短編:想いのメモリ<5>:書道教室の学び
いつから書道をはじめたかボクのメモリはないが小学生になってから。
しばらくしてから書道教室に授業が終わってから通うことになったのはメモリにある。
書道には流派というものがあるけど何流だったかは?全くボクのメモリにはない。
ただ4段か準4段をもってるようだ、両親は知ってるがボクには関係ないことだった。
書道教室の部屋には、いつも5、6人がいて、週に何度通ったか?ライバルで何でも話せる桜井君がいた。
彼はおとなしく、いつも静かな子で、とても綺麗な習字の文字で、どうしてって思った。
必ずボクの横に座る桜井君には先生は赤の墨で3重丸だった。
ボクは何度か書き直してもで三重丸なんてもらえない、いつも二重丸だった。
悔しかったし、やめたくなった。先生は二重丸も三重丸でも変わりはないって言ってくれた。
赤い墨がなくなるからなと笑いながら、赤い墨の容器が小さいんだと言ってた。
どうしてボクには丸が1つないのか、それはボクの性格や性分をしていたからだ。
1番をとるよりも追いかける方がボクにはあっていたし、追いかけて1番になる喜びが
ボクの性格と性分?母さんが先生に伝えたようだ。知らないのはボクだけだった。
桜井君に会うのが楽しみなボクは桜井君と色んな話をしたメモリがある。
無口な桜井君だったけど会話することが出るようになった。
桜井君は悩みを話すようになり自由が欲しいと言われた。
桜井君からするとボクには自由がありすぎるようにみえていたようだ。
赤丸をつけたり級や段を取るときだけ普段の練習の時はあまり部屋にいない先生で、ボクは先生宅で習字に飽きた時は良く部屋の押入れで寝てた。
ボクは押入れで寝ることが当たり前で何かがあったのか桜井君も一緒に押入れで寝た。
話は飛びます。
試験はボクの方が早く級が上がり段をとることができたけど、ボクよりも桜井君の方がキレイな文字で「どうして?」とボクは思ったよ。
「書道は、ただの習字ではない今の自分が書(しょ)に表れるからね」と先生は彼に言った。
当時は何言っているのか全くわからない。今なら何となくわかる。
字をきれいに書くことよりも、ただ書き続けることが好きになっていたボクだった。
社会人となってからは、書く文字で自分や相手の心境などがわかるような気がした。
桜井君と2人で押入れで彼は泣いた。桜井君は先生の言葉で悔しかったのかな。
先生が亡くなったと同時に閉鎖され、それ以後、ボクと桜井君は会うことはなかった。
元気かな桜井君とボクが何度も考えてた頃のこと。
今ではパソコンは、ただ打つだけだからすごく楽なんだ。
まとまりのないことでごめんなさい。先に謝っとかないとね。亡き先生にも感謝です。
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