the Saber Panther (サーベル・パンサー)

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パレオ・ジャガーって、実はパレオ・タイガー? (新仮説に関するまとめ) ウンピョウについても言及

2022年10月04日 | ネコ科猛獣の話

パレオ・ジャガーって、実はパレオ・タイガー❓

 (新仮説に関するまとめ)





Panthera gombaszoegensis 生体復元画(旧作 パレオ・ジャガー版))推定体重190kg
イラスト Images and text by ©the Saber Panther(Jagroar)(All rights reserved)
※この記事中の復元画は、いずれもかなり古い旧作です

 

長らく、「パレオ・ジャガー」(あるいはヨーロッパジャガー)として固有種、ないしジャガーの古亜種として、すなわち現生ジャガーに最も近縁な古代ヒョウ属種として分類されてきた、Panthera gombaszoegensis(パンテラ・ゴンバソエゲンシス)。とはいえ、P. gombaszoegensisがジャガーに近縁というのは、もっぱら下顎の歯形の形質類似にのみ、拠っていたようです(Chatar et al., 2022)。その背景には、P. gombaszoegensisの頭骨記録は乏しく下顎と歯の一部くらいしか分析対象となり得ず、多変量的分析が少なかったことが挙げられます(一方、ポストクラニアルの情報も多くはないが、集積している)。
 
しかし、その歯形態にしても、近年、Jianzuo & Liu(2020)の分析の結果、ジャガーの歯との形質重複が乏しいことが判明、P. gombaszoegensisとジャガーを結びつける従来説は、いわば揺らぎつつありました。

 
このようなタイミングで、ベルギー南部のLa Belle-Rocheで発掘されながら、これまで記載、分析の機会を逸していた、比較的保存の良いP. gombaszoegensisの頭蓋と上顎骨(及び下顎骨の一部)(50万~200万年前)を対象に、形態測定分析が実施されました。この分析結果と、Tseng et al. (2013)作成のネコ科形態特徴と分子系統情報を統合したマトリックスに基づき、ヒョウ亜科の進化系統史における本種の位置が見直されていますChatar et al., 'Not a jaguar after all? Phylogenetic affinities and morphology of the Pleistocene felid Panthera gombaszoegensis', 2022年9月公表)。

この研究は、P. gombaszoegensisの頭蓋骨を多変量的に形質分析した、初の試みかと思います。興味深い結果とそれに基づく仮説が展開されているので、以下にかいつまんで内容を紹介したいと存じます。(形態測定学に関わる専門的な記述、数式等は割愛しています。内容を確認したい方は当論文に当たってください)
 
 
形質分析の結果を端的に述べますと、P. gombaszoegensis下顎と歯の一部形質がジャガーのものと類似することは既述通りですが、共有点はそこまでであって、頭蓋、上顎など頭骨のそれ以外の部位に、類似性は確認されませんでした。
 
Chatar et al.(2022)はさらに、上述のTseng et al. (2013)作成のデータセットに今回のP. gombaszoegensis頭骨形質データを加えた上、ベイズ推定法のもと新しいヒョウ亜科の系統樹を提示しています。
 
この分岐系統樹(most parsimonious tree 最大節約系統樹)についてまず(個人的に)興味深いのは、かつてトラ系統の古タクソンとされたPanthera palaeosinensis(パンテラ・パレオシネンシス)が、ヒョウ亜科の基底タクソンに位置づけられ、形質距離の大きさからヒョウ属への分類が不可と示されたこと。さらに、P. palaeosinensis同じくヒョウ亜科の基底の一つであるウンピョウと2つの共有派生形質を有し、ウンピョウと共通祖先筋から分岐したことが示されています。
 
これは、驚くべき結果ではないでしょうか。ウンピョウの祖先系統については不明瞭な点が多いが、P. palaeosinensisと分類がクラスターするとなれば、その進化史の究明に一歩を進めることになりそうです。P. palaeosinensisは大型のヒョウ大であるため、ウンピョウも元々はこうした大型のタクソンから分岐進化した可能性も考えられるでしょうか。
 
このようにウンピョウと共にクラスターされ、ヒョウ属への分類も不可というならP. palaeosinensisの属分類についても興味がわきます。はたして、ウンピョウ属に組み入れられるのか(とはいえ、共有派生形質が二つのみでは、その可能性は低いでしょう)、それともヒョウ亜科内の独自の属名が与えられることとなるのか。注目したいと思います。
 
ウンピョウといえば、剣歯猫の基底タクソンの一つ、パラマカイロドゥス(プロメガンテレオン)とも形質の類似が夙に言われます。パラマカイロドゥスもまた、ヒョウ大であるから、P. palaeosinensisとウンピョウの「共通祖先筋」というのは、パラマカイロドゥスと形質、サイズの双方で似通っていたのかも… などと妄想してしまいますが、あながち飛躍ではないかもしれない?
 

