goo blog サービス終了のお知らせ 

Shiggy’s Lounge

ご意見、ご感想を
どうぞご自由に
コメント欄にお寄せください。

バンクーバーからの便り (その7)

2012-11-01 19:26:49 | 日記
今日は「いただきます」について書きます。

私の尊敬する先輩が前回の「カナダからの便り」(その6)のコメント欄に
「いただきますに相当する英語は無い」という私の説明に興味を持ったと
書いてくれました。

それで、今日はカナダとは直接関係は無いのですが、
「いただきます」の続きを書いてみます。
コメント欄に書くには長すぎますので、本文に書きます。

まず始めに、私の愛用している「プログレッシブ和英中辞典」を調べてみますと、
「食事の前の『いただきます』に当たる決まり文句はない」と書いてあります。

西欧の人たちが食事の前に何か一言言うとすれば、それは例えば
Bon Appetit(ボン・アペティ、仏)とか
Guten Appetit(グーテン・アペティート、独)とかです。

フランス語の Bon Appetit は Bon Boyage (ボン・ボヤージュ=良いご旅行を)
と同様、半ば英語化したフランス語ですから、
アメリカ人も時に使います。
意味は、「美味しく召し上がれ」ですが、
Good Morning などと同様、深い意味の無い、挨拶の言葉といえます。

但し、「いただきます」との決定的な違いは、
Bon Appetit は一緒に食事する相手に向かって言っているのに対し、
「いただきます」はいわば、独り言です。
従って、一人で食事するときに言ってもおかしくない。

「いただきます」の精神を考えると、むしろ私は
食事の前の言葉としては「主の祈り」を連想します。

昔のアメリカ映画を見ていると、家族全員で食事する際に、
家長的な立場の人が主の祈りを唱え、
皆はそのあとで、「アーメン」と唱和してから食べ始めます。



プロテスタントの主の祈りは次の通りです。

天にまします我らの父よ
願わくは
み名をあがめさせたまえ
み国を来たらせたまえ
み心の天に成る如く地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ
国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり
アーメン

「アーメン」はヘブライ語で「本当にその通りです」の意。

「主の祈り」の内容は「いただきます」よりも広い範囲をカバーしていますが、
その精神は、特に食事の前に唱えられる場合は、
「いただきます」に近いと、私は感じています。

今、世界の約70億の人口の中、約10億人が飢餓に苦しんでいます。
4秒に1人の割合で、餓死者が出ています。

お昼は幸運にも食事にあり付けたけれども、
夜はどうなるかわからないという人が世界中にいっぱいいます。

このようなことにご興味のある方は、
ジェフリー・サックス著「貧困の終焉」(2006年、早川書房)を
お読みください。

これに比べて、日本人は恵まれています。
飽食の時代などと呼ばれたりもします。

私は以前に、仲間でシェアーするブログに、
次のような文章を書いたことがあります。

雨や風や寒さをしのぐ家があり、乾いたベッドがある。
毎日確実に三回の食事にありつける。
銃弾が飛んでくることもない。
蛇口を一ひねりすればいつでも世界一高品位な水が飲める。
その蒸留水のような水で風呂もトイレも洗車さえもするという贅沢さ。
病気になればいつでも医者に見てもらえる。
恵まれている。
今日もまた、新しい日が与えられたことに感謝して、
一日一日を精一杯、激しく生きたい。

今日は、以上です。

(続く)


バンクーバーからの便り (その6)

2012-10-28 18:12:19 | 日記
カナダから帰国後、多忙な日々が続き、
すっかりブログ執筆をサボってしまいました。
学園祭も終わり、一段落しましたので、又、書き始めます。
   
今日はバンクーバー滞在中の典型的な一日を紹介します。

朝、6時半起床。

7時~ 一階に降りて、ダイニング・ルームでホスト・レディーと朝食。
朝食はトースト+コーヒー中心の典型的なコンティネンタル・スタイル。
それに、ブルーベリーやバナナなどのフルーツ。

「Shiggy バナナは半分づつでいいかい?」
「半分で丁度だよ」

ジャムは彼女の手作り。
庭に出来た木の実を採って来て作る。
沢山できると近所の人たちにもおすそ分けする。



7時半頃、彼女が作ってくれたランチ(サンドイッチ+果物+ジュース)の入った
紙袋を鞄に入れて家を出る。
ちなみに、このしっかりした茶色の紙袋は必ずたたんで家に持って帰る。
次の日にまた、この紙袋にランチを入れて貰うためである。
神戸では気楽に、好きなように、一人暮らししている私も、
ここではきちんと彼女のルールに従う。
他にもいろいろ規則があるのだが、ここでは省略。

住宅街を7分ほど歩くとバス停に着く。
ちょっとでも混んでいるとバスは通過。
そういう時は時刻表よりも遅れているので、次のバスがすぐに来る。
UBC行きの49番のバスに乗ること30~40分で大学に到着。
料金は$2.50。(約200円)



