ひよっこ日本語教師街道!

日本語教師としての発見をマイペースに綴っていきます♪教師への道は甘くない!!

日本語の口癖で「面倒くさ度」チェック。

2018年09月18日 | 日常での日本語・文化のこと
いやー

口癖って、性格表れますよね

ここんとこ外国人と話していて

「む、これは…」
とピンとくる「面倒くさいヤツ」(あくまで私にとって)指標となる口癖がこれ


1.接続詞は「でも…」を多用

 なんかよくきいてると「ところで」の意味でも
 「でも」と使っていたりしてイライラ度マックスくぉらー!

2.「~てください」乱用

 「~てください」って一般的に、個人的な「依頼」のときって
  さほど使わないよなぁと思う今日この頃。
  
 「ご記入ください」のような公に向けたお願い。
 「どうぞおかけください」のような勧め。
 「こことここ、訂正してください。」など、下の人への指示や注意。
  ほか、「ちょっとちょっとこれ見てください!」「夜道、気を付けてくださいね」
  など「個人的依頼」以外で使うことが多く、

 多少日本滞在歴のある外国人なら(相手の負担になるような)個人的なお願いには
 「~てください。」とストレートに言うのにはなんとなく気まずさを感じ
 「~てくれませんか?」「~てもらってもいいでしょうか?」
 など言い換える人が多い気がする。
(「~てください」と言う場合は声色や非言語表現に無意識に工夫している気もする。)

 初級レベルではないのに依頼の「~てください」を連呼する人には、何かこう…
 胸騒ぎを感じるのよねぇ
(でその胸騒ぎが当たるのよねぇ…)

3.質問への第一声が常に「わたしですか?」
 
 完全に個人的な好みです(笑)

 やよネーこういう人
こういう人に仕事的にヒドイ目に合わされることが多いんですよ!
(同僚はヒドイ目に合わされてないので相性の問題のようです。



そして最近周りの外国人が私の口癖をまねて「まいっか」を連呼してくる。
くわばらくわばら…


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日本の大学や会社に入る前に身に付けるべきスキル

2018年09月10日 | 日本語教育のこと
外国人が日本で大学や会社に入った際、
できていたほうがいいことの一つは

自分で見直して修正することだと思う。

これを、日本人は義務教育でしっかり学んでいるんだと
改めて感じる。

小学校や中学校で間違いを自分で直すということは
さまざまな場面であった。
小テストや宿題を赤いペンでチェック。
ときどき隣の人と交換してチェックしたり。

多国籍の人々と接して、この
文字や書式の間違いを見直して修正する
ということが一回で完璧にできる人が少ないと
とても感じる。ほぼ皆無。

濁点や半濁点を付け忘れていたり、漢字の線が一本足りなかったり、
文字がひとつ抜けていたり、句読点がなかったり、
フォーマットの太い線と細い線の区別がなかったり。

なんと些細なこと。意味はわかるのに!
という気持ちもあるのかもしれない。
細かくチェックするとギョッと驚かれるので
や~日本人、細かすぎるのかしら?と思ったりもする。

しかし、この減らない細かいミス(見逃し)が積み重なると
日本人からの評価は

「アイツはやる気がない。」「手を抜いてる。」
となったり
「ミスも気付かない、できないヤツ。」
となったりする。

その人の姿勢や能力のせいだと思われてしまうのだ。

実際は姿勢や能力のせいではなく、細部まで見ようという意識。

そして何度も練習していると、見えていなかった細かい間違いが見えてくる(笑)

日本語学校でしっかりこの訓練をしておくことはとても大切だと
しみじみ感じる




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『わざー光る授業への道案内』

2017年10月10日 | 日本語教育関係の本
教師になりたての頃は、力を入れていたのは「導入」だった。
しかし今もし授業するなら、そこまで重要視しないだろう。
かける時間も短い。5分くらい?

