下の写真はシリア北西部のトルコとの国境地帯。(6月9日)
シリア側にいる数人のグループはトルコへの入国許可を待つシリアの難民。
手前、国境線上にいるのはトルコの兵士。
トルコ政府は6月8日、シリア難民の入国を許可すると発表した。
(国境でトルコへの入国を待つシリアの難民)
シリア反政府活動の拠点の一つであるトルコ国境に近いJisr al-Shughur市では
戦車、大砲、狙撃兵の重装備を擁して同市を包囲しつつある政府軍によって
反政府組織への無差別大虐殺が行われる懸念があり、
これを恐れる何千人ものシリア人難民がトルコへ避難。
下の写真はトルコのYayladagi にあるシリア難民キャンプの様子。
シリアとトルコは下の地図の通り、
830キロもの長い国境線(地図の緑色の部分)を共有している。
以前は国境紛争などが絶えなかったトルコとシリアであったが、
ここ10年来両国の関係は劇的に改善され、
トルコのエルドアン首相とシリアのアサド大統領とは
お互いを兄弟と呼ぶ間柄にまでなっていた。
2009年のダマスカスでの共同声明でエルドアン首相は、
「トルコにとってシリアは中東への、
シリアにとってトルコはヨーロッパへの、
それぞれ玄関口として重要な国である」と述べている。
この言葉は、後に述べる地政学的な見地からも見逃せない。
しかしながら、今年に入って
「アラブの春 (Arab Spring) 」の波がシリアにも押し寄せ、
独裁者アサド大統領に対して民主化を求める市民の動きが活発化したが、
トルコ側の再三の説得と警告にもかかわらず、
アサド大統領の方針が変わらなかったため、
5月に入って1,000人以上のシリア市民の犠牲者が出た段階で
トルコ政府は自由を求める市民側をサポートすると公式表明した。
シリアへの強い影響力を持つトルコのこの方針決定により、
西側諸国はシリアに対してより強いスタンスで民主化を迫れることになった。
ここでがらっと話が変わるが、
筆者は昨年、会社時代のある先輩の薦めで
ジョージ・フリードマンというアメリカ人の著した「100年予測」という本を読んだ。
この本の面白さは、未来予測そのものよりも、
むしろそれを進める上での地政学的な視点とそれに基づく手法にある。
地政学(Geopolitics)は文字通り、
地理学(Geography)と政治学(Politics)が融合した学問であり、
この本ではこれを基にして過去、現在の世界を分析し、未来を予測しようとする。
著者のフリードマン氏によれば、
今後100年間、アメリカは世界のリーダーであり続けるが、
一方、アメリカ以外の国で世界の覇権に重要な影響を与え、
いずれアメリカにとっても脅威となるであろう国々は、中国やロシアではなく、
意外にも、日本、トルコ、ポーランドであるという。
ここでトルコという国が登場することに注目したい。
何故トルコなのか。
トルコはボスポラス海峡を挟んで、アジアとヨーロッパにまたがる国である。
黒海とエーゲ海をつなぐボスポラス海峡はロシアの地中海へのアクセスを阻んでいる。
トルコからはイラン、アラブ世界、ヨーロッパ、旧ソ連圏、
そして何より地中海へのアクセスが容易で、
ユーラシア諸国の中で最も有利でかつ重要な地理的ポジションを占めている。
歴史を溯ると、
14-16世紀にオスマントルコは、下の地図のように広範囲を支配した。
(黒い部分がオスマン帝国の領土。シリアも含まれる)
東西の要衝に位置するトルコの南東にはイラン、南にはアラブ世界、
北西にはバルカン諸国、北東にはカフカス(コーカサス)地方が控えているが、
これらはいずれも不安定な国々や地域ばかりである。
唯一トルコが、この地域で近代的な経済大国であり、
またEUへの参加を目指す民主主義国家であり、更にNATOの一員である。
しかもトルコはイスラムの国でもある。
つまり、トルコは 「混沌の中の安定した土台」 として、
今後ますます経済力、軍事力、周辺諸国への影響力を高め、
いずれはかつてのオスマントルコのように地中海の覇権国にのし上がるだろう・・・
というのがフリードマン氏の予測である。
話を元に戻して、
このような観点から今回のシリアの内乱の問題を見てみると、
なるほどトルコの影響力が大きいことがわかる。
6月10日付きCSM紙は、
Washington will follow Turkey’s lead. (ワシントンはトルコのリードに従うだろう)
という言葉でシリア関連の記事を締めくくっている。
以上
参考文献:
“Turkey’s shift on Syria gives West room to get tougher on Assad”
“Fleeing violence, Syrian refugees warn of potential massacre”
(以上、いずれも6月10日付“The Christian Science Monitor”紙より。)
「100年予測」ジョージ・フリードマン著、早川書房(2009年)