「岡崎正義のかわら版」

スピリチュアルカウンセラー「岡崎正義」が、日々感じるこの世の事象を綴っていきます。

家庭環境における「負の連鎖」。・・・それを断ち切る勇気が「魂の修行」に繋がる

2013年12月07日 13時14分55秒 | 親子関係について


 こんにちは、スピリチュアル占師スピンクルです。
せわしなく世間が変化を加速しているこの時期、私もブログの更新スピードを若干上げてみました。(笑)
この調子で持続出来たら良いのですが。(笑)

 さて今回は、時々お会いする友人との「世間話」でクローズアップされた、「家庭環境」について取り上げたいと思います。

 子供の学校PTAなどでちょくちょく話し合われるテーマ、「家庭環境による子供の非行について」。
夜遅くまで近隣のスーパーやゲームセンターにたむろする、いわゆる「不良」と呼ばれている子供たち。

 その子供たちをどうにか更生したいと、お父さんたちを中心に「夜間パトロール」や「街頭指導」が月に1~2回実施されているのですが、
いつも、実施後の懇談会で持ち上がってくる内容が、「いつも同じ顔触れ」、「あそこの家庭は環境が悪い」、「親も同様に素行が悪い」等なのです。

 PTAのお父さんたちも、必死に子供たちをどうにかしたいと考えている傍らで、半分「あきらめムード」が漂っているんです。
何度指導しても、その家庭の環境に問題があるため、深夜になると家を抜け出し警察に補導され、問題が解決しない。

 もう、「いたちごっこ」状態の現状で、心のどこかでこう思っている可能性があるんです。

 ・ああいう家庭だから仕方がない。
 ・どうせ、あの子も大人になったら、親同様に子供をないがしろにするんだろう。
 ・あの親にして、この子あり。
 ・他人がどうこう言ったって、変わるわけがない。
 ・負の連鎖は続く・・。
 ・あの家庭に生まれてきた子供の「運」が悪かった・・。

 一般的に見れば、確かにそういった印象も否定できません。
ちゃんと両親が揃った家庭に生まれていれば、夜も一家団らんで過ごしていたかもしれない。
母親が夜働きに行く事もなかったかもしれない。
子供がさびしい思いをして、「仲間」を求める事もなかったかもしれない。

 温かい家庭を知らずに育った子供たちが、実際に同様の家庭を築く事も否定はできません。
親が離婚したら、子供も「離婚率」が高まる。そういう発表をした学者もいます。

 では、これをスピリチュアル的に捉えたら、どうなるか。
まさに、タイトルにあるように、生まれてきた子供たちにとっての「魂の修行」こそが、「負の連鎖」を断ち切る事なのです。

 何度となくブログで触れてきた「魂の修行」。
生まれてくる魂は、「親を選んで」降りてきます。 当然、生活環境や親の性格、状況も理解した上で、「子供」として修行を開始するわけです。

 その時、降りてくる前の「課題設定」はどうなっているのでしょうか?

 私が、過去に問題行動を起こしていたある子供の魂を、実際に「覗いた」時の事を述べていきたいと思います。


 「優柔不断で、周りに影響された前世」

 その子の前世は、今世とは全く違った「恵まれた環境」で生を受けました。
何不自由なく過ごした幼年期。家庭教師も付く位に充実した「教育環境」。今で言う「一流校」に進学したその魂。
社会に出てからも変わらず、親の働きがあったのか、「一流企業」に就職したのです。

 24~5歳頃に結婚し、子供も3人授かりました。 家庭を持った後も、実家からのバックアップもあり、その子供たちも素晴らしい環境で
育て上げたようです。 まるで今とは「正反対」の人生でした。

 しかし、その魂が臨終の間際に、「自分の人生」を振り返った時に、生涯を通じて感じていた気持ちを出してきたのです。

 「私は、愛情をたっぷりと注いでくれた両親のおかげで、不自由のない人生だった。一般からすると恵まれた環境で、時に羨ましがられた。
子供・孫にも恵まれ、経済的にも困らなかった。

 しかし・・・、振り返ってみると、人生の節目に誰かがいて、その人の「意見」に頼るあまり、自分の意見を尊重できない事が多々あった。
学校へ進学する時も、親友と同じ学校へ行きたいのに、親の意見で変えてしまった。就職した時も違う職種に興味あったのに、結局畑違いになったのも
最後は「当時の人気職種」。

 結婚してからも、妻の意見に押し切られ、子供たちとの関わりも、「威厳のある父親」を演じ続けた。
本当は、実家のような固い関係ではなく、「笑いの絶えない家庭」を作りたかったのに・・・。

 人生の終盤でもそうだった。 肩書きがあるあまり「取り巻き」からは、「それなりの風格」を求められ、それに従った。
先程でもそうだ・・。人生の終わりくらい、共に過ごした「家族」に見守られ旅立ちたかったのに、こんな部屋に隔離されて、最後を迎える・・。

 なぜ言えなかったんだろう・・。

 「私の意見はこうだ!」と。

 あまりにも周りに影響されて過ごした人生だった。 その一因には「そうしなくても何とかなる環境・状況」があったかもしれない。
なら、次の人生は「自分が主体性を持って過ごさないと、たちまち苦境に立たされるような環境」に身を置いてみよう!

