goo blog サービス終了のお知らせ 

サザンVネットの ブログ です

熟年者ばかりのボランティア グループ 『サザンVネット』が
ホームページとは別に お知らせ・活動状況を載せています

20200928第92回泉北近郊ウォーキング<檜尾大橋~美多彌神社~光明池

2020-12-21 | 泉北近郊ウォーキング


 泉北高速鉄道又は泉北1号線を、栂・美木多から光明池に向かうと、真っ赤な大きな橋が目に入る。しかしこの橋を渡ったことが無かった。
 ある日、「須恵器の窯跡を巡るハイキング」で、この橋を渡った。立派な大きな橋だが、橋の両側の道は、幅の狭い道路で、車がすれ違うのが難しいくらいである。そんな道路になんでこんな立派な橋が出来たのか?
 泉北1号線と泉北高速鉄道の建設に当たり、檜尾の村を南北に分断することになり、南側にある墓地に行くのに困ると住民が反対運動をおこしたため、それを解決するために立派な橋を作ったという。
 泉北ニュータウンの住人は、誰でもこの赤い立派な橋は知っていると思うが、おそらく渡った人は少ないのではないか? そんなことで、泉北近郊ウォーキングで、この橋を渡るコースを計画した。

 
泉北高速鉄道光明池駅に集合し、駅にあった付近の地図を見ながら、参加者の新井さんから、檜尾の村が、泉北1号線で分断されたという説明を受け、いざ 出発




 新檜尾公園のメタセコイアをバックに、集合写真を撮る。ハス池には一凛のハスの花が残っていた。


新檜尾公園を出て、ニュータウン内を通り、檜尾の尾根に上がり、細い旧道を檜尾大橋に向かう。

   

 
 檜尾大橋からは、泉北ニュータウンが一望できる。PLの花火の時は、この橋に多くの人が集まるという。栂・美木多方面と、光明池方面の風景。

泉北1号線の南側にある立派な大きな墓を抜けて、美多彌神社に到着。
 
 美多彌神社は、流鏑馬とシリブカガシの森で知られている。2014年に720年ぶりに「流鏑馬祭り」が復活し、2018年3月に2回目の祭りが開催されている。⇒「美多彌神社神社流鏑馬」で検索できます。動画もあります。
 新井さんより、美多彌神社神社についての説明を聞く。

 
 南北朝時代の英雄として知られる大楠公(楠木正成)、楠木家の家紋「菊水の紋」を刻んだ狛犬があるとの事で探す。


「幸せなでいっちん」とシリブカガシのどんぐり

 
美多彌神社の駐車場に、「川柳文学碑」がある。
 この十三基の川柳文学碑は泉北ニュータウンの史跡である小谷城址に昭和五十九年より三度にわたり建立され、平成十八年 この美多彌神社の境内に移設されました。
 文学碑がこれほどまとまって一同に建立されたことは特筆すべきことであり作者は全員番傘川柳社同人で川柳文学に高い志を持って取り組まれた方々です。
 平成十八年 番傘川柳会』記


光明池緑地を、光明池大橋に向かう。


光明池大橋 この場所で手を打つと、「鳴き龍」の様に反響する。




 光明池大橋を和泉市側に渡り、市民体育館の方に行くと、円形劇場がある。付近の木陰で弁当を食べた後、円形劇場で、準備した多田先生と清原先生の伴奏で、「ミニうたごえ広場」を開催。コロナウイルス感染対策で、円形劇場の周りに並び、久しぶりにマスクを外して唄う。
「虫の声」「月の砂漠」「あざみの歌」「小さい秋見つけた」

※「うたごえ広場」
 「パンジョホール」で、月1回、多田先生のキーボードと、清原先生のフルートの演奏でみんなで唄う催しです。平均150名の参加者があり泉北の皆さんに楽しく歌っていただいています。残念ながらコロナウイルス感染対策で、現在は中止しています。再開時には、「泉北コミュニティ」にその旨掲載いたします。
 




第56回クリーン作戦のお知らせ

2020-11-09 | 行事
第56回クリーン作戦を、12月5日に開催します。
歩くことが出来れば、誰にでも出来るボランティア活動です。
皆さんの参加をお待ちしています。




第55回クリーン作戦 実施報告

2020-11-09 | 行事
「誇れる堺を創る会」から引き継いだ、クリーン作戦を10月3日に開催しました。


  

晴天に恵まれ、堺市南区役所から、光明池駅までの泉北1号線の清掃活動を実施しました。
参加いただいた方は、スタッフを含め50名でした。
コロナウィルス感染予防対策の為、マスク着用で実施しました。ご協力ありがとうございました。
リピーターの方が多いのですが、今回は数人新規参加いただきました。



