読む、書くの雑多な日々、気まぐれな日常

好きなこと、雑多な日々、小説などを色々と書いていきます

医者のトラブル、それは人生最初の恋愛がらみで始まった

2020-11-27 21:59:55 | 二次小説

「これ、美味しいわ、絶品ね」
 クリームを挟んだ生地はサクサクとして美味しいのだが、ミルフィーユというのは正直、食べづらいケーキだ、フォークで切るとパイ生地がぽろぽろとこぼれてしまうのだが、これは手づかみで食べる、それも一口で、だから店によっては普通のケーキよりも小さめのサイズらしいという事をマルコーは思い出した。
 「手づかみで食べてもいいって知ってる」
 「もしかして、教えて貰ったのかね」
 正解と言いながら、食べてと言いつつ、自分の口元に持ってくる、仕方なくマルコーは口を開けてケーキを飲み込んだ、恥ずかしいが、仕方ないと、ここまできたら諦めもつく。
 しばらくして、マルコーは自分を睨んでいた男がいないことに気づいた、店を出たのだろうか、大丈夫だろうか、まさか、外で待ち伏せしていて、そんな自分の気持ちを察したのか、出ましょうかと席を立った。
 自分が払うとレジに向かうラストに、お茶代ぐらいと言いかけたマルコーに彼女は笑いながら手を振った。
 「だったら、もう一つお願いをきいてくれないかしら、医者としてね」

 バイト先の本屋に来る客と知り合いになり、話をするようになった、そして今まで色々な医者にかかったが、一向に良くならず、愚痴をこぼしているのよと言われて、そんな事ならとマルコーは引き受けることにした。
 だが、これが後になってまずかった。
 
 「そうなんだ、いいんじゃない」
 シーツにくるまって床でゴロゴロと転がっている女をラストは困ったわと言いたげな顔で見た、明らかに不機嫌、というより落ち込んでいるのだ。
 自分がマルコーを腕のいい医者だと紹介したことが発端なのだ。
 時間外診療という事で宿に帰って来た後、軽い夕食をすませて出掛けていくのだが。
 
 「この街だって医者は沢山いるでしょう、先生は忙しいのに」
 何故、軍での仕事が終わった後にまで時間外診療なのか、帰りが遅くなってくる日もあって心配だ、そんな彼女の不満そうな口調にラストは仕方ないと頷くが、実際の所、彼女が難しい顔をしているのは、そんなことではないのだ。
 「人当たりが良いのよね、ドクターは親身に看てくれるから」
 
 診察が終わっても女はマルコーを引き止めているらしい、世間話や茶を出して、だ。
 ドクターもモテルのねと笑うラストを見て彼女は、むっとした顔で見た。
 「この街にも医者は沢山いるんでしょう、しかも主治医になってほしいって、それはどうかと思うんだけど」
 「金持ちの未亡人だし、亡くなった夫は軍の関係者だって言ってたから少し強引なところがあるのかもね」
 その言葉に、彼女の表情がわずかに暗くなる、あら、ちょっとまずかったわねとラストが思ったのも無理はない、未亡人はマルコーの事を根掘り葉掘り聞いて、自分の主治医になってくれたらラストにも礼をすると言い出したのだ。
 マルコーの性格からして、まさかと思うが、なあなあになってしまいかねない、まずいわねえとラストは考えた。
 
 「先生に看て頂くようになって、とてもよくなってきたんです、本当に感謝していますわ」
 女性の言葉に、それは良かったとマルコーは帰り支度を始めた。
 お茶をと声をかけてくるが、内心、早く帰りたい、最初は軽い気持ちで引き受けたが、今になって多少の後悔を感じていた。
 主治医になって欲しいと言われて一度は断ったのだ、それだけではない、この街、セントラルで開業してはと言われたのだ、そんなつもりは毛頭無ない、イシュヴァールの、あの診療所があってこそなのだ。
 ブリックス行きの事を話すと亡くなった夫が軍の関係者だという、予想もしなかった台詞を口にするのだ。
 どうやって断ればいい、相談できる相手は一人だ。

