「第二部 108寺歩き遍路の総括(43)」
■ 各寺間の実際の時間と道のりについて
『歩き続ける…お礼参り』
昨日のブログにも書いたが、実際は「別格20番大滝寺」を打つためには、た
だ打つだけではなく「降りる時間と場所」を考慮に入れて打たなければならな
いだろう。それだけに、この寺は強烈に厳しい場所にある。
当時、KOYAMAさんから私のブログにコメントを頂いた事を思い出すが、
単に打つだけであれば、87番長尾寺周辺の宿(3軒程ある)に泊まり、早朝
3時とまでいかなくても「4時過ぎ」、最悪「5時」の夜明けと共に出発すれ
ば、歩き遍路の結願の寺である88番大窪寺、そして別格の満願の寺である大
滝寺の両方を1日で打つことは可能であろう。
事実、前日少しだけ同行した88箇所巡りの歩き遍路の方は、87番周辺の宿
に泊まり、早朝出発して、私が大窪寺に到着した直後、おおよそ20分後に到
着して無事、結願した。
実は前日、彼に結願の後の事を聞いたとき、彼はお礼参りは、交通機関などを
利用してそのまま高野山に向うとのことであったので、さぬき市コミュニティ
バスの時刻をお教えしたのである。遍路地図に記載されていた大窪寺発の最初
のバスは(10:00)発であったため、彼はなんとしてもこの時間に間に合
わせるために早朝宿を出発して、大窪寺に向って歩いてきたのであった。9時
を目標に歩いたと言っていた彼は、8時半少し前には十分到着していた。
長尾寺から大窪寺まで県道を利用して15.2キロのダラダラ登り区間、標準
時間で4時間半と言われているらしいが、彼は、4時間程度で歩いたのだろう。
4時半出発で8時半到着。私が2日間合計で3時間35分であったのであるか
ら、健脚なら十分に4時間で歩ける距離であろう。この日は、小雨の降り頻る
天気であったのにである。
大窪寺で結願し、9時に出発すれば、大滝寺までの24キロを越える道のりを、
6時間~7時間で歩く事は可能で、6時間で15時、7時間として16時には
到着するだろう。
しかしである…ここから宿のある場所まで降りるのに10キロ以上あるのだ。
下りのダラダラアスファルト道を仮に12キロ、3時間で降りたとしても、
夕方6時、あるいは夜の7時前後まで掛かってしまう。であるから、この寺を
打ち、更に「自らの足」でお礼参りを続けるためには、竹屋敷か、大窪寺周辺
の宿を基点にスタートしなければ苦しいと言わざるを得ない。
早朝から15キロ+そして25キロ=合計40キロに加え、更に10キロ以上。
もし時間的に可能であったとしても、過酷な登りの後、実際は足が「パンク」
し、下に降りる事など不可能だろう。単なる50キロの強行日程では済まされ
ないだろう。
私は、この時期の父の送り迎えがなければ、前日時間的にも余裕があったので、
竹屋敷まで歩き、翌日、大窪寺での結願を早朝に空身で行い、宿に戻って荷物
をピックアップして、大滝寺を満願して、何処に向かってに歩いただろうか。
一日の距離の合計「限界距離」を冷静に判断して、塩江温泉に泊まり、翌日以
降の作戦を練り直しただろうか…あるいは、竹屋敷に連泊して、空身で大滝寺
を打ち満願し打戻り、翌日、大窪寺に向かい結願し、そのままお礼参りのため
興田寺方向に向っただろうか。
いずれにしても、大滝寺を最後に、結願・満願の後、更に歩き続け、四国内で
お礼参りを続ける事はとても困難な事であろう。意地になって(笑)歩き続け
ようかとも思ったのだが…残念ながら、私にはそれ程の執着は無かった。実家
の優しさに包まれ私には都会の生活が恋しくもなっていた頃だろうか。
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【興田寺】
駅から歩いたので、あまり偉そうなことは言えまい…静かな住宅街にある立派
なお寺である。近隣では初詣や厄除けの寺として有名であるが、ここが「四国
八十八箇所奥院」として結願の後の「お礼参り」の寺としての役割である事は、
意外に知られていないのだろうか。善通寺にもあるらしい(私は確認していな
い)が、敷地内の裏山に(境内か?)1番から88番までの名前の付いた小さ
なお地蔵さんが並んでおり、本堂・大師堂以外にも、ここで、これまでの歩き
遍路で詣でた各寺を思い出しながら、ゆったりとした時間を過ごす事が可能だ
ろう。若い住職(跡取りだろう)の丁寧な納経が忘れられない。四国最後に、
とても良い思い出となった。
===================================
今日はこの辺で。
