今回は、当院で使用している中医薬(漢方薬)などに関係する話をしてみようと思います……と言いつつ、全く関係のなさそうなオススメ小説の紹介から始めます(ネタバレあり)。
僕はマゼランと旅した | |
ダイベック | |
白水社 |
まずは、のびのびと心を拡大してくれそうなタイトルのこの作品から……でも、マゼランが5隻の船で277人の船乗りたちと航海、史上初の世界一周を実現し、地球が丸いことを証明した──というのは表向きな話。
実際には、航海途中のフィリピン辺りで、マゼランは先住民に殺されてしまったそうです。その意志を受け継いだ生き残りの者たちが航海を続け、地球を回って元に帰れたのはわずか18人だけだった……。
大航海時代、今から500年ほど前のその事実は、この短編集が描く喜怒哀楽の背後で静かな重低音のように響いているのでしょう。
著者ダイベックの前作「シカゴ育ち」は、翻訳した元東大教授の柴田元幸さんが、多くの人たちから「あなたの訳した本の中でいちばん好きだ」と言われ、ご自身も訳した中でいちばんのお気に入りなんだそうです。
アメリカ生まれであっても、ポーランド系移民であるダイベックは、白人系と言えど微妙な立場なようで、アメリカという矛盾に満ちた国の成り立ちの中、先代、先々代?そして現在も続いている戦争や人種間の軋轢を経て、様々な苦労や悲しみを体験してきたのでしょう。
(アメリカでは、白の中にも白黒の区別があるようです)
訳者のあとがきによると、シカゴは、ほんの数ブロック歩いただけで貧乏地帯の空気も金持ち地帯の空気もほとんど同時に味わえるコンパクトな多様性を備えている街なのだそうです。
私の大好きなダニー・ハサウェイ やカーティス・メイフィールドがシカゴ出身だったのも何か腑に落ちる気がします。
ダイベックの小説からは、日本の街と違った古そうな石造りのスラム街──ジャズやブルースだけでなく、クラシックやラテン系音楽などが入り交じって流れる地域──みたいな雰囲気が浮かび上がってきますが、遠く離れた国なのに、男や男の子たちのアホさ加減はどこの国も同じなんだな~と強く共感して笑えます。
「シカゴ育ち」の方が読みやすかったとは思いますが、よく読み直してみると、どちらも素晴らしく読むたびに発見がありそうです。個人的には「ブルー・ボーイ」が好きですね。
さて、中医薬の話はどう絡んでくるのか?……この小説の中で、太極拳をやっていた年配のアジア系の男がミックという登場人物にすすめた薬「ユンナン・バイヤオ」とは、中医薬を勉強した人ならご存じの秘伝薬「雲南白薬」ですよね。
この薬は「アリとゾウの戦い」と銘打たれたベトナム戦争において有名になりました。
アメリカ軍の攻撃によって大ケガを負ったはずのベトコンが、何日かすると驚くべき回復力をみせて反撃してくるではないか?
何か秘密があるのでは?と調べてみると…ベトコンが持っていた救急箱にこの薬が入っていた──というような話のようです。
(中国の雲南省と北ベトナムはつながっているので昔から人や物資の行き来があったのでしょう)
ゾウのような大国アメリカがベトナムという小さなアリに勝てなかった過酷な戦争……その中で過剰に伝説化された部分もあるのかもしれません。異国の人の顔はただでさえ区別が付きにくかったりしますし、鬱蒼と草木が生い茂るジャングルの中ではさらに判別不能かもしれませんし……?
小説の中のミックは腕を骨折しており、雲南白薬を飲んでも腫れが引かず病院に運ばれて手術を受けます。いくら伝説化された秘薬と言えど、骨折を物理的に整復するまでの効果はありませんよね。外傷による腫れや内出血などには効くはずなんですけど?