  M.miki


第55回クリーン作戦の参加者募集

2020-09-10 | クリーン作戦
第55回クリーン作戦は、「誇れる堺を創る会」の解散に伴い、「サザンVネット」が開催します。
参加をお待ちしています。コロナウイルス対策上、「マスク」着用で参加願います。

YouTubeの動画管理について

2020-08-24 | お知らせ
従来サザンVネットの活動についての動画が、YouTubeに公開されていました。
 この度、検討の結果、個人のプライバシーに関して問題のある動画も散見されるため、「限定公開」に切り替えることになりました。
 会員以外で、お楽しみいただいていた方には誠に申し訳ありませんが、今後閲覧することが出来なくなりましたのでご了承ください。
 「限定公開」とは、当YouTubeの管理者から、動画のURLがメールで配信されない限りは閲覧できなくなるシステムです。YouTubeの検索もできません。
 限定公開の範囲は、サザンVネットの会員および、サザンVネットの行事(うたごえ広場、SAサロン、泉北近郊ウォーキングなど)に参加された方と致します。これらに参加されている方で、動画のURLの配信を希望される方は下記にお問い合わせください。 お問い合わせの際は、氏名、サザンVネットとの関係をご記入ください。

 問い合わせ先は下記
   サザンVネット Eメール:savn18@yahoo.co.jp


 

第91回泉北近郊ウォーキング<長居植物園>

2020-08-10 | 泉北近郊ウォーキング
 
コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除され、久しぶりのウォーキングを、全員マスク着用で開催。参加者18名。もしもの場合連絡が取れるように、電話番号入りの参加者名簿を作成。
 昨年は一心寺のジャカランダが素晴らしかったので、今年は長居公園のジャカランダ見学を計画。
 情報によると、大阪メトロ御堂筋線長居公園駅の1番出口付近にもジャカランダがあるとの事で、少し遠回りになるが1番出口から出る。出てすぐのところにジャカランダの樹はあったが、時期が少し早く高いところで咲き始めたばかりだった。(公園内の樹も同様で残念。見ごろは1週間先か?)


  ペチュニアの寄せ植え

 西口広場、自由広場を通り、長居植物園に向かう。入り口にはスカシユリが見事に咲いていた。
 

 アジサイの花を浮かべた器が涼し気

大花壇で集合写真を撮った後、植物園内は自由行動とした。
まずはバラ園に向かう。
 

 

 トランペッター

バラ園のところどころに、テッセンの花
   

ヘメロカリス園の木陰のベンチでお弁当。ヘメロカリス園には、アモン・アス、スカーレット、クレストウッド・ゴールド、ユウスゲなどが咲いていた。
 
     アモン・アス
 
     スカーレット
 
     クレストウッド・ゴールド
 ユウスゲ

”花いっぱいゃさかい”での活動地「ビックリパーク」に、ニッコウキスゲと聞いていた花があり、ちょっと違うのではと思っていたのは、ヘメロカリスの1種と確信した。スッキリ!。
ビックリパークのヘメロカリス(色は違うが、アモン・アスにそっくり)
 

 因みに、ヘメロカリスとは、日本や中国原産のユウスゲ、ニッコウキスゲやカンゾウ(ノカンゾウ、ヤブカンゾウなど)を基として、欧米で品種改良して生まれたもので、別名「デイリリー」と言われ、ひとつひとつの花の命は短く1日でしぼんでしまう。たくさんのつぼみを付けるので、次々と開花するので長く楽しめる。

昼食の後はダリア園へ
 

 

 

 

 スカシユリ

ちょっと珍しいアジサイ 「イワガラミ」に出会う
 



大池の周りを巡り、ハナショウブ園に。
 

 



池には珍しい黄色いスイレンの花がいっぱい咲いていた。
 

ラクウショウの通り 木陰が涼しい
 

大池
 


第90回泉北近郊ウォーキング<三原台のコブシと高倉寺>

2020-04-03 | 泉北近郊ウォーキング


 2020年3月19日 新型コロナウイルス感染拡大で、会合やボランティア活動の自粛が続き、気分が滅入りストレスが溜まる中、屋外での活動、参加者が完全に把握できることで、マスク着用で、ウォーキングを決行する。
 参加人数は、19名と普段と変わりが無い。「自粛、自粛で行くところがなく、ストレスが溜まる中、よう決行してくれたと」お褒めの言葉。



泉北泉ヶ丘駅北側の、郵便局前に集合して、彼岸桜を眺めながら、竹原大橋に向かう。

 

 

 

 竹原大橋を渡ると、ピンクがかった色のコブシが咲いていた。 近大病院の移転が決まり、撤去が始まっている泉ヶ丘プール方面にも、コブシの樹がある。

  

