2013年5月5日(日祝)12:00開演 帝国劇場 S席 1階K列30番台
【映画版『レ・ミゼラブル』】
映画版レミゼを見に行った人達から立て続けに「良かった!泣いた!」という感想を聞き、ミュージカルファンの血が騒ぎ出した(笑)。思い立ったが吉日、正月休みに映画を見に行ってきた。まず、オープニングの壮大な海のシーンに驚く。レミゼのオープニングってこんな感じだったっけ?舞台版レミゼは8年前に1回観ただけなので、細かい部分は忘れてしまったが、船上シーンはなかったような気がする。海での労役が新演出なのか?などと思っているうちにも物語はどんどん進行。オープニング以外で新演出だと思ったのは、ジャベールの最期のシーン。橋の欄干と思しきところから、滝つぼのようなところ(ダム?下水処理場?)に身を投げるのだが、これまた映像ならではの迫力あるシーンとなっていた。病室の場面(ファンテーヌの死)、バリケードの場面(エポニーヌ、ガブローシュ、学生たちの死)、教会の場面(ジャン・バルジャンの死)では涙が溢れた。一緒に観に行った友人は終始号泣だった(笑)。映画版レミゼは予想以上に良かった。制作サイドが拘ったのは、歌声の録音と芝居の撮影を同時に行うという点だったらしい。やはり元はミュージカルだから、そこは譲れないポイントだったのだろう。そしてそれは大正解だった。空前の大ヒットとなっているのもうなずける。
今後は舞台版レミゼも新演出版になるとのこと。映画版が良かったので、舞台版もいつか観に行こうと思っていた矢先、ジャン・バルジャン役の一人としてキャスティングされていた山口祐一郎さんが突如降板を発表した。山祐ファンの私としては、少なからず衝撃を受けた。山祐バルジャンはもう観れないのか。そう思うと無性に山祐バルジャンの歌声が聴きたくなってしまい、思わず山祐版レミゼCDを買ってしまった(笑)。8年前の朧げな観劇の記憶と、まだ鮮明な映画版の感動と、山祐の歌声、それらが渾然一体となって「私のレミゼ」はできあがった(笑)。
【『レ・ミゼラブル』5月4日夜の部・5月5日夜の部公演中止のお知らせ】
出演予定でしたジャン・バルジャン役キム・ジュンヒョンは、怪我の為に出演が叶わず、上記の2公演を公演中止とさせて戴きます。お客様には、ご迷惑とご心配をお掛け致しまして、誠に申し訳ございません。……
東宝から「お詫び」と題したメールが届いたのは5月1日のこと。そのメールを見た瞬間、ドキッとした。なぜなら、5月5日はまさにレミゼ観劇を予定していた日だったからだ!心を落ち着けて冷静に考える。私が手配したのは5月5日昼の部のチケットだったはず。手帳を開いて確認する。うん、間違いない。大丈夫だ。それで少しホッとした。帰宅後にチケットの現物を確認して、心の底からホッとした。そして、「こども店長、ありがとう!」と心の中で叫んだ(笑)。なぜなら、役替わりキャスト表を眺めながら、昼の部と夜の部のどちらにしようか迷っていた時、決め手となったのはガブローシュ役の加藤清史郎くんだったからだ。山祐なき今(死んでませんよ。笑)、次に観てみたい人は…こども店長!というわけ。それにしても、GWの最中の突然の公演中止は、観る側にとっても、演じる側にとっても、主催者側にとっても、相当イタイに違いない。自分が観劇できることの幸運に心の底から感謝した。
◆ミュージカル『レ・ミゼラブル』(新演出版)
THE CREATIVE TEAM
- 作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク
- 原作:ヴィクトル・ユゴー
- 作詞:ハーバート・クレッツマー
- オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
- 演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
