父が癌

父が入院して検査の結果 癌(胆管細胞癌)

がん 大腿骨 骨折 モルヒネ

2007-07-29 09:40:28 | Weblog
昨日、父の右足太ももの大腿骨が折れてしまいました。
看護師さんが、トイレへ連れて行って折れてしまったと
父のもの凄い声が聞こえたと母が言っていたと妹から電話が
ありました。

(土曜日)担当の看護師さんではなかったと連絡がありました。
整形外科の医師が画像を撮り 病的な骨折で血小板が少なく手術は出来ないと
言われ 血管、神経を損傷しないように、父の右足首に2kgの重りを下げ、モルヒネを機械で自動的に注入しながら痛みを撮っていると連絡があった。

「折れた骨はそのままで 足首から重りを下げて。
 モルヒネを点滴から自動的に注入している」

父が痛みが取れてとても楽だ 良かったと言っていたと
妹が言っていた。
顔は穏やかだったと言っていた。

もっと早く緩和ケアにしてあげれば良かったと
痛みを取るための治療をしてあげれば良かったと
妹は後悔していた。

「私が話した時に 緩和ケアにしてくれれば 
 抗癌剤の副作用に苦しみ 医師、看護師、妹、母に暴言を言い
 わざと苦しませるような行動をすることは無かったのに
 父は苦かったのだ 辛かった 」

「モルヒネを外すことは出来ないだろう 足の重りもそのままで
 眠ったままで」

妹に父を緩和病棟に入れてあげたほうが良いと
話した。

今まで何度も何度も緩和ケアを頼んだのに 
看護師にも父の思いを伝えたのに
私の思いは伝わらなかった。

病院に電話をして担当医師に会えるように頼んでも
担当医師は学会の出席で留守が多く
私は、会うことが出来なかった。

妹は今まで、治療を望み 手術が出来るならばそれを望み
医師の指示どうりの治療をお願いしていた。

”今それが間違っていたと今気が付いても
 遅い”遅すぎる”


今朝、電話をした。
母が出た!
お父さん痛み出なかった。

昨日から、眠ってばかりいるよ
たまに起きるけど 直ぐ眠ってしまって
穏やかな顔で眠っているから 

何時、点滴外れるんだろうね 何も医師から話がないけど
足の手術が出来ないって言っていたけど、どうするんだろうね

今日、妹が医師に呼ばれている この先のことで相談があるからだ
父が動いたので 母が電話をきった。

今日の、午後妹から電話がある。
実家に帰る準備は出来ている。
緩和病棟に移ったら傍にいてあげられる
少しの間でも父と一緒にいてあげたい。
 



嘘 がん 医師 看護師

2007-07-25 21:24:26 | Weblog
父に電話をしても出ない
母も出ない何かあったのだろうか

妹の携帯から電話が架かってきた。
「医師に会って話があるからって言うから 会社を休んで病院来たのに
 お父さん会わなくて良いって言うし本当に困っちゃう」

「退院させてくれって言うし 看護婦さんには治療を拒否するんですか
 それとも一時外泊するんですかって聞かれるし」

私には、急に話を聞いたので何がなんだか分からない

母に電話をした。
声も悲しく 父が杖で窓を叩き 母を叩いたと話してくれた。
医師、看護師さん、母と妹に暴言を言ったと話していた。
父は嘘をつかれていると思っているようだ、心が病んで 信じれなくなってきてしまっているのだ。

血小板の点滴をしながらのジェムザールの点滴をすることに
なっているようだ 父の体は大丈夫だろうか心配だ

母は嘘を付いているのだろうか ゾメタの点滴もやっているのだろうか

暴言を言ったり 母を叩くなんて信じられない
穏やかな 何があっても動じない父が・・・

看護師と妹、母にも 治療をして行くことの副作用 辛い症状
等あることは必ず父と相談をしながら進めるように話したのに
治療をやめる時も 緩和治療を決めるときも父の気持ちを大切に考えて
ほしいと伝えたのに どうして・・