 泉北ニュータウンの他の地域と同じように、三原台の街路樹も、サワグルミとニワウルシが植えられていて、毎年強剪定が繰り返され、見苦しい状況が長く続いた。自治会がしっかりしていたのか、いち早く、コブシに植え替えられ、春先には真っ白な花を咲かせるようになった。

 東大谷高校の前を通り、泉北北線に向かう。 マンション群で朝日が当たらないところは、まだつぼみの状態であった
 

 泉北高速鉄道沿いのこの地区は、企業の社宅と、若者の単身者向けのヤングタウンがあったところで、企業の撤退した跡地に次々と民間のマンションが建ち、老齢化による子供たちの減少が著しい泉北ニュータウンの中では、まだ子供たちの多い地域である。
 泉北高速鉄道沿いには、ハナズオウが植栽された。19日の時点では、まだつぼみが固い状態であったが、3月末には、濃いピンクの花をつけ、早く咲いたサクラ、コブシ、ハナズオウが楽しめた。

  
 泉ヶ丘プールの西側の遊歩道には、ハクモクレンとコブシの花が、満開であった。

 泉北北線の北側の土手に、ビックリパークという公園?がある。<中区田園>堺市は公園として認めていないので、正式には、泉北北線の法面扱いである)
 いつ頃からか、社会福祉法人 きぼうの会が大阪府のアドプト・ロード(政令都市になってからは、堺市に移管)に申請して施設に通う障がい者たちの活動地となり、花壇つくり、清掃活動が行われるようになり、サクラの樹もたくさん植えられ、道路も整備された。泉北北線からは、見えにくく気づかない人も多かったが、サクラの樹も大きくなり、今年はよく見えるようになった。
 

 堺市公園協会と協働で、堺を花いっぱいの街”にと活動する、花いっぱいゃさかい”のメンバー3人がここで一緒に活動している。田園地区で昔からここで活動している人もいる。
 

このブログを上げるころには、ヤマブキの花が咲いています。一度散策に来てください。

 泉北北線から、岸池の東側の通りが、コブシ通りと呼んでいる通りである。

 

 

三原台地域会館前を過ぎ、泉ヶ丘緑道に入り、高倉公園に向かう。
  

 

高倉公園を過ぎ、しばらく行くとコンクリートで作られた、モニュメント(名前が無い?)があり、そこで弁当を食べ、恒例の歌を唄う。 写真のアップは控えたが、散歩に来ていた親子が参加して一緒に唄ってくれた。


 

 モニュメントから、緑道を西に歩き、休村を抜け高倉寺に向かう。村の軒には、プランターに植えたサクラソウが満開であった。

 

 高倉寺へ上る階段の左手に、宝積院(ほうしゃくいん)があり、本堂の裏に、織田信長による焼き討ち後、豊臣秀吉の命で造園されたと伝わる小堀遠州による「亀」の庭園と茶室「寶聚庵」(ほうじゅあん)があります。茶室は、豊臣秀吉により「寶積院」と「聚楽第」の頭文字をとって「寶聚庵」と命名されたと伝わっています。住職のお話によると、根来衆との戦いの際に豊臣秀吉がここを本陣とした際に、茶室を築いたとの事でした。

 
        宝積院               寶聚庵

 高倉寺は、真言宗高野山金剛峯寺真末一等格院で、慶雲2年(705)に行基により生家「家原寺」に次いで「行基開創49院」の第一番目「大須惠院」として建立されました。

 寺号の「須惠」は、須惠器の「陶(すえ)」に由来するもので、704年鎮護国家を祈る山林苦修練行と仏教学の研究にあけくれる官寺の修業を断念し37歳にして生家(河内国大鳥郡蜂田郷家原村)に帰った行基を郷里の人々は偉大な修行者として迎え、人々に請われて須惠器生産の斜陽化しつつある大村里(現堺市高倉台)の再興を期して「聚落の仏教」の実践を目指し名づけられたと伝えられています。

 810年、弘法大師が参来され密教の潅頂(頭頂に水を灌ぎ正統な継承者とする為の儀式)の道場を構え、大日如来の尊像を彫り宝塔を建立してこれを安置されました。

 平安末期には、当寺に御行された第80代高倉天皇(1168~1179)から多くの朱印地と「高倉山天皇院」の山号と寺号を賜りました (行基開創49院」第一番「高倉寺」に伝わる伝承より抜粋)

 
                            金堂

 
        御影堂     

高倉寺を出て、パンジョ付近のエドヒガンザクラを目指す。
 
                            紫モクレン

 
             パンジョ付近のエドヒガンサクラ

最期に、1週間後の泉ヶ丘駅北側のヒガンザクラと、三原台のコブシの画像は下記です。
 

     M.miki




  