大学のバス停から教室までは徒歩で10~15分。
バンクーバーの夏はほとんど毎日が好天気で、空は快晴。
朝の気温は摂氏20度前後ですがすがしい。
摂氏と書いたが、カナダの度量衡はアメリカと違って世界標準のメートル法を採用。
従って温度も摂氏なのである。
発想がアメリカと違って、International なのだ。

今までに何回か書いたと思うが、、
平均的アメリカ人は、私に言わせれば、「偉大なる田舎者」なのである。
決して国際的ではない。
世界地図を前に、フランスは何処にあるかと尋ねられて
ちゃんと指差せるアメリカ人はせいぜい10人に1人くらいという。
Sony などはアメリカの会社だと思っている人も多い。
海を一度も見たことのない人もいっぱいいる。

話を元にもどそう。

大きな木が茂り、アカデミックな雰囲気を湛えた大学の広いキャンパス内を、
いつもの決まったコースを辿って教室まで歩くのは心地良い。



朝の授業は9時~12時半。途中で10分程度のブレイクがあるだけ。
昼休みはクラスの仲間達とホールでランチ。
English Only Policy のお陰で、皆の中に入って行き易い。

午後の授業は13時半~15時45分。  
午後の授業は英語を勉強するのではなく、
英語を使って何かをする。
例えば、与えられたテーマについて3~4人のグループ毎に分かれて研究し、
その成果を皆の前でプレゼンテーションする。 



金曜日のみ、午後の授業はなし。  

放課後、仲間達と構内のカフェでコーヒーを飲んだりしたあと、
再び49番のバスに乗り、5時過ぎに帰宅。

夕食は6時から、ホストレディーと。
豪華でもなく、粗末でもない、普通の家庭料理だ。
メインはサーモンやチキンなどのことが多い。
サラダとスープが付く。
私は幸いにして嫌いな食べ物が無く、又、日本食なしでも大丈夫。
出されたものは残さず、全ていただく。
戦後の食べ物不足の時代に育っているからかも知れない。

食事の前は、2人とも日本語で「いただきます!」。
彼女の長男の奥さんが日本人なので、彼女はこの言葉を知っている。
「いただきます」にぴったり相当する英語は無い。
「いただきます」は短い言葉の中に、感謝の気持ちが込められていて、
世界に誇れる素晴らしい言葉なのだ。

ホスト・レディーの親友(ドイツ出身)が遊びに来て、
3人で夕食を共にした日もあった。
ユダヤ人とドイツ人だが親友同志なのだ

いつも夕食後は、しばらく雑談。
彼女の英語はイスラエル訛りで、R を強く発音するが、
よく分かる。
聞き返すことは余り無い。
年齢が近く、趣味(音楽好き)も発想も似ているから話がよく合う。
オペラ、ジャズ、オールディーズが彼女の好きな音楽のジャンルである。
30年間近く、ホームステイの学生の世話をしているから、
易しい英語を話すのに慣れているのだろう。
私の英語はよく分かると言ってくれる。

今日、たまたま彼女からメールが入った。

”I have good memories from the time you were in our homestay.
You were one of our best students -with nice smile, singing, friendship and knowledge. ”・・・などと親しみを込めて書いてある。

夕食後、8時ごろになると、私は2階の自分の部屋に行き、
水割りを少し飲み、日本から持ってきた好きなCDを聴きながら、
宿題をしたり、ブログを書いたり、メールしたりする。



昼間は窓を少し開けて、外の風を入れているが、
夜は窓を閉め、12時ごろには就寝する。
バンクーバーの夏は涼しい。

一日中一言も日本語を話さない日が殆どであった。
3週間の滞在中、少しでも日本語を話したのは3日間くらいだった。

英語を話し、聴くのはかなりの集中力が要る。
日本語で話しているときの3倍くらいのエネルギーを使っているような気がする。
月曜から金曜まで英語漬けの生活を続けていると週末にはかなりの疲れが蓄積する。
従って、土~日のいずれか一日は何処にも出かけず、家でぼんやりと過ごして、
一週間の疲れを取った。

あとの一日はUBCの仲間と日帰り旅行したり、ダウンタウンに出かけたり、
あるいはホスト・レディーにスーパー、ショッピング・センター、
近くの公園などへ車で連れて行って貰った。
ちなみに、彼女の車はニッサンの2000ccクラスのセダン。
車種は日本では聞かない名前なので忘れてしまった。

以上、滞在中の日常生活の一端を紹介しました。

旅人としてではなく、
短い期間でも一箇所に定住して、その街に馴染み、生活をしてみたい・・・
この望みが今回適えられました。



(続く)


バンクーバーからの便り(その5)