 「ドクター、モテルのね」
 「馬鹿な事を言わんでくれ、開業資金まで出すと言われたときは驚いたよ、その、なんだ」
 多分、あの未亡人は強引に迫ったのではないだろうか。
 美夜には言わない方がいいわよと言われてマルコーは、ぎくりとした顔になった。
 「落ち込むわね、そんな話を聞いたら、ううん、撃沈かしら」
 マルコーは一瞬、顔を歪めた。
  「仕方ないわね、私が紹介したせいだし、なんとかしましょう」
 なんとかって、どうするつもりだ、不安を感じたのも無理はない。

  その日、診察が終わるとマルコーを迎えに来たラストの様子に未亡人は不思議そうな顔で彼女の左手を見た、すると気づきましたと言わんばかりにラストは口づけ、プレゼントなんですとマルコーに向かってチラリと視線を向けた。
 「あら、そうなの、もしかして」
 するとラストは、まさかと笑いながら、いるんですよとドクターにはと軽く指をひらひらとさせた。
 「独り身だと思っていましたけど、ドクターは」
 とんでもないとラストは肩を竦めた。
 
 館を出たマルコーは安心しながらも不安になった、隣を歩くラストを感心しながら見てしまう、自分が妻帯者だなどと、よくもあんなでまかせを言えたものだ、軍では結婚もしたことがないのは皆が知っているというか、周知の事実だ、あの未亡人が知ったら文句の一つでも言ってこないだろうか。
 「知り合いに眼鏡をかけた医師がいたでしょ、彼に頼んだらいいわ、診療は今日で終わりよ、結構しぶといわね、あたしの話も疑っていたし、仕込みをしておいたほうがいいわね、ドクター、少しぐらいは余裕があるんでしょ」
 「余裕って、一体、何をだね」
 「給料何ヶ月分がいいかしらね」
 だが、そこまで言われても何補言われたのか、マルコーにはわからなかった、だが、にんまりとした彼女の笑みを見て、はっとした。
 
 「ええっ、先生と夫婦って、それは」
 ほら、やっぱり無理がある、宿に帰り、ラストの提案したフリでいいから夫婦になろうというとう作戦を聞いた彼女は無言になった。
 「いや、その、これには、色々と理由が」 
 相手が病人で治療の説明や病状を説明するのとは訳が違う、内心焦りながらマルコーは、どう言って説明すれば良いのかと迷ってしまった。
 そんな自分の様子を横で見ていたラストはじれったいといわんばかりに、面倒ねと呟きながら言った。
 「フリじゃなくて、事実にしてしまえばいいんじゃない」
 


現れた岩柱と鬼、その男は顔を隠していたらして、天狗の面で

2020-11-21 22:30:37 | 二次小説

 突然、現れたのは鎖で繋がれた鉄球と刀を持つ巨漢の男だ、襲いかかる大勢の鬼達を前にしても冷静だ、これが柱の力かと指図していた鬼は驚いた、それに、もう一人の男は元・柱だと名乗った。
 倒されていく仲間の骸を見ながら鬼は笑った、これは好機だと。
 
 現れた男を見て女は驚いた、もう、会うことはないと思っていたのだ、暗い夜だというのに姿が見える、不思議だった。
 悲鳴嶼さん、声に出すことはない、だが、胸の中で呼んだ。
 
 悲鳴嶼行冥は違和感を覚えた、鬼達を倒す手応えはある、だが、気になるのは数人の鬼の動きだ、何もせず少し離れた所から傍観者のように見ているだけだ、そして、何故か、その鬼達の顔、表情は。
 「柱の力量は、どれほどのものかと思ったが、たいしたものだ、感心したぞ」
 どういうことだ、自分の力量を確かめているのか、だとしても。
 「おい、いつまで眠っているつもりだ」
 地面に倒れている死んだ肉の塊に近づいた鬼が声をかける、すると死体はぶくぶくと膨れ上がった。

 手紙を持つ手がわずかに震えている事に気づいた、全て内緒にしていたのか、だが、恨まれても仕方がないという文面と文字は以前とは違う、ここ数年で産屋敷本人は人前にも滅多に出てこない、数えるほどだ。
 字が震えている、筆を取るのも不自由になってきたということか、書かれている文面を読み返す何度も、だ。
 藤の家に刀を預けたこと、処分したと嘘をつき、それを内緒にしていたこと、全ては自分の一存だと書かれている。
 使い手が亡くなり、抜くことができなくなった、棄ててしまえば、処分してしまえば良かったのだと鱗滝は思った、産屋敷が謝る事などないのだ、不満などない。
 いや、本当にそうか、あるとしたら一つ、刀を託した事だ。
 鬼舞辻無惨とは違う鬼が現れたと言うことは聞いていた、それが関係しているのだろうか、いや、そんな事よりも、使えない刀を渡して関係のない人間が巻き込まれたら、いや、気にしたところで仕方がない、恨むだと、何を、終わったことだ、昔の事だと鱗滝は手紙を握り潰した。
 