今日の夕方父は一時外泊をした。
やりたいことがあるからと言って
遺言を書いたと妹が言っていた。

父にはまだ何も聞いていない
私が電話をすると 何時も同じ足が痛いけど
大丈夫だと一言

母に聞いた。
父の目が見えなくなってきてしまったと。
起って歩くことも出来ないと。

3日後病院へ戻ると話していた。
顔を見たい そばに居てあげたい それだけで良い

がんセンターの医師から、がんだと宣告があり
納得して肩を落として聞いていた。

新しい病院で同じ宣告をされる必要があるのでしょうか
辛いがん宣告をまたされるなんてことがあって良いのでしょうか

1回で十分です。
父は、がんと分かっていますと説明したにも関わらず
分かっていないからと・・・

がん拠点病院とは何でしょうか
苦しむ為の病院になってしまうのでしょうか

もう少し 命の重さを分かって下さい。
苦しい治療を望んでいないんです。


抗癌剤 副作用 辛い

2007-07-23 22:11:22 | Weblog
昨日、父の携帯に電話をかけても出ない。電源が入っていない!
部屋の電話にかけると出るんですけど 元気がないんです。

今日、妹から電話があり 医師と会って話をしてもらいたいと
病院での色々な経緯を教えてもらいたいと言っていたと?
医師が何を聞きたいのだろうか?

父の為に病院へ行く準備をした。

妹から電話があった!
お父さんが退院したいって どうしよう?
抗癌剤の副作用が出てきてとても辛いみたいだと
足が振るえ 歩けない 吐き気がある辛いのだろう
辛いから死にたいと妹に話したと言っていた。

お父さんは死んだりしないから大丈夫だよ
辛いんだと伝えているだけだと思う

父が医師に会って話して欲しいと言ったみたいだ
一時退院したいと。

妹に怒るらしい 子供に戻ってしまったのだろう
辛いのだ 妹も辛く精神的に参っていた。

電話では、状況が良く分からない 父に電話を掛けた。
携帯の電源が入っていない 部屋の電話にも出ない。

何もなければ良いが
遺言を書いていると言っていた。
父を思うと辛い 母の体も気になる
看護師にも辛くあたると言っていた。


抗癌剤の治療 始まる ジェムザール

2007-07-21 21:20:07 | Weblog
朝、父に電話を掛けて見た。
抗癌剤の治療がはじまったので体の調子が心配だった。
母が電話に出た。

ジェムザールの点滴を1時間30分かけてするんだって
ジェムザールだけなの?大丈夫だろうか・・・
がんセンターの医師は30分で終わると言っていたけど、新しい病院では体の調子を見ながらするそうだ。

父が眠ってばかりいると心配そうに話した。
椅子に座りながら、お風呂でも、トイレでも寝ていると危ないと
昨日、眠れなくて(夜22時頃)睡眠薬を出してもらって飲んだと話していた。
心配なことは看護師、婦長さんに相談してみてね!
と言った。

私が父の様子を見ながら医師と相談をすることが出来たらと
思うと辛い

後ろ向きで起っているお洒落な父の夢を見た。 
最近良く父の夢を見る

寝ていたので電話をきった。

夕方6時30分頃病院へ電話をしてみた。
母が電話に出た。
「お父さんの調子は良いみたいよ ジェムザールの点滴も最小量からみたい
待っててねお父さんに変わるからね」
父の足が最近もつれて歩くことが出来ないようで 電話に出るまで数分かかって
しまう 電話の向こうの様子が母の話し声で良く分かる。

父が出た。
とても明るい声で体の調子は良いよ
思っていたより点滴が楽で良かったと喜んでいた。
辛くなくて良かった。
父の様子が良くて安心した。


食欲がないので、好きな佃煮を送ってくれと言うので
送るねと言って電話をきった。

”明るい父の声を聞くだけで気持ちが楽になる
 心配させまいと気を使っているのだろう
 私のことをいつも心配している父のことだから”