Cast(※カッコ内は2005年5月4日(水祝)昼の部キャスト/映画版キャスト)
- ジャン・バルジャン…吉原光夫(今井清隆/ヒュー・ジャックマン)
- ジャベール…川口竜也(岡幸二郎/ラッセル・クロウ)
- エポニーヌ…笹本玲奈(笹本玲奈/サマンサ・バークス)
- ファンテーヌ…里アンナ(シルビア・グラブ/アン・ハサウェイ)
- マリウス…原田優一(岡田浩暉/エディ・レッドメイン)
- コゼット…磯貝レイナ(知念里奈/アマンダ・セイフライト)
- テナルディエ…KENTARO(徳井優/サシャ・バロン・コーエン)
- マダム・テナルディエ…谷口ゆうな(森公美子/ヘレナ・ボナム=カーター)
- アンジョルラス…野島直人(坂元健児/アーロン・トヴェイト)
- ガブローシュ…加藤清史郎(?/ダニエル・ハトルストーン)
- リトル・コゼット…北川真衣(?/イザベル・アレン)
- リトル・エポニーヌ…清水詩音(?/ナタリア・エンジェル・ウォレス)
プロローグの船のシーン。この中にバルジャンがいるのだろうと思いながら観ていたのだが、初めは誰がバルジャンなのか分からなかった。そして、吉原バルジャンが立ち上がった瞬間、ガタイの良さに驚いた。公式HPで扮装顔写真は確認していたのだが、身長・体格までは分からなかった。坊主頭だったこともあり、何となく西郷どんみたいだなと思ってしまった。確かに、バルジャンは怪力の持ち主という設定だから、バルジャン役にはガタイの良さが求められるのかもしれない。その怪力が発揮される下水道のシーン。吉原バルジャンは、銃撃戦で負傷して意識不明の原田マリウスをバリケードから連れ出し、担いだり引きずったりしながら、下水道の中を進んでいく。この場面の背景は、セットではなく、プロジェクション映像が用いられていた。空ろな舞台空間がそのまま下水道を表していて、バルジャンの歩みに従って映像も動き、照明の効果とあいまって、どこまでも延々と続くフランスの下水道がうまく表現されていたと思う。
映画版で印象的だった場面の一つが、ジャベールの自殺の場面。舞台版では一体どんな風に表現されるのだろうと興味津々だった。バリケードでは敵であるはずのバルジャンに命を救われ、下水道では敵であるはずのバルジャンを通過させてしまった。何が善で、何が悪なのか。法律は絶対。法を犯す者には罰を。それがジャベールの信条だった。しかし、本当にそうなのか?もしかしたら、自分は間違っていたのではないか?ジャベールという人間を支えていた信念の土台が音を立てて崩れ始めた。川口ジャベールは橋の欄干に立った。私はこの時、川口ジャベールは奈落に落ちるのだろうと予想した。ところが、正解はまさかのワイヤーアクション!プロジェクションを使って落下していく状況を表現し、宙吊り状態の川口ジャベールは手足をバタつかせて落下している様子を表現。う~ん、この場面は改善の余地アリと感じたが如何に?
あの雲の上に~お城があるのよ~お掃除なんかもしなくてもいいの~♪本日のリトル・コゼットは北川真衣ちゃん。ほうきを手に登場した北川コゼットちゃんは、舞台前方に出てきて、一生懸命に「♪雲の上の城」を歌った。可哀想なコゼットは空想の世界に救いを見出し、辛い現実に耐えていたのだ。健気…。ファンテーヌの人生を狂わせてしまったバルジャンは、罪滅ぼしのためにファンテーヌの遺児コゼットを引き取り、育てることにする。バルジャンは精一杯の愛情をコゼットに注いだ。もともとはファンテーヌのために始めたことだが、結果的にバルジャン自身も救われたのだと思う。孤独だったバルジャンの人生に、家族(娘)という存在ができたのだ。やがてコゼットは美しい女性へと成長する。