このご時世、文法翻訳はあらゆる国のものが出ているし、
国で知識は勉強してきて頭には入っている人も多い。

大切なのは、練習だ。
ドリル練習を手を変え品を変え、いかに反応として
口から出るようにするか。
活動練習で教室をいかに「その場」にするか。
いかに単語を授業内で1つでも多く覚えられるように工夫するか。
いかに発音、アクセント、イントネーションを身につけさせるか。

導入は「教え方の手引き」でいいんでないかしら、と思う。
教師が磨くのは練習のワザ。
導入や練習にレアリアで目を引くのも楽しいけれど、
教師の腕の見せ所は、道具がなくとも表現できる「ワザ」なのだ、と思う。

少し前に買った『わざ-光る授業への道案内』(今村和宏著)
まさに、なタイトル
読むと、教師の一挙手一投足見直したくなる。
1996年出版とかなり昔の本(装丁も何かテキトーな感じ…?)なのだけど、
こここここんな本、他にあるかしら?!
と思うほど熱い。熱すぎる。

読んで字のごとく、文法云々でも教授法云々でもなく、ワザ。
匠のワザ!

第15章からなる目次、少しご紹介。

第1章 「変化」の正体
第2章 ことばと「体の動き」1
第6章 演劇の訓練
第8章 基礎技術の徹底
第11章 ことばの匂いが染み渡る
第12章 高感度アンテナ
第14章 教師の信念と情熱

ことばの匂いが染み渡る。そんな教室。

素敵すぎませんか。
著者の情熱があふれ出ていて、元気が出る本です


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言語はただの道具ではないのね
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教師のビリーフス、こんなに伝わっているとは…

2017年10月08日 | 日本語教育のこと
先月から毎週、ある講座を受けに行っています。
授業を受ける側として、同じ先生の講義を何時間も受けていて感じるのは、

授業を通して、講師の熱意や考え(ビリーフス)、受ける側に
どうなってほしいかという気持ちがひしひし伝わってくる。


ということ。(今まで受けたものは1回限りの講座が多く、感じなかったのかもしれません。)

言葉だけでなく、声色や表情からにじみ出ているというか。
最終的にこうなってほしいんだ!という思いがバシバシ感じられます。

自分が授業をする際も同じだったのかもな、と思います。
教師が、今日の文法、学習項目だけでなく何年後かのゴールまで見ているか、
学生たちの将来に対してどのくらいの思いを持っているか、
そういうの、言葉にしなくてもしっかり伝わってたのかもなぁと。

そしてまた反対に、言葉にしてもいいのかも…とも思いました。

講座の先生は 白髪ショートヘア、60代のパワー溢れる女性。
言葉遣いが少し年代がかっていたりして、とても新鮮です。
その先生が、ときどき半分独り言のように

「そうね。(受講者が)今後こうなるととてもいいわね。」
とか
「こういう風にできると、とってもいいんじゃないかしら。」
としみじみおっしゃるのが、心に響きます


日本語の授業中も、ふとした瞬間に心から

「こんな日本語話者になってほしいなぁ…」
「これができるようになると、すごくいいなぁ…」

と言葉にしてしまうのも いいのかもなぁ


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卒業時の学習者を思い描いて…
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初級から質問文を自分から発する学生にするには?

2017年10月01日 | 授業でのこと
初級の教室では、肯定文否定文はしっかり
練習するため口から出てきても、
疑問文に関しては、あまり学生から積極的に発話されなかったり、
いつも同じ疑問詞しか話されなかったりという状況になりやすい。

使える疑問詞に何があったか忘れやすいし、
文末の時制や疑問詞とともに使う助詞など
少し注意が必要だからかもしれない。

初級から疑問文が作れるようにするには、
疑問詞を習ったらそれを教室に貼って
(もしくは毎回端っこに板書して)おいて、
習うたびそれをどんどん増やしていくといいと思う。

そして授業中、教師や学生の発話に対して
いつでも誰でもそれらを使って質問できるようにしておくと、
疑問詞と一緒に使う助詞、文末の時制、などが身につくと思う。
目に入るので、なんとなく質問してみようという気にもなる。
教師が質問するところを、学生にしてもらうこともできる。
(教師が沈黙してそれを促せると、またよし)

質問する自信もつく。


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いつでも質問できる雰囲気に
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