”今、生きている時間を大切に生きて行きたい
 思い出を大切に 一日でも長くいて欲しい
 抗癌剤の治療が終わったら 来月8月
 父が行きたいと言っていた所に旅行に行こう 
 旅館を予約して 昔のように一緒に家族で”

心がとても辛く涙が出て溢れて
何も手に付かない日が増えて来た。
何時もなら簡単に出来ることが出来ない

慰めの言葉も何も心に響かない
心が受け付けない 考えることが出来なのだ 辛さのほうが強い


 

抗癌剤 治療 末期がん

2007-07-17 19:06:30 | Weblog
今日、父の個室に電話をかけてみようと思っていたら
家の電話のベルが鳴った!
個室の部屋から父が電話を掛けて来た。

どうしたの?
今、担当の医師から説明があって
明日から、抗がん剤の治療が始まるみたいなんだと
心配そうな父の声・・
治療の説明は聞いたの?何て言ってた。
父は耳が遠い、母さんが聞いてたから聞いてくれ

妹が、担当医師から前日に説明があったはずなのに
連絡がなかった。
何も分からない 言葉に詰まってしまった。

お母さん、担当医師は何て説明してくれたの?
ジェムザールの点滴を3週間するって言っていた。

3週間って?お父さんの白血球少ないんでしょ?ジェムザールだけなの
白血球が今の病院へ来てから前より少なくなった。

大丈夫なの医師に説明聞いたの
がんセンターの○○医師は輸血をしながらジェムザールの点滴を最少量から
して様子をみながらすると説明があったけど
大丈夫なの?どうなの?
母も分かっていないようだ 妹は聞いているはずだから大丈夫だ

お父さん、起って歩くのも大変なんだよ
歩くことが1人じゃ出来ないんだよ・・・
薬も効かないって痛がっているよ!
退院するってきかないんだ!
付き添うのもダメだって婦長さんに言われたし

今までは、何で付き添いが出来たの?
特別に許してもらえたんだけど ダメだって 完全看護だから
抗癌剤の治療が始まるから母も心配なんだと思う。

色々話をしているうちに母も辛くなって来たのだろう
後で妹が来るから聞いてくれと言って 電話をきってしまった。

電話では何も出来ない 
抗癌剤の治療はしないほうが・・
辛い治療になるかもしれない
やめて緩和治療にしたほうが
私も辛い
 
携帯を見たら妹から電話が来ていた。

お父さん全身の骨にがんが転移していて
放射線治療は出来ないといわれたと妹が言っていた。

がんセンターの医師は放射線治療が出来ると言っていたのに
「どうして!せめて右の太もも折れてしまいそうな、酷い部分だけにでも
 出来ないのだろうか どうして」
詳しいことが分からない!日程が会わなくて詳しい説明を医師に訊くこと
が出来なかった。

今の病院の看護師が、がんセンターでの父のがんの告知は受けている
のかどうか詳しい状況を教えて欲しいと言ってたから電話してねと妹が
言うので電話をした。

がんセンターでの状況を説明した。
父は肝臓がん、胆管細胞がん、原発の骨転移がんです。
手術をしてがんを取ることは出来ません。
骨に転移していなければ 手術が出来たのですが
余命の告知はまだ父にはしていません。
がんセンターの医師の判断です。
分かりました。

がんセンターの薬の処方を教えて下さい。
薬の処方は、MSコンチン 朝1錠 昼1錠 夕1錠 吐き気止め1錠
痛いときに オプソ 10日分 15包出してもらっていました。
痛みはとまっていました。
オプソは1日 2包~3包みでした。
分かりました。

看護師「お父さんは、癌だと思っていないみたいですが!
    ヘルニアだと言っています。」

父は、辛いから信じたくないんだと思います。
命の短いことを分かっているんです。
体が弱っていく状況を認めたくないのです。
言葉が詰まってしまった。「涙が溢れてきてしまう」

