the Saber Panther (サーベル・パンサー)

トラディショナル&オリジナルの絵画芸術、化石哺乳類復元画、英語等について気ままに書いている、手書き絵師&リサーチブログ

モスバッハ・ホラアナライオン / スミロドンを凌駕する新種シミター

2010年01月20日 | ネコ科猛獣の話

                   MOSBACHER HOHLEN LöWE
                                     Cromerian lion 


Wt. 350kg

モスバッハ・ホラアナライオン(クローマーライオン) Panthera fossilis /
Panthera leo fossilis / Panthera spelaea fossilis

イラスト: ⓒ the Saber Panther サーベル・パンサー


機動力に優れ、また角などで強力に武装したものが多い有蹄動物を専門に狩るべ
く、ハイパーカーニヴォラとして、そして基本的に単独のハンターとして進化の道を歩
んできた大型ネコ科猛獣。その中の史上最大級ともなれば、まさに捕食獣predator
としての、一つの究極形であると評しても間違いではなかろう。

史上最大のネコ科猛獣の候補として名前が挙がるのは、一般にアメリカライオン
ホラアナライオン
、それにスミロドンpopulatorであろうか(加えて最近発表された
研究結果から、雄の平均体重が750ポンド以上になったとも考えられる、ガンドント
Ngandong Tiger の巨大さにも注目されたい)。

マカイロドゥスkabirについては下に略述

アメリカライオンは全長約470mmというオーヴァーサイズな頭蓋骨が発見されている
事実からか、今ではネット上の(特にアメリカの?)多くの関連サイトで、最大のネコ
科動物であったとの評価が定着しつつある。ただアメリカライオンの場合、必ずしも
頭骨以外の骨格のデータを根拠に、かような結論につながっているわけではないか
もしれない。同じ頭骨長をもとに回帰分析で得られた数字であっても、体型の違いか
らか、例えばボリス・ソルキンが算出した最大級個体の推定体重値(下・図)では、南
米スミロドンがアメリカライオンを上回っている(スミロドンpopulatorのこれまでで
最大の頭骨長は400mm)。
(↑ソルキンはアメリカライオンの現生種モデル(Extant skeletal model)にはアフ
リカ南部産のライオンを、同スミロドンpopulatorにはシベリアトラをそれぞれ用
いている)
Boris Sorkin 『A biochemical constraint on body mass in terrestrial mammalian
predators
』 (2008)

中期・更新世に今のイタリアやフランス、ドイツあたりに分布していたモスバッハ・ホ
ラアナライオン
Panthera fossilis -本種の標準和名は未定着であるが、骨格が産
するドイツ本国ではMosbacher Löwe「モスバッハライオン」の呼び名が一般的なよう
であり、ここではこれに準拠しモスバッハ・ホラアナライオンと表記してみた。一方、
後述のようにクルテンは、ブリテン島の地質年代区分、クローマー・ステージから取
られたCromerian lion「クローマーライオン」なる名称をあてている- も体格的にアメ
リカライオンに伍するとされる
特大級のネコ科猛獣であるが、実はドイツのマウア
ーで得られた尺骨などpost cranialの骨格の最大値を比較すると、その
アメリカライオ
ンをも凌駕していることはあまり知られていない※。

ulna bone from Mosbach 2/Germany has a total length of 465mm. The longest ulna
for P. atrox is 438mm and for P. s. spelaea, 429mm. 

これはポーランドでヨーロッパの化石哺乳類を勉強されているcape lionさんから個人
的に教えていただいたデータであるが(アメリカライオンに関しても、より詳細なスペ
ックを知っている方がいれば、教えていただきたいと思います)、この巨大ネコに関し
てはかのビョルン・クルテンも自著『Pleistocene Mammals of Europe』の中で以下の
ように記していることが見出される。

“The lion entered the European scene in the C-Cromer(Mauer; Forest
Bed; Mosbach)with a gigantic form. ...The Cromerian lion in Europe may
be the largest felid that ever existed”
Bjorn Kurten

古脊椎動物学の泰斗、クルテンには『Pleistocene Mammals of North America』とい
う大著があり、言わずもがなユーラシアと北米の古代ファウナの双方に知悉した学
者さんである。そのクルテンは、クローマー・ホラアナライオンこそ-もっとも彼は、必
ずしもホラアナライオンとPanthera leoとを二別に扱ってはいないのであるが-史上
最大ネコ科猛獣の冠にふさわしいだろうと認識していたようだ。


※(残念ながら、当人に問い合わせても、データの典拠を示してもらうことがかなわ
ずにいます。今のところ、資料になり得るような記述、数字ではないということは、了
承ください。)
lions_skulls_wildcrubody1.jpg picture by jagroar
(上から:
アメリカライオン、ユーラシア・ホラアナライオン、現代アフリカライオンの頭骨)


ここまで書いたところで恰好がつかないのですが、上に挙げたいずれをも凌ぐ可
能性のある、史上最大ネコの有力候補の名が、新たに浮上しております。ただもち
ろん、体重の算定方法やその精度もまちまちなら、骨格のサンプルが十分には得ら
れていない種類も多いわけで、これらネコ科絶滅種の中から一つを大凡の最大候補
-あくまでも体重が対象-として選り出すことは、実際には極めて難しいのでしょう