■ 各寺間の実際の時間と道のりについて
『歩き続ける…お礼参り』
昨日のブログにも書いたが、実際は「別格20番大滝寺」を打つためには、た
だ打つだけではなく「降りる時間と場所」を考慮に入れて打たなければならな
いだろう。それだけに、この寺は強烈に厳しい場所にある。
当時、KOYAMAさんから私のブログにコメントを頂いた事を思い出すが、
単に打つだけであれば、87番長尾寺周辺の宿(3軒程ある)に泊まり、早朝
3時とまでいかなくても「4時過ぎ」、最悪「5時」の夜明けと共に出発すれ
ば、歩き遍路の結願の寺である88番大窪寺、そして別格の満願の寺である大
滝寺の両方を1日で打つことは可能であろう。
事実、前日少しだけ同行した88箇所巡りの歩き遍路の方は、87番周辺の宿
に泊まり、早朝出発して、私が大窪寺に到着した直後、おおよそ20分後に到
着して無事、結願した。
実は前日、彼に結願の後の事を聞いたとき、彼はお礼参りは、交通機関などを
利用してそのまま高野山に向うとのことであったので、さぬき市コミュニティ
バスの時刻をお教えしたのである。遍路地図に記載されていた大窪寺発の最初
のバスは(10:00)発であったため、彼はなんとしてもこの時間に間に合
わせるために早朝宿を出発して、大窪寺に向って歩いてきたのであった。9時
を目標に歩いたと言っていた彼は、8時半少し前には十分到着していた。
長尾寺から大窪寺まで県道を利用して15.2キロのダラダラ登り区間、標準
時間で4時間半と言われているらしいが、彼は、4時間程度で歩いたのだろう。
4時半出発で8時半到着。私が2日間合計で3時間35分であったのであるか
ら、健脚なら十分に4時間で歩ける距離であろう。この日は、小雨の降り頻る
天気であったのにである。
大窪寺で結願し、9時に出発すれば、大滝寺までの24キロを越える道のりを、
6時間~7時間で歩く事は可能で、6時間で15時、7時間として16時には
到着するだろう。
しかしである…ここから宿のある場所まで降りるのに10キロ以上あるのだ。
下りのダラダラアスファルト道を仮に12キロ、3時間で降りたとしても、
夕方6時、あるいは夜の7時前後まで掛かってしまう。であるから、この寺を
打ち、更に「自らの足」でお礼参りを続けるためには、竹屋敷か、大窪寺周辺
の宿を基点にスタートしなければ苦しいと言わざるを得ない。
早朝から15キロ+そして25キロ=合計40キロに加え、更に10キロ以上。
もし時間的に可能であったとしても、過酷な登りの後、実際は足が「パンク」
し、下に降りる事など不可能だろう。単なる50キロの強行日程では済まされ
ないだろう。
私は、この時期の父の送り迎えがなければ、前日時間的にも余裕があったので、
竹屋敷まで歩き、翌日、大窪寺での結願を早朝に空身で行い、宿に戻って荷物
をピックアップして、大滝寺を満願して、何処に向かってに歩いただろうか。
一日の距離の合計「限界距離」を冷静に判断して、塩江温泉に泊まり、翌日以
降の作戦を練り直しただろうか…あるいは、竹屋敷に連泊して、空身で大滝寺
を打ち満願し打戻り、翌日、大窪寺に向かい結願し、そのままお礼参りのため
興田寺方向に向っただろうか。
いずれにしても、大滝寺を最後に、結願・満願の後、更に歩き続け、四国内で
お礼参りを続ける事はとても困難な事であろう。意地になって(笑)歩き続け
ようかとも思ったのだが…残念ながら、私にはそれ程の執着は無かった。実家
の優しさに包まれ私には都会の生活が恋しくもなっていた頃だろうか。
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【興田寺】
駅から歩いたので、あまり偉そうなことは言えまい…静かな住宅街にある立派
なお寺である。近隣では初詣や厄除けの寺として有名であるが、ここが「四国
八十八箇所奥院」として結願の後の「お礼参り」の寺としての役割である事は、
意外に知られていないのだろうか。善通寺にもあるらしい(私は確認していな
い)が、敷地内の裏山に(境内か?)1番から88番までの名前の付いた小さ
なお地蔵さんが並んでおり、本堂・大師堂以外にも、ここで、これまでの歩き
遍路で詣でた各寺を思い出しながら、ゆったりとした時間を過ごす事が可能だ
ろう。若い住職(跡取りだろう)の丁寧な納経が忘れられない。四国最後に、
とても良い思い出となった。
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今日はこの辺で。