革命の実現を目指す学生たちVS軍隊。悪巧みを企むテナルディエ一家VSバルジャン父娘。追いかけるジャベールVS逃げるバルジャン。マリウスに恋するエポニーヌVSエポニーヌの乙女心に全く気づかない鈍感マリウス。さまざまな思いが交錯する騒然とした街中で、偶然出会ったマリウスとコゼットは一瞬にして互いに恋に落ちる。ここから革命の失敗までは怒涛の流れだ。マリウスはコゼットと革命の二者択一を迫られて革命を選択するが、コゼットへの愛を手紙にしたためエポニーヌに託す。エポニーヌからコゼット宛の手紙を渡されたバルジャンは、手紙の中身を読んでしまい、娘の恋を知る。エポニーヌは革命の最初の犠牲者となり、マリウスの腕の中で息を引き取った。バルジャンはバリケードに赴き、学生たちと共に革命軍として戦う。若い命が空しく散っていくさまをバルジャンはどんな思いで見ていたのだろうか?マリウスの息がまだあることを確認したバルジャンは、コゼットのためにもこの若者の命を助けなければならないという思いに突き動かされた。
小さな革命闘士ガブローシュ役は加藤清史郎くん。たぶん街の浮浪児たちのリーダー的存在なのだろう。こどもネットワークを駆使して、時に大人顔負けの重要情報をもたらしたりする。加藤ガブローシュくんは2011年公演に続いての登板ということで、なかなかどうして堂々たる演技と歌だった。ガブローシュは学生たちに交じってバリケードの中に立てこもる。革命軍には武器が足りない。すぐに弾薬も尽きてしまった。そこで、バリケードの向こう側に出て行って、死体から弾薬を盗ってこようという話になる。すると、体が小さくてすばしっこい俺がやると言って、ガブローシュがバリケードの外に出て行ってしまった。そして、銃声が響き渡る…。旧演出版では客席側がバリケードの外側で、ガブローシュが舞台手前に出てきて撃たれたような気がしたのだが、新演出版では客席側がバリケードの内側で、ガブローシュは舞台奥で後ろ向きで撃たれる演出になっていたため、表情を見ることはできなかった。
テナルディエ夫妻の陰険さ・ずる賢さ・図太さは、新演出版で更にパワーアップしたように思う。あの宿屋には絶対に泊まりたくない。コゼットは下働きとしてさぞかしこき使われたに違いない。コゼットのためにと、身を売ってまで金を工面し、テナルディエ夫妻に送金していたファンテーヌが可哀想過ぎる…。テナルディエの妻役は、映画版ではヘレナ・ボナム=カーターさんが演じて強烈な印象を残したが、舞台版では「ふくよか女優さん枠」のようだ。コゼットとマリウスの結婚式に紛れ込んで、一儲けしようと企むテナルディエ夫妻。テナルディエ扮する「テナルド男爵」の変なパンツが映画と一緒だった。(いや、正確には映画版が舞台と同じなのか。)あの太ももが妙に誇張された白パンツは、当時の男性がコルセットを使って筋骨隆々に見せていたことを参考にデザインされたものらしい。ただし、テナルディエの「マッドさ」がでるように多少誇張したと衣装デザイナーさんが語っている。なるほど。
マリウスに真実を告げ、コゼットの前から姿を消したバルジャン。バルジャンの寿命は尽きかけていた。神の国に召される時が来たのだ。ファンテーヌの魂がバルジャンの魂を迎えに来る。ファンテーヌの魂は穏やかな表情をしている。バルジャンは最期の時に何を思うのか?パンを一つ盗んだだけで19年も投獄した警察への怨みか、出獄後の自分を前科者としてまともに扱ってくれなかった世間への怨みか。いや、怨み・ねたみ・そねみといった負の感情は、ミリエル司教の慈悲深い心に触れた時に、バルジャンの心の中から消え去ったのだ。最期の時を迎えたバルジャンの心に浮かんだのは、コゼットと二人まるで本物の親子のように過ごした日々の記憶だろう。そして、そのコゼットがマリウスという未来ある青年と末永く幸福に暮らしてほしいという希望だ。そこへ、コゼットとマリウスが駆けつけてくる。コゼットの人生を救ったのもバルジャンなら、マリウスの命を救ったのもバルジャンだった。あなたは私達の本当の父親だ!どうか私達と一緒に暮らしてください!バルジャンはどんなに嬉しかったことだろう。その言葉でバルジャンの人生は肯定されたのだ。しかし、コゼットとマリウスの祈りも空しく、バルジャンは神の国に召されてしまうのだった…。