the Saber Panther (サーベル・パンサー)

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プレヒストリック・サファリ 21 (中新世後期 東アフリカ) 古代アフリカ超獣アンサンブルⅡ

2016年06月15日 | プレヒストリック・サファリ

Prehistoric Safari : The late Miocene eastern Africa : PARTⅡ


前回から引き続き、およそ700万年前、中新世後期のアフリカ大陸中部~東部地域にかけて展開していたファウナについて、取り上げる。




(この作品は、前作↑ と一続きの、連続した風景をなすものです)


既に縷々述べたように、中新世ファウナの一つの顕著な特徴としては、大型の、いわゆる「肉食獣(食肉類、肉歯類、スパラッソドン類、エンテロドン科)」の種類豊富さということが挙げられよう。
そのことに関連して個人的に注目したい点は、当時の肉食獣の趨勢として、「骨砕き型」と「剣歯型」のモーフォタイプが、数的にもニッチの上でも、支配的勢力を分け合っていたということ。

骨砕き型-より厳密には、骨砕きと裂肉の双方に対応した歯形を持つタイプ-の猛獣は実に多岐にわたる系統(肉歯類、アンフィキオン科、イヌ科、クマ科、イタチ科、ペルクロクタ科、ハイエナ科)から派生していたが、剣歯型肉食獣の方は、すなわち「剣歯猫」のことであり、真正のネコ科であるマカイロドゥス亜科のほか、ネコ科と近縁でシスターグループを形成するバルボウロフェリス科と、ニムラヴス科の各種
ハイパーカーニヴォラのみからなっていた。

「剣歯猫」の形態自体は、ニムラヴス科において既に漸新世の頃から出現していたが、バルボウロフェリス科、ネコ科を加えて、後にも先にも例のない多様性を実現するに至ったのは、中新世においてである。

長大で平べったい、ナイフ形状の上顎犬歯=「剣歯(sabertooth)」は、特異なスラッシュバイト殺傷法をもって、比較的大型の動物を、できるだけ迅速に仕留めるための獲得形質であるという説が、広く定着している。迅速に仕留めることができれば、すなわち結果的には、素早く消費できることにもつながるのである。

Christiansen('Evolution of skull and mandible shape in cats', 2008)の所見によると、中新世に剣歯形態の主流化が促された進化上の動力因としては、当時の数多の大型肉食獣間で繰り広げられていたであろう、獲物をめぐる異種間闘争、競争(interspecific conflicts)の苛烈さが考えられるという。

Christiansenのこの所説は、中新世の肉食獣の間では、kleptoparasitism、すなわち獲物の奪取、横取りの脅威が、現在の生態系の事情では及びもつかないほど、深刻であっただろうことを示唆する。また同時に、スカヴェンジングにも高度に適応した、強大な骨砕き型肉食獣の多様さという点に関しても、裏側から説明してくれることになると思う。もっとも言うまでもないことだが、スカヴェンジングに高度に適
応といっても、彼らの多くは狩猟能力にも共に長けていたのである。例えばイヌ科エピキオン属種やアンフィキオン科種など、大物猟の能力をみても超一級の肉食獣であっただろう。

ともかく、骨砕き型と剣歯型という、この畏怖すべき二大モーフォタイプについて触れることなくしては、中新世の肉食獣ギルドについて、何事も語ることはできないであろうと思う。
その意味で、ウシ科の多様化と連動して大型肉食獣の顔ぶれも増大した中新世中~後期にかけてのアフリカ東部地域は、上記モーフォタイプの坩堝※とでも称すべきであり、多くの興味深い知見を提供してくれるのである。

(※前作と今作にわたって描写してきた肉食獣ファウナは、そのごく一部にすぎない)


Species

From front to back:

イクティテリウム属種 Ictitherium ebu
中新世に広く栄えていた、複数の細身で肢の長いハイエナ群の一種。プロポーション的に、現生のどのハイエナよりも四肢と頸が長かったが、その点を除けば、全体の印象は概ね、ハイエナとジャコウネコとの中間といった風である。

