WoodSound~日綴記

山のこと、川のこと、森のこと、その他自然に関することをはじめ、森の音が日々の思いを綴ってみたいと思います

小説家の開高健

2009-12-25 | Books
「小説家の開高さん」(渡辺裕一著、フライの雑誌社)を読んだ。
短編ではあるがそれぞれの話が、「えっ本当の話?」と突っ込みを入れたくなる。
摩訶不思議でちょっといい話なのである。

著者の渡辺氏は以前の幸田露伴の記事のところでも、
ご紹介したが高名なコピーライター。
仕事でも遊びでも並み並みならぬ経験を積んでおられるのが文章の端々に。
開高健との思い出が綴られている表題作は出色。

開高健といえば当然「フィッシュオン」や「オーパ!」など釣師としての側面。
「ロマネ・コンティ」「開口閉口」「地球はグラスのふちを回る」など美食家としての側面。
「ベトナム戦記」などノンフィクション作家としての側面。
などなど多彩な才能はここで語るには及ばない。

私は受験生の時、予備校で聞いた現代国語の授業を思い出す。
はっきりとは覚えていないが、たしか「裸の王様」が、
テキストとして取り上げられていたと思う。

それを前にして熱く教師が語ってくれた。
昭和32年、第38回芥川賞。
これは近代まれに見る接戦であった。
最後まで二人の作家が競った。
一人は言うまでもなく壽屋(現サントリー)の宣伝部で、
コピーを手がけていた「裸の王様」の開高健。

そしてもう一人は東大の仏文科の学生であった、
大江健三郎、「死者の奢り」。

どちらの作品も今読んでも全く色あせない輝きを放つ作品である。
結局、一票差で開高が賞を取ることになる。
審査員が甲乙をつけがたかったその様子がうかがえる。

翌年、落選した大江は「飼育」で39回芥川賞を取るが、
これは後にノーベル賞作家となる者の当然の片鱗であったろう。

学生の時、私が最もよく読んだ小説家は大江であった。
独特のわかりづらい長い文章、不思議な世界観、
実存主義的な思想、そして根底に流れる厭戦平和思想。
背伸びをしたかった若造に難解であるがゆえに魅力的に映ったのであろう。

対して開高は快楽主義的、耽美主義的に見えた。
文章は抜群に上手いのだが、どうもブルジョア的なイメージがした。
しかし「輝ける闇」などからはべ平連に参加していたころの
反戦思想が垣間見れる。

開高も大江も対極から、同じ時代を生きて、
対極から同じ世界を見ていたような気がする。

「小説家の開高さん」から話が随分と逸れたが、
この文章には誰もが言いたくても決して言えない、
あっと驚く一文がある。
それは自分で読んで見つけていただくとして。
「人生って不思議なものだな」というのが、
この本を読んでの私の率直な感想である。

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