まあ中国産のものは、見た目は本物と変わらない偽物もあるようなので?(☆ネットではなく信頼できるルートから購入しないと危険!──バイアグラなども気を付けて下さい)
でも、さすがはダイベック、いろんな意味で絶妙なバランスの描写だと思います。
ガン病棟 上巻 (新潮文庫 ソ 2-2) | |
ソルジェニーツィン | |
新潮社 |
次に紹介するのは、ノーベル文学賞をとったロシア作家ソルジェニーツィンの小説……ガンという病に向き合う患者側や医師側の葛藤、医療に携わる者にとってうなずける話だけでなく、耳の痛い話もたくさん描かれています。
それにしても?40年以上前に書かれた小説なのに、様々な進歩もあったはずなのに、ガンという病に対する医療の根本的な流れはあまり変わってないのだなぁ…と感じる私は勉強不足なのか?それとも理想が高過ぎるのか?
(身近なものが、微妙な段階でけっこう気軽にすすめられた放射線療法の副作用に苦しんでいるので…両方の視点に共感できるのです)
いずれにしても、自らもガンを患いガン病棟にいたソルジェニーツィンの観察眼は国家や時を超えるものをしっかりとらえているように感じます。
また、社会主義国家の問題点……みんなが公務員である国家では、平等という理想を目指してなんでも画一化してしまうような法が作られてしまうのか?想像以上に人との信頼関係よりも責任逃れのための紙切れ仕事重視となってしまう傾向が描かれています。
そんなクソ真面目にやり過ぎる反作用なのでしょうが、闇取引が多く、要職にある人であっても賄賂を要求したりしないと生活が成り立たなかったり、国の倉庫から物資を盗み横流しするような闇商人もいたりしたようです。
それを防ごうとすると紙切れ仕事がさらに増えていく悪循環(あれ?どこかの国でも同じようなことが!)……この小説が当時のソ連で掲載拒否されたのは痛い所を突いていたからでしょう。
医療関係者を含め、人の将来を左右するような決定に強い影響力を与えられる人たちがいます。そんな力の前ではほとんどの人が下手に出るしかありません。
すると、その立場から生じる力をすべて自分自身の力と勘違いしてしまうことがあるのです。
そのような勘違いに気付かずにいる人ほど、時と共にその重みを自ら痛感するであろう想像力をこの小説は与えてくれると思います。
漢方薬との絡みとしては、トリカブトの根(側根は漢方薬の附子であり、そのままでは毒性が強いため、加工減毒して使います。主根は烏頭)のウォッカ漬けをコストグロートフという登場人物が隠し持っているシーンが印象的です。
処理によってはただの毒薬であるトリカブトを発見した医師は憤り、没収しようとします。
コストグロートフが「…先生はこれの効き目を信じないんですね」と言うと、医師は「信じませんとも!そんなものは迷信です。人間の生死の問題を不真面目に考えるよくない迷信です。
臨床的に証明された科学的な報告しか私は信じません!……」と現代でもよく耳にするEBM(根拠に基づいた医療)な正論を語ります。
すると、コストグロートフは「あああ、聖なる科学か!……それほど絶対的なものなら10年ごとに治療方法がひっくりかえったりしないだろうにな…一体ぼくは何を信じたらいいんです?……」と正論バカに痛快な一撃を返します(私も若い頃はそんな時がありました…今でも気付かぬうちに?)。
ソルジェニーツィンは数学の教師だったので、根源的な意味でも理論的であり、だからこそ科学の限界にも気付いていたのでしょう。
実際、知識レベルが中途半端に高い人ほど科学の限界に気付かず、合コンで「僕の計算によると、何ちゃら彗星は云々……」などと自慢げに語り、女の子をドン引きさせたりしてませんか?