父は辛い治療は望んでいないんです。
緩和治療を痛みを除く治療をお願いします。
私も辛いです。
「余命を父に告げなければ先に進むことが出来ない
 辛くて言うことが出来るだろうか」
「・・・・」


父に電話をかけた。
お父さん 何だ 一言 激痛で苦痛の様子が声で分かった。
父は激痛から電話で話をすることが出来なかった。

母が変わった。
付き添いすることが出来るようになったよ!
看護師さんが、婦長さんに話をしてくれたんだって
良かったね。

薬も処方が変わったから良かった。
良かったね。

妹○○が仕事が終わってから病院に行くって言ってたからね
また、電話するね。

明日、抗癌剤治療が始まる。
”辛い治療になるのなら 途中でもやめてほしい”








1週間後の父 病院 カテーテル検査

2007-07-15 17:58:42 | Weblog
途中雨もドシャ降りで大変だったが
10時間かかり父のいる病院へ付いた。
部屋へ付いたら寝ていた父がベットから起き上がり
嬉しそうに椅子に腰をかけた。

1週間前は自分で立ち上がり、杖を付いて歩いていたが
支えていないと足が縺れ歩けない状態だった。
わずか5㎝も歩くことが出来ない 入院してまだ3日しか
たっていないのに 耳も遠く聞こえていない様子だ。

がんセンターの医師の薬の処方と違い MSコンチン8時間あけて1錠
吐き気止めの薬1錠と一緒に飲んでいた。
オプソは痛みが我慢出来ない時に2包飲んでいた、2時間~3時間
しか効いていなかった。

母と妹は父に痛みを我慢させてから、看護師に連絡をして5~6分してから
オプソを持ってきていたので、母には、看護師さんにもっと早くに知らせた
ほうが良いからとアドバイスをしたが、母は麻薬は飲まないほうが良いのだと
いう思いから父に激痛と辛さを我慢させていた。

私は、ナースコールを押してオプソを持ってきて
もらった。
父は、痛みも治まりベットに横になり眠ってしまった。

緩和治療を望む私と母の間に思い違いが出てきている
がんセンターの医師と相談をし父を苦しませない治療を
望んだのに私には母の気持ちが・・分からない。

次の日 午後から心臓のカテーテル検査をするので
朝早くから病院へ行った。
少しの間でも、父と一緒にいたかった。

車椅子に乗って検査室まで行って、看護師さんと中へ
入っていった。

1時間程かかると言われたので、母を病院のレストランへ
食事に行かせた。
父の世話で食事もしていなかったのだから、少しは休ませてあげたかった。
私1人で検査室の前で待っていた。
20分ほどして医師に検査室の中へ呼ばれた。

父の心臓が画像で写し出された。
心臓の血管が細くなっている部分が数箇所あった。
カテーテルで風船を入れて手術するほどでもありませんから大丈夫です。
普通の人より血管が太いですが、細い血管より良いと思います。

抗がん剤の治療には問題がないと思いますので、消化器の医師には
そのように説明をしておきます。
でも、治療の段階で狭心症ほか起こさないかどうかは治療をしてみないと
わかりません。
お姉さんには説明したので、改めて他の人に説明をすることはありませんから
宜しくお願い致します。

父の心臓は力強く鼓動していた。

検査室から父が出てきたので、病室へ戻った。
ベットへ寝かそうとしたら、椅子に腰をかけたいと言うので
腰をかけさせた。
顔色がとても悪く 体と顔面が痙攣をしていたので看護師を呼びに行き
父をベットに寝かせた。

寒い寒いと言うので布団をかけ冷房をとた。
看護師さんが体温を測った38度もあった。
検査前も熱があったが、大丈夫だと言われたのでカテーテル検査を
した。
熱がでて苦しいようなら熱冷ましのザイヤクを持ってきますからと言って
血圧を測った。
血圧は高かった。
高いぶんには大丈夫ですからと言って、看護師は部屋を出て行った。