 
 切った筈の鬼が再生している、これではきりがない、焦りを覚えてしまう、そんな二人の心の内を察したのかもしれない、鬼達は笑った、柱といえどたいしたことはないと、一度死んだ鬼は柱の力を覚えた、後はそれを上回る鬼を生み出せば良いだけだ、そう思ったとき、かすかな音がした。
 かたかた、とだ。
 音、人には聞こえない、微かな音でも鬼は聞き取ることができる、だが、これは何の音だ、見守っていた鬼達は首を傾げるようにして、それが何なのか確かめようとした。
 「不快、これは、なんだ」
 背中、全身を包む空気は冷たい筈、夜なのだから、それがなんだ、温かい、いや、違う。
 
 手が、いや、柄が熱い、煉獄槇寿郎は刀を見た、もしかしてと思ったが、刀身は抜けない。
 だが、このとき気づいた、襲いかかってきた鬼達が動きを止めて、自分を見ていることに。
 そして悲鳴嶼も鬼達の様子に気づいた。
 月に雲がかかった、ほんの少しの間、戦いの場に静寂と闇が訪れた、だが、月が姿を現した、そのとき、光の下に鬼が現れた。
 悲鳴嶼は大きく息を吸った、呼吸を落ち着かせようとしてのことだ、そして槇寿郎も。
 鬼ではない、よく見ると顔は仮面、鬼の面をつけているのだ。
 「何故、抜かぬ」
 その言葉に反応したのは槇寿郎だ、手にしていた刀、鬼の面をつけた相手をじっと見た、死ぬぞと言われた気がした、わかっている、だが、抜けないのだ、どうしろというのだ。

 
 誰だ、こいつは、鬼、いや、人ではないのか、鬼の面をかぶった男、いや、女か、わからん、こいつは。
 突然、現れた存在は異種だ、自分達の仲間、鬼ではない、だが、人、ではない、では。
 「逃げろ」
 一人の鬼が叫んだ、その瞬間、炎が上がった。
 赤い、まるで太陽が燃えるような紅蓮の炎は鬼だけでなく、そこにいる全てのものを包み込み、燃え上がった。

 黒い消し炭のような塊は鬼の死体だろう、槇寿郎は地面に散乱した燃え残りがわずかな風で砂のように崩れていくのを、ただ、見ていた、そして握っていた柄が熱い事に気づき、はっとした、今まで見た事のない、すさまじい火が全てを燃やし尽くしたのだ。
 この刀か、それとも、あの鬼の面の。
 我に返り周りを見ると木の根元に女が体を預けている気を失っているようだ、良かったと思いながら巨漢の男が駆け寄ろうとするのを槇寿郎は止めた。
 「何故、ここに来た、お館様は知っているのか」
 男の足が止まった。
 「女一人、守れなくて、何が鬼殺隊だ、聞いて呆れる、貴様、それでも男か」
 そうだ、鬼殺隊、柱のくせに、自分の腹の中に怒りがふつふつと沸く、理不尽だと思いながらもだ、この男、岩柱を責めてどうなる訳でもないし、自分が責める理由などあってないようなものだ。
 柱と呼ばれる事に意味があったのかと今でも思う。
 
 その男は鬼殺隊らしいと聞かされたとき、自分はどんな顔をしていたのか思い出せない。
 だが、あの人は嬉しそうだった、こんな行き遅れといってもいい自分をと嬉しそうに笑うのだ、なら喜んで送り出すしかないだろう、言葉を喉の奥に飲み込んで笑うしかない。
 良かったと、それなのに死んだのだ。
 男は鬼殺隊ではなかったのか、腕の立つ柱と呼ばれるほどの人間では、なのに殺された、あの人は鬼に殺された。
 何故、守ってやれなかったのか、その男は水柱で顔を隠す為、面を。
 
 いつも、天狗の面をつけていたらしい。
 

 


ブリックス行きの条件、ラストの恋人はドクター・マルコー(まさか?)

