幸福の科学高知布教所さんより、転載、させていただいた記事です
http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/4e88878195cd0b0197263c099edfc9eb
07年大川隆法総裁 高知御法話 「堂々とした人生」
高知市桂浜竜王崎
こんばんは。
幸福の科学の大川隆法総裁は、全国の幸福の科学の支部を、巡錫(じゅんしゃく)してまわっていた時期があります。
それは2004~09年くらいまででしょうか?
幸福の科学グループ 大川隆法総裁
私の私見ですが、この全国支部巡錫は、大川隆法総裁のわがままだったと思っています。(笑)
地方への移動は、時間がかかります。
また全国に支部精舎は建ち始めていましたが、何千人も収容できるほどのものではありません。
支部巡錫は、教団総裁の行事とすれば、完全な赤字だったはずなのですね。
実は2004年に、大川隆法総裁は、心臓発作で倒れたことがあります。
長年の激務が、身体に祟ったのだろうと思います。
大川隆法総裁は、強く死を意識したはずです。
それ以降大川総裁は、
「どうせ自分は死ぬのだから、せめて支えてくれた信者さんに直接お会いしたい。」
「信者さんと、直接話がしたい。」と思い立ち、スケジュールの合間を縫って、採算度外視で敢行なさったものと伺っています。
さあ皆さんは、ご自身が死ぬとなったら、何をなさりたいですか?
どんなわがままを言いたいですか?
大川隆法という御仁のそれは、「自分を支えてくれた、信者さんに会いたい。」
「でないと、死んでも死に切れない。」というものだったのです。
こういう、死というギリギリの状況下において、大川隆法総裁は、こういう選択をする御仁なのです。
高知の坂本龍馬先生像
さて、もちろん大川隆法総裁は、来高したことがあります。時は2007年、2月16日です。
このときの御法話は、大川隆法総裁が、初めて国防のことを中心に語った御法話と伺っております。
「台湾が、中国に取られたらどうするか。」
「対馬が、韓国に取られたらどうするか。」
「それを、日本の政治は、考えているのか。」
今まで聞いたことのない国防の御法話に、高知の支部の仲間たちは、きょとんとした様子でした。(爆笑)
今でこそ幸福実現党が立党し、我々一般信者にも、政治や国防に関する方面の認識ができいますが、2007年当時はまだ、多くの幸福の科学信者には、その方面の言語中枢すらできていなかったのですね。
09年に、幸福実現党は突如の立党をしましたけれども、この07年時点ですでに大川隆法総裁は、その核となる政治思想の話はしているのです。
やはり高知という土地には、革命の地としての遺伝子があるのでしょう。
この日の大川隆法総裁は、いつもテレビモニターで見る大川総裁と、明らかに何か違っていました。
いつもは会場の方を向き、座して話を聞いている方々を見ながら話をなさる総裁。
それがこの日の総裁は、信者さんと目を合わそうとしないのです。
何か、遠くを見ているような・・・。
腕を組み、斜め上の方の景色を眺めているような・・・。
そしていつもなら、話し方も丁寧語が基調の大川総裁が、この日は、
「そうなんだよなぁ。」「どうだ、わかったか。」「ん?難しかったか。」という感じで、どこか男っぽい話し振りでした。
そう、我らの高知県民が愛し、尊敬して止まない、坂本龍馬先生のような感じだったのです。
長崎の坂本龍馬先生像
お話の内容も、「昨晩は、坂本龍馬の霊が来て、合計で3時間くらい語り合いました。」「彼が何を言っていたかと言うと・・・。」という感じで、坂本龍馬が見る、日本と世界の現状・・・というものだったですね。
大川総裁は、「高知県の方々は、坂本龍馬を愛しているから。」ということで、坂本龍馬先生を体に入れて、霊言講演をしてくださったと、私は思っています。
その講演の様子は録画され、高知支部精舎では、いつでも拝聴できます。
またこの、初の国防に関する記念すべき講演は、経典「国家の気概」の中の第1章「構想力の時代」として、書籍として読むことができます。
そしてこの日は、質疑応答等で滞在予定時間をかなりオーバーしたのですが、大川隆法総裁は、帰りの飛行機の時間が押し迫る中、退室の際に、詰め掛けた高知支部信者にお言葉をくださいました。
「高知支部の活動に関してですが・・・、ええと・・・、ご報告をいただいております。(笑)」
と大川総裁、ポケットからメモを取り出し・・・
「ここは、信者が職員の言うことを聞かない・・・。(爆笑)」
「信者一人一人が、勝手に突っ走る・・・。(大爆笑)」
「ま、よろしいのですけども、決して一たす一が、一とならないように・・・。」
「一たす一が、二にも三にも四にもなるように、工夫していただければな・・・と、思います。」
「そして、先生はきっと、こう思っていらっしゃるに違いないから、先生はきっと、こうせよ・・・とおっしゃるに違いないから、もう、やってしまおう。」
「チャチャっとやってしまって、済ませてしまおう。」
「皆様は、そういう方々であってください。」
と、お言葉を賜りました。
その言葉を受けて、私はこのブログを、開設しようと思ったのです。
「大川総裁先生は、きっと必要だ・・・とおっしゃるに違いないから。」と悟ったからです。
2007年2月16日、再誕の仏陀、降臨した救世主、大川隆法総裁は、確かに高知に来ました。
私たち、高知の幸福の科学信者が証人です。
心より感謝申し上げ、高知と日本を、神仏に誇れるような素晴らしき国となるよう、努力と精進の誓いを新たにいたします。
(ばく)
物部川河口の風景
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