 



パラマカイロドゥス属種)生体復元画

(パラマカイロドゥスには、P. palaeosinensisとウンピョウの「共通祖先筋」の姿を、思い重ねてしまいます
イラスト Images and text by ©the Saber Panther(Jagroar)(All rights reserved)
 
 
しかし、今回最も注目に値する分析結果は、Panthera gombaszoegensis ジャガーではなくトラに最も近縁で、トラとの姉妹クレード関係が示されたことです。
P. gombaszoegensisとトラとは、4つの明確に同形という共有派生形質を有し、両種を繋ぐノードの再標本値(resampling value その分岐が再現する確率)も高い数字が示されました。

この結果を受けてChatar et al.(2022)は、P. gombaszoegensisを「ステム・トラ」として位置づけ、トラ系統最古の種の一つがヨーロッパに分布していたとする仮説を提示します。
 
トラの起源はアジア東部と考えられ(Hemmer 1981, 1987; Mazák 1981; Herrington 1987)、トラ系統最古の一種であるPanthera zdanskyiロングダントラ」も200~250万年前の中国北西部に分布しましたが、「その系統全種の分布がアジアに限定的であった」という定説が、見直される機運となりそうです。
 
 



ロングダントラ Panthera zdanskyi) 生体復元画

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明確にトラ(Panthera tigris)に帰属できる最古の化石は、およそ85万年前のもので、中国北部で出土しました(Hemmer, 1971)。アジア産の最古のP. gombaszoegensis標本の年代は177万年前に遡る()といいますから、同種はトラの出現する以前にアジア(南アジア)に到達していたことが窺えます。
 
(補足です。最新の化石報告になりますが、アゼルバイジャン(中央アジア)北西部Palan-Tyukanの前期・更新世地層で、本種Panthera gombaszoegensisの骨格が見つかったことが、2022年10月9日に公表されています(Iltsevich et al., 'Early Pleistocene Feliformia from Palan-Tyukan (Azerbaijan)', 2022)。同じく中央アジアDmanisiの前期・更新世地層で見つかっていたP. gombaszoegensis標本と、形態が類似するとのこと。Palan-Tyukanの化石ファウナはおよそ185万年前のもので、Chatar et al.(2022)が言及していたアジア産最古のP. gombaszoegensis の化石記録(177万年前、南アジア)を、更新する古さとなります)
 
これらを踏まえ、Chatar et al.(2022)はトラの東アジア起源に疑義を呈しておりますが、これについては注意が必要だと個人的に思います。
P. gombaszoegensisトラが姉妹クレード関係にあるといっても、形質差異もあり、トラの祖先筋と見做すことはできないはずですし、「現生トラ(Panthera tigris)の起源」は従来説通り、アジア東部であったとしても何ら不都合はないからです。

 
P. gombaszoegensisをジャガー系統、ないしジャガーの祖先とする説については、P. gombaszoegensisの化石記録が東アジアやアメリカ大陸で皆無であることがネックとなっていました。今回の新説のように、ジャガー系統を新大陸固有としてP. gombaszoegensisとの繋がりを否定した場合、ヒョウ亜科の古地理学的分布史が、著しくシンプルに整理されることになりそうです。

 
ともかく、トラ系統の分布がアジアを越えてヨーロッパにまで広がっていたとすれば、ヒョウ系統やライオン系統に劣らず広範な分布域を展開していた、ということが言えるでしょう。
 
 


現生ベンガルトラ(インド・バンダヴガル国立公園の有名な支配雄だったベンガルトラ、'Bamera'のポートレート。かなり古い絵です)
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以上、何十年も定着していた「Panthera gombaszoegensis=パレオ・ジャガー」説を覆す可能性のある、新仮説を、二次資料ではなく当の論文内容に基づき、かいつまんで紹介しました。
このことを踏まえて、Panthera gombaszoegensis の復元画を正確性を期して描き直すので(実はこの旧作でも(特にポストクラニアルに)トラっぽさを出していたのですが!明らかに形質的にジャガー寄りなので)、それを含めて、あらためてチェックしてもらえると、幸いです。

 
 
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7 Comments

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本文への補足 (管理人)
2022-10-17 09:52:01
本文内容への補足です。

最新の化石報告になりますが、アゼルバイジャン(中央アジア)北西部Palan-Tyukanの前期・更新世地層で、本種Panthera gombaszoegensisの骨格が見つかったことが、2022年10月9日に公表されています(Iltsevich et al., 'Early Pleistocene Feliformia from Palan-Tyukan (Azerbaijan)', 2022)。

同じく中央アジアDmanisiの前期・更新世地層で見つかっていたP. gombaszoegensis標本と、形態が類似するとのこと。Palan-Tyukanの化石ファウナはおよそ185万年前のもので、Chatar et al.(2022)が言及していたアジア産最古のP. gombaszoegensis の化石記録(177万年前)を、更新する古さとなります。

