行中に撮った写真はなんと900枚だった。

次いで、シャトルバスでマーザー・ポイントへ行き、
ここからグランド・キャニオンを眺める。
私は20年ぶりだ。
やはりこの眺めはスゴイ。
天気は快晴。
日中で少し汗ばむ。
写真を何枚も撮る。







夕刻には別なコースのバスに乗って、
夕日に映えるキャニオンを見るためにホピ・ポイントに行く。
日没は19:40。
日没前のキャニオンは光と影のコントラストが美しい。



ところで、ロッジというのはチェックインする事務所と宿泊する建物とが
かなり離れている。数百メートルから数キロまで。
今回の旅行ではロッジに3泊した。
ヤバパイロッジは数キロ離れた静かな林の中にあった。
2階建ての一棟に客室が20室くらいある。
そのような棟が林の中にいくつも点在する。



ところで、ヤバパイとかホピとかはインディアンの種族の名前だ。
今回の旅行で訪れた各地はほとんどが
NAVAJO(ナバホと発音する=スペイン語系)族の居留地。
ナバホ族は人口が最も多いインディアンであり、又、
アリゾナ州のこの辺りは、アメリカの中でも最もインディアン人口の多いところだ。
土産物屋にはインディアンの手工芸品が並ぶ。

今回の旅行を通じてのインディアンとの出会いは私に、
アメリカを知るための新たな視点を与えてくれた。

翌朝、朝日に映えるキャニオンを見るために、この日は早めに就寝する。
日の出は5時10分だ。





米アリゾナ州・レンタカーの旅(その3)

2012-07-09 20:58:54 | 日記
「第二日目」、6月9日(日)

フェニックスのホテルの駐車場から車を出して、
目標地であるルート66沿いの町、ウイリアムスに向かう。

途中で、同じくルート66沿いの町、フラッグスタッフに寄り、
歴史的に有名なレストラン「ギャラクシー・ダイナー」で昼食をとるべく、
まずはここをナビの目的地に設定する。
フラッグスタッフは標高2,100メートル。
世界中のアスリート達が高地トレーニングに来ることでも有名。

日曜日のためか、人口160万人の大都市フェニックスの市街は
案外車が少なく、ホテル出発後、
ナビの誘導で簡単に17号ハイウエイに乗れた。

これを200キロ程度北上してハイウエイ40号に乗り換え、
西へ10キロ程度行けばフラッグスタッフだ。
目的地までのキロ数や道路の番号は
いうまでもなく全て調べてある。

ご興味のある方は是非アメリカの地図を広げて、
上記の街や道路を確認しながら読み進んで欲しい。

ところで今回走った高速道路は全てタダ。
レストランやガソリンは
一旦高速道路を降りてすぐのところにある店を利用する。
高速道路には「Food Exit」や「Gas Exit 」の標識がある。

但し、油断してはいけない。
道路の両側に何もない景色が延々と続くことも多い。
あるのは太陽が地平線に沈むようなだだっ広い平原だけだ。
急に腹が減っても、のどが渇いても、トイレに行きたくなっても、
ガソリンが減ってきても、
「Food Exit」や「 Gas Exit」の標識が出てくるまでは、
何十キロ走っても平原また平原である。



たまに、「Rest Area 」というのがある。
これは、日本のサービス・エリアと似ていて、
一旦高速を降りなくても、側道に入るだけで良いが、
あるのはトイレと飲み物の自販機だけ。

計算どおり、昼食時にフラッグスタッフの歴史的レストラン、
ギャラクシーに着く。
レストランの前の道路は今も残っているルート66の一部。
大部分は高速道路I-40になってしまっている。



ここでは名物料理、「Mondo Country Fried Steak」 を注文。(写真)
ビーフ・カツレツの一種のような料理だが、正直言って、まずかった。
アメリカ料理というのはどうして濃い味のソースを山のようにべたっと
肉や野菜の上に盛り付けてしまうのか。
肉や野菜の本来の味がどこかへ行ってしまう。



フラッグスタッフ市内で少し道に迷ったが、
その日の最終目的地であるウィリアムスの鉄道ホテルを
ナビの目的地に設定して、高速道路I-40を西に50キロ程度走って、
スムーズに鉄道ホテルに到着。

ウイリアムスからグランド・キャニオンへは鉄道が走っており、
この鉄道会社が経営するホテルが駅前の鉄道ホテル。

ホテルから徒歩10分くらいのウイリアムスの小さな町に出る。
みやげもの屋で2人ともカウボーイ・ハットを買う。

街を散策後、イタリヤ料理屋のテラスで夕食。
暑くも寒くも無く、乾いたそよ風が心地好い。

愛想の良いウエイトレスが聞く、「どこから来たの?」
「テキサスから」。


毎日、その日の走行距離を予め用意したノートに記録するが、
この日は206マイル。