ブチハイエナのような屈強な「ボーンクラッカー」であったとは考え難いが、現生と化石ハイエナ各種を食生態に基づいて類型化したWerdelinの研究(1991)によると、本種はジャッカルのように、肉と骨を消費できる肉食獣であったという。文献によっては限定的な昆虫食者とみなす記述も見受けられるのだが、この復元画では、Werdelinの所説を取り入れてイクティテリウムを描写した。


ジャイアント・プロトシミターキャット(マカイロドゥス属種) Machairodus kabir
マカイロドゥス亜科という名称のもとにもなったマカイロドゥス属は、中新世で最も繁栄した、代表的な剣歯猫群である。

これまでに多数の種名、シノニムが、ほとんど未整理のままに記載されてきたが、古い種類(マカイロドゥスaphanistus, マカイロドゥス(ニムラヴィデス)catacopis など)と中新世後期以降に現れたものとの厳密な形態学的比較の結果、有意に属間レヴェルの差異が認められるということで、近年、後者の一群がAmphimachairodus (アンフィマカイロドゥス属)として、新たに分類し直された経緯がある※
(Werdelin & Yamaguchi, 2010 / Christiansen, 2012)。 

(※Antonも直近の自著(2013)でこの新分類を採用している) 

これに従えば、本種も「アンフィマカイロドゥス kabir」と記すのが妥当であろうが、ここでは従来のマカイロドゥス表記を通した。

マカイロドゥス属はホモテリウム族(Homotherini)に分類され、鮮新世のシミターキャット(ホモテリウム属)の直系祖先であるとみられている。しかし、シミターキャットに特徴的な、走行性特化と見なされる形質要素(四脚遠位部の伸長や胴の短縮化、軽量化など)は未だ明確には顕れておらず、非常に頑強な前肢を具える。また、背骨、尾ともに長く(剣歯猫の中では珍しい特徴)、一見したところ、大型ヒョウ属種と見紛うほどである。

中新世後期の種類、つまり上述の「アンフィマカイロドゥス」の一群は、本種 M. kabir の体重が骨格から350~490kg(Peigne, 2005)と推定されているのを筆頭に、M. giganteus, M. coloradensis, M. kurteni など、剣歯猫の歴史上でも最大級を占めるほど、いずれの種も大型であったことが特筆される。頭骨も長大だが、細長く、下顎筋突起骨(coronoid process)が短縮していたので、顎の力は(剣歯猫全般に共通して言えることだが)あまり強くはなかっただろう。上顎犬歯は、後代のシミター型剣歯に比べて多少長くなっている。

以上の特徴はいずれも、スラッシュバイトの捕食生態に高度に適応した剣歯猫の姿を、浮かび上がらせるものであろう。)


ディノフェリス属種 Dinofelis barlowi
(ディノフェリス属はマカイロドゥス亜科、メタイルルス族(Metailurini)を代表する存在。同グループでは一番大型で、スマトラトラに匹敵するサイズに加わえて、前肢のロバストさ、頑強さは、同サイズのジャガーのそれをも凌駕していた。大柄ではあるが、おそらく木登りなどはお手のものであったことだろう。

メタイルルス族の種類の上顎犬歯は、プロポーション的にヒョウ属種よりもわずかに長い程度であり、形状も扁平というよりはネコ亜科の円錐型犬歯に近く、堅牢なつくりである。このことから、同グループをネコ亜科に編入すべきとする主張を唱えた学者も出たほど。

現在この提案は支持されていないようで、主流の考え方としては、メタイルルス族はアドヴァンスな剣歯猫形態が生じる以前の、basal machairodonts(基底剣歯猫)の頭骨形質を維持しており、ホモテリウム族、スミロドン族とは連ならない、外群の一部をなすというもの。
事実、メタイルルス族種においては、下顎を大きく開くための頭骨の各機能形態も「アドヴァンス型」の剣歯猫に比べて未発達であり、その結果として、ヒョウ属と同程度に強力な咬筋力を有していた※(Christiansen, 2008)。

(※剣歯猫では、顎を大きく開く頭骨の機能形態が顕在化するほど、顎力は相関的に低下する傾向があるため)