 
  

2月26日SAサロン開催しました

2020-03-10 | S A サ ロ ン
2月26日(水) ビッグ・アイにて2020年2月のSAサロンを開催しました。
今回は、世良田 順子さん(幸せ呼吸レッスン)を迎えて、「私のために、生きる幸せ呼吸法」について、説明とレッスンを受けた。



 コロナウイルス感染予防のため、サザンVネットでも、うたごえ広場など不特定で100名を超えるイベントは中止するなか、参加者を特定できるとの考えで、開催しました。参加者は24名。

 健康で幸せに生きるためには、丹田(下腹部の臍の下あたり)を意識してする、腹式呼吸が大切であること。
 腹式呼吸をすることによって、腸の働きが活発になり、栄養分の吸収力が増す。
 赤ちゃんは生まれた時から、腹式呼吸をしているが、いつの間にか胸(肺)呼吸になってしまっている。
 座ったまま、丹田に手を当て、丹田を意識しながら、息をゆっくりと吐き切ることで、自然に腹式呼吸が出来るとの説明を受けながら、実践。

 体温が下がると、免疫力が落ちると言われていて、体温を上げるために、誰でも出来る体操をと、「手首ぶらぶら体操」「かかとトントン体操」を、流暢で軽快なトークに引っ張られながら、それぞれ10分~15分。 血流が良くなり、手が温かくなってくる。
 

これを、毎日5分間でも、テレビを見ながらでも続けると、体温がだんだん上がって、健康を保つことが出来るとの教え。

後日、新型コロナウイルスに関する、免疫学からの話で、体温が下がると血流が悪くなることで、免疫力が落ちるので、体温を高く保つことが必要。食べ物も大切だが、熱めのお風呂に入ること(できれば、冷水を浴びてまた湯船につかるを繰り返す)、運動(ストレッチなど)で筋肉を使うことが良い。と話されていた。


 

第89回泉北近郊ウォーキング<和泉リサイクル環境公園>

2020-03-10 | 泉北近郊ウォーキング




 2月21日(金)晴天と春を思わせるような温かさに恵まれ、和泉リサイクル環境公園の、梅林と菜の花畑を目指してウォーキングを実施しました。
 参加者17名。泉北高速鉄道和泉中央駅に集合し、南海バスで、納花(のうけ)まで乗車し、徒歩で和泉リサイクル公園へ向かう。このウォーキングを始めたころは、光明池駅や、和泉中央駅から往復したものだが、10年を過ぎ、高齢化が進み、今回は一部バスを利用するようになった。
 もともと、長距離歩くことより、ワイワイおしゃべりしながら、道々の草花や景色を楽しみながらゆっくり歩くことを目的としたウォーキングですので、年齢とともに歩く距離が短くなっても参加者が減ることもありません。




駐車場から入り、幅の広いゆったりとした木の階段を上ります。木の階段は疲れを感じないのが不思議ですね。


階段を登ると右手に日本庭園があります。


   
(クリックで拡大表示)


日本庭園の一番奥に、スンジョボさんと親しまれる、俊乗坊重源(しゅんじょうぼう ちょうげん)を祀る重源堂があり、そこから、和泉平野が一望できる。参加メンバーの新井さんから、説明を聞く。



 谷山池は重源の築造と伝えられているが、造成はもっと古く、古代(9~10世紀)と思われ、以後何回も改修・拡張が続けられた。
 
 鎌倉時代に行われた、改修・拡張工事に、俊乗坊重源が寄与したことで、スンジョボさんとして、池の中の島に御影堂を作って祀られ、現在はこの和泉リサイクル環境公園の谷山池を見下ろせる高台に重源堂として移設されている。

 納花バス停の近くに鍛冶屋町(讃岐田集落)というのがあるが、以前讃岐国が水飢饉で困っているとき、重源が米やお金を与えたことに感謝して、この工事に大勢の人を送り、その中に工事用の道具を作る鍛冶職人もいて、完成後も池の周辺に定着したことによる。

 谷山池の水は、槇尾川に落とし、池田下町から府中までの池田谷平野を灌漑されてきたが、谷山池周辺の納花村では、下草や樹木は、肥料や牛の飼料として利用しているので、開墾した土が池に流れ込み、池の貯水量が減少するため、谷山池郷と納花村との間で大論争になった。

 納花村の名前の由来は、当地に槇尾山「施福寺」の花畑があったことからその名がある。

 (クリックで拡大)左後ろが重源堂

 日本庭園を出て、菜の花畑に向かう。
 天気が良く、暖かくぽかぽか陽気で、今日は人手が多い。何度も訪れているが、グラウンドが臨時駐車場として使われ、ここも満車の状態であった。
 昨年まで早生の菜の花が植えられていたが、梅の時期には花が終わってしまうので、今年は晩生の菜の花に変えたとのことでした。



