偏桃体のなすがまま

どうしてこんなにも翔さんに惹かれるのでしょう。
その理由が知りたくて今日もあれこれ思うのです。

ART OF WORDS~櫻井翔の“おくのほそ道”#1

2009-10-15 | RADIO
蝉の鳴き声、蛙の鳴き声、蛙が水の中に飛び込む音。
一瞬にして夏に戻ったかのような錯覚を起しそうです。
俳句を朗読する翔くんの柔らかい声。

一句詠み終わると、強く風が吹きつける音。
また一句、読み上げる翔くん。

秋の虫たちのシンフォニー。
そして、秋の句を朗読する翔くんの声。

「こんばんは、櫻井翔です」から始まる
翔くんのナレーションは
俳句を読んでいた声とは一転して、
低めの揺らぎのある声でした。ドキドキ。

冒頭に翔くんが読んだ俳句、
どれも聞いた事のある俳句ですね、と。
今から315年前の今日、10月12日に亡くなった
俳句の神様、松尾芭蕉の作品です。

~J-WAVE SPECIAL ART OF WORDS~第2回目の今夜は
芭蕉の俳句世界を探訪したいと思います。
古文に挑み、日本固有の文化遺産、俳句について
学びたいと思いますと翔くん。

旅の水先案内人には立松和平氏をお迎えしての対談。
芭蕉ゆかりの地に実際に足を運んだ翔くんは
そこで俳句を詠んだそうです。

HPにもあるABOUT ART OF WORDSの文章が
女性ナレーターの方に読み上げられました。
今年の5月に放送した『櫻井翔の「人間失格」』に
大きな反響があったのですね。素晴らしい!


「J-WAVEをお聴きの皆さん、こんばんは」

改めてご挨拶をする翔くんの声、落ち着いていますね。
ちょっぴり擦れた低くて、明るい声。

俳句というのは五七五。
たった17文字からなる世界で一番短い詩。
わずか17文字の音を並べることで、世界を表現する俳句。
哲学が、理論が、そして言葉のエキス、パワーが
ずしんと詰まっています。
俳句の魅力を説明してくれる翔くんです。

それまで滑稽が主であった俳句の世界を
アートとして確立しようとした松尾芭蕉。
その集大成が俳諧紀行文『奥の細道』であったと
言われてるそうです。

その言葉の世界に、僕、櫻井翔も
遊んでみようと思います。
皆さんもご一緒におくのほそ道の旅に出かけませんか?
と、魅惑的な旅へと誘う翔くんのナレーション。


女性ナレーターが『おくのほそ道』の足跡を
説明するくだり。155日を費やして達成された
2400キロにも及ぶ長い旅。

『おくのほそ道』を原文で朗読する翔くん。
不思議なものですね。
学生時代にこの文章に触れた記憶が
翔くんの声によって呼び戻されてきます。

リズムが良いのかなぁ。
とっても耳に心地よい文章ですね。
翔くんの朗読するテンポも良いのでしょうね。

現代語訳を朗読する部分では、セクシーな声。
やーーーん。何で、こんなに悩ましげに読むのぉっ?!
心拍が急激に上がってどうしようもなくなるじゃん。

イタタタ。胃が痛いよー、痛いよー。
どきどきするし、緊張するよ~。肩に力が入るよー。
耳元でずっと囁かれてるみたいな気になる。

翔芭蕉「そうだ、旅に出よう」
よっしゃ!御供します!!みたいな気分です。
もしも翔さんが芭蕉なら、
曾良になりたい人、続出ですね(笑)

ピアノの音と翔くんの低い声の絡みが官能的です。
これ、狙いなのかなぁ。
私、まんまとハマってるのかなぁ。
何だか悔しい。


女性ナレーターによって語られる
芭蕉の時代背景を聴いて。
そっか~。松尾さんたら、
46歳でそんなに悲壮感漂わせなくっても…って
私も思ってしまいましたけど。

人生50年と言われた芭蕉の生きた時代。
46歳の芭蕉にとっては自分が何を残せるのか、
やり残したことはないのかを真剣に考えて
行動に移すなら移すと、
決断をしなければならない時期だったのですね。