マカイロドゥスkabirスミロドンを凌駕するシミター


チャドの化石層で発見されたMachairodusの新たな種
(メイン執筆者のS. Peignéは、マカイロドゥス亜科、ニムラヴス科(バルボウロフェリス科)の研究で世
界的に著名。例によってPDF閲覧は有料)
Credit to Taipan for the source

http://en.wikipedia.org/wiki/Machairodus

アフリカはチャドの後期・中新世の地層から骨格が得られたマカイロドゥス属の新
種、Machairodus kabir はトロス-メネーラ化石層で見つかる最大の捕食獣であ
り、同地域に棲む大型草食獣を常襲する恐るべき剣牙猛獣(シミターネコ)だったと
いうことですが、体重は推定で350~490kgにも達していました。

論文からの抜粋: 
("Given the sexual dimorphism known in Machairodontinae, with males larger
than females, this weight range  is expected to be even greater with a better
fossil record." 
「マカイロドゥス亜科にも性的二型による雌雄のサイズ差があることを鑑
みれば、化石の発掘状況の進捗に伴い、この推定体重範囲(350~
490kg)はさらに拡大すると予想される。」)

頑強な前半身に加え、マカイロドゥス属種は-サーベルネコとしては特異なことに-
尾も後肢も長く
、初期のM.aphanistus などトラやライオンとプロポーションがそっく
りだったともされるように、グラップリング力と優れた跳躍力を兼備した存在だった
と考えられます。やがて進化の過程で遠位部の相対的伸長elongationスミロドン種
とは真逆の進化傾向
)、やや「うしろさがり」気味の立ち姿勢、下顎筋突起の短縮な
どの諸特徴が目立つようになり、すなわち形態が子孫たるホモテリウム属に近づい
てくるのですが。
大型種(最大種だとみられていた)、M.giganteus の最大頭骨長もスミロドン
populator のそれを上回るという説すらありますが、ただし頭骨幅は目立って狭く
顎力は著しいものではなかったと考えられています(これはサーベルネコ全般に共
通の特徴ですが)。

そういえば去年の11月、やはり推定体重881lbs(400kg前後Mol, 2008というホモ
テリウムcrenatidens
の大型個体の一部骨格が、北海の海底から引き上げられた
旨のニュースを紹介しました。ダーク系サーベルネコに比べると、概して軽量な体つ
きをしているとされるシミター系サーベルネコですが、体重400kg級にもなるホモテリ
ウムやマカイロドゥスのディメンジョンがいかほどのものであったのか、興味深いとこ
ろでもあります。

閑話
ホラアナライオンとホモテリウムlatidensは、更新世の中~後期を通じ
て、ヨーロッパにおいて長らく競合関係にあった。ホモテリウム属種がヨ
ーロッパにて27万年ほど前(後期・更新世)まで存続していたということ
は、2003年のD.Mol らによる一連の放射性炭素年代測定を通じて明ら
かになった、比較的新しい知見である。下記はこれに関連して、
A.Turner
による論文の大要。

Implications of the post cranial anatomy of Homotherium latidens for comparative paleoecology
(A.Turner, 2005)

「ホモテリウム属種にみられる走行性としての適応要素は、現代(大
型)ネコ科種やスミロドン族のサーベルネコとは、狩猟テクニックが
異なっていた
であろうことを示唆するものである。例えば鉤爪サイズの
縮小など単独で大型動物を組み伏す能力を制限するものであろうし、グ
ループで狩りを行っていた可能性がうかがえる。
同じ更新世時の(ホラアナ)ライオンとの直接的競合では、サイズ(体重)
前脚筋力で劣ること、鉤爪が小さく歯型のつくりが“華奢”であったこ
となどから、劣勢側にあったであろう。ホモテリウムの狩猟テクニックは
比較的「開けた」生息環境において最も威力を発揮したはずであるが、
ライオンとの競合から、より身を隠し易い生態系へと移行することを余儀
なくされたかもしれない。
これら更新世時ヨーロッパにおける二種の大型ネコの共存状態を崩壊
させた主要因として我々は、過去数百万年間に渡る気候変動とステップ
拡大に伴い、いわゆる生態環境の「モザイク性」が縮小していったという
事実、さらに大型捕食動物群(larger predator guild)の一環としての人類
の影響力の増加、を提起する。」


またこうした巨大種を別にしても、シミターネコ類には走行性のロコタンジャイルル
ス、例のクッキーカッターネコ(ゼノスミルス)など実に個性的なサーベルネコが多
く-メタイルルス族をシミター系統に数えるならばなおのこと-、彼らを知らずしてマ
カイロドゥス亜科を語ることはできないといったところでしょうか。

ついでながら、マカイロドゥスがスミロドン属(サーベルタイガー)の直系祖先であった
とする記述が散見されますが、上述のようにマカイロドゥス属はホモテリウム属に連
なるシミターネコの系統であり、スミロドンなどダークネコには、パラマカイロドゥス
という、名は似ているが全く別の共通祖先があります。


~サーベル・パンサー


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