『五月のフラフープ』お話のはじまりはじまり。

2006-07-05 13:09:53 | ストーリー
ゆっくり時間をかけて考えたいことがある。
そんなあなたに冷めたブラックコーヒーがよく似合う。
あたしのアイスティーの結露はもう耐え切れず、
周りの空気を読みつつ同志を探した。
『あの日・・・』と言いかけてあなたはまた席を立った。
剥がれそうなソファの人工皮を一点に見つめて、
あたしは自力で唾を飲み込んだ。
物事はいつも思うようには行かない。
交差する道路標示のようにあなたとはいつも離れていくしかない。
心の膿だけがあなたとの共有物なのかな、悲しいことに。
『悲しい・・・』ゆっくり席に戻ったあなたはつぶやいた。
「悲しい」というコトバも居場所を探すように、湿った5月の空気
に漂う。もう「悲しい」がなにをも伝えない。
あの日何があったか、あたしだってよく分かってる。
何も言わないことが考えられるせめてもの傷つけ方なんだ。

高校のとき、あたしは囲碁部に入っていた。
今も囲碁のルールすら分からない囲碁部副部長。
でも部長の佐山君は高校卒業後プロになったらしい、囲碁の。
今、子供に囲碁を教えたりして、お小遣い稼ぎをしてるのかもしれない。
佐山君と初めて話したのも今日みたいな雨の日だった。
5月20日。その頃付き合っていた男の誕生日だったっけ。
東京のど真ん中にある学校だから窮屈で、いつも居場所を探してたんだ。
その頃の私のお気に入れは、今だから教えるけど美術準備室。
オイルの匂いと整頓されていない心地よさ、そしてお墓のような都庁が見える
小窓。5時間目をサボってグレー色に染まった小窓を眺めていたとき、
ドア鍵を荒々しく開け、一人の男子生徒が土足で入ってきた。
雨にぬれたスニーカーはタイルの床をさらに汚している。
顔すら知らないその男子が息を切らしながらあたしをじっと見つめる。
これが佐山君との出会いだった。

つづく。