2020-11-14 21:08:03 | 二次小説

 大佐とアームストロング少尉が言い合った、しかし、喧嘩というわけではないらしい。
 生来、女に弱い性格のマスタングなので最初から形勢は不利ではと周りは見ていたようだが、結果は正直、白黒、はっきりとはつかなかったようだ。
 先日、偶然にも街中でドクター・マルコーに、お会いしたのですと切り出した金髪美女の台詞にマスタングは内心、本当だろうかと思った。
 そんな簡単に偶然が、あまりにも都合がよすぎないか、しかもわぞわぞブレリックスから出てきた初日にだ。
 「何故か、こちらが先日もうした、例の件をご存じなくて驚きました、しかし、つまるところ、大佐殿は私の、いや、こちらの言葉を軽く見ておられていたのだろうか、いや、多忙な貴方のこと、うっかり忘れていたのかもしれない」
 「少尉、実は」
 いやいやと、美女は頭を振った。
 「勿論、人の上に立つも者の立場もある、しかしだ、つい、うっかり忘れていたとかなどという言葉で己の立場を誤魔化そうなど思っておられるなら」
 マスタングの顔色は少しずつ、どんよりと暗い表情になっていくのを女は冷ややかな目で見つめながら言葉を続けた。
 「大佐は、そのような矮小で懐の狭い人間ではないと思っているのだが」
 「も、勿論だ、私は」
 譲歩はするつもりだというマスタングの言葉に美女は笑みを浮かべた、それは、まさに氷の女と呼ばれるに相応しい笑顔だった。

 やはり行かなければならない状況に追い込まれているとマルコーはカップの中のコーヒーを飲み干した、気分が落ち着かず、どうしても忙しない、なんとか回避できないものかと思ったが、怪我人がいると聞いては正直、気持ちは落ち着かない。
 そんな自分を見かねたのかもしれない、割り切ってブリックス行きを期間限定で決めたらどうですかと美夜に言われて、そうだなと腹を据えて決めようとしていたときにだ。
 いい方法があるわとラストが助け船を出した。
 戸籍、つまるところ出生証明書を用意させる、それも偽造ではなく本物をという条件でだ。
 役所を通すのだから簡単な事ではない、ティム・マルコーという人間は金では動かないと匂わせる為だ、もし通ったとしても、そのときは儲けものだと考えればいい、だが、もう一つ保険をかけようといわれた。
 
 ティム・マルコー医師はシン国の王族に呼ばれているという話を聞いたアームストロング・オリヴィエは驚いた、皇族関係の人間が病気らしい、何故、自国の医者に診て貰わないのかという疑問がでてきた。
 すると、メイ・チャンという少女、皇族の一人がドクター・マルコーならと声をかけたらしい、知り合いらしく、少女の頼みを無下に断る事はできないというのが答えだ。
 シン国といえば決して小さな国ではない、メイ・チャンとは面識もあるのでマルコーとしては正直、断るのも心苦しい、だがブリックス行きもだ。
 両天秤にかけて簡単に答えを出すのは難しい、だが、条件をのんでくれたら譲歩するとマルコーはオリヴィエに伝えた。
 勿論、事情を話してメイには協力してもらってだ。
 