体力に自信もなくなってくる頃に、
まだ見ぬ未知の国、みちのくへと旅立つのは、
やはり重大な決意なしでは出来ない事ですね。

松尾さん・37歳の冬に日本橋から深川へ。
リッチなお弟子さんに粗末な小屋を借り、
芭蕉庵とする。

日本橋と深川。
隅田川を挟んで西・東ですが、
当時は川向こうと言えば隔世の感ありなのですね。

37歳という年齢でとか、この距離感でとか、
にわかに想像できないのですが、
でも、そうかもしれませんね。
電車とかないんだもんなぁ。

深川で「古池や~」の句が詠まれたのですね。
で、この地で蕉門を確立したと。

ここから翔さんのナレーションです♪
旅のお供の曾良の話。

芭蕉の一門のお弟子さんの中でも
飛びきり優秀な男の人で、神道にも精通し
地理に詳しい人物だったそうです。

普段から芭蕉の家の近くに住み、
身の回りのお世話をしていたのですね。
今回の旅ではコースの下調べから旅費の管理まで担う、
言わばツアコン的な役割を務めてたとか。

時には師匠の愚痴を聞いたり、
時には師匠と共に句をひねり、
心の支えとなりながら2人の旅は続く、と。

◎立松和平氏との対談その1◎

飛行機や電車を乗りこなる現代人には
旅はバカンスや気分転換ですが、
時速4キロ。自分の足で歩くしかなかった時代には
旅はけして気楽なものではなかったと思いますと翔くん。

芭蕉は一体どんな目的を持って旅をしていたのでしょう?
芭蕉に詳しく、行動派の作家、立松和平さんに
伺ってみましょうと、翔くん。
立松さんの著書『芭蕉「奥の細道」内なる旅』について。

翔「『芭蕉の旅は、やむにやまれる衝動である』
これはどういう事ですか?」

立松氏「彼の文学を確立する事が大事だったから。
それは「蕉風」と呼ばれてるけれど、
今までの俳句はどっちかと言うと、
言葉遊びみたいな、駄洒落みたいな感じ」

翔「それは何か、もうひとつ上のステージに
持っていくような?」

立松氏「もうかなり上ですね。誰もやったことがない事が
出来るんだっていう蕉風を確立するのが、
芭蕉の生涯の目的だったと思います。

お母様が亡くなられてお墓参りに伊賀に戻った時に
旅をするんですが、その時に詠んだ句が
ターニングポイントなのではないか。

旅に捨身する事を野ざらし紀行で
発見するんだと思います。
旅は芭蕉の目的ではなく、方法だと思うんです。

世を捨てた芭蕉ですら、少なからず社会の中で
がんじがらめになっている。
まして、私たちはがんじがらめですよね。
櫻井さんも、次のスケジュールあるでしょ?」

翔「ははははは(爆笑)」

立松氏「がんじがらめになってるけれど、全て捨てて。
今は通信手段があるから、なかなか難しいけど、
当時は旅に出ちゃえば終わりだから。
旅に出て、日記をつけていく。
『野ざらし紀行』が転機だったんじゃないかな?
旅はいいな~と思ったんじゃないかと思うんです」


朗読ともナレーションとも違う、対談の翔くんの声。
もう少しテンポの早い、生きている会話です。
翔くん特有の注意を惹きつける低い音の相槌と、
立松氏の素朴なイントネーションの軽やかな声の
混ざり合う感じが心地よいです。

翔くんの相槌は良いタイミングで随所に入るので、
お喋りする方は気持ち良いのではないでしょうか。
ちゃんと自分の話を真剣に聞いてくれてる安心感。
目には見えない感覚が音になって相手の耳に届く様な。

女性ナレーターのナビで、
芭蕉の旅の道筋を説明してくださいます。
芭蕉一行は白河の関を越えた先、憧れの松島へ。

◎松島◎

船のエンジン音。

翔「さて。僕は今、宮城県宮城郡松島町にやってきました。
日本三景のひとつとして非常に有名な松島は
大小260の島々が松島湾に点在しています。
芭蕉が『美人のかんばせをよそおう』
つまり、すっぴんでも美人なのに更に化粧をしたかの様な
絶景と表現し、あまりの美しさに句が書けなかったこの地、
僕も遊覧船に乗って目にしたいと思います」

カモメの鳴き声。波の音。
翔さんの『おくの細道』朗読。
朗読もとても分かり易い声で素敵なのです。
涼やかな男らしい声で、素敵なのです。

でもでも。

現代語訳では何故かほんの少~し趣向を変えて、
憂いを含んでるような声がやけに色っぽいのです。
せっかく、治まりつつあった胸の動悸が
またもや激しくなってしまいます。

大小の島々が点在してる松島湾だからでしょうけれど、
「島、島、島」って。しまいにはエコーまでかけて。

翔さんの発する「島」って音からエロスが滴ってきて、
耳が導火線になったように、全身が熱くなる。

松島の絶景を目の前にして興奮している
芭蕉の気持ちになって朗読してるから?
翔さんの息の吐き方、語尾の抜き方、いちいち色っぽい。

でも、その芭蕉はあまりの美しさに
松島では一句も詠めなかったそうです。
「松島や………」は芭蕉の句ではないのですって。

翔「え?」

現代で言う所のコピーライターが書いた
観光用のキャッチコピーだったそうです。

船のエンジン音。

翔「260もの島がポツポツ点在してる様というのは
他では見た事ない景色だなぁと思いますね。
カモメが沢山飛んでいてぇ、島々の間を飛んでる姿が
それは綺麗だなぁと思いますねぇ」