 枝垂れ梅は満開。水仙も少し残っていた。




   
(クリックで拡大表示)




 梅林の中のベンチは満席、梅林下のベンチで、弁当。


 食後は、恒例の歌を唄う。 かあさんの歌 春よ来い どこかで春が 早春賦


 事務所のそばに、黄色い梅が! 「黄梅(おうばい)」と言う、キク類モクセイ科ソケイ属(ジャスミン属)の半つる性低木で、中国名は「迎春花(げいしゅんか)」


 和泉リサイクル環境公園を出て、納花バス停までウォーキング。バス停で一次解散し、歩ける人は、泉中央駅に向かう。
 南池田小学校から、左に折れ、鍛冶屋町を通り、和泉中央駅への大通り(和泉中央線)に出る。

 和泉中央線沿いにある、「石尾のお大師さん」で知られる、石尾山弘法寺に立ち寄る。
渡邊公雄(こうゆう)大僧正に、由来と裏山には、一巡すると二時間を要する、ミニ四国八十八か所霊場があったが、ニュータウン開発時に要請されて土地を提供し、現在はこじんまりと集約されたとの話をお聞きした。
 
                          修行大師像と本堂

   門前でお迎えする、「子ぼんさん」
    

   阿形と吽形
    

   真言宗で大切にする十三の仏様が刻まれた、石碑とマニ車


  (クリックで拡大表示)

   地蔵菩薩(ボケ除け地蔵)
   (クリックで拡大表示)


   本堂裏のおがみ山の頂上に、万民の幸せと健やかな暮らしを願って、白衣観音が街を見下ろされている。
 







第88回泉北近郊ウォーキング<福徳寺:柴燈大護摩法要>

2020-02-16 | 泉北近郊ウォーキング


 2020年1月19日 泉北泉ヶ丘のいずみがおか広場に集合し(参加者18名)、恒例になった「福徳寺の柴燈大護摩法要(さいとうおおごまほうよう)」へ無病息災の祈願に向かう。




 花のボランティア ”花いっぱいゃさかい” 南グループが、昨年秋から「花飾り」を始めた、「堺市泉北急病診療センター」の花壇に立ち寄る。まだビオラが咲き始めたばかりだが、温かくなれば、ナデシコ、キンギョソウ、リナリア、カンパニュラ、ゴデチャなどが咲き、訪れる人の心を癒してくれるものと楽しみにしている。


 泉ヶ丘緑道を、竹城台センターから西に歩き、竹城台4丁交差点で、参加者の新井和弘さんから、「小谷城址」についての説明を受け、更に西に下って、福徳寺に向かう。


福徳寺に着くと、熱いお茶と、ぜんざいを戴き、しばらくすると神事が始まります。
(11時から始まり、一般参加者の火渡りが終了するまで、約2時間)


(クリックで拡大)





(クリックで拡大)

行者さんの火渡りの後、地域の役員さん、そして一般参加者の火渡りが始まります。ウォーキングに参加者も、無病息災を祈願して火渡りをしました。






 福徳寺を出て、荒山公園に向かってウォーキングし、多治速比売神社への階段を上り、宮司さんにお借りした部屋で、ワイワイとお弁当。
恒例の歌を唄って、多治速比売神社にお参り。境内では、とんどが行われていた。
神社から、泉ヶ丘緑道をウォーキングしながら泉ヶ丘駅まで帰り、解散。
 泉北ニュータウンは、3つの丘陵に開け、それぞれ泉北高速鉄道の駅があります。各地域には、大きな公園が数多く配置され、駅から公園、公園から公園が素晴らしい緑道で結ばれています。








令和2年1月 年の初めは「新舞踊で!」(SAサロン)

2020-02-16 | S A サ ロ ン


 2020年1月15日 新年を迎え、「さつき会」の皆さんにお越し願い、「若菜流新舞踊」をご披露いただきました。

                              (クリックで拡大)
会員出席者27名。「さつき会」から、家元 大野恵子さんをはじめ7名の方々の艶やかな着物姿に魅了されながら、井上栄子さんの司会で幕が開きました。
         
                           
 
               大慶(よろこび)の舞

          
                掌(てのひら)

 
                 さんさ恋しぐれ

 
                  花の生涯

      
                 花一凛

 
                  黒田節

   
                  愛のままで

 
                 長良川艶歌

       
                宇奈月の雨

皆さん全員に会員も交じり、炭坑節を、賑やかに手拍子も入り踊ってお開き。


 