 
 「イシュヴァール人しての戸籍証明になるが、あれば、これから先、色々と助かることもある」
 今の自分は立場はスラムの住民、出生不明、どこの国かも分からない流浪の民という立場と言われて美夜は、うーむと唸った、日本なら大変な事になっていたかもしれない、だが、ここでもやはりそういうのは大切なのかと思って納得した。
 「役所と軍は中が悪いとかあるんですか」
 「どうだろう、私も正直、詳しくは分からない、だが、この話を申し出たとき、少尉は、あまりいい顔はしなかったな」
 思い出しながら、マルコーはカップを手に取るとゆっくりと紅茶を味わい、ほっと息をついた、どちらにしても、あと数日で診療所に、ようやく戻ることができる。
 今はブリックスの返事を待っているところだ。
 「あたしの証明書より、先生の得になるような条件を出したほうが良かったんじゃないですか」
 この質問にマルコーは、まあ、良いじゃないかと笑った。
 「そうしたいが、軍の人間なら私の事は知っているし性格も読まれているだろう、病人、怪我人がいてと強気で出られたら断りづらい、だが、君の出生証明書は、正直、向こうにとっては予想もしなかった筈だ、少しは時間が稼げる」
 空になったカップにお代わりの紅茶を注ぎながら、先生、苦労してますね、あたしのせいですかと言葉が続きマルコーは驚いた。
 「だって、普通なら診療所で地元の病人を診ていただけなのに、ここに来たのだって、あたしが誘拐されたせいですし」
 「まあ、生きていれば色々とあるさ」
 また、落ち込んでいると思いながら、マルコーはカップに口をつけた。
 「それに困った事になっても、なんとか切り抜けている、楽しんでいるよ、セントラルに来る事なんてことは、もうないだろうと思っていたし、ケーキバイキングも初めての体験だよ」
 「楽しかったですか」
 「緊張したよ」
 「そう、なんですか、ケーキを食べさせてくれたし」
 思い出したのか、マルコーは思わず顔を赤くした。
 「ラストには感謝ですね、戸籍なんて思いつかなかったし、こういうのって悪知恵ですかね、今度、お礼をしなくては」
 だが、その言葉は翌日、予想もしない形でマルコーが支払う事となった。

 もうすぐ、イシュヴァールに診療所に帰る事ができる、宿の食事も悪くないが、たまには自分で料理をしてみたい、宿の厨房を借りて何か作ろうとマルコーは街に出た、そんなとき、街中でラストに出会った。
 
 「ドクター、助けてくれない」
 いつもとは様子が違う、しかも助けてくれという言葉にマルコーは驚いた、もしかして怪我でもしたのか、だが、ホムンクルスと治癒能力があるはずだ。
 「少し付きあって、お願いよ」
 いきなり、ラストは腕を組んできた、そのまま、歩いてと小声で囁いてくる、誰かに追われているのか、マルコーは振り返ろうとしてやめた。
 「あそこの喫茶店に入らない」
 「大丈夫なのか」
 「勿論、ああ、しつこいのって嫌いなのよ」
 辟易、いや、うんざりとした口調だ。
 それにしても腕を組むのはいいとして、ぐいぐいと胸を押しつけてくるのは、どうにかならないかと思ったのも無理はない、肩は剥き出しの真っ赤なトップドレス、しかもナイスバディなので、いつ、胸がポロリと落ち、いや、落ちないかと焦ってしまう。
 だが、そんな自分の気持ちなどお構いなく、店に入るとラストはお茶とケーキを頼んだ。
 
 席に着いてお茶とケーキが運ばれてくるが食べる気分にはなれない、というのも視線を感じるのだ、しかも、自分達から少し離れた所に座っている一人の男が、こちらを見ているのだ。
 「あの男、しつこいったらないわ、一度デートしたからって」
 小声で呟く彼女の言葉にマルコーは、それは分かったが何故、自分がここで一緒にケーキを食べなければ行けないのかと不可解な顔になった。
 「ちゃんとした理由がいるのよ、あの男、自分はモテルと思っているんだけど」
 ラストはケーキをフォークで一口食べて、残りの一切れをフォークに刺すとマルコーの前に差し出した、そして意味ありげに、にっこりと微笑む、嫌な予感がした。
 「ブリックスは、どう、多分、出してくるわよ、時間はかかるかもしれないけどね」
 「ああ、ところで、あの男、こちらを見ている、その、君よりも私を、か」
 何故と言う顔でマルコーは美女に尋ねた。
 「私の恋人だからよ」
 はっ、今、なんて言った、無理だ、恋人だと、すぐに嘘だとばれると言いかけたがラストは、にっこりと笑った。
 「何を言ってるの、適任でしょ、しかも、軍医で地位と名誉もある人間」
 「馬鹿なことを、昔の事だ、それに今の私は、ただの町医者だぞ」
 と言いかけたときケーキが口の中に押し込まれた。
 「ねっ、美味しいでしょ」
 
 
  
 
 
 