2012-09-10 21:43:38 | 日記
この日の天気は快晴。空は真っ青。
気温は摂氏20度程度で、暑くも寒くもない。
湿度も低く、からっととしている。
日本の真夏の季節にカナダに来たのは大正解。

人々の服装はノースリーブ、半そで、長袖とまちまち。
但し船上のデッキではウインド・ブレーカーのようなものが要る。

昼食後、バスターミナルのコーナーで
バスの乗車賃とブッチャート・ガーデン入場料込みの切符を買って、
代金約40ドルを現金で支払おうとしたところ、
なんと現金はダメだという。
クレディット・カードしか受け付けない。

ちょっと意外だったが、なるほど、そういうこともあり得ると後で分かった。
何故なら、現金は保管や管理が面倒だし、間違いも起こりやすいが、
クレディット・カードだとその点問題が無い。

バスは約30分でブッチャート・ガーデンに到着。

ブッチャートは人の名前で、
石灰岩の採掘所を閉鎖したブッチャート氏が
1904年、夫人とともにその場所にこの世界的名庭園を造ったという。
とても、元石灰岩の採掘所とは思えないのだが。



広い園内には、サンケン・ガーデン、ローズ・ガーデン、日本庭園、
イタリア庭園など、いくつもの庭園が連なっている。
それで、英語では Buchart Gardens と Garden が複数になっている。

上の写真は有名なサンケン(Sunken)ガーデン。
ブッチャート・ガーデンの中でも最も美しい場所だ。
周りが高く、少し沈んだような低い場所にあるので、こう呼ばれている。
つまり、sunken は sink (沈む)の過去分詞なのだ。

日本庭園には灯篭や池や橋はもちろん、「ししおどし」まであった。





次の写真はバラのトンネル。



イタリア庭園は南欧らしい、明るくてエキゾティックな雰囲気。



これだけ広い庭園を1時間ちょっとかけて歩くとさすがに疲れる。
イタリア庭園の横のカフェで一休み。

ブッチャート・ガーデンを出、予め調べておいた5時10分発のバスに乗って
バンクーバー島のフェリー乗り場である Swartz Bay まで行き、
そこから夕刻6時発の最終フェリーでバンクーバー市内に戻る予定であったが、
ここでハップニング。

定刻に来たバスが何故かマイクロバスのような小さなバスで、
順々に乗って行き、次に我々が乗ろうとしたところで運転手が「ストップ」の合図、
満員でもう乗れないという。

これに乗らないと6時のフェリーに間に合わないから乗せてくれといっても、
そんなことはアッシの知ったことではない、これ以上は無理、バイバイ。

急いで庭園の事務所に戻ってタクシーを呼んでもらい、
じりじりしながら待つこと約15分。
やって来たインド人らしき運転手(タクシーの運転手は殆どインド人)に
ぶっ飛ばしてもらい、ティップをはずんで、ぎりぎり最終フェリーに間に合った。
やれやれ。

フェリーに徒歩で乗り込むときは、
飛行機に乗るときに似て、空中廊下を歩いて行く。



船内で夕食を済ませ、
Tsawwassen港からバスでバンクーバー市内へ。
下宿にたどり着いたのは夜の9時過ぎだった。
といっても、緯度の高いバンクーバーの夏の夜はまだ明るい。
なにせ、花火大会が夜10時に始まるのだから。

本当はヴィクトリアで一泊すればよいのだが、
聞いてみると、我がUBCの苦学生達は皆我々のように日帰りしていた。

以上、乗り物だけで往復8時間かかる
ヴィクトリア~ブッチャート・ガーデンへの日帰り旅行でした。


(続く)




バンクーバーからの便り (その4)

2012-09-09 16:23:33 | 日記
8月3日(金)にUBCでの3週間のコースを終了し、
8月5日(日)にバンクーバーを出発、
帰国途上、米国西海岸サンタローザの友人宅に3日間滞在して、
8月9日(木)に帰国した。

あれから猛烈に多忙な一ヶ月が経った。

やっと落ち着き、
今日から(その4)以降を神戸の自宅で綴り続けることになるが、
エッセイのタイトルは 「バンクーバーからの便り」 そのままとする。

7月29日(日)、日本人の留学生仲間2人と
ビクトリアとブッチャートガーデンへ日帰り観光旅行をした。
2人は(その3)で紹介した大学院の学生と海外旅行好きの東京の女性。

ビクトリアとブッチャート・ガーデンは対岸のバンクーバー島という島にあり、
バンクーバー市内からビクトリアまでは片道4時間もかかる。

朝6時に下宿を出発し、
バンクーバー市内のバス・ターミナルからビクトリア行きのバスに乗ると、
そのバスがバンクーバー郊外のTsawwassen(トゥワッサン)という港に着き、
そのまま大型フェリーに乗っかる。
もちろん乗客はフェリー船内ではバスから降り、
エレベーターで5~6階の見晴らしの良いデッキに上がる。