 この後、会員間の連絡と、パソコンでインターネット勉強会、うたごえ班のミーティングが行われました。


 







第87回泉北近郊ウォーキング<弘川寺>

2020-02-14 | 泉北近郊ウォーキング

2019年11月21日 西行法師の終焉の地として有名な、富田林の弘川寺へ、紅葉を求めてウォーキングを実施しました。



 泉北高速鉄道泉ヶ丘駅から南海バスで南海高野線金剛駅へ、ここで他所からの参加者と合流し、河内長野駅経由近鉄南大阪線富田林駅へ出て、更に金剛バスに乗車して、東加納駅で下車。山並みと田園風景を楽しみながら弘川寺に向かう。

 階段を利用して綺麗に花飾りをしている、光延寺という、お寺がある。上の紫の花は、ノボタン。
 
    (クリックで拡大)
 
          野辺に咲く、エンジェル・トランペット

老人ホーム菊水園の裏の小川の畔に、真っ赤に熟したカラスウリの実が成っていた。カラスウリの種は、打ち出の小槌のような形をしていて、財布の中に入れておくとお金がたまるとか!
   (クリックで拡大)
自然の景色を楽しみながらしばらく歩く。地元の人から「そっち側を歩くと、スズメバチの巣があるから危ないよ!」と声を掛けられる。少し行って左折すると弘川寺に到着。
 
    (クリックで拡大)
素晴らしい紅葉をクリックで拡大表示してご覧ください。
   

本堂の周りで、お弁当。そして恒例の歌を唄う。今回は、多田、清原両先生は不参加。浅倉さんの指揮で。伴奏は事前に吹き込んだ両先生のキーボードとフルート。
 
 



食後は、山を少し登り、西行堂と西行墳を見学。参加された新井さんの説明を受ける。


  (西行墳 クリックで拡大)

 西行法師終焉の地として知られる弘川寺は、役行者の開祖でその自作と言われる薬師如来を本尊として、行基や空海もここで修行したと伝えられています。
 西行法師(1118年~1190年)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての人で、武士であり、僧侶、歌人でもありました。出家後は心の赴くまま諸所に草庵を営み、諸国を巡る漂泊の旅に出て、多くの和歌を残しました。 
「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」
 似雲法師は、西行の墓をこの寺に尋ね当て、当山にに庵を結んで、西行堂を建立。自らもここに没しました。

 そのあと、弘川寺本坊・西行記念館へ。本坊と西行記念館は繋がった敷地内にあり、庭園と紅葉は素晴らしかった。庭園には、樹齢350年と言われ、天然記念物の「海堂」というバラ科の樹があるが、残念ながら花の時期ではなく見ることが出来なかった。
 



   

  (クリックで拡売表示)

 

 

  

帰路は、河内小学校前まで歩き、バスで富田林に出る。
富田林駅からのバスの便は、1時間に1本しかないので注意。弘川寺行きのバスと、河内小学校まえのバス、または路線が違うが、うまく利用すれば、さほど歩くことなく行くことが出来ます。
我々は、ウォーキングが主体なので、さらに別路線の東加納で下車して歩くことを選択した。
 



第86回泉北近郊ウォーキング<藤原宮跡・本薬師寺跡>

2020-02-08 | 泉北近郊ウォーキング

令和元年10月9日藤原京跡のコスモス畑と本薬師寺跡のホテイアオイ鑑賞ウォーキングを実施した。

 泉北高速鉄道泉ヶ丘駅と、JR新今宮駅の二つの集合駅 合わせて、総勢19名が、鶴橋で近鉄線に乗り換え、大和八木へ向かう。

 まずは大和八木駅近くにある、橿原市役所分庁舎ミグランスの10階展望台で、大和平野を一望する。
東側に耳成山、南東側に香具山、そして南には畝傍山が見える。西側には更に、金剛山、葛城山、二上山を望むことが出来る。

  市庁舎分室1階に展示されていた           耳成山

        香具山                 畝傍山



 古代の街道「横大路(伊勢街道)」を歩き、「中街道(下ツ道)」との交差点にある、「八木札ノ辻交流館」で熱いお茶のふるまいを受け、その由来説明、更に2階の部屋を案内してもらった。
 江戸時代には豪勢な旅籠が立ち並ぶ宿場町として栄え、旧旅籠「東の平田家」の建物で、交流館として再生されたものとのこと。1階は接客及び主人の居間と中庭があり、2階は宿泊施設で、各部屋の欄間には、両側の部屋から見ると、それぞれ違う彫り物が施されている立派なもので、いろいろ説明を受けることが出来た。