二人で歩く夜、抜けない刀を腰にさして

2020-11-07 11:55:22 | 二次小説

 久しぶりといってもよい弟からの手紙だ、柱として忙しい日々を送っている自分を煩わせてはいけない、会いに来ることも手紙さえ滅多に出さないのに、何かあったのだろうかと思ったのも無理はない。
 「父が稽古をつけてくれたのです」
 そんな書き出しから始まった手紙に杏寿郎は驚いた、それだけではない、最近の父は酒も飲まずに自身も剣をふるっているというのだ。
 自分が家を出るときの姿は全てに投げやりになっていたというのに、何かあったのだろうか、分からない、だが、悪い事ではない。
 自分と違う、優しい性格の、どちらかというと引っ込み思案の性格の弟だが、手紙には父の事を驚いていると同時に喜んでいる。
 良いことなのだと杏寿郎は自身に言い聞かせた。
 
 「まあ、煉獄殿」
 こんな雨ですのにと老婆は驚いた、傘をさしていても男の足下と着物の裾はぐっしょりと濡れている。
 「そのままでは風邪をひきます、乾かしましょう」
 「いや、すぐに帰る、それで、どうだ」
 「まだ眠り続けております、実は」
 このとき、老婆はわずかに顔を伏せた、少しの沈黙の後に顔を上げたが、目は合わせようとはしない。
 「悲鳴嶼という方をご存じでしょうか」
 数日前の自分なら気にかける事もなかっただろう、だが、今は違う、その男は柱の一人、その言葉に老婆は小さな呟きを漏らした。
 「尋ねて来られたのです」
 その言葉に思わず声が出そうになった。
 (ここに来たのか)
 声を出したつもりはない、だが、老婆は驚いたように自分を見ている、そして首を振った、帰って頂いたと。
 「お館様に言われました、それに尋ねてきたのは夜も遅く」
 秘密にしていた筈だと思った、そのとき、音がした。
 戸がゆっくりと開き、そこから覗くような女の姿を見て槇寿郎は息を飲んだ。
 「悲鳴嶼さん、来たん、ですか」
 その声は震えているようだ。
 
 槇寿郎は迷った末、女を自宅へ連れて帰ろうと槇寿郎は思った、外を見ると自分が来たときよりは雨はましだ、だが、夜だ、女は目が覚めたばかりだし、もし、鬼が、そんな事を考えると朝まで待った方がいいのかと考えてしまう。
 「あなたを安全な場所に匿う事にしたのだが、夜が明けたら」
 今からでは駄目ですかと言われて自分を見る目と不安げな表情に、槇寿郎は迷いを振り切るように、ならば行こうと決めた。
 
 老婆は槇寿郎に、こちらへと部屋の奥へと案内した。
 「これをお持ちください」
 押し入れから取り出したのは刀は随分と古いものだと一目でわかった、使えるのかと問いかけると分かりませんと老婆は首を振った。
 「詳しくは私も、ただ、この刀は」
 話を聞いて、それでは役に立たないと言いかけたが、ないよりはましだと思い、槇寿郎は刀を腰に差すと外に出た。
 
 酒を飲んでいても、こんなにゆっくりとした足取りにはならないだろう。
 
 声をかけようとした槇寿郎だが、このとき、女の名前を知らない事に気づいた。
 「どうか、しましたか」
 足を止めた自分の隣で女も立ち止まる、名前を聞いていなかったと声をかけると、ああと声を漏らした女が花の名前を口にする、それは同じだ、名までと思わずにはいられなかった、あなたの名前を教えてくださいと言われて、素っ気なく答える。
 「俺は槇寿郎だ」
 
 一緒に歩いていると、昔、二人で夜道を歩いたことを思い出した、隣町で剣の修行をしていた自分を心配して迎えに来てくれたのだ、あのとき自分は男なのだと怒ってしまった、心配など無用と思った、言葉に出すことはしなかった、だが、気づいていたのかもしれない。
 灯りで足下を照らして先を歩く後ろ姿を、自分は見ているだけだった。
 なのに今はどうだろう、足下を照らして先立って歩いている、子供ではない、大人になった自分がだ。
 不意に女が立ち止まった、どうかしたのかと声をかけようとした瞬間、槇寿郎は気配を感じた、気づかなかった事に腹が立った、明らかに人ではない気配だ。
 