早朝の出発だったので、フェリー内の広い食堂は朝食の客でいっぱい。



約2時間の船旅でバンクーバー島側の港、Swartz Bay (スワーツ・ベイ)に着き、
そこから再び同じバスに乗って約一時間で目的地のビクトリアに到着。



ビクトリアはヨーロッパ風の、
どの角度でカメラのシャッターを切っても絵葉書になるような美しい街。







上のフェアモント・エンプレス・ホテルはビクトリアを代表する高級ホテルで、
1Fのティー・ルームのアフターヌーーン・ティーは超有名。

しかしながら、我々3人の苦学生(?)にとって、一杯50ドルの紅茶は、
いくら3段重ねのトレイにスコーンやパイのおまけが沢山付いたとしても高すぎる。
写真だけ撮って即、Give up !



ビクトリアのおしゃれなレストランで昼食後、
午後はバスでブッチャート・ガーデンへ。


(続く)






バンクーバーからの便り(その3)  A Letter from Vancouver (No.3)

2012-07-27 20:46:13 | 日記
(1)新渡戸公園



キャンパス内にはカナダのBC州(バンクーバーのある州)で客死した新渡戸稲造を偲んで作られた
新戸部記念公園とう本格的な純日本庭園があり、
見学した。


I visited Nitobe Memorial Park on the campus of UBC last week.
This park was built in memory of Inazo Nitobe, who died here at BC in 1933
on his way back to Japan after attending an International Conferece held at Banff.

Nitobe (1862 - 1933 ) was a agricaltural-economist
having greatly contributed to modernization of Japan.
" Bushido " is one of the famous boosk written by him.


(2) English Only Policy at UBC



学内では英語しか使ってはいけないという厳しいルールがあって、
何回も繰り返すとその程度によっては、
3日間休学などという処置が採られる建前になっている。

昨日は金曜日で授業は午前中で終わり、
一方夕刻7時からは ”International Night” という催しがあるため、
午後、日本人学生3人でバスで街へ出て、ベトナム料理店で時間つぶしをした。
一人は日本の大学院修士課程の学生。来年にUBCの経済学部入学(PhD)を目指している。
もうひとりは私より一回りは若そうな海外旅行好きの女性。




ところが、癖というのは恐ろしいもので、
我々は日本語でしゃべっても構わないんだということに気が付いたのは、
バスをを降り、気楽な雰囲気のベトナム料理店に入って、
フォーという日本でもお馴染みのベトナム風ラーメンを食べ始めてからであった。
「何で自分たちは下手な英語で話してるんだ?ここは学外だなのに!」

ちなみにこの Pho はC$7程度。
ここでは消費税は12%、
それに 15%程度の Tip を加えるとC$9位になる。
700円くらいだ。



There is a strict " English Only Policy " at LSI of UBC.

On Friday afternoon, I, together with other two Japanese,
went to a Vietnam restaurant in the downtown by bus
in order to kill the time until International Nighty started at 7:00 PM,

It was, however, only when we started eating Pho (a Vietnamese-style noodle soup)
at this restaurant that we realized we didn't need to use our poor English
any more outside UBC.


(3)International Night

これは放課後活動のひとつであるが、
内容は学園祭のようなもので、
学内の広いホールでは学生たちの作った各国料理のコーナーが並び、
お酒も提供される。
お酒を飲むには、入り口でIDを示して、黄色いバンドを手首に巻いてもらう必要がある。

ステージでは次から次へと音楽とダンスを主体とするパーフォーマンスが
主としてUBC の学生達によって行われた。









私を含め、ホームステイの学生たちの多くは10時半~11時ごろには帰路についた。
方向によっては最終のバスが早く終わる。

学生寮の連中は多分深夜まで踊っていたと思われる。


以上、まとまらないが、思いついたままに書いた。

今日は土曜日。
私にとっては休養日なので、遠くへは行かない。
夕刻には下宿のおばさんと家の近くを散歩する予定だ。

明日は Victoria と Butchert Gardens へ行く。

ではまた。


International Night was a kind of University festival held on last Friday
at a spacious Ballroom at UBC in which most of EGC students participated.
(EGC = English for Global Citizens)

Foods were prepared by the EGC students and CAs (UBC students helping EGC students)
from many countries. Alcoholic drinks were served there as well.

We enjoyed a wide variety of ethnic foods as well as
musics, songs and dances performed on the stage of Ballroom one after another
as shown in the pictures above.

Most home stay students left there a bit earlier in order not to miss the final buses
while many other students staying at the dormitory on the campus seemd to stay there
till midnight.

Tomorrow, on Sunday, I will be making a one day trip to Victoria and Butchart Gardens.



See you.


Shiggy from UBC, Vancouver