痛みも出てきて苦しそうに腿をさすっていた。
妹がさすったら痛かったのだろう 痛いから辞めてくれと言っていた。
だれもナースコールをしないので、私がナースコールをしてオプソを2包
持ってきてもらった。
少ししてから、痛みも和らぎ顔も穏やかに眠りについた。

夕飯の時間になり父はメロンとおにぎりを少し食べて
後は残した。
水もあまり飲まないと母は言っていた。
売店に買い物に行き、花屋さんで花を買って部屋に飾った。
毎日来れない私の変わりに・・・

時間が経つのは早い 帰る時間になり
父は心配して、明るいうちに帰ったほうが良いからと
あまり言うので 分かっているからと言うと
「本当は帰って欲しくはないんだ」
と父が低い声で言った。

父の目を見て帰るからね!
途中で電話を掛けるからね

帰りも雨がひどかった。
霧もあり前が数メートル先も見えなかった。
21時頃、個室直通の電話に掛けた
父は起きて電話を待っていた。
今○○PAだから 大丈夫だからまた、家に着いたら電話するね
10時間掛けて家に着いた。
部屋へ電話を掛けた。
父が出たので家に着いたからねと言うと
安心したようだった。
「何かあったら電話をするからな」
といって電話をきった。



転院先病院 入院 手術

2007-07-09 20:50:55 | Weblog

家に帰宅し翌日父に電話をした。
体の調子は良いみたいで、外の畑で少し仕事をして
疲れたので休んでいたんだと言っていた。
声はとても明るいので安心した。

明日は、病院に行く日でしょ?
あまり無理をしないでね

母が電話に出た!
お父さん本当は体の調子が良くないのよ
私に心配をかけまいと思って明るくしていたのだ
すぐに行ける距離なら・・会えるのに
離れている辛さが胸を締め付ける

妹に頼んだのだから 思いを伝えたのだから
新しい病院で苦しむことがないように
「苦しみと 痛みを取ってもらう治療をしてもらうように
 妹と相談をしたのだから」
「きっと転院先の病院でも同じ治療をしてもらえると
 信じよう」

後日、新しい病院へ妹が車で連れて行った。
診察の前に血液検査をして説明をしてもらい
入院手術をすると言われたと電話があった!
お父さんの心臓の手術日決まったから
7月○日に入院検査をして、翌日手術だから

詳しい説明を妹は教えてくれないので
後日行った時に話を聞こう

急な入院手術なので、父の体の調子が悪いのだろうか
体力は大丈夫だろうか がんセンターの循環器の医師は
心臓の血管1本が90%塞がっていて 詳しく調べてみないと
分かりませんが、他にも同じ箇所があるかもしれないと言っていた。

急な入院手術なぜ?抗癌剤治療は?
手術日の前日に行くことに決めた。

夜行バスで朝早く○○駅にと考えていたら
主人が一緒に車で行ってくれると言ってくれた。
「本当に嬉しかったありがとう」
無事に手術が終わりますように
 


父 ガンセンター 転院

2007-07-03 23:38:58 | Weblog
今日は、ガンセンター最後の診察日
担当の医師が血液検査の結果を見て
検査の結果は変わりありません 良い状況です。
転院先の病院で治療をしてもらって下さい。
10日分の薬の処方と挨拶をし車で帰宅した。

翌日、車で東北の実家まで送っていった。
途中雨が降ったりで天気は良くなかった。
何度もパーキングで休憩しながら10時間かけて
ようやく実家まで着いた。
父はとても疲れた様子で家につくなり オプソを飲んで
眠ってしまった。

明後日は新しい病院で診察がある、私の変わりに妹が
父と一緒に病院へ行き話をすることになっている。

実家に帰えることが出来て、とても嬉しそうな父
これで良かったと自分に言い聞かせた。

家に帰る事はとても辛いけど
妹に循環器の紹介状を渡し
「お父さんを宜しくお願いね」
帰るのは辛いけど妹にまかせて帰宅した。

診察 消化器内科 田舎

2007-06-23 22:01:43 | Weblog
6月18日

今日は、道路がとても混んでいた。
時間まで着くことが出来るかとても心配だったが
予約時間の15分前に着いたので、急いで受付をすませて
心電図室の待合室で待っていた。
9時前に呼ばれて父はホルターを取り付けて出てきた。