 「ミツケタぞ、見つけたゾ」
 「喰らうカ、いや、駄目ダ、殺スナ、血、肉ダ、だだ」
 「邪魔スルな」
 
 鬼だ、だが、その姿は普通の人間だ、鬼舞辻無惨の配下ではない別の鬼か、槇寿郎は思わず腰に手をかけた、抜けない刀でも殴り倒すぐらいはできるだろう。
 
 「女を置いていけ、お前には用がない」
 「その言葉を信じろと、どうせ俺も殺す気だろう」
 にたりと男が笑った、肯定も否定もしない、分かっているではないか、鬼とはそういう生き物だ。
 「女をどうする気だ」
 「答えると思うかい」
 槇寿郎は隣にいる女を見た。
 「待って、一緒に行きます、だから、この人は」
 だが、その言葉が終わらないうちに自分の背中に女の体を押しやった。
 
 渾身の力で飛びかかってくる一人の鬼を殴り倒した、だが、地面に倒れた鬼は素早く立ち上がった。
 動きが早い、それだけではない、他の鬼はじっと、自分を見ている、その目つきが気になる、まるで、自分の動きを見極めようとしているかのようだ。
 「槇寿郎さん、私、行きます」
 いいやと首を振った。
 「鬼には渡さない、あなたを鬼には、元柱である煉獄槇寿郎、この俺が許さない」
 あの人は鬼に殺された、今、二度と同じ事は繰り返すことは、駄目だ、それだけは絶対に。
 
 なんだ、この男、何故、刀を抜かない、槇寿郎という男の戦いは勝利など求めていないように思える、あがいているのか、たった一人では自分達には勝てないと。
 だが、雨がやんでいる地面がぬかるんでいては、だが、あの男は振り下ろした刀で鬼達を殴っている、不利な状況の筈だ、それなのに。
 
 そうか、本当にそうか。
 
 だ、誰かいる、指図をしていた鬼は首を動かし周りを見た、だが、姿は見えない、気のせい、いや、いる。
 存在を感じる。
 
 「南無阿弥陀仏」
 
 今度は、はっきりと男の声がした。
 
 


「アームストロング、姉と弟が、まさか、ブリックスへ」

2020-11-01 17:25:42 | 二次小説

名前を呼ばれて視線を向けると近づいてくるのは金髪の女性だ、ケーキを食べに来たのかと思ったが、相手は軍服姿だ。
 女はアームストロング・オリヴィエですと名乗ると自分はブリックス勤務ですので直接の面識はありませんが、偶然、お見かけしてと頭を下げた。
 「突然ですが、大佐からのお話、できれば了承して頂きたいと思っております」
 マルコーは不思議そうに相手を見た。
 「一週間前、こちらから正式にお伝えしたのですが」
 「な、何の事だね」
 すると女の眉間に皺が、いや、青筋が立った、すると、スキンヘッドの、これも軍服姿の大男が追いかけてきた。
 「姉上、いきなり、このような店に」
 「アレックス、こちらはドクター・マルコー殿だ、おまえも、ご挨拶を」
 自分達が視線を集め、注目されているのを感じながら、頭を下げる男はプライベートな時間を邪魔するのはと低い声で耳打ちした。
 「ドクター、あなたを正式に勤務医として迎えたい、ブリックスは過酷な土地ですが、あなたのような人材が是非とも必要なのです」
 「姉上、このような話をするのは」
 大男は焦る、だが、金髪女は動じる事もなくでと一礼をして去って行った。
 
 二人の軍人が去った後、マルコーは脱力した、まさか、ケーキを食べに来て、こんな話を聞かされる事になろうとは思わなかったからだ。
 「ブリックスって、ここから遠いんですか」
 軍人達が去るまで無言だった彼女が口を開いた、さっきまでケーキ全種類を食べますよと、にこにこと笑っていたのに、タイミングが悪すぎるとマルコーは思った。
 「診療所は、どうするんです」
 こんな話は即決で決められるものではない、しかも一週間前に話を通していると言われても青天の霹靂だ、大佐の元に話が届いていなかったのか、ただ、忙しくて忘れていただけだったのか、いや、あり得ない、どちらにしてもだ。
 とにかく、重苦しい空気をなんとかしなければとマルコーは思った。
 
