ユリちゃん、うちの番組、良かったらでてくれないかなと言われて驚いたのも無理はない、最近ペットや子供の番組が増えているし、人気もあるのは知っていた、だが、自分にそんな話がくるとは思ってもみなかったのだ。
「ありがとうございます、でも、母の家で飼っているんです、それに」
「最近、保護犬とか多いだろう、アイドルや芸能人って純血、血糖に拘る人って多いけど、勿論そうじゃない人もいるけど、野良犬を引き取ったって聞
いたからね」
ユリは迷った、つい最近、吹き替えの仕事を始めたせいか、色々な人から声をかけられるようになったのだ、最近は洋画の吹き替えを、それこそ、ほんの一言の役だが、引き受けた。。
「初めてだというけど、経験を積んだら、もっと上手になるんじゃないかと思うんだ」
自分の父親ぐらいの年齢の声優に言われたのがきっかけだった、あの人がそういうならと声をかけてくれた人がいてユリは驚いた、声の仕事は以前から憧れていた、少し前から歌ってみないかと声をかけられて、レッスンを始めた事も関係しているのだろうか。
でもペット動物関係の番組はと悩んでいる自分にだったら自宅で犬と一緒に写真を撮るだけでもと言われてしまった。
最初は番組で取り上げる予定だったが、自分ではなく母が飼っているのだからとユリは断った、だったら、雑誌で紹介するだけでも自宅で写真を撮るという形ならと半ばごり押しのように懇願されて、最後にはユリも同意した。
これからの仕事の幅も広がるし、写真を数枚、撮るだけならいいんじゃないとマネージャーに言われてユリは母親に連絡をした、娘の今後の仕事の為にもと母親は了承してくれた、母が♂だと言うことを事前に説明して撮影の日が近づいた。
「井上昌己(いのうえまさき)って、確か、LIMA産の写真集を手がけた人でしょ」
撮影の前日、マネージャーから話を聞いて驚いた。
「そうなのよ、最近になって本格的にカメラマンの仕事を始めるみたいで、今、色々な分野でこだわりなく仕事をやってるみたいなの」
直接の面識、会った事はない、だが、二週間ほど前に発売された写真集は発売前から噂になっていたくらいだ、アイドルのLIMAを知らないという人も井上昌己(いのうえまさき)の名前で購入したという人もいるらしい。
そんな人が、何故と思ってしまったのも無理はない。
当日、朝一でマネージャーとカメラマンの井上、アシスタントの男性二人が自宅へやってきた。
「あ、あの大丈夫ですか」
若いアイドルの自宅、ペットの犬というので可愛らしい小型犬を想像していたのかもしれない、家の中でごろりと寝転んでいる二匹の犬を見て若い青年二人は驚いた、というより、怖がっているように見える。
「この犬、ドーベルマンじゃないか、耳と尻尾が垂れてるから、あれって思ったけど」
「純血って事か、でも野良だって」
「最近は多いんだよ、大型犬は飼ってみたら大変だって、保健所や山に捨てたりするのが」
若い二人の会話にユリは驚いた、犬の種類など詳しくはなかったからだ、映画やドラマでドーベルマンを見たことがあった、だが、耳がピンと立っていて、尻尾も短かかった、今、自分の目の前にいる犬は耳も尻尾も長く垂れているのだ。
井上はシャッターを切った、犬たちは最初は気にしていた様子だが、慣れてきたのか、気にならなくなったようだ、ユリの隣で座っている姿を何枚か撮る、動物相手なので長時間の撮影は迷惑だろう。
「これで終わりにしようか」
「そうですね」
「家の中じゃなくて、庭で撮影とかしなくていいですか」
アシスタントの言葉に、そうだなと思いユリさんと井上は声をかけた、そのとき、二匹の犬が突然、立ち上がり、部屋を飛び出した。
「えっ、シン、ノブ」
慌てたユリを見て母親の恭二(きょうじ)が笑った。
「美夜ちゃんじゃないかしら」
「すみません、これ、本屋に行こうとしたら途中でリヤカーを見つけて、この間の夕飯のお礼です、おお、勿論、君たちの分もあるぞー」
わっしわっしと白い髪の女性が二匹の犬の頭を撫でる、玄関でユリの母親と話している様子に声をかけたのは井上だ。
「どうして、君が」
「あ、あの、誰」
ああ、そうか、あの時は髪も伸び放題、髭も伸び放題だった、分からなくても無理はない、LIMAと一緒にいたカメラマンだと井上は自己紹介した。
「友人の娘さんで二匹の散歩を頼んでいるんです、アルバイトですね」
恭二の言葉に井上は、そうですかと頷いた。
「さっきの女性も一緒に写真が撮れたらよかったですね、井上さん」
「スタジオで撮ったら、いい写真が撮れるんじゃないですか、ユリは黒髪だから、女性二人に犬が二匹って映えると思うんですけど」
アシスタントの言葉に井上はそうだなと呟いた、だが、沢木、市川が許すだろうかと思いながら、ふと視線が犬に、そしてユリに向けられた。
「カメラマン、井上って」
「そうなのよ、娘のユリと一緒に写真を撮りたいっていうんだけど、いや、勿論、断ったわよ、ユリはともかく、あの子はアイドルでも芸能人でもない
んだし」
えらい、よく断ったと電話の向こうから聞こえてくる声に恭二は内心、ほっとした、良子は男の時からそうだったが、怒らせると怖いのだ。
「ただね、ユリがね、彼女に見学に来て欲しいって」
「何、それ」
「別件よ、驚かせたいって、吹き替えの現場をね」
「井上に関係ないならいいけど」
「過保護すぎない」
「何とでいってくれて構わないわ、娘は溺愛がモットーよ」
まあ、娘には甘いのは自分もだけど、そんな事を思いながら恭二はくすりと笑った。