今日は所属しているボランティアサークルの署名活動があった。
聴覚障害者ならびに障害者の情報保障の法律を求める署名活動だ。
当初から予定していた活動で、朝、「こんなときにいかがなものか・・・」という議論がされたが、
「こういう時だからこそ聞こえない障害を理解してもらいたい」ということで、
内容を少し変更しての活動をおこなった。
自分の中でも、こういう活動をしている時間があるなら、もっと今必要な地震に遭われた方々のためにできることがあるんじゃないか、
街行く人たちには理解してもらえないんじゃないか、
という否定的な考えがあった。
けれど、
いざ、街頭に立って署名活動を行うと、
みなさんとても温かく、
「必要なことよね。」
「がんばってくださいね。」
と言って協力してくださる方々が多かった。
耳が聞こえないだけでなく、目が見えないだとかその他の障害を持っている方々にとっては
情報を得ることが非常に困難なこと。
こんな災害時にはとくに。
耳の聞こえない人は、何か災害が起きたとき、今、どういう状態で、どこに避難すればいいのか、
などという情報が特に必要になる。
見た目は健聴者と変らない。
だから、なかなか気がついてもらえない、ということも多い。
何か自分でも役に立つことがあれば・・・そういって署名してくださった方々、ありがとうございます。
今回の災害でも被災者の方々にたとえ非力でも何かできることがあれば、と思います。
テレビの報道を見て、胸を痛めることしかできないけれど、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
また被災された方々、助け合って乗り越えていけるようお祈りいたします。
とても多くの方々が暖かく協力してくださって、
本当に嬉しかったです。
色々なところで募金活動も始まっているようですね。
先日、CMでも流れているコチラの本を読みました。
「行為の意味」
あなたの<こころ>はどんな形ですか
ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか
確かに<こころ>はだれにも見えない
けれど<こころづかい>は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから
同じように胸に中の<思い>は見えない
けれど<思いやり>はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為なのだから
あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
<心>も<思い>も 初めて美しく生きる
━それは人が人として生きることだ
(「行為の意味 青春前期のきみたちに」
著者:宮澤章二 出版:ごま書房新社)
本当にその通りだと感じました。
(長くなってすみません)
そちらのブログ、拝見しました。
クロちゃんさんも震災の折には、とても大変な経験をされたんですね。
こちらはガソリンも普通に売られていますし、
物も豊富。
計画停電もなく、いつもと変らぬ生活。
テレビで見る被災地のニュースにぬくぬく温かいところで過ごしている自分がもどかしくなります。
でも、小さなことでもできることがありますね。
何不自由なく暮らしている私たちにできることは、目に見えるものだけじゃなく気持ちでも何でも被災地に送り続けたい、と思います。
先日の地震のときには、
本当に耳が聞こえないということで情報が得られず、
また唯一の連絡方法のメールも届かず、
とても不安な方々の様子を見てきました。
私の夫も体に障害を持っていますので、
改めてこのような震災の時には周りの方々の支援や行政の支援が必要なんだと感じました。
厳しく辛い状況が続いていますが、
日本中の想いが一つになり、大きな力を生んでいることが、本当に嬉しく思います。
拙いブログですが、またいらしてくださいね。
できることを一つ一つやっていかねばと思います。
1日でも早く穏やかな日が戻ってくることをお祈りします。
署名活動、やったことはないです。
すばらしいことだと思います!
きっと心が通じると思います。
本当にお疲れ様でした!
東北に続いて、新潟、長野に地震のニュースもあって心配していました。
ブログの更新を拝見してホッとしております。
何かができるのでは…。
何かをしなければ…。
そう思っているだけで、何もできない自分がはがゆいです。
静雪と申します。
署名活動、本当にお疲れさまでした。
記事にありました、
「耳が聞こえないだけでなく、目が見えないだとかその他の障害を持っている方々にとっては
情報を得ることが非常に困難なこと。
こんな災害時にはとくに。」
という一文に深く賛同いたします。
今回の震災には私も心を胸を痛めています。
だけれど、その中で、外国の救援隊のお話や、粘り強く救助に携わる方々の話を聞いていると
少し、心が温まる気もします。
長くなりましたが、またご訪問させてください。
陰ながら、応援させていただければと思います。