ほんのちょっぴりなのですが、
感想を話す時に、昔の翔くんの話し方になってて、
若かりし頃の翔くんの面影にキュンとしました。
甘えてるような語尾が可愛くって好きなのです。
今ではめっきり聴けなくなりましたが。

翔「さて、遊覧船で松島を30分ほど周りました。
芭蕉が句を詠めなかったと言う景色、
今、見終わったんですがぁ、何かこう口を開けてしまう、
言葉が出ない絶景というよりはジグソーパズルを
トンカチで割っていろんな大きさに分かれたような。
おもちゃ箱をひっくり返した様なそんな景色でしたね。

小さな島に松の木が1本だけ立っていたりだとか、
はたまた大きな島に木々が生い茂っていたり。
楽しい景色でした。句が詠めないほどの絶景
と言うような捉え方というよりは何か、
時間を忘れるような楽しい時間でしたねぇ」

ここで一句、お願いされると。

翔「すいません。まったく思い浮かびませんでした」

そう話す翔くんはさっきまでの吐息交じりの悩ましげな
現代語訳の朗読声とは別人みたいなんだもん!
ずるいなぁ、もう。
いろんな翔くんに翻弄されてしまいます。

◎平泉◎

『おくのほそ道』翔くんの朗読。

芭蕉の平泉の旅は義経へ想いを馳せた道程。
静かだけれど、生命力に溢れる声です。
同じ本の中でも訪れる地によって、
朗読する声の表情を変えてるのかな。

芭蕉もその土地土地に赴く気持ちは
それぞれなのでしょうから、
自然と朗読する側にも反映されるのかしら?

翔くんのナレーションで中尊寺の説明をしてくれます。
元禄時代に訪れた芭蕉の目にはどう映ったのでしょう。

『おくのほそ道』翔くんの朗読。

奥行きを感じさせる声ですね。
BGMとの相乗効果もあるのだと思いますが、
お堂の天井にほんのり反響するような感じ。

◎中尊寺の執事さんへのインタビュー◎

翔「当時の最先端の技術を集められて作られた
金色堂というのはどんな建物になるのですか?」

奥州藤原氏の初代、清衡公の廟所です。
今、お参り頂く方もいきなり金箔の門ですから
廟所として手を合わせるというよりは、
先に目ばっかりそちこちにやってしまいますけども、
強制するわけにはいかないけれども、
我々の感覚からすると、
まず手をあわせて頂きたいのが本当の所です。

今は三代が眠っておられる訳ですから、
その為のお堂だったと思います。
他にも阿弥陀信仰の有名なところがあるそうですが、
平等院鳳凰堂とか。
中尊寺の金色堂もそのひとつだそうです。

翔「金色堂そのものが、極楽浄土っていうか、
ここに自らが入る為のお堂だったと。
清衡公がこのお堂を争いのない平和な社会を
という思いが込められたお堂だというお話、
頂きましたけれども、今、実際世の中が
それと逆行している部分もあるかもしれない中で
ここを訪れる方に感じて頂きたいのは
どういったことなんでしょう?」

いろんな形で起きていますし、
誰にもあるんだと思います。
ただ、他の堂徒と一緒に金色堂に
手をあわせに行きますと平和を感じます。

他の方にもそういう気持ちを味わって頂ければ。
何も金色堂の前に行かなくても、どこであっても
朝なり夕なり一度、手を合わせて
落ち着いた気持ちになった所に
その人の平和と言うものが
あって貰えばいんじゃないかと。
そういう時間を持って頂ければ。

翔「それぞれの中の平和という、
穏やかな時間を作り出すという」

今は修復された金色堂にて一句読む翔さん。

金色の 平和の願い 手を合わせ

翔「金色に輝くお堂は圧巻でしたけれども
執事さんが仰っていたように
わー!凄ーい!ってなる前に手を合わせる事を
ちょっと忘れてしまいますよね。
それ、一番大事な所だなと思いました。

金色堂そのものが極楽浄土であり、
それを作る事によって争いのない
平和な世の中を願ったという話聴いて、
平和の願いが詰まったお堂なんだなぁ、
争いの中に生まれた人はより強く平和を願う事が
出来るんだなぁと思った瞬間でしたね」



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