
大川隆法総裁「苦しみの世界」より
(『地獄界探訪』第2章 所収)
すべてのですね「マイナス評価」とか「批判」とか「自分のささやかな失敗」とか、
そういうものが全部 まったくない世界に入れるかといったらそれは無理だという
ことで、生身の人間であるかぎりそれは出続けますよと。そうした失敗とか批判とか
悪口とかを言われることがあっても、これはまたよく自分を振り返るチャンスでも
あるので。仏教で言ったとおり、苦しみの世界は現実にあります。
そこから逃れる方法は何かというと、「自分の生命の実相は永遠の魂だ」ということ
ですね。「永遠の魂として存在し続けるんだ」と。「消滅するわけじゃないんだ」と。
「唯物論がいくら流行ろうと、いくら科学が発展しようと、消滅するわけじゃない。
魂は生き続ける。それが天国へ行くか、地獄へ行くか、天国のどこへ行くか、
それがこの世の修行で色分けされていくのだ」ということです。
永遠の世界に実は、私たちは生きているので、将来の自分が死んでからあとの世界まで
考えると、この世でどういうふうに生きるべきかということを、たとえ苦しみの世界に
見えても「この苦しみの世界のなかから神の望まれる世界は、生き方はどういうもの
なのか」ということを選び取ることが大事なことです。
だから単純に、簡単に言えば、あなたの今の心境が「天国に通じるか。地獄に通じるか。
教えてくれ」と言われたら、簡単に言えば「自分がうまくいかないことを他人のせい、
環境のせい、世の中のせいだけにし続けている人の場合は地獄へ行くことが多く、
自分の至らざるところや失敗したところは自分の責任だと思って改善していこうと努力
している人は、天国へ行くことが多い」ということは言えると思います。
これは大雑把な言い方ですけどね。それで見れば分かる。
どういうメンタリティーを持っているかを見れば、分かりますよ。
同じことでも感謝して生きる人もいれば、相手に不平不満を言いながら生きる人も
いるんですよ。こんな簡単なことが分からないために。何百年も何千年も地獄の苦しみの
なかに置かれるということは、残念なことだと思いますね。
苦しみの世界をこの地上から完全に消すこともできなければ、この地上の世界で完全にここから
逃れることもできません。ただ「永遠の生命として、いかに自分は生くべきか」ということに
目が向いて、真正面からそれに向き合うようになったときに 、「自分自身の人生を自分で
切り拓いていかねばならんのだ」ということに気づくことになると思うんですね。
それがすなわち、苦しみの世界からの解脱抜け出すことになるのではないかと思います。
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