父は何だか動きづらそうだった。
杖を渡して会計へ行き、診察券で自動精算機で支払いを済ませ
入り口で座って待っていた。

父が辛い時、看護師さんの気遣いにとても喜んでいた。
車で帰宅した。

飲み薬と辛い時飲むオプソで痛みが取れているので
日記をまた書くことが出来たので、とても父は喜んでいた。


6月19日

診察前にホルターを外してもらった。
血液検査があったので、検査を受けて
消化器内科の待合室へ行き順番を待っていた。
呼ばれるまで1時間待った。

血液検査で白血球が以上に少ないので 医師も考えて
ジェムザールをすると白血球が少なくなるので 入院して
輸血をしながら治療をすることになると思います。

"父は実家の田舎に帰りたいと言っていたので
医師も体調が良い時に早く帰ったほうが良いでしょう
田舎に帰り治療をしたほうが良いでしょう
明日には紹介状を書いておきます取りに来て下さい”

”私が、紹介状を受け取り田舎の病院の消化器の医師に
 会いに行く”
”田舎には妹夫婦が暮らしている”
”がんセンターと同じ治療をしてもらえるのだろうか?
とても心配だ”

明日は、循環器の診察がある。
 






心臓の検査 抗癌剤治療

2007-06-18 00:06:53 | Weblog
6月14日

朝、タクシーでがんセンターまで行った。
病院へ付いたので、父に車椅子を持ってこようか?
”聞いたら大丈夫だと言う 大丈夫じゃないでしょ
 話を聞かない 本当に困る”

再来受付を済ませ、時間がまだあったが消化器内科の外来へ行って
受付をしたら 看護師さんが中待合室でお待ち下さい。
今日は、待つことがなくて良かった。

父を呼んで 中待合室で待っていたら すぐ呼ばれたので
中に入った。

医師がCTの画像を見て、肝臓がん、胆管細胞癌の骨転移がんです。
組織標本は検査に出しますので、1週間ほどかかります。

ジェムザールの点滴 抗癌剤治療は外来でしていきましょう。
強い抗がん剤ではないので大丈夫です。
50/50癌の縮小、癌の進行を止めるでしょう
誰にでも効くわけではありません。

心臓の状態が大変悪いです。
抗癌治療が心臓に負担、支障があるといけないので、循環器の医師に見てもらい結果出来るようだったら始めましょう。

痛みはどうですか?
痛みは大分良くなりました。

父が何も言わないので、私が伝えた。
オプソを1日3回飲む時があります。

痛みがあるんですね
MSコンチンを1日3回にしてみましょう。

循環器の医師の診察の予約 心電図、血液検査をしてから
帰宅した。

痛みがないので、父はとても楽そうだった。

6月15日

循環器の医師に会った。
11時の予約が 午後1時~になってしまい
お昼を食べて時間をつぶした。

1時心電図エコーをやり終わり
医師が来るのを待っていた。

診察室へ呼ばれたので、中に入り医師の話を聞いた。
心臓は大変悪い状態です。
狭心症、心臓肥大があり1本血管が90%塞がっています。
早急に手術をしたほうが良いでしょう。

抗癌剤治療のジェムザールは強い抗がん剤じゃないので
心臓に負担はかからないでしょう。
大丈夫です。

明後日、心臓の状態(ホルター)を調べる機械を装着します。
1日装着したままにします。
したまま帰宅して良いです。
お風呂、シャワーは浴びないで下さい。

毎日、病院に通院している。
父も疲れるだろうと思う。
病室がいっぱいで、入院することが出来ない

”父の希望は自宅にいることなので
 良いのだけれど”
母は大変だと思う 体に気をつけてもらいたい