ただ、本文にも記したように、これをもって「Panthera tigris」の東アジア起源説を覆すには、あたらないと思われます。
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Unknown (Unknown)
2022-10-20 22:28:31
おお!これはもしかしたら、何度もコメントさせていただいた、自分が現在も探してる、ウンピョウ、ズンダウンピョウの祖先種の解明に1歩近づいたと思っていいのでしょうか?
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Unknown (管理人)
2022-10-21 05:25:27
Chatar et al.(2022)のリサンプリング法が示すウンピョウ属とPanthera palaeosinensisを繋ぐノードの支持値(その分岐が再現される確率)は比較的低いものですが、今回の系統樹で両者が姉妹分類されたことは事実です。

ただ、他のヒョウ亜科のクレードと比べ、ノードの支持値が高くはないですし、暫定的な分類という扱いになるかと思います。

ウンピョウ属とP. palaeosinensisが共通祖先から分岐したのは、鮮新世のザンクレアン期(533万年~360万年前)に遡ることが示されています。
前にも書いたように、生息環境に由来するものかウンピョウ属の祖先系統は化石が出ていません(あるいは極めて断片的。こればかりは、仕様がないことです)。今後の発見についてもおぼつかないわけですが、P. palaeosinensisとの近縁性という手掛かりが信頼できるとすれば、ウンピョウ属の分岐進化史を探るうえで、一つ進捗したことは確かだと思います。
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Unknown (Unknown)
2022-11-02 21:24:03
ウンピョウ属二種と

小型ヤマネコ類の基底種が判明、名前がつくまでまだまだ相当かかりそうですね。。。
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Unknown (Unknown)
2023-03-23 08:56:16
ウンピョウ2種の基底種はまだ判明しないんですかね
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2023 3/30 発表の最新知見 (管理人)
2023-03-31 12:08:16
以前にも指摘したように、ウンピョウ系統の進化史については、化石の発見がおぼつかない以上、ゴーストタクソンを措定することで良しとする他は、ないと思うのです。

…と、私も半ば以上あきらめていましたが、これも何かの機縁だと思い、もう一度調べてみました。そしたら、すごいタイミング、ジャックポット。
ヒョウ亜科の進化史、とりわけウンピョウ属の起源ということについて、現状では決定的とも考えられる最新の研究が、3月29日(日本時間3月30日です。今日が31日)に発表されています。探してみるものです。

(Hemmer, 'The evolution of the palaeopantherine cats, Palaeopanthera gen. nov. blytheae (Tseng et al., 2014) and Palaeopanthera pamiri (Ozansoy, 1959) comb. nov. (Mammalia, Carnivora, Felidae)', 2023)

何年も前に、チベット・ヒマラヤ北西部のザンダ累層で発見された大型ネコの頭骨が、ヒョウ属種、パンテーラ・ブリテエ(Panthera blythea)として分類され、ユキヒョウとの類似などが論じられたことは、ご存知かもしれません(このブログでも当時、詳しくお知らせしたものです)。しかしこのザンダの標本、眼窩下孔の位置など形質差異も大きく、のちにヒョウ属への分類が否定されるに至っています。

さらに、第四小臼歯のパラコーン構造など、当初、ザンダ標本に特有とみなされた形質が、更新世中期のウンピョウ属古亜種(Neofelis nebulosa primigenia)にも共通することが分かったといいます(この時代のウンピョウ属の古亜種が知られていたということが、一つ驚きですが)。他方、ザンダ標本の歯形は全体的にウンピョウ属よりもアルカイックで特化性に乏しく、祖先ネコの一つであるプセウダエルルスの歯形状に類似すると。

こうした諸点を踏まえ、ブリテエは新たな分類群、「パレオパンテラ属」に分類され、学名はパレオパンテラ・ブリテエ(Palaeopanthera blythea)となっています。近年、中新世後期・初頭の地層で見つかり、ミオパンテラ属に分類されていた標本も、同質形状であるため、やはりパレオパンテラ属に帰属されることとなったようです(Palaeopanthera pamiri)。そして、これらよりも特化の進んだ現生ウンピョウ属二種は、パレオパンテラ系統の生き残りである、とする仮説が提示されています。

ウンピョウの直系祖先が特定されたわけではありませんが、ウンピョウ属はパレオパンテラ属とクラスター分類され、彼らの共通起源は中新世後期・初頭に遡るということ。

ところで、Chatar et al.(2022)の系統樹ではウンピョウ属と「パンテラ・パレオシネンシス」がクラスターされ、後者のヒョウ属への帰属が不可と示されたことについて、本文で述べました。Hemmer(2023)はパレオシネンシス種については言及していないので、ここからは私の仮説になりますが、パレオシネンシス種も上述のブリテエ種やパミリ種と同様、パレオパンテラ属に分類される可能性が高い(といって悪ければ、少なくともその可能性がある)とみています。現状、ヒョウ亜科の分岐を系統樹的に大雑把に示せば、パレオパンテラ属ーウンピョウ属ーヒョウ属というように分岐していった様子が、うかがえるでしょうか。

ウンピョウ系統については言わずもがな、ブリテエの発見以降、ヒョウ亜科の系統発生史の解明はあまり進捗していなかったので、こうした新しい見解の提示は貴重だと思います。
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Unknown (Unknown)
2023-04-04 19:02:33
ありがとうございます
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