季節は違うが、我々が山寺の麓に着いたのは、芭蕉が訪れたと同じ夕刻。下山の頃には暗くなるかもと予測して、メンバーには懐中電灯の準備もさせた。
夕闇の迫る中で芭蕉句碑を探す。曾良と芭蕉の像も近くにある。他にも、清和天皇の御宝塔、日枝神社、念仏堂など、いろいろあるが、「あとで、あとで」と叫びながら、私は山門に向かう。
[山寺駅でもらった「資料館等ご案内」より]
[芭蕉記念館パンフより]
山門の階段を登りかけて後ろを振り返ると、後続の姿がない。見ると、常行念仏堂の前でお参りをしている。「そんなの後にして。もたもたしてると、上まで行けなくなるよ。秋の陽はつるべ落し。」 私がそう言って、階段を登るのでやっと従いて来た。
高々年には結構きつい階段だ。せみ塚あたりで、みな息が荒くなる。この調子だと下山は懐中電灯が必要になる。そうなる前に何とかと思ったので、私は決断。
金乗院?
そこからは、後続にお構いなし。どんどん先へ行くことにした。なんとか、奥の院・如法堂に着いたのは計3名。しばらく待ったがあとが上がって来ない。
「見晴台まで下りよう」と言いかけたとき、メンバーの一人の姿が見えた。その後から、何人かの姿も。そこで、最後の者がこちらに到着するまで待った。2名を残して、計8名。山寺を訪れた者でも、奥の院まで来た者はほとんどいないはず。頑張った記念に、下界に向かって、みんなで「ばんざーい」。
奥の院・大仏殿
すると、その時、背後で戸を閉める音。あきれて如法堂の僧が店じまい?と思ったが、勘違い。5時なので閉めたのだろう。入山は6時までらしい。あわてて8名は見晴台へ。
見晴台・五大堂(?)
見晴台から見下ろした集落
麓の駅舎周辺の建物が見える。合掌作り風の集落が見えるので、デジカメでぱちり。でも、かなり暗くてうまく撮れなかったみたい。なんとか懐中電灯無しで下まで降りたい。なにしろ我々は足腰の弱ったじっちゃん・ばーちゃん。急な階段を踏み外して、顔面から落ちたらえらいことになる。
我々は、足元に注意しながら、ささくさと下りを急ぐ。---とうとう使わずに下まで辿り着いたぞ。2名のメンバーがそこで待っていた。
----駅舎に到着寸前、目の前で電車がホームを離れて行った。往復1時間では無理だったか。休憩をとったり、写真撮影しない訳にもいかないしなぁ。まあ、いい。ということで、我々は駅舎で次の電車まで、約1時間待つことになった。
そのあと、我々は山形へ向かうのだが、この3日間、天候にも宿にも恵まれ、目的のコースを回れた。何よりもネイティヴ・スピーカーの素朴で温かな優しさに、ナマで触れられた。えがったぁ。