 環境がどうあれ、「自分」というものを持って、その状況を乗り越えてみよう! 次のテーマが決まった・・・! 」
という感じでした。

 
 その子の『修行テーマ』は、「負の連鎖を断ち切る」

 そのような前世を過ごしたこの子は、設定した通りに親を選定し、「シングル家庭で、『負の連鎖」を持っている家庭」に降りてきました。
学びのテーマとしては、「レベル3」というところでしょうか。

 もともと流されやすい「命のクセ」を持っている魂が、あえて「流されるのが必然のような家庭」に来たのですから、それは「台風の中にバイクで出掛ける」
「禁煙した人が、「喫煙室」で過ごす。」みたいなものです。 これはきつい設定です。

 その子から出てくる言葉が、修行の難しさを物語っています。

 ・「だって、友達が誘いに来るから、遊んでいる。だから、友達が悪い」
 ・「だって、母親がお金をくれないから、万引きをする。だから母親が悪い」
 ・「だって、ばあちゃんがタバコを吸うから、吸いたくなる。だからばあちゃんのせい」
 ・「だって、こんなところに自転車を置くから、盗みたくなる。だから、置いた人が悪い」

 だってだってのオンパレードです。(笑) いつも悪いのは「他人」。自分の「周りの環境」がこうだから、そうなった。 前世での「流されるクセ」そのものです。
でも、ある意味仕方ないのかもしれません。 だって(笑)前世の記憶なんて、ほとんどの人が忘れるんですから。だから、その魂が悪い?(笑)

 いえ、悪くはありません。 今このような状況でも、ちゃんと「修行」はしているわけです。彼なりに。
「流される」ということが、いかに辛いか。 どこかで「抜け出さないといけない」という「魂の叫び」が常にある事を。

 その「抜け出すきっかけ」を魂が求めている事に、私はある日気付きました。というか、そのような「チャンス」を彼から発信されました。

 深夜の一時だったでしょうか。 私がセッション帰りに近くのスーパーに立ち寄りました。
すると、いつもの光景だったんですが、彼と数名の「仲間」が、入口のベンチでたむろしてました。

 でも、その日は違いました。 いつもなら、顔見知りの大人を見ると、そそくさと退散する彼らなのですが、件の彼だけが一人ベンチに座ったままでした。

 ゆっくり近づいて声を掛けてみました。
「どうした?(笑) いつもならダッシュで逃げるのに、君だけなぜ残っている?」と。

 すると、ちょうど今しがた先輩のバイクを乗せてもらったら、転んで足をくじいてしまった。だから走れない。だから、先輩のバイクが悪いとのこと。
いつもの「だって節」炸裂です。(笑)

 それを聞いた私は、ダメもとで聞いてみました。
「なら、僕が家に送って行くよ。 どうせ今日は友達と遊べないだろう。 だったら、今日はゆっくり休んで足直せ。な!」

 すると、意外にも彼は素直に受け入れたのでした。 きっと、「彼の魂」が私に「SOS」を出したんでしょうね。だから、足をくじいたのでしょう。

 車中で、私は「今度書く小説の中身」という体で、彼の自宅に到着まで、彼の前世を語って聞かせたのです。

 すると、あれだけ気を張っていた彼が、嗚咽しながら泣き始めたのです。 「まるで自分のようだ」と。
いつも、こうなってはいけない。断らなきゃいけないと思いつつ、周りのせいにして自分を納得させていると。

 セッションを受けられた方なら、ご経験があると思いますが、半数の方が「号泣」します。
それは、「魂が課題を思い出した瞬間」であり、「魂の浄化」でもあるのです。 私はそう呼んでいます。

 見た目は相変わらずの「ヤンキー」(笑)でしたが、私の目に写る彼は、「課題に取り組む決意」をした魂でした。
「自らの力で、『負の連鎖」を断ち切る!」と。

 それからの彼は、見る見るうちに変わっていきました。
仲間からは「付き合いが悪くなった」と罵倒されても動じず、母親も彼の変化に呼応するように、夜から昼へ仕事を変え、必死に家庭を支えるように
なりました。

 
 今は、職業訓練学校に通ったのち、「一流企業」の下請けの「電化製品修理会社」に就職し、必死に家庭を支えている「ヤングパパ」です。(笑)
若くして結婚する「家系の連鎖」は、断ち切らなかったようです。(笑) でも、幸せだから良いですよね?(笑)


 このように、ややもすれば周りがあきらめてしまう環境に身を置く「子供たち」。
そして、「負の連鎖」のせいにしてしまう本人及び周りの「大人たち」。
でも、一度「魂の課題」に気付けば、彼のように「乗り越える」ことが、十分可能なのです。

 一人一人、「魂の課題」は違いますが、それぞれの魂が「明確に思いだし」、「それに立ち向かう決意」をしたら、人生は充実したものに変化するのです。

 あなたも前世を通じて、「魂の課題」に気付いてみませんか?(笑)

 それでは、またの機会に!
スピンクルでした。

 

 
 
 

 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (カピ)
2020-06-18 07:56:28
はじめまして。
ここまで具体的に書かれているブログに初めて出会いました、とても良くわかり、また すぐにあやふやになってしまう自分の課題を振り返れる内容に驚きます。
Unknown (Unknown)
2021-09-21 00:20:27
嘘だらけ

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