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生牡蠣と自分の訃報を聞いたのは夕食後の事だった 

2020-09-10 00:15:24 | 二次小説

相談事はなかったことにしてくれないか、わざわざ来てくれてすまないという言葉を男は黙ったまま聞いていた、元々、無口な性格だと分かっているのでマルコーは気にする様子もなく、目の前のカップを手に取り口をつけた。
 
 「女の身元はわかっているのか、最近、他国からの移民も増えている、犯罪者もだ、暴動を起こそうとする輩に男も女も関係ない」
 「疑っているのか」
 「勘ぐりたくはないが、おまえの人の良さにつけ込んでいるとも考えられる、色仕掛けで籠絡されたとかいうんじゃないだろうな」
 「馬鹿な事を言わないでくれ、スカー」
 まさか、この男までそんな事を言い出すとは思ってもみなかったと呆れてしまった、こうなったら事実を説明するしかない。
 最初から説明したほうが納得するだろうとマルコーは話し始めた。
 
 「日本、聞いた事がないな」
 「周りを海に囲まれた小さな島国だと言っていた、周りにはアメリカ、中国、ヨーロッパか、とにかく聞いた事のない国の名前ばかりだ、嘘にしてはあまりにも」
 「東、か」
 スカーは無言になった後、迷い人かもしれんと呟いた。
 「シン国の昔話みたいなものだ、賢者の縁の者だという説もある、閉鎖的な土地で受け入れられたのは、そのせいもあるのかもしれんがな」
 賢者、今ではその正体はホーエンハイムと、その縁の者だったのではないかと言われているが、正直、それが真実なのか分からない部分もある。
 錬金術を知らない土地では賢者の存在は神のような存在として語られる事もあるからだ。
 「それで助手として住まわせるのか」
  「そのつもりだが」
  「トラブルに巻き込まれたら、どうするつもりだ」
  今まで何もなかったからといって、これから先、何も無いとは限らないという言葉に、マルコーは確かにと頷き、スカーの顔を見ると小声で呟いた。
  「今、突き放して見捨てたら、私は自分を責めてしまう」
  人がいいのもほどがある、だが、自分が何かを言ったところで、目の前の男の答えは出ているのではないかと思った、気が弱く、小心者もの姿勢の人間に近いが、ここぞというときは頑として譲らないところもある。 
 「まあ、何かあれば手を貸すが」
  

 今日の夕飯は何にしようと考えて店を見て回る、日本の食材もあれば、どうやって食べるんだろうというものもある。
 だが、ある店で貝を見つけたとき、思わず足を止めた。牡蠣そっくりだ、高いんだろうなあと思いつつも店主に声をかけると相手は驚いた顔になった。
 「試しに仕入れてみたんだが、ここらじゃな、どうだい、安くしとくぜ」
  生で食べられるという言葉を聞いたからには即決しかない。
 (祐子さんも好きだったな、今頃は)

 やっと家族として暮らすことができると言われたときは驚いた、あと少しで大人、世間でいう成人式が目前の歳になるのに自分を引き取ると言い出した。
 バイトの期限、アパートの更新、色々な事が重なって、この時は多分、自分はどうしようもなく途方に暮れていたんだと思う。
 
 その日、予約したからねと言われて連れて行かれたのはレストランには、あまり人がいなかった、店内は綺麗で装飾とか素敵なのに、流行っていないのだろうかと思ったけど、後で聞くととても人気のある店で予約を取るのも大変と聞いて驚いた。
 
 「うー、生牡蠣か、苦手だわ」
 顔をしかめるが、牡蠣って栄養があるよと言ったら分かってると苦笑いする、突然、祐子さんは食べさせてと口を開けた、大人が何を言い出すのかと思ったけど、仕方ないなあと思いながら一つ手に取って、口元まで運んであげた、それは嘘だったと後になってわかった、緊張している娘となった自分の気分をほぐそうとしてくれたらしい。
 「何、娘に甘えてんのよ」
 店のウェイターの呆れたような言葉が忘れられない。
 甘えているのは自分、だが、もう、甘えてくれる彼女には会えない、そんな気がした。
 
 

 帰ってきたマルコーの後ろには数日前に尋ねてきた、大柄な褐色の肌の男がいた。
 仕事で来ているのでしばらく滞在する事になると聞いて頷く彼女は食事ができているからと、声をかけたまではよかったのだ。
 
 テーブルの上に並んでいるのは普段通りのものだ、パンにスープ、だが、真ん中の大皿に盛られたものは見慣れない食べ物だ。
 「市場で見つけたんですけど、誰も買わないから安く売って貰えたんですよ、新鮮だから大丈夫です」
 女は嬉しそうな顔だ、だが。
 「貝なのか、これは、もしかして生か」
 女は殻ごと持ち上げると、こうして食べるんですと実だけを、するりと飲み込んだ、だが、そんな姿を男二人は無言のまま、見ているだけだ。
 「もしかして食べたことないんですか、スカーさんも」
 「海が近ければ食べる機会もあるんだろうが」
 マルコーの言葉からは、できれば遠慮したいという感じが伝わってくる、だが、大皿を一人では食べきれない、そんな彼女の気持ちを感じ取ったのか。
 「た、試しに一つ食べてみようか、なっ、スカー」
 まるで肝試しに挑戦するような言い方に道連れにするなとスカーは医者を睨んだ。
 「待ってください」
 レモンをぎゅうぎゅうと絞り、塩とオイルを少したらす。
 「マルコーさん、口を開けて」
 自分で食べると言いかけたが、開き書けた口に突きつけられて、思わず飲み込んでしまった、その瞬間、滑るように入ってくる、あっという間にだ。
 喉を通り過ぎて胃袋の中へと、初めて、生の貝を食べるという行為にマルコーは驚いた。
 「ま、まずかった?ですか」
 身は冷たいし、さっぱりとしている、酸味と塩気のバランスが丁度いい、酸味の多いドレッシングをかけたような感じだ。
 「い、いや、思ったより、そうだな、悪くない、おまえさんも食べてみろ」
 「じゃ、スカーさんも、目を閉じて、はいっ」
 「ま、待て」
 文句の一つでも言ってやりたいと思ったが、このとき妙な音が聞こえ、いや、鳴った。
 スカーがポケットから取り出したものは銀色の小さな金属の塊だ、携帯ですかと女がスカーに尋ねると。拾ったんだという答えが返ってきた。

 「突然ですが、○★□コーポの続報は放火ではないかという疑いが、住人は全員無事とお知らせしましたが、訂正します」
 聞こえてきたのはニュースだ。
 「あたしの、アパートが、火事」
 呟きが自然に漏れた、何故、この携帯から日本のニュースが聞こえてくるのか、分からなかい、スカーのそばにより思わず伸ばそうとした手がとまった。
 
 「○×△号室の住人が行方が分からず」
 
 「あ、あたしのこと?」
 
 「近くの○△で死亡を確認」
 
 「死んだの、でも、今、こうして」
 (生きているのに)
 そう言いたいが、言葉が出ない、足下がぐらりと揺れた気がした、そんな体をスカーが慌てて抱きとめる。

 木桜美夜という女性の遺体が発見されました。
 
 これは、自分の訃報を聞いたということだろうか。

 「先生、あたし死んでるみたい、です」
 
 驚いたり、泣きわめく事もなく、ひどくあっさりとした、普段と変わらない口調で、そう言われたマルコーは何も言えない、だが、それはスカーも同じだった。