WoodSound~日綴記

山のこと、川のこと、森のこと、その他自然に関することをはじめ、森の音が日々の思いを綴ってみたいと思います

開高健の闇

2018-01-24 | Books
青春時代に読んだ開高健の「輝ける闇」と「夏の闇」を再読した。
なぜかといえば角幡唯介の「旅人の表現術」という本の第1章で取り上げてあるからだ。

私は大学時代、大江健三郎の著作を結構読んだ。
対して開高の著作も読んだが結局のところ心酔できなかった。

その話は大江と開高の芥川賞の話で以前に書いた。


「輝ける闇」という小説は、
ベトナム戦争において開高が従軍記者として
体験した話を書いているのだが、
通底するテーマは決して闇ではない。
どこか輝いている。
そこには、この戦争が泥沼と化していく
ベトナムの闇の様子も書かれているが、
実は死の対局に生があるということを、
まざまざと証明してくれる輝きがある。
今ここにある生は闇なのである。
本当の生とは闇の向こうに見える輝ける何かなのである。
それは死を間近に感じてこそ分かる生の輝きなのかもしれない。
そこに到達したら逃げ水のようになくなってしまうもの。
つまり死を間近に感じることが、
輝ける生を知る本当の闇なのである。
それこそが角幡の言うところの冒険なのかもしれない。


対して「夏の闇」。
そこらのエロ小説よりよほど官能的なこの作品は、
開高の第二の処女作と言われている。
だらだらと女とセックスと酒で過ごす日常。
熱気と汗の臭いに毒されて色めく日常の退屈さ、鬱屈さ。
それに飽きて女と湖にパイクを毛鉤で釣りにいく場面が、
たまらなく爽快でかつエロティックな感覚がするのはその筆致のなせる技。
結局その怠惰な生活を捨て再び戦場を目指す主人公には、
日常の生活こそが闇だったのである。


開高の文章は巧い。
巧すぎて、むしろ冗長さを感じてしまう。

開高は晩年、釣りや酒、そして人生の楽園を耽溺することに傾倒していった。
若いころの私はそこを単に耽美主義的、あるいはブルジョア的と思っていた。

しかし、それはこのベトナム戦争に従軍して、
生と死の狭間を縫った経験があってからこその深みに気づくには、
人生経験が浅かった(のかもしれない)。
そして実は今もそれは本当の意味では分かっていない。

しかし、何十年かを経て読んだこの二つの闇の小説は、
少なくとも昔読んだ感想とは違う。

昔読んだ時には感じた豊潤さが、
今読んだ時には全くの無味乾燥に変わってしまった。

こんな小説もなかなか珍しい。


2 コメント

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開高健さん (Blue Wing Olive)
2018-01-25 23:55:57
中学校で1週間に1回だったか、授業の1コマを使った(部活とは別の)クラブ活動というのがあり、好きなクラブを選ぶのですが、釣り好きの国語教師がやっていた「釣り読書」というのがあってそれにしました。
その時、読み合わせたのが文庫本の「オーパ」でした。森の音さんが言う「釣りや酒、人生の楽園を耽溺する」作品になるのでしょう。高橋昇さんの写真は刺激的でしたが、文章はそれほど入ってきませんでした。中1には難しかったというのもあるでしょうが、釣りに対する姿勢が自分とは少し違うと感じたからかもしれません。これは、森のさんが感じられた違和感と似たものかもしれませんし、そうでは無いかもしれません。
ただ、泥地に住むカニを茹でて食べる場面の描写は印象深く、何と無くではありますが今でも覚えています。
話がそれますが、このクラブでは井伏鱒二さんの「山椒魚」とかも読みました。また、この先生には友だちと一緒に白川村の本格的な渓にイワナ釣りに連れていって貰ったこともいい思い出です。
その後、短編集「パニック・裸の王様」を読みました。都会のサラリーマンの乾いた切なさが表現されていたような。(朧げな記憶なので違っているかもしれませんが)こちらの作品に対してはいい印象を持っています。
さて、「夏の闇」と「輝ける闇」ですが、こちらは開高健さんの核心部を表した作品なのでしょうが、(残念ながら)読んだことがありません。
長々と失礼しました。
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Blue Wing Oliveさま (森の音)
2018-01-26 20:01:22
こんなややこしい記事にコメントありがとうございます。
角幡の「旅人の表現術」には次のようにあります。

「輝ける闇」を読む限り、彼はあのときかなり死に近づいていたはずだ。百が現実的な死だとしたら、八十ぐらいのところまで行っていたかもしれない。・・・
私は「夏の闇」以降の開高の作品をあまり読んでいない。「夏の闇」ほどの切実な作品があるとは思えないからだ。ただ、「オーパ!」などを読む限り、、彼は「夏の闇」で描いたような自分自身を搾りに搾ってそれを蒸留して出したあの一滴を、適当に希釈させる方向でしか生きていけなかったのだろう・・・

角幡のこの文章は厳しいです。彼のいうことを追求して行ったらおそらく死しか結論はないでしょう。ここに私の感じていた耽美というものが上手く表現されているような気がします。
でも、希釈されていても、開高の描いた作品は素晴らしいです。それもまた人なり…

「釣り読書」ってすごい良い授業のような気がします。何に役立つものではないにすれ、そういうのこそ今とっても大事なことだと思います。

永く生きていると物事の見方が変わります。
そんなことを書きたくってこんな冗長な記事と、コメントになりました。
どうかご勘弁を…
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