以上の事実から、ディノフェリスは確かに「剣歯猫」ではあるけれども、場合によってはこの場面のように、獲物を咥えた状態で樹を登るという、ヒョウさながらの芸当も(あくまでも個人的な見解にすぎないが)こなし得たであろうと考える。


ゴンフォテリウム属種 Gomphotherium sp.
アフリカ産ゴンフォテリウム属種については、『中新世前期~中期のメガファウナ』参照されたし


デイノテリウム属種 Deinotherium bozasi
同デイノテリウム属種については『プレヒストリック・サファリ⑧』を参照されたし


パレオトラグス属種 Palaeotragus germaini
アフリカに分布していた原始的なキリンの仲間。P. germaini は同属の最大種で、肩高が優に2mを超える。頭部には現生キリンと同様に対のオシコーンを生やすが、頸はそれほど伸長しておらず、どちらかといえば、キリンよりもオカピに似ていた動物である。


インパラ Aepyceros premelampus
インパラは、アフリカに現れた最古のレイヨウ群のひとつに数えられる。


"古代アフリカ超獣アンサンブルⅡ"


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イラスト&テキスト: ⓒサーベル・パンサー the Saber Panther (All rights reserved)

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11 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ma123)
2016-06-19 13:40:20
ゴンフォテリウムは地味に好きなので描いていただけて嬉しいです。
次は、北米のメガファウナが見たいです。
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Unknown (管理人)
2016-06-22 01:04:21
私も個人的には化石長鼻類ほど面白いグループも珍しいと思っていますが、興味を持たれている方は
意外と少ないようにも感じていたから、ゴンフォテリウムに触れてもらえて嬉しく思います。
Larramendi(2015)の骨格モデルに基づき、描かせてもらいました。
ステゴテトラベロドンとの違いも明確に判ると思います。

マカイロドゥス属の分類刷新というのも、かなり大きな出来事だと思いますけどね。

更新世北米には取り組みますが、次作は三度中新世を扱うことになるかもしれません。了承ください。
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Unknown (ma123)
2016-06-22 14:15:45
更新世以外の時代の始新世の動物のウインタテリウムや更新世の動物のステゴマストドンが見たいです。
中新世の時代の動物が続くなら、ステゴドン科のツダンスキーゾウも入れてほしいです。
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Unknown (管理人)
2016-06-29 00:31:38
確かに更新世以外にも、新生代のどのエポックを見ても、北米は興味深いファウナの宝庫で
すね。他大陸も同様ではありますけどね。ステゴマストドンの分類の変遷については、私の知り
うるところを既に説明したはずです。
中新世における次の古代長鼻類は、ステゴドンより認知度は低いなれど同様に大型という種
類を、フィーチャーする予定でいました。が、ステゴドン属は分布域が非常に広大だっ
たので、うまくすれば取り上げることが可能かもしれませんね。
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Unknown (ma123)
2016-07-21 21:46:07
ステゴドンで気になったのですが、ステゴドン科の誕生した場所はどこでしょうか?
個人的には、アジアから化石が多く出土しているので、アジアだと思うのですがどこでしょうか?
気になります。
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Unknown (管理人)
2016-08-02 23:38:41
そう思います。恐らくはアジアに起源を持ち、主にアジアで栄えた古代長鼻類の、代表格の
一つでしょう。のみならず、ステゴドン属は進化系統の上でも形態的にも、ゴンフォテリウム科、ゾ
ウ科の双方に「近い」という、興味深い立ち位置にある長鼻類だと思います。私は個人的には、ス
テゴドン科とゴンフォテリウム科の進化系統上の連関について、特に関心を持っています。次回イ
ラスト記事にて、その辺について多少、触れることができると思います。
返信する
Unknown (ma123)
2016-08-07 15:48:06
ステゴドンについて気になる質問に答えていただき、ありがとうございます。
そういえば、Palaeoloxodon属種は何故、アメリカマストドンを絶滅させてまで北米へ行かなかったのでしょうか?
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Unknown (管理人)
2016-08-18 19:24:53
いつも簡潔ながら鋭角、興味深いご質問をなさいますね笑。私の浅薄な知識には限界があります
が、皆と一緒に勉強し考えつつ、できるだけ有意義な解釈にたどり着けたら、と思います。