 「この苺のケーキ、美味しそうじゃないか」
 半分に切った小さなケーキをフォークに突き刺すと、さあ食べなさいと女の口元に運んだ、恥ずかしいと気持ちはあっだが、この際、見ないふりだ。
 「キッシュとデザート、私が取ってこよう」
 
 
 何か、お勧めの本はあるかね、振り返ったラストは相手の声と顔を見て驚いた、どことなく元気のないマルコーの顔だ、そういえばどうして、ここに居るのと疑問を抱いたのも無理はない、イシュヴァールに帰ったと思っていたからだ。
 「色々とあってね、予定は未定というやつだ」
 もうすぐ終わるからお茶でも飲まないとラストは言葉をかけた、そして今に至るのだ。
 
 「それって引き抜きってことかしら」
 「私だって驚いている、まさか、あんな場所でブリックスの軍人に会うとは思わなかった」
 でしょうねと頷きながらラストはマルコーを見た、男の目の前には、この店でも人気の高い苺のケーキとリンゴのタルトタタンの皿があるのだが、手はつけられていない。
 「それで彼女は落ち込んでいるって訳ね」
 あー、いやと言葉を濁しながら、わずかに視線を逸らす相手の顔を見て、ラストはガクーッとなった。
 「もし、行く事になったとしても、今より給料も待遇もいいかもしれないわよ」
 そんな簡単に割り切れない、地元の患者の事もあると言われて確かにとラストは思った、ティム・マルコーは患者に対して親身になってくれる良い医者だ、地元の人間も彼がいなくなれば痛手だろう。
 「それで、あなたは困っているというわけね、ブリックスの人間って強引だから断れないと思っているんじゃない」
 「少将か、やり手という印象は受けた」
 このとき、ラストは思い出すような表情になった。
  「雪崩じゃないかしら、それで怪我人が増えたって事は」
 マルコーは、ここ数日の新聞記事を思い出した、だが、そんなニュースは聞いたことがないと首を振った。
 あそこは秘密主義だからとラストは笑ったが、一瞬、真面目な顔になった。
 「昔、ブリックスで実験が行われたらしいけど、ああ、石がらみではないのよ」
 
 宿に戻ったマルコーは自分を出迎えてくれたスカーの顔つきが、いつもと違う事に気づいた。
 何かあったのだろうかと尋ねるとブリックスに戻る事になったと言われて、またかと思ってしまった。
 「お前も一緒に来れないか」
 まさか、この男から言われるとは思わなかったとマルコーは顔をしかめた。
 「それは命令されてのことかね」
 今の自分は、はいそうですかと素直に頷くつもりはないとスカーを見ながらアームストロング少尉から言われたのかねと言葉を続けた。
 「一応、上司だからな、俺が首に縄をつけて引っ張ってでも連れて行くと言ったら」
 無茶苦茶だとマルコーは肩を竦めた。
 「とにかく、詳しく話を聞きたい、いきなりだよ、急すぎるとは思わないかね、少尉がこちらに来ているが、直接、言われたのかね」
 「それは知らなかった」
 ケーキバンキングでの事を話していなかったことに、このときマルコーは気づいた、そんな気分ではなかったのだ。
 
  ブリックスって遠いのか、年中、雪が積もっているって南極、北極、富士山なんかと比べたら寒そうだな、嫌だな、寒いの苦手だわ。
 床に寝転んだまま、スカーに言われたことを頭の中で反芻しつつ、本を開いたり閉じたりしているとドアが開いた。
 お帰りなさい先生と女は慌てて体を起こした、シーツにくるまったままの姿を見て、マルコーは思わず笑いたくなるのを堪えた。
 
 「先生、もしかして、ブリックスへ行くんですか」
 「な、何だね、急に」
 ついさっき、スカーさんに会いに来た人がいたんですと言われてマルコーは、そうなのかと頷いた。
 「もし、もしもだよ、行く事になったらどうするね」
 来なくてもいいといえば彼女はそうするだろう、だが、そうなったら自分の方が余計に心配をして落ち着かないのは目に見えている、側にいてくれる方が安心だと思ってしまう、まるで、なんとなくだが周りから、ブリックスに行けと仕向けられているようだ。
 「あちらにも看護師がいるだろう、だが、自分としては」
 マルコーは視線を向けると笑った。
 「君が居てくれる方が心強いよ」