 6角形の井戸は半分になってしまったが、現在も残っている。上を見上げると、素晴らしい鬼瓦が並んでいる。



 交流館を出て、中ツ道を南に歩き、「おふさ観音」に向かう。

                          櫻井線畝傍駅

(クリックで拡大表示)
                          橿原市立晩成小学校
 おふさ観音は、高野山真言宗の寺院の通称名で、正式名称は十無量山観音寺。イングリッシュローズが境内に所狭しとあふれる「花まんだらの寺として知られ、耳成山と畝傍山のほぼ中央に位置する。





寺の奥に進むと、「円空庭 茶房おふさ」という看板があり、更に進むと、素晴らしい庭園が待っていた。喫茶は平日は休みらしい。(クリックすると拡大表示)
   

池の畔にシュウメイギクが咲いていた

 おふさ観音を東に、藤原宮跡に歩く。藤原宮跡と駐車場の間の木陰で弁当を食べ、南側の「藤原宮 大極殿院閤門跡列柱で、記念写真を撮り、フルートの清原先生の指揮で合唱する。




  橿原市藤原京資料館で休憩し、コスモス畑に向かう。
(クリックすると拡大表示)


   
                (クリックで拡大表示)

広大なコスモス畑を満喫し、本薬師寺へ向かう。 そこには、うねび北小学校2年生が植えたと言う一面の「ホテイアオイ」が待っていた。


 


  
  (クリックで拡大表示)

近鉄畝傍御陵前駅に出て、帰路は、橿原神宮前経由で、阿部野橋駅に向かう。

 



















令和元年度堺市功績者(民生功績)を受賞

2019-09-01 | お知らせ
令和元年7月26日、フェニーチェ堺で開催された、堺市市政130周年記念、
第131回堺市役所開庁記念式典において、「令和元年度堺市功績者(民生功績)表彰を受賞しました。
会員の皆さんと共に13年間「シニアによるシニアのためのボランティア団体」として歩んできた賜物であります。
発足当初から活動されてきた諸先輩の皆さんおよび現会員の皆さんの、長年にわたる活躍のおかげです。
共に喜びを分かち合いましょう。





なお、当会の会員および会員が活動する団体が表彰されていますので、ご紹介します。
堺市特別功績者 国際交流功績 日本語クラブ泉ヶ丘・虹
堺市功績者(民生功績)    東百舌鳥ITクラブ
               土木面白クラブ 堺(会員OB)
堺市善行者 南区       岡本 潔さん

皆さん、誠におめでとうございます。



第84回泉北近郊ウォーキング<一心寺のジャカランダと天王寺界隈>

2019-08-14 | 泉北近郊ウォーキング


2019年6月12日、当ウォーキングで度々話題に上がるジャカランダの花を見に行こう!と、一心寺と天王寺界隈のウォーキングを実施した。
行程は、天王寺駅 ⇒ 四天王寺 ⇒ 一心寺 ⇒ 茶臼山 ⇒ 慶沢園 ⇒ 芝天広場 ⇒ 天王寺
歩く距離は、2.6kmと少ないので、歩くのは苦手とする人の参加もあり、参加者は35名となる。参加者の中に、天王寺界隈に詳しい人がいて、説明を聞きながら楽しくウォーキング。

 
      谷の清水井戸          清水井戸地蔵尊

天王寺駅から玉造筋を東に行き、四天王寺南大門へ出る通りを左折して北に少し行くと、谷の清水<たにのきよみず>(清水井戸地蔵尊)がある。
安政年間(1854~60年)に編纂された『摂津名所図会大成』には「谷清水 庚申堂の南一丁許にあり。清泉にして甘味なり。四天王寺名水の其一なりと云」とあり、地蔵堂があり、江戸時代から名水として親しまれてきたという。

 

少し歩くと、四天王寺庚申堂の赤い門が見えてきた。日本最初の庚申尊出現の地とされている。さらに北へ向かうと、四天王寺の南大門が見えてきた。

 

南大門を入ると、正面に中門が見える。中門(仁王門)の左右には金剛力士像が祭られている。上に見えるのは五重塔の相輪。
仁王門、五重塔、金堂、講堂が一直線に並び、周りを回廊で囲む伽藍配置(四天王寺式伽藍配置)となっている。

          

         
             左右に配置された、金剛力士

  太子引導鍾堂

 

聖霊院 虎ノ門前(太子殿の入口の門のあたり)に野沢菜原種旅の起点という記念碑がある。野沢菜は、1756(宝暦6)年に健命寺(野沢温泉村)の住職が修行先の大阪から持ち帰った天王寺蕪の種を寺で育てたのが起源と伝えられている。高冷地のためカブの部分が大きくならず葉だけが育ったのが野沢菜である。
天王寺蕪は、なにわの伝統野菜の普及活動をしている、楽畑(堺市中区)で、1年間農業体験をしたので知っていたが、そのときに野沢菜の起源と教わったかもしれないが、認識していなかった。