近年の傾向に従ってレックゾウ(Elephas recki)をパレオロクソドン(パラエオロクソドン)属に組
み入れた場合、同属の分布範囲はアフリカ大陸の大部分にまで及ぶことになります。多くの巨大
種を派生し、旧世界全域でかくも栄えながら、なぜアメリカ大陸に進出を果たせなかったのか、私
も不思議に思います。

同属代表格のストレートタスクゾウ(Palaeoloxodon antiquus)をはじめ、パレオロクソドン属
の大部分が、温帯適応の種類で占められていたということも、考慮すべきかもしれません。ユーラ
シア-北米間が地繋がりになっていたのは氷期の頃ですが、氷期自体は幾度も訪れたとはい
え、その都度、荒涼殺伐たるシベリア~ベーリングを攻略することができなかったということでしょうか。

この説に関しては、北米のコロンビアマンモスの祖先が、ストレートタスクゾウ以上に温帯適応、
かつブラウジング適応であったはずの南方マンモス(Mammuthus meridionalis)だったという
一事を考えると、いまいち説得力に欠けるかもしれない。ただ、Lister & Bahn(2007)が近年の
調査を踏まえて言うには、コロンビアマンモスの祖先には東アジア産のステップマンモス
(Mammuthus trogintherii)を挙げるのが最も妥当だということです。寒帯種で、何よりグレー
ジングに高度に適応したステップマンモスが新世界進出を遂げたというのであれば、驚くには当
らないでしょう。

まあ言い始めれば、それではゴンフォテリウム属種はどうなのか、アメリカマストドンの祖先は…
ということにもなりますが(ゴンフォテリウム属種については、北米起源だという説があります)。興
味深いですけどね。
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Unknown (ma123)
2016-09-18 22:27:05
コロンビアマンモスの祖先は、ステップマンモス説のほうが有力なのですね。だから、パレオロクソドンは北米に進出できなくて、マンモスなら北米に進出できたのかと思いました。
あと、デイノテリウム科とステゴドン科のゾウも北米に進出できなかったはずでしたが、何故この二つの科のゾウは北米に進出できなかったのでしょうか?
返信する
マカイロドゥス属に関して追記 (管理人)
2016-11-07 03:59:38
マカイロドゥス属に関して追記:

中国北西部で新しく発掘された、中新世後期の巨大マカイロドゥス属種、「マカイロドゥス
horribilis」 の頭骨について詳細を記した論文(英文)が、発表されています(Deng et al., 'A 
skull of Machairodus horribilis and new evidence for gigantism as mode of
mosaic evolution in machairodonts', 2016.10)。

頭骨長は既知のマカイロドゥス亜科(剣歯猫群)の中で最大の415mmになり、回帰分析によ
る生前の推定体重は405kgと、こちらも史上最大級になります。

著者(Deng, Zhang, Tseng et al., 2016)によると、M. horribilisの下顎の最大開口角
度は後代の剣歯猫(スミロドン、ホモテリウムなど)と比べて小さく、このため、頚部へのスラッ
シュバイト(論文中の表現はshear bite(シアーバイト))が可能となる獲物の大きさは、自ず
から限定されていただろうということです。他方、頭骨の顕著な大きさそれ自体が、開口角度
(gape angle)の小ささという難点をオフセットする「形質要素」であることも、また考えられると。

ともかく、マカイロドゥスは剣歯猫最大級の体躯を備えながらも、開口角度の小ささから、平均
的な獲物サイズはスミロドンやホモテリウムの場合に比して小さかったであろうこと、あるい
は、開口角度を増大させる以外にも、例えばサイズ-頭骨の大きさ-の大型化がスラッシュ
バイトの精度を高める適応の一例である可能性、さらにはスラッシュバイトとは異なる攻撃方
法の可能性 等々、複数の興味深い議論が展開されています。
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