私もついそんなモードになってしまうので、人のことを言えた義理ではありませんが、本当に高い知識を持つ人ほど謙虚であるのは誰もが認める所です。
一例となる記述を略して引用すると……放射線療法が最先端だった当時は、悪性腫瘍以外にも使用され、「放射線障害」という呼び名さえなく、確実で絶対的な方法、現代医学の偉大なる成果であると評価されていた!……とあり以下の文が続きます。
「この療法を否定し、ほかの平行する道、あるいは迂回する道を探すことは、遅れた考え方であり、勤労大衆に対する治療のサボタージュであるとさえ見なされていたのだった……照射の初期段階で組織や骨に大きな損傷があるのではないかという危惧は当時もあったが、それを避けるための研究もなされていた。とにかく、どんどん照射したのである!夢中になって照射した!良性腫瘍にも。小さな子供にも……そして(10年以上経過した後)成人したそれらの子供たち──青年男女、時に既婚者が、大量照射された部分がひどく奇型化した体をかかえてやってくるようになったのである」
昔よりも様々な縛りがあるにせよ、現代でも最先端医療を自負する人たちほど、全く同じような物言いで同じようなことをやっている傾向を感じます。
でも、最先端ばかりに疑問を抱く者にとって痛快である言葉だけで気持ち良くなって、科学には限界がある!で思考停止してもいけないのが難しい所です。
すごく良いものの裏には、すごく悪い所があり、逆にすごく悪いものの裏には、すごく良い所がある!
新しい発見のデメリットは、かなりの時を経ないと可視化されないことも多いので(例えば、ノーベル賞を受賞した青色LEDが目に悪影響を及ぼす可能性を示した論文もあります)、「毒を持って毒を制す」的な放射線療法や漢方薬の附子も「馬鹿と鋏は使いよう」なのでしょう。
(※中医学的には、附子はガンにではなく、陽虚という状態などに効果があります)。
また「ガン病棟」には、漢方薬ではないのですが、チャーガ(シベリア霊芝)という白樺に生えるキノコによるガンの民間療法が紹介されています。
そのエピソードに登場するマースレニコフ博士は実在の人物であり、今も博士の記念館があって、そこにはソルジェニーツィンが博士に送った手紙が展示されているそうです。
博士は、モスクワ郊外の田舎病院に何十年も勤めていたのですが、医学論文ではガンの症例がどんどん増えているのに、その病院に来る農民にはガンになる人がめったにいない…という事実に気付いた!
…調べてみると、農民たちは、お茶代を節約するためにチャーガを煎じて飲む習慣があった……そして博士の研究では、転移を抑え、食欲を増進させるという結果が出たようです。
この2つの小説をつなぐ動物用製品があるのです。雲南白薬の80%くらいは、田七人参らしいのですが、他の成分は秘密となっています。その田七人参を補助的に配合し、チャーガを主成分にした製品です。
論文検索すると、田七人参、チャーガのガンやその他の病に対する効果を調べた論文もいろいろと発表されているようですね。
この辺りは難しい所で、特に中医学の病のとらえ方は西洋医学的な枠組みからはみ出してしまうことも多いので、ある一つの西洋医学的名前の病気に限定され過ぎて何かズレを感じてしまうこともあります。
実際に関連しているのは事実としても、2つの素晴らしい小説と絡めて説明するなんて恐れ多い気もしたのです。が、科学がいくら進歩しようと、いつかは誰にでも訪れる肉体の死……その対岸で感情…人の心は、物語の中でいつまでも受け継がれてゆくのでしょう。
「ブルー・ボーイ」の中でもカミールという少女は「大事なのは感情よ」と力を込めて言います(「ガン病棟」でも最終的には気分【精神状態】によって生死が左右されることを示唆する論文の記述あり)。
人々の記憶に残り、白黒の理論や国境を超えて今もひそやかに使い続けられているのは、まさに「感情」の制御不能なまでの底力なのかもしれません。
積極的に使用した結果、ぜひウチの子のことをブログに載せて下さいと喜んで下さっている飼い主さんもいるので、体に負担のかからない治療を希望される方など──詳しくは(よりぶっちゃけた話は…)当院にご相談下さい。