次に向かったのは、宝物館入り口前にある、大阪府有形文化財に指定されている、天王寺の石槽。2メートルくらいの花崗岩の1枚岩をくりぬいたものです。

 

右が亀井堂。石彫の亀から水が流れ出し、お盆、お彼岸などには各お堂で供養された故人の名前が書かれた経木(キヨウギ)流しに使われています。今日もその行事が厳粛に執り行われていて、撮影禁止。亀から流れ出た水を受けている石槽が、先ほど見た石槽によく似ているように思ったが、思い違いかな?

 
       大寺池と六時堂               石舞台
六時堂は文化8年(1811)建立の重要文化財で、ここには、薬師如来が安置され昼夜六回の礼讃が行われたのが名の由来。
その前の大寺池は、かっては蓮の花、今は亀が多いが、石橋がかかっていてその上に石舞台がくまれている。石舞台は江戸初期元和九年(一六二三)の造営で重要文化財。ここで修正会・精霊会がおこなわれる。
精霊会(しょうりょうえ)
聖徳太子を救世観音として供養する法会で、忌日(2月22日、現在は4月22日)な行われる。金堂の仏舎利と精霊院の太子像を六時堂まで巡行させ、堂の前の石舞台で舞楽・管弦が奉納される。

   
      亀がいっぱい              太鼓楼
 
     北引導鍾堂               西大門
西大門は別名「極楽門」と呼ばれている。浄土信仰では、西に極楽があるとされていて、西大門から極楽浄土に通じると考えられ特別視されている。


               金堂       五重塔
                   西重門
 弘法大師の像

四天王寺の西にある、一心寺に向かいます。
    
一風変わった、山門と仁王像に驚かされます。門の扉には、彫刻が施されていました。


 

   
        開山堂                念仏堂

伽藍が並ぶ奥に、見上げるような大きなジャカランダの木があり、説明書きがある。
 クリックで拡大

この木は高すぎて、肉眼では花がよく見えない。振り返って左手に本多忠朝の墓があり、ここのジャカランダは背が低くて素晴らしい花をつけていた。
「酒封じの神」としての忠朝
酒封じ祈願 本多出雲守忠朝(ほんだいずものかみただとも)の墓(案内板文面)
本多出雲守忠朝は徳川家康公四天王の一人といわれた本多忠勝の第ニ子で、関ヶ原の合戦に武功をあげ大多喜五万石に封ぜられていたが酒を過したため大坂夏の陣(1615)において戦死した。死に臨んで深く酒弊を悔い将来酒のために身を誤るものを助けんと誓って瞑目したと伝えられる。
爾来、酒封じの神として酒に苦しむ当人や家族の多数参拝するところとなり酒弊の除滅に信を得ている。
墓碑周辺の杓文字(しゃもじ)は参拝者による断酒祈願 墓碑は元和2年(1616)に建立されたものである。
 
次の写真はクリックで拡大

   

 クリックして拡大表示

   
東日本大震災の慰霊の少女像があった。 

一心寺で思う存分ジャカランダの花を楽しみ、茶臼山に向かう。
大阪冬の陣では茶臼山一帯が徳川家康の本陣となり、大阪夏の陣では真田幸村の本陣となって「茶臼山の戦い」の舞台となった。
 

合戦の陣取り図がある
茶臼山の南側に河底池があり、慶沢園に通じる真っ赤な橋が架かっている。




橋を渡り、少し上がったところに、慶沢園の北門がある。
慶沢園は、純日本風の池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園で、大正15年(1926)、江戸時代からの大阪の豪商・住友家15代吉左衛門(号は春翠)から大阪市へ、本邸とともに寄贈されたもの。中島を浮かべた大池を中心に、三方に築山を築き変化に富んだ地形をつくり出している。周辺には園路や飛石、橋をめぐらせ、茶室や四阿(あずまや)が配されている。

 

  

 

   

  

 

 



 

当会開催のうたごえ広場のフルートの先生の指揮で唄う。 芝天広場近くにあったブロンズ像。(いのちいきいきと銘板に)
天王寺で一次解散したあと、阪堺線の低床車両(堺トラム)に乗る予定だったが、2時間に1本とかで、残念ながら従来のチンチン電車で大小路まで。(65歳以上100円)大小路から堺東まで歩き、堺東から南海バスで泉北高速泉ヶ丘駅まで帰る。(65歳以上100円)堺市民で65歳以上は、200円で天王寺から泉ヶ丘まで移動できる。時間の余裕のある方はどうぞ!